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老いても

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第三章

「暇なんですわ。ほな」
「お願いします」
「裏に道場がありますさかい」
「あっ、そうなんですか」
「わしだけやなくてここの人間全体で使ってます」
 中華街の者達の公共の場だというのだ。
「そこに行きますか」
「じゃあそこで」
「よかったらわしの酔拳見てくれますか」
「こちらこそお願いします」
 夏男は頭を下げて老人に言った。
「お時間頂きます」
「いやいや、そこまで丁寧にならんでも」
「いいんですか?」
「そやからわしは隠居です」
 だからだというのだ。
「時間はたっぷりありますわ」
「だからですか、じゃあ」
「ほな今から」
「お願いします」
 夏男は仲間達と話していた時とは違い礼儀正しかった、やはり年長者ということもあり礼儀を守ったのである。その謙虚な態度でだった。
 老人に案内されてそのうえで道場に入った、道場は日本のものとは違い香港映画に出て来る様なものだった。書かれている漢字も略体字だ。
 その道場の中に入りだ、二人は。
 お互いに礼をしてから対峙した、言うまでもなく夏男はボクシングの構えで老人は拳法の構えだ。しかし。
 やはり腰は曲がった感じだ、それで夏男は老人に思わずこう言った。
「あの」
「何ですかのう」
「こう言っては失礼ですけれど」
 それでもというのだ。
「拳法できますよね」
「今も」
 出来るとだ、こう答える老人だった。
「大丈夫ですわ」
「だといいですけれど」
「ほなはじめましょか」
「はい、お爺さんさえよければ」
「今から」
 老人の言葉も聞いてだった、そのうえで。
 夏男は自分から動いてだ、そこから。
 まずは右の拳を出した、そして続いて左も。ジャブをコンビネーションで繰り出した。しかしその続けざまのジャブを。
 老人はかわす、その動きは。
 酔っている動きだった、力は入っていない。
 しかしその動きは滑らかでありしかも的確だ、さして素早く見えないが。
 それでもだった、夏男のスピードのある攻撃を。
 的確にかわしていく、それを見てだった。
 夏男は今度はフットワークを使ってだった、そのうえで。
 さらに攻撃をする、だがそれもだった。
 老人は全てかわす、そして最後にだった。
 老人は夏男の足にだ、彼の攻撃を酔った仕草でかわしたうえで。
 足払いをかけた、それでだった。
 攻撃と動くことに必死で足元に注意を払い忘れていた夏男をこかせた、こけた夏男は何とか受身は取ったがこれでだった。
「負けました」
「そうですか」
「あの、ご老人は八十過ぎですよね」
 こけてだ、道場に座り込んだ姿勢での問いだった。
「そうですよね」
「八十五ですわ」
「それでその動きですか」
 信じられないという顔での言葉だ。
「まさか」
「いやいや、これはです」
「これは?」
「何ていいますか力を抜いて」
「力をですか」
「酔拳の極意といいますか」
 それをだ、老人は夏男に話した。 
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