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ある提督の回顧録

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1日目

 
前書き
所々オリジナルな要素が入っています。
艦娘が普通に人間だったり、叢雲ととある艦娘が同じ学校に通っていたり
(ゲーム中では特に言及なし)











 

 
 士官学校を卒業してから数日。
辞令を受け鎮守府に到着、着任し執務室に入ってから約1時間が経過した。
書類等が入っているダンボールの他にはなにもない空間に少しずつ慣れてきたころ。
何者かの足音が聞こえて私は身を硬くした。

「失礼するわよ」

 ノックの後にそう告げて部屋に入ってきた人物は実に垢抜けた少女だった。
磁器のように白い肌、艶のあるモイストシルバーの長髪、強い意志を感じさせるオレンジ色の瞳。
 紺と白のセーラー服を着たその姿は一見すると学生のようだが、頭部の機械的な浮遊物はこの少女が一般的な学生ではないことを示している。

「アンタが司令官ね。……特型駆逐艦、5番艦の叢雲(むらくも)よ。現時点をもって着任となったわ」

 顔面が引きつった。
いや、「アンタ」はないだろう……。

 しかし初対面でいきなり怒鳴るのも悪い印象を与えかねない。
この鎮守府に初めて配属されてきた部下と関係がこじれるのはやっかいだ。

 さらに見た目が美少女なだけに嫌われるのは避けたい。
いや、それが一番の理由ではないが。そう、けっして。

 そうやって悩んでいると自らを「駆逐艦、叢雲」と名乗った少女はこちらをじろじろと見てきた。
ひょっとして、値踏みされているのだろうか?
とりあえず挨拶を返さねばならない。

「そうか、私はこの鎮守府の提督となった田中 太郎(たなか たろう)だ。よろしくな?」

「……なに?そのありきたりすぎる名前」

 にやにやとこちらを見ている。
まるで、よいおもちゃをみつけた!といわんばかりに。

 仮にも上官にその態度はどうなのだろうか?
とは思うものの、事実として確かにありきたりな名前ではある。一々怒ることでもない。

「覚えやすいだろう?」

「そうね……ま、せいぜい頑張りなさい!」

 また、顔が引きつった。
実に尊大な態度。さすがの私でもこの上「せいぜい頑張れ」などと言われるのは癪であった。

「私は一応、上司である筈だが?せいぜい頑張れなどと……」

 それを遮るように叢雲は口を開く。

「私はね?数々の作戦に参加した艦としての記憶を持っているの。それを生かしてぺーぺーのアンタに対する指導艦の役割も仰せつかっているわ。
つまり、アンタが一人前の司令官になるまでは私のほうが立場は上って事ね」

 そう言うと叢雲は一枚の紙を手渡してきた。
指令書だ。内容は今、叢雲が言ったようなことだった。

「……」

 指導官ならぬ指導艦。
大変遺憾ではあるが、新米少佐を脱するまでは上司として扱ってはくれないらしい。

「とりあえず、私一人だけじゃどうにもならないからまずは建造ね。」

「建造?」

「下に工廠(こうしょう)、建造ドッグが見えるでしょ?クレーンのある場所よ。
 そこで建造ができるわ」

――建造。そうだ、彼女たち「艦娘」は「人工物」だ。
士官学校では「艦娘は兵器である」というのが一般的である。
ここにいる彼女はあまりに人間的すぎるゆえに忘れそうだが。

「ああ、それは知っている。……で、どうすれば良いのですか?指導艦どの?」

「建造ドッグにいる妖精さんに消費する資材を通達しなさい。そうすればあとは妖精さんが頑張ってくれるわ」

 「妖精さん」とは鎮守府内のあちこちで見かける小人のことだ。

「了解。消費資源は……最小で?」

「お好きにどうぞ?資材を多く消費すれば大型の船舶が来やすくなるわよ。
まあ、まだ資源に乏しい内から大型船舶なんて運用できないと思うけど」

 流石に指導艦というべきか、言っていることは道理であった。

「確かに……ところで、艦娘の配属は運に左右されるのだろうか?
 この船が欲しい!とか狙って配属させることはできないのか?」 

「あのね?そんなことができたら世の中みんな苦労しないわよ。こればっかりは縁もあるし。
 ……ああ!もう!いいからさっさとドッグに行きなさい!駆・け・あ・し!」

私は追い出されるように執務室を出た。













「そうそう、とりあえず各資材最低値で」
 戦力を整えるために工廠に来た私を妖精さんたちはとても丁寧に出迎えてくれた。
 ……どこぞの駆逐艦とは大違いである。
彼女らは言葉を発することはないものの、よくわかるジェスチャーで感情などを表現している。
 最も、我々が理解できていないだけで実は言語を発している可能性はあるが。

「よしよし、とりあえず2隻作るかな。予定建造時間は……ドッグ1が1時間22分とドッグ2が20分か。」

 新しい仲間に出会えるのは楽しみであった。「あれ」よりひどいのはそうそういないだろうし。
せっかくなのでここでしばらく待っていようか。

 すると妖精さんたちがドッグの隅を指さして首をかしげるジェスチャーをした。
見ると、「高速建造材」とあり説明を見る限りどうやらこれを使うことで早めに新戦力と出会うことができるようだ。
私は首を振った。

「たしかに、直ぐにでも合ってみたいけどこうして待つのも乙なものだと思うからね。
 気を利かせてくれてありがとう」

 妖精さんたちは「りょーかーい」とジェスチャーをした後またちょこちょこと動き出した。
コミカルな動きをする彼女らを眺めるのも結構楽しい。


 そうして約15分の時間が過ぎた。
これ以上遅くなると執務室に帰った時、叢雲になにか言われるかもしれない。

 しかし、もう少しでドッグ2の建造が終わりそうであったのでどうせなら終わってから行こう。
そう思っていたその時。





――けたたましいサイレンの音が鳴った。



 私は急いで執務室に戻った。
叢雲は待っていたようだ。

「遅い!たかが建造の指示だけでなんでこんなに時間かかってるのよ!
 ……本部より入電、深海棲艦がこの鎮守府の方向に向かっているらしいわ」

「敵が?なぜ?」

 そう言うと叢雲は呆れたように。

「敵がこっちの都合に合わせてくれるわけがないでしょ?」

「そりゃあそうだろうけど」

 着任初日で攻めてくるなんて誰が思うだろうか。

「で?キチンと建造はできたんでしょうね?せめて味方が2隻は欲しいんだけど。」

「指示はしてきた。一隻は直ぐ完成するだろうがもう一隻はまだ1時間かかる。
 今回の出撃には間に合わない」

「アンタ、何か忘れてない?」

 そう言う叢雲の額には青筋が浮かんでいるように見える。

「……?いや、特に忘れてるものはないような……?」

「妖精さんがジェスチャーとかしなかったかしら?具体的にはドッグの隅に向かって」

「あ~どうだったかな?あった気がするけど……」

 そう言うと、叢雲はため息をつきながら。
高速建造材、と呟いた。

「……なるほど!そんなのあったな」

「ねぇ……大丈夫?」

「だ、大丈夫だ!」

 急いで来た道を引き返し、ドッグへ入ると妖精さんに指示を出した。







「1番に高速建造材を!」

 指示を受けた妖精さんたちはあたふたとしながらもすぐにバーナーを取り出し建造中のそれへと炎を向けた。
これで本当に完成するのだろうか?そう思った瞬間。
 ふわり、と少女が姿を現した。

「はーい、お待たせ?兵装実験軽巡、夕張(ゆうばり)、到着いたしました!」

 ドッグから出てきたのは少し緑がかった銀髪のポニーテールが印象的な黒いセーラー服のかわいらしい美少女だった。


「夕張、よろしくな」

「はい!提督!」

 そう言うと橙色の瞳をこちらへ向けて夕張はにっこりと笑った。いい笑顔だ。
艦娘がみんな夕張のようであればいいのに……!
 そんな風に考えているうちにブザー音が鳴り響いた。
見ると2番ドッグの建造も終わっていた。

「特型駆逐艦、2番艦の白雪(しらゆき)です。よろしくお願いします。」

 栗色の髪を二つくくりにした少しおとなしそうな少女は少しはにかみながらぺこり、とお辞儀をした。
文句なしにかわいい。
 ああ、どうして「あれ」が最初に来てしまったのだろうか?
この二人はこんなにかわいいのに!

「よろしく、白雪。……俺は提督の田中太郎だ。
 早速で悪いが二人には出撃準備をしてもらう。いいかな?」

 二人はそれぞれ驚いた顔をしながらもすぐに頷いてくれた。
流石は艦娘と言った所だろうか?適応が早い。

「執務室へ行こう。説明はそこで」






 再び執務室へ戻ると叢雲はどこからか海図を引っ張り出していた。

「遅かったわね!……って白雪!?アンタがきたの!?」

「久しぶりだね、叢雲ちゃん」

 美少女二人が手を取り合って笑い合う姿は実に微笑ましい。

 だが、気になることもある。
白雪は今、「久しぶり」と叢雲に言った。いつ会ったのだろうか?
彼女は先ほどドッグから出てきたばかりだろうに。

 ふと、叢雲と目が合った。どうやら視線に気づいたらしい。

「さあ、さっさと作戦会議始めるわよ!」

「あはは……」

 夕張が苦笑いしている。
止めてたのは君たちですよね?いや、余計なことは言うまい。

「司令官、さっき本部からまた高速暗号通信が届いたわ。確認を」

 そう言って叢雲は紙を手渡してきた。
暗号を翻訳し、書き写したものだろう。

「……なるほど、要は他の艦隊がうちの鎮守府近海にて哨戒中に見つけた敵と交戦し、数隻を撃沈させたが残党がこちらへ向かっているらしい」

「敵は損傷を負ってるってことですね?それなら楽勝かも?」

 夕張は楽観的に情報を捉えたようだ。
しかし、叢雲は首を振った。

「夕張?相手が手負いだからといって楽に片付くとは限らないわよ?」

「私たちの錬度も高いとは言えませんし……油断せずに行きましょう」

「あーそっか」

 あくまで冷静に。
しかし、各々の士気は高いと見るべきだろう。

「旗艦は叢雲。随伴艦として夕張、白雪。
 周囲の索敵を怠らないように」

 そう言うと叢雲は満足そうに。

「アンタのお手並み、拝見させてもらうわ」

 と、言って微笑んだ。
望むところである。

「敵残党は駆逐艦だそうだ。全員無事で帰ってくるように!以上!出撃!!」

 敬礼をした後、3人は出撃した。















「敵影確認。……数は1、その他敵影なし」


 白雪が敵を発見した。
初めて戦場に出たからか、その声には緊張が含まれていた。

「駆逐イ級……情報通りね」

「ちょ、ちょっとー置いてかないでー!」

 叢雲と夕張には若干余裕がありそうだ。

 送られた情報を確認したら驚いた。
この駆逐イ級は手元にあるデータより足が速いようだ。

 だが幸いなことに、連戦での影響かそのスピードにばらつきが見られる。
こちらのほうが数は多いので捕捉するのは困難ではないだろう。
 私はすぐに指示を出した。

「白雪と夕張は迂回しつつ挟撃の準備を。許可があるまで撃つな」
 

「了解です」

「了解!……ってああ!白雪ちゃんまってー」

 二人は速度を上げて回り込んでゆく。

「叢雲はできる限り敵の注意を二人から逸らしつつ敵を追い込んでくれ」

「了解」

 告げるや否や叢雲は敵へ急接近。

「いくわよ!」

 叢雲は背中の装備より伸ばした12.7cm連装砲を発射。
叢雲に気づいたイ級は進路を変え、回避行動に移った。

 徐々に水柱が敵の近くに着弾していく。
左右の砲撃を打ち分けることによって砲弾の散布界を収束し、砲撃の集中性をより上げているのだ。

「GYAAAAAA!!!」

 回避しきれないと踏んだのか、イ級も5inch単装砲で応戦してくる。
だが、叢雲の動きを捉えきれていない。

 イ級の対応はどうも中途半端だ。
攻撃にしろ回避にしろ一貫性がない……速度が速い事を鑑みるに新型だろうか?
実戦経験が少ないのかもしれない。


「無駄よ!」

 そして叢雲は相手が反撃に転じる一瞬の隙をついて反撃。

「GYIIIIIII!!!」


 着弾した。
しかし、まだ撃沈には至っていない。

「提督!予定位置へ回り込み完了しました!」

 夕張より連絡が入る。
頃合か、そう思ったとき。

 イ級は反転し速度を上げた。逃げるつもりだろう。
すかさず指示を出す。

「白雪、夕張!敵の足を止めろ!」

 二人に砲撃の許可を出す。

「り、了解!」

「待ってました!」

 14cm単装砲と12.7cm連装砲の集中砲撃にさらされ、敵の足が止まった。
その時。

「沈みなさい!」

 叢雲の12.7cm連装砲が相手を捕らえた。

「GIYAAAAAAぁぁぁぁぁ!!……」

 爆発の後、ゆっくりと敵は沈んでゆく。
今度こそ撃沈させたのだ。


「か、勝ったんでしょうか?」

 おそるおそる、といった感じで白雪はたずねる。

「当ったり前じゃない!さあ、帰るわよ!」

 と、叢雲。元気だな。あいつ。

「そうだな。よくやってくれた。
 周囲を警戒しつつ、帰投してくれ」

 そう声をかけた後、私は気が抜けたように一人へたりこんだ。 













「司令官?入るわよ?」

 執務室に叢雲が帰ってきた。

「作戦完了ね。艦隊が帰投したわ」

「全員無事だな?……二人の姿が見えないが?」

「あの子達はかなり疲れていたようだから先に部屋へ帰らせたわ」

 兵器が、疲れる……?
まあ建造して直ぐに戦場に借り出したのはちょっとかわいそうでもあったが。

「そうか。ところで白雪とはどこで知り合ったんだ?あの子はうちで生まれただろう?」

 気になったので質問してみると、「何言ってんのコイツ?」みたいな顔をした。

「海経だけど?どうかしたの?」

 当たり前だろう、という感じで返してきた。
海経、正式名称は海軍経理学校で庶務・会計・被服・糧食を受け持つ主計科要員育成のために置かれた軍学校である。

 学校に行っていたということは当然今日生まれたわけではない事を示しているはず。
では製造される、とどうして表現するのだろうか。


「君たちはドッグの中で生まれるわけじゃあないんだな?」

「当たり前じゃない……ドッグで作られているのはあくまで装備よ!装備!
 装備があっての艦娘だから生まれるとか製造される、という表現を便宜的に使っているの!
 あの中でホイホイ生まれるならもう今頃深海棲艦は居ないわよ!」

 確かに、言っていることは筋が通っているようだ。
だが腑に落ちないこともある。

「建造が終わって直ぐに出てくるのはどうやっているんだ?」

「仕組みは簡単よ。消費する資源を決める段階で妖精さんたちの作るものが大体決まってくるの。そのときに艦娘となるべくして集められた私たちのような子が出来上がる装備に合わせて呼び出されてから装備のフィッテングを行うの。」

 装備に合わせて呼び出されていたとは。
だが鎮守府内にそれとおぼしき少女の姿はなかった様に思う。

「その少女たちはどこに?」

「この鎮守府の隣に学校のような施設があるでしょう?そこにいるのよ。判った?」

 多少うんざりしたように叢雲は言った。

「ああ、わかったわかった。つまり艦娘となっても基本は人間でありなにも変わらない、という認識でいいんだな?」

「そうよ、だから食事もするし休憩も要るの」

 少女のような兵器ではなくあくまで武装した少女である、そう捉えれば良いらしい。
士官学校で言われている「艦娘はただの兵器」という言に今更ながら反論したくなってきた。

「なるほどな。では叢雲、今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ」

「言われなくてもそうするわ。……ふぁ~ぁ……じゃ、おやすみ」

 叢雲はあくびをかみ殺しながらそう答えると手を振りながら執務室を出ていった。









「さあて、仕事を終わらせるか……」

 ダンボールの中にあった書類は叢雲たちが帰ってくるまでにほぼすべてを片付けることが出来た。
あとは執務を執り行うための机の発注と……個人的な日誌の作成。

 報告書とは別にその日の出来事を記録することは重要であろう。
たとえそれが重要でなくとも記録する行為に意味があると私は信じている。

「今日は色々あったし……いや、ありすぎだな」

 日誌を書き終えた私は次に情報の確認をはじめた。
ダンボールに隠すようにして入れられた古いノートを取り出す。

「やはり大体合っている……レシピ、か」

 私には秘密がある。
誰かに話したところで理解されないであろう記憶があるのだ。

 何の?と聞かれれば「前世の」としか答えられないようなもの。
それを思い出したのがいつからかは正確に覚えてない。

 人一人分の記憶と経験、それから攻略情報。「艦隊これくしょん」というゲームのだ。
ただ漠然と情報が頭に入ってきたのだ。
 まず生まれたのは恐怖であった。
艦娘やレシピ、イベント。
 鎮守府、という単語によってようやくその意味がつながりはじめた。


――艦隊これくしょん。
 どういうわけかこの世界は記憶のなかにある「艦隊これくしょん」というゲームに酷似している。
理由はわからないが。

 それをまとめ直してノートに記したもの。
私はこれを「攻略本」と呼んでいる。
これは私にとっての生命線となりつつあった。

 おかげでこうして提督としてこの鎮守府に配属されたわけだ。
今日の不況の最中にあって職を得られたのは大変好都合であった。
生き残ることが出来れば、だが。

 大体の確認と明日の予定を決めた私は早めに休むことにした。
明日も以降も生き残るために。


 
 

 
後書き
誤字脱字ありましたらご報告ください。
その都度修正させていただきます。

7/9微修正 
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