白梅
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2部分:第二章
第二章
「はい」
「まずはこれを」
そう言うとすぐ側に咲いていた梅の花に顔をやった。白い梅の花だった。どの枝も満開に咲き誇りかぐわしい香りを放っている。殺伐とした今この場にはかなり不釣合いな咲き誇りだった。
その梅の枝を一つ切った。その枝を手に取ると豫譲に差し出したのだった。
「梅をですか」
「今までよくやってくれた」
静かに告げた。
「今はこんなものしか渡すことができないが。受け取って欲しい」
「かたじけのうございます」
己を知る者からの褒美だ。喜んで受け取らない筈がなかった。実際に彼はその白梅の枝を恭しく両手で受けたのだった。その頭を垂れて。
「他の者も受け取ってくれ。今まで本当によく働いてくれた」
「有り難うございます」
「それでは」
皆もそれを受けた。梅の花を。皆に行き渡った頃には梅の花はもうなくなっていた。智伯はそれを見届けてからあらためて豫譲に声をかけた。
「己を知る者の為に死ぬのだったな」
「そうです」
彼の問いにこくりと頷いてみせた。
「ですから今は」
「なら。今は余計に生きて欲しい」
「何故ですか!?」
今の智伯の言葉は。豫譲にとっては理解できないものだった。
「どうして。今この時こそ」
「その時ではないからだ」
しかし智伯はまた豫譲に言うのだった。穏やかな声で。この場に相応しくないとも思える程の穏やかな声で言うのだった。
「その時ではない」
「私は死ぬ」
それは確かだった。もう覚悟していた。
「しかし。彼は生きる」
「彼は、ですか」
「貴殿の剣の力に期待する」
次の言葉はこれであった。
「それだけだ」
「・・・・・・わかりました」
智伯が何を言いたいのかわかった。だからもうこれで充分だった。豫譲も頷くだけだった。
「それでは」
「ではな。それでは諸君」
彼等の間を横切った。向かうのは門だった。そこには間も無く敵が迫ろうとしている。それを承知してのことだった。
「さらばだ。達者でな」
こう言い残して智伯は敵の中に踊り込み遮二無二戦った後で千刃の中に倒れた。豫譲は逃れ何処かへと消えた。その手に智伯が贈った白梅を持ちながら。
智伯を攻め滅ぼした趙襄子はそれにより晋の中での地位をさらに高いものにさせていた。そのことで上機嫌になり連日己の館において宴を開いていた。この日もそうであった。
「さあさあ飲め飲め」
宴の場で部下や客達に対して笑顔で声をかける。自身は主の上座に座りそこで楽しく馳走と美酒に囲まれていた。ただその美酒が入れられている杯は何か異様なものであった。
「おや、我が君」
座していた家臣の一人がその杯に気付いた。
「その杯は一体」
見れば白い杯だ。しかもただ白いのではない。白っぽいのだ。木のものではない。ましてや玉のものでもない。象の牙には似ているが。しかも形も普通の杯とは違い丸っぽく、それでいて微妙に歪な形をしていた。不思議な杯であった。
「何なのでしょうか」
「頭よ」
趙は彼の問いに誇らしげな笑顔で語った。
「頭?」
「そう、頭だ」
またこう言うのだった。
「これは頭なのだ」
「頭といいますと」
「だからだ。しゃれこうべだ」
今度の答えはこれであった。しゃれこうべと言ってきたのだ。
「しゃれこうべ!?」
「左様。わしは智伯との戦いに勝った」
次にこれを言う。今開かれている宴は彼との戦いに勝った祝いであるからこれはわかった。
「それを祝ってな。これで飲んでいるのだ」
「しゃれこうべで祝い」
だが家臣はそれを聞いて首を傾げる。何か頭の中でつながらないのだ。
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