鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
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19.君はここにいてもいい
動揺から、一瞬対応が遅れた。
「火事場力」の発動が不完全だったせいもあり、動きは鈍かった。
我ながら何という情けないヘマをしたものだ、と思う。そのままではミネットの斧はリングアベルの頭に直撃し、中から大変なものがはみ出てしまう事だろう。
ミネットの斧はそのまま吸い込まれるように直進し――
「そうは――」
「させねぇッ!!」
ガキィンッ!と金属音が響いた。振り下ろされた斧の切先が、リングアベルの鼻先三寸で停止する。ユウとジャンが決死思いで左右から突き出した二本の細剣が、ミネットの斧の刃の下を抑えていたのだ。突然の事態に動揺したミネットの力が緩む――今だ!とリングアベルは今度こそ剣を構えた。
「助かった、二人とも!……そらぁッ!!」
感謝の言葉と共に自らも剣を振るい、ミネットの斧を弾き飛ばす。
「なぁぁっ!?さ、三人がかりとは卑怯にゃ……!!」
最初リングアベルを猫軍団でリンチにしようとしていた事を考えると、お前が言うなという台詞である。ステイタスの高いミネットでも流石に3人がかりで来られると対応は難しいらしく、猫のように跳ねて距離を取った。
右から剣を突き出したユウが、息を切らせながら笑顔を見せる。
「俺達、これでもイスタンタールでは先輩たちを差し置いて剣術ツートップなんですよ!」
「まぁ、ユウに剣を教えたのはこの俺だがな!要するにアレだ……俺達も戦えるって事さ」
左から荒々しい構えでミネットを睨むジャンが軽口を叩く。
二人ともリングアベルより少し幼く見えるが、勇気と度胸は冒険者に引けを取らないようだ。
「こうして剣を重ねていると何だか『三銃士』みたいじゃない?ジャン!」
「ハッ、それも悪かぁねえな。俺は将来三銃士の一角を担う剣の天才だしな!」
「三銃士……ああ、確か正教騎士団の代表である最優の三人のことだったか?」
「今回の場合、最高戦力のリングアベルさんがリーダーになっちゃいますかね?」
三銃士は家柄が重視される騎士団長と違い、身分の低い者でも実力で選ばれる可能性がある誉れ高い役職なんだそうだ。部下は持たないがその発言力は騎士団長と同等かそれ以上。記憶の手がかりを求めて調べた時に聞いた限りではそんな所だ。
だが、今の二人はそんなどこぞのお偉いさんよりよっぽど有り難い援軍だ。
「……なぁ、2人とも。物は相談なんだが――この場を生き残るために、ちょっと力を貸してくれないか?」
リングアベルはこの場で誰も死ぬことなく生き残る為の作戦を、二人と簡単に話し合った。
= =
ユウとジャンが頼まれた内容はこうだ。
ミネットを無力化する方法はあるのだが、それをするにはビスマルクを足止めしなければならない。逆にビスマルクをリングアベルが足止めした場合、流石の二人もミネットに勝つのは厳しい。ミネットの戦闘能力は、2重の補正で事実上のLv.5クラスはあると考えて良いだろう。
Lv.5といえばオラリオでもトップランカーの部類に入る。
だがリングアベルが斧の攻撃を受けた限りでは、想像を絶する怪力でこそあったもののそれ程の脅威を感じなかった。恐らくだが彼女はそのねこ使いというジョブの特性上、自ら前に出て戦うタイプではないのだろう。加えて彼女の肉体はまだ未成熟。故にステイタスばかりが先行し、技術は間に合っていない。ステイタス的防御力の高さゆえにユウとジャンの剣では決定打にならない可能性が高い。
だとしたら、急所を狙えばリングアベルにも気絶させるくらいのことは出来る筈だ。
幸いというかなんというか、あの槍の投擲技『ホライズン』のように剣の必殺技のようなものもリングアベルは一つだけ思い出している。その技と、もう一つの条件が揃えば可能なはずだ。
かくいうユウたちもビスマルクを怯ませる策が一つだけあるらしい。
問題はそれを使用するタイミング。一度しか使えないが故に、ミスをすると取り返しがつかない。
「しかし、不可能を可能にしてこそ人は英雄と呼ばれる。少年たちよ、成功すれば犠牲を出さずに無事生還だ!準備はいいか!?」
「はい!がんばりましょう、リングアベルさん!」
「へっ……これぐらいの難易度の方がいいハンデにならぁ!!」
剣を携えた3人が、こちらの様子を伺いつつ近づいていたミネットとビスマルクへと剣を向ける。
「相談はもうお終いにゃ?なら、そろそろ三人ともネングの納め時にゃ!!」
『グルルルル………!!グオオオオオオオオオオオッ!!!』
ビスマルクの咆哮が待機を揺るがし、その爪が真正面からリングアベルに迫った。
直撃すればリングアベルは恐らく見事な3枚おろしにされて即死。だが――爪を用いた攻撃には、一見して分からない大きな弱点がある。――それを使って来るとは運がいい、とリングアベルは微笑んだ。
背中からの出血で次第に失われていく体力を根性で無視して、脚にあらん限りの力を込めたリングアベルは、正面から迫る爪を相手に――真っ直ぐに飛び込んだ。
「にゃにいッ!?」
『ガウウウウッ!?』
正面から迫りくる刃に正面から向かうと言う自殺染みた行為にミネットもビスマルクも度肝を抜かれた。だが、それよりも驚いたことが――若干爪が掠ったものの、リングアベルが猛突進によってビスマルクの身体の下を掻い潜ったことである。
そう、獅子の爪は上から下に振り下ろされる。そして爪を用いた攻撃とはどうしても大振りになってしまい、実際に斬り裂くまでに時間がかかる。リングアベルはそれを逆手に取り、敢えて前へ進むことでダメージを最小限に抑えつつも突破を図ったのだ。
だが、図体が大きいとはいえ相手も強力な魔物。リングアベルの狙いが自分の向こう側にいるミネットであることくらいは予測がついたのが、すぐさま空ぶった前足を引いて後ろを振り向こうとして――結果、ジャンとユウという二人の剣士が目の前にいる事を見落とした。
「ユウ!俺の教えた剣術、忘れちゃいねえよな!!」
「分かってる!!バレストラ流剣術………『バイソンの構え』ッ!!」
構えた剣を地面に垂直に、そして残った腕を利き腕に沿える。それは魔物に匹敵する突進力を持つとさえ言われる巨体の獣、バイソンを彷彿とさせる不動の構え。ジャンの家、バレストラ家が代々継承する二つの構えの内の一つである。
本来、バイソンの構えは相手の攻撃を確実に受け止めつつカウンターを狙う防性の構え。
だが、バイソンの構えにはそこから敵に攻撃を繰り出し、更には攻撃特化の構えに流れるように変化する連続攻撃奥義がある。ジャンは、当時剣術で虐めてきた同級生をぶちのめすためにそれをユウに教え込んだことがあった。
攻撃を防がれたり躱されてバランスを崩した相手を前に、その防御に込めた力を素早く反転させて猛烈な勢いて吹き飛ばす、逆転の一手。
「いくぜ、獅子野郎!!盾さえ吹き飛ばす猛牛の角撃を見せてやるッ!!」
「これぞ奥義……『バイソン・ホーン』ッ!!」
二人の若き剣士が放った猛牛の如き突進が、焦るビスマルクの側面に激突した。
重量、パワー、体力、その全てにおいて勝るビスマルクが、意識外の衝撃に思わずたたらを踏む。通常なら考慮する必要もない一般人の攻撃が、絶妙なタイミングに同時二発。しかも然るべき技量を持った人間の手で叩き込まれたことが、元階層主を一瞬揺るがすだけのダメージを与えていた。
バレストラ流剣術は、正教圏では極めれば例え神の恩恵を受けた相手だろうと打倒しうる最強の剣術を謳っている。その理由の一つに、構えから構えへと次々に移っていく隙のない戦法がある。『バイソン・ホーン』は、そこからもう一つの攻撃特化の構え、『ウルフの構えに』に繋がる奥義でもあるのだ。
すなわち、ジャンとユウは『バイソン・ホーン』を放った時点で既にウルフの構えに移行し、そこから更に連続で奥義を叩きこもうとしていた。全身から噴出する苛烈なまでの気迫が二人を纏い、二振りの剣が煌めいた。
「まだまだ!もう一発だぁッ!!」
「獅子のお前に狼の牙撃を教えてやるよ………奥義、『ウルフファング』ッ!!」
二人同時に、狼が獲物に牙を突き立てるような猛烈な振り下ろしを叩きこむ。
寸分の狂いもなく、先ほど『バイソン・ホーン』を叩き込んだ位置に同時二発。二人の抜群のコンビネーションなしには決して実現しない奇跡の4発連続攻撃が、とうとうビスマルクの硬い皮膚を突き破って大きな傷を負わせる。
『グオアアアアアアアアアアアアッ!?』
「お前には言っても分からないと思うけどな……俺達にとって獅子ってのは、いつか背負わなきゃならない三銃士の紋章なんだッ!」
「要するに、アレだ………その獅子に押し負けてるようじゃあ、俺達は前に進めねえのさッ!!」
――これが、後に正教騎士団の伝説となる二人が歴史に刻んだ最初の伝説となる。
僅か数秒にも満たない、一か八かの大攻勢だった。
ただし、魔物はコアとなる魔石を破壊しない限りは何度でも体を再生させる。一時的に行動不能になったビスマルクの傷も既にふさがり掛けていた。
だが、この一瞬がビスマルクを潜り抜けてミネットに肉薄したリングアベルの命を守り切った。
「危なかったが、ビスマルクの追加ダメージによって……今度こそ俺は瀕死だ……これで可能なステイタスアップの底上げはッ……完了したぁッ!!」
「び、ビスマルクッ!!お前ら………よくもミネットの友達を!絶対許さにゃいにゃ!!」
ミネットが斧を振り回してリングアベルに襲い掛かる。だが、怒りからかその動きは今までより更に精細さを欠き、斧は空を切っていた。リングアベルは乱れる息を正そうともせず、剣を鞘に納めて抜けないようがっちり布で固定する。布には破れた衣服を使ったため少々血なまぐさいが、これもミネットを助けるためだ。
スキル『火事場力』の発動でギリギリまで高められた攻撃力を、剣に注ぎ込む。
求めるのは最速の踏込と、正確かつ的確に彼女の弱点を突くこと。
やれるのか――いや、やる。
「ミネットはぁ……リングアベルを、殺して………ガネーシャ様のために……ッ!!」
発言の意図が分からないワードをうわ言のように呟きながらリングアベルを攻めたてるミネットから冷静に距離を取ったリングアベルは、歯を食いしばってつま先に全力で力を込めた。
「大丈夫だとは思うけど、我慢しろよ……!――斬り裂け、『ハックスラッシュ』ッ!!」
瞬間、リングアベルはミネットの振り回した斧を掻い潜って懐に入った。加速する視界と体を、全力で歯を食いしばってコントロールする。ミネットはそれでも全速の攻撃に反応し、斧を振りかざす。
ミネットか、リングアベルか――ほぼ同時に二人の腕が空を切った。
「あ…………」
「すまん、ミネット。もしよければ次に目を覚ました時に、君の事を教えてくれ……」
瞬撃で鞘に収まった剣がミネットの首筋めがけて叩き込まれていた。
刃があれば確実に首が飛んでいたであろう衝撃に、斧が取り落とされる。
ミネットの身体が大きくビクンと震え、目を見開いたまま動きを停止させ――
「やだよ……ガネーシャ、さまぁ………」
ゆっくりと、ゆっくりと倒れ込んだ。
咄嗟に彼女が頭を打たないように抱きとめたリングアベルは、出血で段々と朦朧となる意識を何とかつなぎとめながら、大きな大きなため息をついた。周囲の青い結界のようなものは消えうせ、そこには破壊痕の残る公園だけが広がっている。既に通りすがりの人々が不信に思っていたらしく、ガネーシャ・ファミリアのメンバーも見受けられる。
血塗れのリングアベルを見た人がポーションを片手に駆け寄ってくるのと、ミネットの安否を気遣う声。そしてビスマルクを相手にしていたユウとジャンの声を遠くに聞きながら、リングアベルは倒れ込んだ。
「こ……これは、今度こそ女神ヘスティアを泣かせてしまうな……ッ!くそう、ミス・ミアに……向こうから迫ってくる危機を、どう処理するべきか………聞いておけば、よかった――」
取り敢えず、起きたらミネットに事情を訊こう。
それだけを決めて、リングアベルは眠りについた。
= =
暗い、暗い、路地の裏。雨風に晒されるそこで、生きてきた。
空腹を残飯で凌ぎ、はねられた泥を雨水で洗い落とし、猫たちの声を聞いて。
周囲は誰も助けてくれない。周囲は誰も信じることが出来ない。ヒューマンだろうがキャットピープルだろうがウェアウォルフだろうがパルゥムだろうが、神だろうが。等しく誰もが信頼できない。
どうせ人間は裏切るんだ。人間なんかより猫のほうがよっぽど信頼できる。
猫は嘘をつかない。みんな、自分を助ける事に見返りを求めない。
そしてなにより、人間のようなしがらみがない。
それでも生きていけない時は、薄汚い人殺しの仕事で路銀を稼いだ。
猫たちの情報網があれば、誰がいつ殺せるのかくらいは分かっていた。
気が付けば、猫たちに殺人技を教えることが出来るようになっていた。
ある日、一人の神の暗殺依頼を受けた。
黒い肌で筋骨隆々の男。ゾウという動物の特徴を模した仮面をかぶっていた。
神を殺すのは初めてだが、その頃には誰かを殺すことに何の躊躇いも抱かなくなっていた。
そして――失敗した。
『そう、何を隠そう俺がガネーシャだ!』
『いや知ってるにゃ!むしろ違ったら困るにゃ!?』
『しかしお前、猫を躾けるのが上手いな!俺が今まで出会った人間の中で一番見込みがあるぞ!よし、今日から俺のファミリアに来い!』
『強引!?ミネットの意志は無視にゃ!?大体、ミネットは猫以外を信頼する気は――』
『ならば問題ない!何を隠そう俺がガネーシャだ!』
『説明になってない上にそれはさっき聞いたにゃあああ~~!!』
今でもそれがなぜ失敗したのかは覚えていないけれど、とにかく失敗した。
でもその神、ガネーシャはミネットの望む物だけでなく別に望んでもいない物も与えてくれた。
猫への食事、ミネットへの食事。教育、服、家事、人との接し方。
人が人として生きていくために必要な知識と――ずっと昔に失っていた暖かさをくれた。
あるとき、町で変なおじいさんから綺麗な石を貰った。
アスタリスク――それがどういうものかを理解するのは難しかったが、猫たちが分からない所を教えてくれた。その石を何故おじいさんがくれたのかは分からなかったが、何となくそれは自分の為にあるような気がした。
最初はその石を使って同じファミリアの仲間にアスタリスクの加護を与えて、モンスターテイムの補助に使っていた。使えば使うほどガネーシャ・ファミリアの練度は上がっていき、ガネーシャもそれを喜んだ。我が子の成長を喜ばない親などいない――そう言って他の神にも自慢していた。
次第にそれだけでは我慢できなくなって、自分もテイムを行うことにした。
折角だからすごく大きくて立派な奴をテイムして友達になろう。
そして、ガネーシャにうんと喜んでもらおう。
テイムした魔物の名前にガネーシャ――その頃にはもう様をつけていた――は、ビスマルクという名前を付けてミネットと共に可愛がった。
―――――。
―――――。
幸せな日々は続いた。思い出もたくさんできた。
でも、過ごしているうちに、果たして自分が求められている存在なのか分からなくなってきた。
ガネーシャ様が求めているのはミネット?それともアスタリスクの力?
分からなくて、でも怖くて聞くことは出来なかった。
ある日、ミネットは自分がアスタリスクの職権付与を使えなくなっていることに気付いた。
猫に発揮する統率力も少しずつ弱まって、猫たちに見返りを与えないという事を聞かせられなくなってきた。アスタリスクのステイタス補正も弱まった。時々使っていたバトル・アリーナを使用すると、不完全に周囲の地形を取り込むようになっていた。
慌ててアスタリスクを見ると、輝石は無残にも黒ずんでいた。
そして――。
―――――。
あいつは、リングアベルを殺せば輝石に輝きを取り戻してやると告げた。
そのために、輝石の力を保つためのおまじないを施してきた。
今になって思えば、騙されていたのかもしれない。
おまじないを受けてから、リングアベルへの殺意とガネーシャ様に捨てられることへの恐怖はどんどん心の中で膨れ上がっていった。変容する自分の心が怖くなって、気が付いたらリングアベルを殺したくないという思いが心のストッパーになっていた。
リングアベルの笑顔は、どこかガネーシャ様に似ていたのだ。
それでも、アスタリスクの力に縋るしかなかった。
だって、ミネットの居場所は――暖かな寝床は、ガネーシャ様の下にしかなかったから。
意識が浮上し、天井が見える。
体はふわふわしていて、あまり感覚がない。
視界はぼやけ、目の前に誰かがいるのは分かったけど、誰なのかは分からなかった。
「――この子の魂を縛っていた呪いは、一先ず封じたわ。でもこれは呪いの大本を叩かないと根治は無理ね………汚らわしい呪い。この呪いをかけた何者かを、私は許容できそうにありませんわ?」
「うむ、俺も同じ気持ちだ。落とし前は必ずつけなければならん……この子を弄んだ、その報いをな」
聞き覚えのある声だった。
母親のような、父親のような。いつも優しくて、誰にも別け隔てをしなくて。
えばっているようで全然えばってなくて、人が笑うのを見るのが誰よりも好きな――
でも、もうミネットにはアスタリスクの力は残っていない。
何となく分かるのだ。ねこ使いとしての力が、自分の中から感じられない。
それでも、一緒にいていいと言ってほしかった。母親に言ってもらえなかったその言葉を。
震える手を伸ばして、ガネーシャに伸ばす。
「ガネーシャ、さま………ミネット、もうお役にたてないかも、しれないけど………捨てにゃいで、にゃあ………」
「俺を誰だと思っている?そう、何を隠そう俺こそが!……誰より優しくていつだってミネットの味方、ガネーシャ様だ」
ああ――はやりこの神様の掌は、いつも暖かい。
後書き
最初のボス戦、辛勝です。
何故か私の中のガネーシャ様はこの小説一番の良心です。
次話で更に菩薩度が上昇します。
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