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バフォメット

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7部分:第七章


第七章

「我が愛する兵達よ!」
「はっ、陛下」
「その忌まわしい異端の者達を火刑の柱に縛り付けるのだ」
「わかりました」
 兵達は王のその言葉に頷く。そうしてすぐに騎士団の者達を柱のところに連れて行き縛り付けた。王は次には薪をくべさせ火を点けるように指示を出した。
「さあ燃えろ!」
「焼け死ね!」
 松明を持った男達が出て来て民衆の興奮はさらに高まった。
「異端は神の炎に焼き尽くされろ!
「そのまま地獄に落ちろ!」
「地獄に落ちるのは我等ではない!」
「そうだ!」
 しかしそれでも騎士団の者達は叫ぶのだった。死の炎を前にしても。
「いいか、言ったぞ!」
「今年のうちだ!」
 また王に対して憎悪の目を向けての言葉だった。
「王よ、貴様は地獄に落ちる!」
「教皇と仲良くな!」
「黙らせよ!」
 王はたまりかねて予定にはない指示を出した。
「何でもよい。もう喋らせるな」
「は、はい」
「わかりました」
 家臣達も兵達も慌ててそれに応える。猿轡をかけてもう喋らせないようにした。そのうえで火を点けたのだった。
 バチバチと木が燃える音と火の粉、それに煙が沸き起こる。騎士団の者達は忽ちのうちに炎に包まれ生きながら焼かれていく。群衆の嘲りと罵倒が続くが彼等はそれを聞いてはいなかった。ただ王を憎悪の目で睨み据えているだけだった。王はそれを強張った顔で受け続け彼等の死を見届けるのだった。
 火が消えて騎士団の者達は黒焦げた骸となった。家臣の一人が誰もがそうなったところで王に対して問うてきた。
「終わりましたが」
「どうするかだな」
「はい、骸はどうされますか?」
「捨てて置け」
 忌々しげに一言告げた。
「捨てますか」
「そうだ、いつも通りな」
「では異端の屍として晒し後は」
「烏の餌にでも何でもせよ」
 異端に限らず処刑されたならば城門にその骸を晒され野犬や烏の喰らうままに任せる。それがこの時代のしきたりであった。
「よいな」
「わかりました。では」
「これで終わった」
 自分自身に言い聞かせる言葉だった。
「全てな」
「はい」
 確かに騎士団達への処刑は終わった。だが騎士団の財産は思ったよりも集まらなかった。そして。騎士団の主立った者達が処刑されてから王と教皇に異変が起こったのだ。
「また来たか」
 宴の時に不意に呟きだすのだ。
「来るなと言っておろう。異端が」
「異端!?」
「何のことだ」
 宴の場である。異端なぞいる筈がない。周りにいる家臣達は王のその言葉に不審なものを感じずにはいられなかった。いぶかしむ彼等の前で王はさらに呟くのだった。
「御前達は死んだ。その証拠に黒焦げではないか」
「何か見えるか?」
「いや」
 やはりいぶかしむ顔で言い合う。彼等には見えはしない。
「何も見えないが」
「陛下は一体何を御覧になられているのだ」
「そうか、去らぬか」
 王は剣呑な顔になり息を荒くさせた。そして。
「ならばわしがこの手で」
「な、どうされたのだ」
「陛下、御気を確かに」
 不意に腰にある剣に手をかけそれを引き抜いたのだ。それを滅茶苦茶に縦横に振り回す。宴の場は大混乱になり誰もが王から逃げ惑う。王は昼も夜もうなされ何かに怯えていた。そしてことあるごとに剣を抜き空を切り回す。そしてそれは教皇も同じだった。
「悪魔よ、去れ!」
 あらぬところを見て叫ぶのだった。
「余は神の代理人ぞ!悪魔なぞ恐れはせぬ!」
「悪魔ですと?」
「教皇様、ここはローマです」
 言うまでもなく教皇庁がある教皇の街だ。この世で最も聖なる場所とされている街である。
「悪魔なぞは入られる筈が」
「そうです。お戯れを」
「そなた達には見えてはおらんのか」
 だが教皇は彼等のその言葉を否定する。
「何がでしょうか」
「あれだ」
 空を指差す。そこには何もない。だが教皇は言うのだ。
「あそこにいるのだ。山羊が」
「山羊が」
「雄山羊の頭に。何とおぞましい」
 指を震わせながら言葉を続ける。
「女の乳房がある。そして忌まわしい蝙蝠の翼までがある」
「馬鹿な、そのようなものが」
「いる筈が」
「黙れ!」
 恐怖に満ちた声で叫んだ。
「いるのだ。わしがいると言えばいる!」
「教皇様、お静かに」
「いますが。だが」
「そうだ、いるのだ」
 教皇の言葉は真実だ。だからそれは認めた。見えはしなくとも。教皇はさらに言葉を続けるのだった。
「あそこにな。悪魔が」
「一体どうされたのだ」
「そんなものは」
「馬鹿な、何故見えぬ」
 教皇にとっては信じられぬことだった。あくまで彼は。
 
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