戦国御伽草子
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参ノ巻
抹の恋?
1
「まぁつぅ、いい加減観念しなさいったらぁ!」
「やめ、やめてくださいませ、尼君様・・・!」
あたしは逃げる抹をふん捕まえると、白粉を叩く手を再開させた。
顔をぽふぽふとされながら、往生際悪く抹は必死で首を振る。
「誤解なのです・・・!」
「何が誤解なの。高彬が好きなんでしょ?」
「ですから、それが、誤解なのでございます・・・!」
「ふん、そんな顔真っ赤にしといてゴカイもロッカイもないわよ。いいから、あたしに任せておきなさいって」
涙目であたしを見上げる抹は、本当に美人だ。こんな絶世の美女をソデにする男はきっと性的にどこか欠陥を抱えているに違いない。
こんだけ引っ込み思案な抹に好きな人ができたのなら、応援してあげたい。例えそれが、高彬でも。
・・・ううん、高彬だから、かもしれない。幼なじみのあいつが良いヤツってことをあたしは嫌と言うほど知っている。逆に抹が良い子だってのもあたしは知っている。どっかの馬の骨に純粋な抹が騙されたらと思えば気が気じゃないし、抹の隣に並べば高彬が見劣りするのはもうしょうが無いとしても(いや、高彬だって決してブサイクなわけじゃないのよ。でも抹が綺麗すぎて、釣り合いが取れるかといわれると…うむ)、こんな器量よしの嫁を迎えられるのなら、抹の身分がどうあれ佐々家にとっても悪い話ではないはずだ。そうすれば、きっと抹もこんな若い身空で出家なんて言わなくなるだろうし、全てが万々歳、丸く収まる、のだ。
「こんなもんかな。あんた肌白いわねーあたしなんて年がら年中外を駆けずり回ってるからこんな白くなったことなんて一度も無いわよ。母上と兄上はもの凄い綺麗で白い肌してたから、いくら父上の血が強いとはいえあたしも元はそこまで黒くない筈なんだけどなー。はい、口開けて」
「い、いいです、大丈夫ですから、尼君様・・・!」
「あんたねぇ!確かに高彬は朴念仁で化粧したって髪型変えたってまーったく気づかないようなボケナスだけど、それとこれとは別!やっぱり好きな人には一番綺麗な姿みてもらいたいじゃない?それがオンナノコってもんでしょ?」
「ですから、好きではないと・・・!」
「ハイハイ。じゃあなんなの?」
「あの方は、わたしがずっと思い描いていた理想がまるで現実となって出てきたような方で・・・」
「だぁかぁらぁ!それが好きってことなのよ!ワカル!?」
あたしは乱暴に抹のあごを押さえて上向きにさせた。
「あっ、あっ、尼君様・・・!」
「暴れない。はみ出しても知らないわよ」
あたしは指にカピカピの紅を押しつけると、慎重に抹の唇に伸ばす。
「・・・うーん、これ、ダメね。いつのやつかわかんないけど、完全に固まっちゃってるわ。水で伸ばせるかしら・・・って、あんたもなに固まってるの」
あたしはぺし、と軽く抹の額を叩いた。すると抹は、はっと我に返り、しくしくと泣き出したのである。
「え、ちょっと何、どうしたのよ。今の痛かった?」
「・・・触らないでください」
ガーン!まさか抹からそんなことを言われるとは思ってもみなかった。今度はあたしが衝撃も露わに固まった。
「あ、ま、間違いました!くく、くっ、くっく、く・・・」
「え、なに、笑ってるの?」
「違います!く、く、く、口に!ですね、さわ、さわ、さわ・・・」
抹は、今にも泡を吹いて倒れそうなぐらい真っ赤になっている。
ははーん。つまり口に触れるなと、そういうことらしい。あーよかった。ついに抹から全面的に嫌われたかと思って一瞬焦っちゃったじゃないの。
「あんたホント生きてけないわよ。意識しすぎ。女同士よ?別に口つけた訳じゃないし・・・」
「く、く、く、く、く、口つける!?」
今度こそ抹は限界を迎えたらしくふらりと倒れて気を失ってしまった。
なんなの、この純粋な生き物は。
あたしは抹の息呼吸が止まっていないかだけ確認すると、予め盥に用意していた水に手ぬぐいを浸し絞って、抹に施した化粧を落とし始めた。
実はもう日付が変わろうという時間なのだ。化粧は明日のための練習。でも抹は、化粧なしの方が儚げな雰囲気がより一層際だって良いかもしれない。ここまでやっといて結局素顔って怒られるかもしれないけど。
あーそれにしても疲れた・・・。あたしは肩をこきこきと鳴らすと、抹を褥に寝かせた。
あー・・・もういっかなぁ・・・あたしもここで寝ちゃおう。朝起きた抹が気絶するかもしれないけど、もう色々疲れたから、着替えるのも面倒くさいし、とりあえず寝よ・・・。
本当は明日のこととか、抹と一緒に作戦会議しようと思ってったんだけどな・・・でも当の本人は目を回して衾の中だし、こうなったら仕方ない。
あたしは抹の横にもぞもぞと潜り込んだ。抹は背が高いからか、大の大人二人だと女子とはいえ、ちょっと狭い・・・ま、気にしない。寝れなくもない・・・。
うとうとと眠りにつこうとした途端、ガラリと襖が開いた。
「・・・」
「・・・」
立っていたのはこの寺の坊主である惟伎高だった。惟伎高は、一つ布団に包まっているあたしたちを見ると一瞬だけ動きを止め、それから無言でずかずかと歩いてきて、突如あたしの頭に拳骨を落とした!
「い!ッ・・・」
「おまえはァ、あれだけ言ったのにまァだわからねぇのか!」
「痛いじゃないのよ!このアホ!ッアホ!なっにすんのよぉ!」
あたしは横になったまま惟伎高の足をげしげしと蹴った。
「ピィ、出ろ。おい抹、起きィろ」
「あっなんで起こすのよ、かわいそうに」
ぱちりと目を覚ました抹は、自分の枕元に仁王と立っている惟伎高を見てまず不思議そうな顔をした。惟伎高が無言で隣を見ろと顎をしゃくり、それに従って素直に視線を動かした抹は、超至近距離にいるあたしとバッチリ目が合って、その瞬間盛大な悲鳴を上げた。
「ひっいいいいいいいいい!」
ちょっと。化け物にでも遭遇したような反応やめてくれるかな。
抹は驚くほどの早さで部屋の隅に逃げ込むと、体を丸めてぶるぶると震える。
・・・そこまで過剰に反応されると、まるであたしがいじめてるみたいじゃないのよ、もう。
「こォの、アホ娘。なんでこんな状況になったか言ってみろ」
「えー簡潔に言うとォ~・・・めんどくさかったから?」
「ピイイィ~・・・」
「いひゃい、いひゃいっての!」
惟伎高はあたしの片頬をつねると引っ張った。あたしはいらっとして、腕にかみついてやろうと口を開けたが、同時に惟伎高が壮絶な笑顔を浮かべるのを見てかきんと固まった。
「お、学んだな。偉いぞ」
惟伎高はすぐにその笑顔をしまい込み、「よしよし」とでもするようにあたしの頭をわしゃわしゃと撫でる。
その手をぺっと振り払って、あたしはつんと横を向いた。
「あたしが抹と一緒に寝るのが気に食わないのなら、もういっこ寝具持ってきて。あたし今日はゼッタイここで寝るから。抹と女子会するから。あんたは出て行って」
あたしのその言葉を聞いて抹の震えが大地震並に激しくなった。
反対するかと思われた惟伎高は、スッゴいイイ笑顔でわかったと頷くと部屋を出て行った。あれはなんか企んでるなー・・・と思ったけど案の定だった。惟伎高が持ってきた衾は二つ、あったのだ。
「ちょっと!個数おかしくない?」
「おかしくないぞ?元々ここにあるのが抹の分、それでこれがおまえの分で、こっちが俺の分だ」
「話聞いてた?女、子、会、するから。女子会。あんたはどっからどう見ても、オトコ。オッサンなの。出てってよ。そもそもこんな夜更けに美女二人とひとつの部屋で寝ようとするなんて図々しいのよ!」
「美女・・・ふたり、ねぇ・・・」
「なんか文句でも?」
「イイエソノトオリデゴザイマス」
「わかればよし。さ、出て行きなさいよ」
「嫌だね。そんな楽しいもの、俺も混ぜて貰わなきゃなァ?そう思うだァろ、抹?」
なんと抹は惟伎高の言葉に必死でうんうんと頷いているではないか!
「ほら抹もそォ言ってェるだァろ?」
「・・・なーんか抹は事ある毎に庵儒の肩持っている気がするわね」
「そォかァ?だァとしたらおまえがいつも抹をからかって楽しんでいるからだァろ?」
そうですねその通りです・・・。
「さァ、明日も早ェしサッサと寝るぞー」
そうしてあたし達は少しもめた後、なぜか惟伎高、抹、あたしの並び順で横になった。
あれ?この並び方で抹的には大丈夫なのかしら・・・真ん中なんて一番落ち着かない場所だと思うんだけど・・・。だって惟伎高が端っこがいいってワガママ言うから・・・うーん、ま、いっか?抹が気絶せず意識を保っているってことは了承したってことだろう。でもなんか抹は本来憂慮すべき異性の惟伎高よりも、同性のあたしをより警戒している気が・・・やっぱり日頃の行いなのかしら・・・。
「庵儒。一応忠告しておくけれど、万が一あんたが暗闇に乗じて抹にほんの爪の先でも触れたら・・・千切る」
「何を!?」
「えーなんだろーね、抹ぅ~」
「・・・髪、ですか?」
「ほう、髪。髪だって髪。あんたは僧形なんだからむしろ積極的にむしってあげてもいいけど」
「やめェろ!いえ、やめてくださいお願いしますッ!」
「あんたが抹に何もしなければ、髪と共に朝日を拝めるわよ。さ、火消すわよ~」
あたしはふっと一息に明かりを吹き消した。暗闇を照らす光が月明かりだけになる。それにぼんやりと浮かび上がる、狭い部屋でカビ臭い衾に包まれた三人。
…まぁ、こんな夜も、悪くない。
と、そんなことを考えていたのはあたしだけじゃなかったらしく、少しの沈黙の後、抹が静かに口を開いた。
「・・・庵儒様」
「おう」
「・・・尼君様」
「なあに」
「私・・・」
そこで抹は一度言葉を切った。あたしも惟伎高も、先を促したりせずただ抹の次の言葉を待つ。それは決して居心地の悪い時間ではなかった。
眩しいほどの月明かりが闇を割って、部屋の内に障子の影を繊細な線で編み上げる。
そして桜が一握り舞い降りるほどの時間口を噤んでいた抹は、まるでその無言の時間が無かったかのようにごく自然に音を紡ぐ。
「私、ここに来られて、来ると決めて、本当に良かった」
その声はとてもはっきりと聞こえた。抹は心の底から楽しそうにふふと笑う。
「尼君様と、庵儒様がいらっしゃいましたものね。お二人とも、とても、お楽しそう。私、他のどこでもない、お二人のいる、石山寺に来られて、良かった。本当に、良かった。私は誰かとこうして共に眠ることも、一緒に桜を見ることも、言葉を交わして、泣いて、怒って、そして笑うことも、したことがなかったのです。狭い部屋一つがわたしの世界で、外の世界には私のことを思ってくれるような人は誰もいなかった」
抹・・・。
「母が亡くなったのです」
抹は静かに言った。
「子供にとって、いい母ではなかったのでしょう。会ったことも、片手で収まるほどしかありませんでした。それでも、私は全てのことがどうでも良くなって、生まれて初めて家を出ました。もう私が生きる道は落飾しかないと思い、この石山寺に来て・・・尼君様にお会いしました。ふふ、おかしい。私、今生きたいと思っているのです。ずっと、厄介者だと言われ続けてきた私が。早くこの現世から去ることだけが親孝行だと思ってきた私が」
「抹・・・」
思わずあたしは声を出していた。
「あたし、抹が好きよ。大好き」
いつもだったら真っ赤になって気を失う抹は、こちらを向き、やけに大人びたような顔で笑った。そして静かな声で言った。
「私、戻ります。家に」
「えっ・・・」
「尼君様、庵儒様、私、決してお二人のこと忘れません。ここで、私は一人の人間として生きていると、これから先も生きていこうと思えた、そのこと、私、絶対に忘れない。何があっても、私は逃げないと思えました。ありがとうございました」
「抹!」
あたしは叫んだ。ちょっと涙声になっていたかもしれない。
「あんたねぇ!何一人で完結してんのよ!なぁにその、今生の別れみたいな言葉。…違うでしょ?悪いけど、あたし、これから先、頼まれたって縁なんて切ってやらないわよ!いつだって、どこにいたって、あんたが嫌がったって、あたしはいつでもあんたのとこに傍若無人に押しかけて、庵儒も引っ張ってきて、またおべんと作るわよ!それで来年でも、再来年でも、またいつか、この桜道を三人で歩いて、わいわい騒ぎながら頓食かじって、竹筒の水を分け合って飲むの。それで楽しかったねって笑いながら枕を並べてお泊まり会するのよ。ずっと、ずーっと、よ。そこんとこ、わかってんの、抹!」
途中からひっくひっくと抹のひきつるような泣き声が聞こえていたけれど、あたしは言い切った。ずっと黙っていた惟伎高は腕を伸ばし、あたしと抹の頭を同時にぽんぽんと撫でた。
「…と、言うことだ、抹。ピィは頑固だからなァ。諦めェろ」
その声は、夜闇にすら染み入るように優しかった。
後書き
こんにちは。大変お待たせしました。予告どおり「抹の恋?」の章です。この章で、参ノ巻は終了!です!たぶんあと二話ぐらいになるだろうと思われます。はーまさかここまで公開できるとは思ってもなかったです。はやく拾参ノ巻(最新話)までたど…たどりつきた…いです…。が、がんばりまーす。
原本の「死んでたまるかぁ!」の章をいろいろ切って貼って書いているので、今回なにをどこまで書いたか、大事なエピソードを削ってないか、かなり何度もノートをぺらぺら行き来しました。このラストのお話も、本当は「死んでたまるかぁ!4」と一緒のエピソードだったものをふたつに切り離してくっつけたものです。これで書き漏れがあったら泣きますよ私ぁ…。
抹ちゃんの境遇は本当はもう少し後で出てくるので書くつもりはなかったのですが、なんだか勢いに押されて書いてしまいました。抹ちゃんは本当に…幸せになってください。
次話は「ラブ☆大作戦ッ!」の巻き。張り切る姫とおびえる抹。
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