菖蒲
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7部分:第七章
第七章
「持って参れ」
「わかりました。それでは」
料理人は王の言葉に頷いた。そうして兵士達に通され部屋に入った。ここで兵士の一人がふと彼に問うことがあった。
「待て」
「何か」
表情を変えずにその兵士に顔を向ける料理人であった。
「その魚の上にあるものは何だ。花か」
「はい、花です」
兵士の問いに静かに答えた。見れば青い花が一輪魚の上に添えられていたのだった。
「花か。青いが」
「菖蒲です」
彼はこう答えた。
「魚に花を添えると味がよくなりますので」
「そうなのか?」
「私が見つけました」
にこりと笑って述べるのだった。
「全く違う味になります。ですからそれを王と公子にと思いまして」
「菖蒲か」
王もその話を聞いていた。菖蒲と聞いて表情が少し変わった。
「ならばよい」
「宜しいのですね」
「わしも菖蒲は好きだ」
これは本当のことだった。だから少し警戒が解けた。それが間違いでもあったが。
「偶然かな、これは」
「いえ、違います」
料理人はそう答えた。
「これもまた公子から王への贈り物でございます」
「公子からの」
「はい」
料理人は静かに答えた。
「王への。王がお好きだということで」
「そうか。それはよいことじゃ」
微かだが顔を綻ばせた。
「それではな。その菖蒲を早く見たい」
「それでは」
兵士達の前を通り過ぎてそのまま前に進む。ここで王はまた問うたのであった。
「然るにだ」
「何か」
料理人はまた王に応えた。
「その菖蒲はわしへの贈り物だったな、公子からの」
「左様です」
皿を掲げて頭を垂れる。
「お受け頂けるでしょうか」
「無論」
王は警戒をかなり解いていた。そのうえでの返答であった。
「喜んでな」
「それを聞いて安心しました」
料理人の顔が綻んだように見えた。王はそれを見てさらに安心した。しかし気付いてはいなかった。その目は決して笑っていなかったことに。
「これで」
「これで?」
「私も任を果たせます」
「任だと!?」
「はい」
ここで料理人の声が変わった。
「私の任、それは」
「王よ」
腹心の一人が咄嗟に声をあげる。だがそれは間に合わなかった。
「これにございます」
料理人はやにわに魚の皿に右手を突っ込んだ。何とそこから剣を出してきた。小振りだが実に形のいい独特の剣だった。
「剣!」
「そこに隠していたのか!」
「王よ!」
腹心達は慌てて王に駆け寄ろうとする。当然彼を守る為だ。
「ここはお下がり下さい!」
「早く!」
「う、うむ!」
王はそれに頷く。だが料理人の方が動きが速かった。それもかなりだ。それを止めようにも彼の動きは兵士達よりもまだ速かった。
兵士達が矛を手に突き進む。彼はそれよりも早く剣を構え皿を上に投げていた。魚も菖蒲も高々と投げられそこから落ちる。まずは魚が落ちた。花は空に揺られて少し遅れていた。
腹心達が王を守るよりも、兵士達が矛を彼に突き立てるよりも彼の動きは速かった。その料理人、専緒の動きは。
剣を横手に投げる。今放たれた。丁度その前に菖蒲がありそれが王の視界を防いでいた。
「菖蒲・・・・・・」
王はその菖蒲を見た。そうしてそれを見て悟った。光が何故菖蒲を彼に贈ったのかを。それは死への餞別に他ならなかったのだ。
菖蒲が切れた。散り散りに。そこから剣が来る。専緒が放った剣が。王が避ける間もなく剣は飛び、そうして彼の額を深々と貫いたのであった。
冠が割れ床に落ちる。それを共に王の身体はゆっくりと後ろに倒れるのだった。
「王よ!」
「王!」
それを見て腹心達も兵士達も叫ぶ。だがもう間に合わなかった。剣は王を倒してしまっていたのだ。
専緒はそのまま宴の場の真ん中に立っている。身動き一つしない。その彼のところに兵士達の矛がそのまま突き進んできた。
避けられただろうか。それとも無理だったであろうか。どちらにしろ彼は動かなかった。動こうとはしなかった。身動き一つしようとしなかったのだ。
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