バフォメット
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1部分:第一章
第一章
バフォメット
目的の為には手段を選ぶ必要はない。これは政治の世界においてはとりわけよく使われるし言われてきている言葉だ。それこそ昔から。
この時もそうだった。フランス王フィリップ四世。彼は今あることを考えていた。
「どうやっても無理か」
「はい」
家臣の一人が彼の言葉に頷いている。この時王は玉座に座りそこで考えごとをしていた。目鼻立ちは端整で口髭も奇麗に切り揃えてある。美男子といってもいい外見だがその顔は非常に陰があり何処か陰惨な印象を強く与える。そんな顔をしていた。その王が玉座にいるのだ。
「既に教会からも金を取っていますが」
「そうだな」
教会への課税も導入したのだ。それまで完全な聖域であり手がつけられなかったがそれを強引に変えたのだ。その際教皇と対立もした。
「あの時もかなりてこずりましたが」
「うむ」
家臣の言葉に応えると共に頷いてみせた。
「教皇の反対で」
「黙らせてよかった」
「その通りです」
当然ながら教皇はその課税に反対であった。教会の利権が脅かされるからだ。しかし王はその教皇に対して実力行使に出たのだ。
まず三部会を開いた。僧侶に貴族、平民から成る議会だ。これの狙いは王の国内での支持を確かなものにする為だ。まずはこれで王は自分が支持されているということを確かなものにした。それと共に国内の意見を統一させたのだ。王の深い読みがそこにはあったのだ。
こうして地盤を固めて。王は次の行動に出たのだ。
「あれは教皇も思いも寄らなかったようです」
「馬鹿者めが」
こう言ってほくそ笑んでみせた。
「使えるものは何でも使う。そうだな」
「その通りです。武力でさえも」
「そうだ」
はっきりと告げた。
「むしろこうした時での武力ではないか」
「その通りです」
教皇がイタリアのアナーニという街にいる時に軍を送り彼を捕らえたのだ。俗に言うアナーニ事件である。これにより教皇は憤死し後の教皇はフランスの下に置かれることになった。
「それにだ」
「ええ」
さらに言葉を続けるのだった。
「あの教皇ではな」
「皆因果応報と言っています」
「その通りだ」
こう言って陰惨な笑みを浮かべる王であった。家臣もまた。
「何処の世界に神を信じない教皇がいる?」
「それこそ性質の悪い冗談です」
こう言い合うのだった。
「神を信じず贅沢と美女と美酒、美食に明け暮れ」
「祈りをしている者を罵ったとか」
「呆れた男だ」
こうまで言う。この捕らえられた教皇をボニファティウス八世という。
彼は他人を蹴落とし謀略を駆使して教皇にまでなった。非常に卑劣かつ貪欲な政治家であり己の欲望の為には手段を選ばない男だった。先の教皇を陰謀で退位させ監禁して教皇になったのだ。そした男だった。
この教皇は神なぞ信じてはいなかった。聖職者なのにだ。神を祈る男にすぐに激怒してこう叫んだのだ。
「馬鹿者が!イエスは自分さえ救えなかった男だ。他人を救えることなぞできはしない!」
これが教皇の言葉だ。信じられないことに。こうした男であるからフランス王に捕らえられても誰も同情しなかったのだ。ただ悪事の報いを受けただけだと皆思ったのだ。
「八十近くにもなって酒と美女か」
「しかも美食まで」
「貪欲もそこまで行くと見事だ」
これは褒め言葉ではない。
「邪悪なものだ。報いを受けただけだ」
「その通りです。それで」
「それで。どうした」
「確かに聖職者への課税は成功しました」
教皇を黙らせたことが決定打だった。だがそれで終わらなかったのだ。
フランスの財政不足はそれで解決はしなかった。王はそのことに頭を悩ませていた。その解決を目指していた。その為に手段を選ぶつもりはなかった。
「ですが。まだ赤字は残っています」
「それをどうするかだが」
「王よ、お考えは」
「そうだな」
右手を己の口に当てる。そのうえで考える顔になるのだった。
「このままではどうしようもない」
「その通りです」
「ではどうするかだ。問題はそこだ」
そうなのだった。だが。
「しかし。どうしたものか」
「教会はもう使っていますし」
「教会はな。もう使えはしないか」
「他に税収はできる限り行っております」
それも既に行っていたのだ。各階層への租税を強化している。しかしそれでも赤字は解決していなかった。およそ不可能ではないかとさえ思えるものがそこにあった。
「ですが。それでも」
「他に金がある場所はないか」
「ある場所にはあるのですが」
ここで家臣は言う。
「ヴェネツィアやジェノバの商人達も」
「連中はまた別世界だ」
こう言って顔を顰めさせる。
「貿易を行っているからな。それへの収入が別格だ」
「胡椒にしろ」
「羨ましい限りだ」
この時代、いやローマ時代から胡椒は貴重品だった。それの貿易での収入は天文学的なものでありイタリアの諸都市を繁栄させる要因ともなっていたのだ。
「金のなる木がある者達は違う」
「そうです。連中は好きなだけ金が入ります」
「我々とは違ってな」
「借金もありませんし」
今度は借金の話も出た。
「そのことについてですが」
「催促でもあったが」
「はい。テンプル騎士団のものです」
ここでこの騎士団の名前が出て来た。
「奴等か」
「はい」
顔を不機嫌なものにさせた王に対して答えた。
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