因果
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2部分:第二章
第二章
言うしかなかった。李斯は覚悟を決めてその問いに答えたのであった。
「知っております」
「そういえばそなたも法家であったな」
「はい」
「だからこそ知っておるのか」
「韓非ですが」
「何時の頃の者だ?」
王はその鋭い目と地の底から響き渡るかのような声でまた問うてきた。
「その者は」
「私と同門の者です」
「何っ、すると今生きておる者か」
「そうです」
このことも正直に答えた。
「韓の公子でして」
「左様か。韓の者か」
王はそれを聞いて納得した顔になった。そしてそのうえでさらに言うのだった。
「それならばだ」
「はい」
「その韓非を秦に連れてくるのだ」
すぐにこう命じたのだった。
「よいな。すぐにだ」
「はっ」
こうして韓非は秦に入ることになった。韓を脅す形でいささか強引だったがそれでも彼は秦に入った。そしてすぐに王に引き合わされた。
王は韓非と会いその話を聞くとすぐに彼の才を見抜いた。そうして彼を重く見るようになった。
「まずいな」
李斯はその様子を見て己の身が危ういことを察した。
用済みと見ればすぐに切り捨てる、王のそうした冷酷な性格をよく知っていたからだ。韓非が認められれば自分はどうなるのか。答えは出ていた。
「消されてたまるか」
地位を固めるどころではなかった。己の命すらかかっていた。彼とて死ぬつもりはない。だが韓非の才は己よりも上だ。彼は悩んだ。
だがここで彼はあることに気付いた。王の性格にである。確かに彼は冷酷で鋭いがそれと共にもう一つの特色があった。それは何かというと。
王は猜疑心が深い。権力の座にある者には非常に多いが王の猜疑心は病的な程であった。何かあればすぐに家臣を疑い消す。そのことを思い出したのだ。
「ならば」
李斯の心に暗いものが宿った。
彼はすぐに行動に移った。王の前に行きあることを告げたのだ。
「韓非ですが」
「何かあったのか?」
「あまり信用されない方が宜しいかと」
思い詰めたような、それでいて警戒する顔で王に言うのであった。
「あの者は」
「その方の同門であるのにか」
「同門であるからです」
その同門であるということを逆手に取って話す。
「だからこそわかるのです」
「あの者が信用できぬとか」
「左様で」
「何故だ?」
王はその李斯に対して問うた。様子は落ち着いているが気配は揺れだしていた。この辺りにもう猜疑心の深さが出て来ていた。
「それは」
「まずあの者は韓の公子です」
最初に述べたのはこのことだった。
「韓の」
「韓のか」
当時中国では幾つもの国がありそれぞれ争っていた。秦はその中でとりわけ強大であったがそれだけに多くの敵を持っていた。それはこの韓もまた同じであった。
従って秦と韓の仲は悪い。しかも国境を接しているだけあってそれはかなりのものになっている。しかもであった。
「しかもです」
「しかも?」
「王が読まれたあの本ですが」
「あれか」
「あれは本来韓王の為に書かれたもの」
「このことも王に対してる下告げた。
「つまり彼は韓の」
「そうだな、それでだ」
「はい」
王は李斯の話を聞き一つの決断を下した。それは。
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