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バフォメット

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6部分:第六章


第六章

 だがそれでも誰も自らが異端であることを認めない。そのうえ。彼等の財産の没収も思ったようには進まなかった。王はこのことに苛立ちを覚えていた。
「何故だ」
 王は家臣に問うていた。
「何故財産があれだけしかないのだ」
「おそらくは隠しているものかと」
 家臣はそう述べた。
「ですから見つからないのでしょう」
「隠しているか」
「はい」
 王の問いにも答える。
「そこにかなりのものが隠されていると思われます」
「それは何処だ」
 王は鋭い、獲物を狙う目で呟いた。
「何処にあるのかだが」
「わかりません。少なくともフランスにはありません」
「教皇庁は探し出しているだろうか」
「いえ、それが」
 だが彼は王のその言葉には首を横に振るだけだった。
「イタリアはおろか神聖ローマ帝国内にもスペインにも」
「見当たらないというのか」
「イングランドにもスコットランドにもです」
 そちらも否定されたのだった。
「あとは。めぼしい場所は」
「サラセンにでも隠したか」
「そちらにも人を送っています。ですが」
 返答は明朗なものではなかった。それが何よりの証拠だった。
「どうにも」
「わかった。だが探し続けよ」
「わかりました」
「そしてだ。教皇様にお伝えせよ」
 今度はバチカンを話に出してきた。
「最早テンプル騎士団の異端は確実なものになったとな」
「自白があったのですね」
「あった」
 ということになるのだった。彼か教皇がこう言えばそれで決まるのだった。
「今までの取り調べのことは全て真実だったのだ」
「では。やはり」
「そうだ。彼等は異端だった」
 最早決まっていたことをあえて述べてみせる。
「異端であることを自ら認めた。悪魔に仕えていたのだ」
「あのバフォメットに」
「その罪、許せるものではない」
 神妙だがそれでいて白々しさもある言葉だった。偽りである何よりの証拠だった。
「だがわしの裁くところではない。全ては」
「神の代理人である教皇様が」
「おそらく解散させられ全財産は没収だ」
 だがこうも言うのだった。王は。
「異端を裁いたフランス王と教皇庁には神の恩恵が捧げられることになる」
「王に神の御加護だ」
「残念なことだ」
 またしても神妙だが白々しい言葉が出された。
「聖地を守護する騎士団が異端だったとはな」
「全くです。嘆かわしい」
「全ては悪魔の企みによるもの」
 その悪魔が何処にいるかは言わない。悪魔がどちらにいるのかさえも。だが今の王の顔はドス黒いもので満たされていた。これは真実だった。
「後は」
「裁きの炎があるだけですな」
「そういうことだ。では教皇様にお伝えせよ。よいな」
「はっ」
 こうしてテンプル騎士団の処罰が決まった。彼等は解散させられその表にある財産は全て没収された。そのうえで主立った者達は火炙りに処せられることになった。
 その処刑の日。長きに渡る凄惨な拷問によりその身体をボロ布の様にさせられた騎士団の者達が引き立てられてきた。腕や脚をなくしているものもいれば顔が原型を留めていない者も立てなくなり橇に曳かれる者もいる。あまりにも無残な姿を晒しながら引き立てられてきた。
 彼等は群衆に囲まれている。真実を知らない彼等は騎士団の者達を異端と信じ込み口々に罵声を浴び掛けていた。
「異端は死ね!」
「地獄に落ちろ!」
「フランス王万歳!」
「教皇様万歳!」
 そしてフランス王と教皇を讃える。やはり何も知らないままに。
 そこには王もいた。一際高い場所に座を設けそこに衛兵や家臣達に囲まれ見事な服を着て騎士団達を見下ろしていた。その顔は確かに王者のものではあった。
 その彼が。騎士団の者達に対して言うのだった。
「異端の者達よ」
 ここでは正義を守護する王の顔をしていた。
「その罪を己の死によって償うがいい」
「戯言だ」
「そうだ、我等は異端ではない」
 彼等はまだそれを認めようとはしなかった。
「我等は陥れられたのだ」
「王と教皇、貴様等に」
 そしてこう言うのだった。口が聞ける者は。口さえも完全に壊され話せなくなってしまった者もいたのだ。顔がほぼ壊れてしまっている者さえいた。
「陥れられたのだ」
「この恨み、忘れんぞ」
「異端が何を言うか!」
「陛下を愚弄するな!」
「神を否定するか!」
 だが何も知らない群衆達は彼等のその言葉を否定した。そうして石を投げ彼等を攻める。王はその彼等に対して厳かに言うのだった。
「止めよ」
「何故ですか、王よ」
「異端に情けは」
「それは違う」
 あくまで謹厳な王として振舞う。
「異端を裁くのは誰か」
「神です」
「そう、神だ」
 自身の民衆に対して語る。王の仮面を被り。
「私ではない。ましてやそなた達でもない」
「ではどうすればよいのですか、我々は」
「彼等をどうすれば」
「見ているだけでよい」
 謹厳な王としての仮面はまだ被っている。
「それだけでよいのだ。彼等が裁きの炎に裁かれるのをな」
「裁きの炎にですか」
「それでは」
「うむ、私と共に見守ろう」
 さりげなく民衆を自分の手の中に収めてしまった。
「彼等が裁きを受けるその時をな」
「わかりました、それでは」
「是非。我々も陛下と共に」
「見るのだ」
 またしても厳かな動作を芝居して己の民達に告げる。
「おぞましき異端の者達が裁きを受けるその姿をな」
「さあ異端よ焼き尽くされろ!」
「神の裁きの炎でな!」
「神の裁きか」
 それを聞いた騎士団の者のうちの一人が忌々しげに顔を歪めさせた。これまでの拷問で顔そのものが歪められていたがそれとはまた別の歪みを見せたのだ。
「それを受けるのは我等ではない」
「そうだ」
 まだ口が聞ける騎士団の者がそれに応える。
「裁きを受けるのは我等を陥れた教皇と」
「王よ、貴様だ!」
 皆同時にフランス王を見据えた。その憎悪に燃える目で。王はその全ての憎悪を受けたのだった。
「私は今ここに告げよう。今年のうちだ」
 期日を区切ってきた。
「今年のうちに王と教皇を神の御前に呼ぶ」
「そこには我等がいる。そして」
 騎士団の者達は口々に言う。
「御前達を地獄に落としてやる」
「そのバフォメットがいる地獄にな!」
「だ、黙れ!」
 王はその憎悪を受け怯んだ。しかしその怯みは何とか己の民衆達にも周りにいる家臣達にも見せず芝居の仮面を被り続けた。そのうえで声も何とか平静を保ちながら火刑台のところにいる兵士達に指示を出したのだった。
 
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