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老いても

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第二章

「そのままだからな」
「だよな、御前それでも真面目だしな」
「お年寄りを大事にすることな」
「ちゃんと弁えてるよな」
「ボクシングの拳は自分自身が大切なものを守る為ってな」
 こうも言う夏男だった。
「いつも顧問の先生に言われてるぜ」
「そこまでわかってるのならな」
「中華街に行っても馬鹿なことするなよ」
「拳法の達人っていっても相手は八十の爺さんだ」
「だからな」
「大切にしろよ」
「わかってるさ、どんな人か見に行くだけだよ」
 つまり興味本位というのだ。
「高校生のボクシング、お年寄りに披露することになるかもな」
「おいおい、そう言うのかよ」
「御前のスパーリング見せるのかよ」
「若い奴の動きをお年寄りに見せる」
「そうしてくるのかよ」
「かもな、あと中華街に行くんだからな」
 ここで夏男は笑ってこうも言った。
「ラーメンでも食いに行くか」
「そっちがメインか?」
「結局のところは」
「そいうかもな、とにかくな」
「ああ、今日にもでもか」
「中華街に行くんだな」
「そうしてくるな」
 夏男はとりあえず酔拳を観に行くつもりだった、そしてそのついでに中華街に行ったのだからラーメンでも食べようと思ってだった、それで。
 中華街の中にある理髪店の前に来た、神戸の中華街は中国の趣を出していて料理店や土産物屋が並び赤く彩られている、漢字と中華風の模様が映えている。
 その中華街の中を一人で進んでここだけは日本それも古い趣の店の前に来た。するとその店の前の木々のところにだ。
 腰が曲がった小柄な老人がいて木々の手入れをしていた、夏男はその老人を見て彼にそのまま尋ねた。
「あの、ちょっとお伺いしたんですか」
「何でっしゃろ」
 関西弁が返って来た、夏男の方を振り向いたその顔は皺が幾つも刻まれていて親しみやすい感じである。
「散髪ですか?」
「あっ、今はまだいいです」
「それでは何の御用で」
「あの、お爺さんが陳さんですよね」
「はい、陳行念といいますわ」
 老人は好々爺といyった笑顔で夏男に答えた。
「この店の先代ですじゃ」
「今は、ですね」
「娘夫婦がやっとりますわ」
「つまりご隠居さんですか」
「ははは、そうなりますわ」
「それで、ですね」
 夏男はここまで聞いてだった、老人にあらためて言った。
「お爺さん、いえ陳さんは酔拳をされているとか」
「あっ、知ってますか」
「聞きました、それで酔拳を見たんですが」
「まあ嗜んでますわ」
「それでなんですけれど」
 夏男はその一八〇を超えている身体で一六〇程でしかもいささか腰が曲がっている老人に横からこう言った。
「俺と手合わせしてくれますか」
「お兄さんは何をしてますか」
「ボクシングをしています」
 夏男は正直に答えた。
「他流試合になりますけれど」
「そうですか、それじゃあ」
「いいんですか?」
「ははは、隠居で暇なんですわ」
 老人はその口を開けて笑ってだ、夏男にこうも言ったのだった。
「わしも」
「お暇ですか」
「そやから隠居ですさかい」
 それで、というのだ。 
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