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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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試練

 
前書き
ここ最近、よく眠れなくて寝不足です。

少し唐突な回。 

 
~~Side of ネロ~~

出だしから大量のトラップ床の洗礼を受けた私達は、どうにかこうにか罠を潜り抜けて、特殊な装飾が施された扉の前へたどり着けた。ここなら小休憩が取れるので、突然消費する羽目になった体力を今の内に回復しておく。

「もう本当にすみません。つい考察に熱が入っちゃって……僕の悪い癖です」

流石のユーノもここに来るまでにトゲ付鉄球が直撃し、頭から流血する程散々な目に遭った事で隣で反省している。もうわざわざ責める意味は無いだろう、でもイイ笑顔のままなのが少し不安だ。

『まだ探索も序盤なのに、どっと疲れた……』

「マキナ、大丈夫? 辛かったら言ってね?」

「ふむ……意図せず二人の緊張感が解けたようだ。傍から見てすぐわかる程仲が進展している……あくまで結果論に過ぎないけどな」

「あの二人がより仲良くなれたのなら、さっきの苦労も仕方ないと割り切れるかな……」

シャロンの事は今はマキナに頼るしかないから、微力でも私は彼女達を支えたい。だからある程度の危機ぐらいは何も言わず耐えて見せるさ。

床が爆発した時は本気で死にかけたけど……。

「ところでこの扉はどうやって開けるんだ? 罠のせいであまり冷静に探索出来なかったが、ここに来るまでカギの類は一つも見当たらなかった。恐らく近くに開ける方法があるはずだが……」

「こういう扉って、大抵入り口の近くにある仕掛けを動かせば大体開くものなんですよね。これまでの経験から推理すると、多分この辺りに…………お?」

周囲を見回したユーノが、何かを見つけて声を上げる。促されるまま私達もそれを確認してみると、今まで見てきた物とは異なる機械的な装置があった。それは魔方陣のように周囲に細かな結晶が中央を向いて設置されており、中央には一人分の両の手を置くための台座が備え付けられている。なんというか、いかにもと言える装置だった。

『これって……もしかしてこの結晶に力を注ぐ事で道が開くとか、そんな感じなんじゃないかな?』

「隣に何かベルカの古代文字らしきものが書かれてるけど、バグのせいで記憶領域が破損した私ではもう翻訳出来ないな……すまない、力になれなくて」

「心配しなくても大丈夫、私が読めるから。そもそもこれは古代ベルカ語だけじゃない、パラグラフごとに文字の言語が変えられていて、相当な数の言語が混じり合っている。並の学者だと相当手こずるに違いないね」

「ベルカの技術が随所に見られる遺跡に使われてる文字が、まさかのベルカの物だけじゃない!? という事はこの遺跡はベルカと協力関係にあった国家が建設……そもそも戦乱期のベルカが他の世界と同盟を結んでいた事自体が驚きの事実だ! そう考えると今まで純正ベルカと伝えられてきた技術や魔法の中には、かつて存在していた世界の技術や文化を取り入れたモノが混じって……!」

「考察は遺跡を出てからにしろ、ユーノ。またトラップ地獄に巻き込まれたいのか?」

「……話を進めるよ? 私なりにこの古代語を翻訳すると……『いずれ訪れし探求者へ告げる。これは試練の門。先へ進むには、結晶と共に生きし者による協力の証を見せよ。さすれば試練に挑む資格を得られよう。されど証なき者には、永遠の制裁を下さん。証を示して封印を解き放てば、可能性の世界が再現されよう。何が試練なのか見極めるのもまた、与えられた試練である』……以上」

シャロンの解読を聞いて、私はおおよその推測は出来た。兄様も大体把握したようで、これから先に進むために行わなければならない事に対して、少し辟易した様子だった。

「解釈はもうおおよそわかってるだろうが、ここから先に進むにはアクーナの民の協力が必要不可欠だったようだ。しかし管理局はアクーナの民に協力を求めず、独自に探索を行った。それが結果的に自分達の首を絞めたってことか」

「永遠の制裁って、名前からしてすっごく物騒ですよね。もしかしてこの先には管理局が派遣してきた調査団の成れの果てがいたりする……わけないか」

「真偽はともあれ……最初の封印を解くには、まず私がここに手をかざせばいいみたい。……置くよ?」

こちらに確認してきたシャロンに、私達は無言で頷く。何が起こるのか不安は残るものの、シャロンが何の想定も無しに手を台座に置いた。直後、装置が鳴動し始め、チャキチャキと何かのシークエンスを開始した金属の動作音が聞こえ――――

ズシャッ!

台座からいくつもの針が飛び出し、咄嗟に離す間もなくシャロンの手を串刺しにした。

「あぁあああああッ!? 痛いッ! 痛いィッ!!!」

「シャロン! 大丈夫!?」

「痛ぃ……!! 手が……手が痛いよぉ……!!」

前もって覚悟していないのにこのような凄まじい激痛に急に襲われ、シャロンが泣きながら苦痛の声を上げる。針はすぐに引っ込んだため、彼女の手はすぐに解放されたものの、血の吹き出る穴がいくつも開けられたシャロンの手はあまりに凄惨で痛々しかった。

『シャロン! 今治すから!』

「ま、マキナぁ……!」

急いでマキナが聖王教会で覚えた治癒魔法、“癒しの光”をシャロンの手に発動させる。マキナの手から放射された青白い光がシャロンの手を包み込み、傷口を塞いでいく。しばらくして傷が完全に塞がると、シャロンは一息ついたマキナ抱き着き、突然襲われた痛みの恐怖に震えていた。
マキナが彼女をなだめる中、私達は何も知らずシャロンに出血を強いてしまった事実に対して申し訳ない気持ちを抱いた。一方、そんなえげつない仕掛けがされていた台座では、シャロンの手から流れた血が結晶や装置の中に染み込んでいき……初めて封印を解く認証条件を満たした。

「扉が……開いた……。アクーナの民の血、それを装置に入力する事で仕掛けが解かれる仕組みか。知らなかったとはいえ、シャロンにはすまない事をさせてしまったな……」

「ごめんなさい、シャロン。僕もまさかこんな……血を流させる事で開くとは思わなかったんだ……本当に、ごめん」

「う……うぅ……手が……手に針が刺さって痛かったよぉ……」

『しばらくそっとしてあげて。シャロンは皆みたいに痛みに強い訳じゃないから、落ち着く時間が必要だもの』

「そうだろうな……。マキナ、この先はシャロンと二人で私達が安全を確認してから付いて来るようにしてくれ。こういう危険な荒事は私がやるべきだし、君達がこれ以上傷つかないようにしたい。それに……二人には見ていて欲しいんだ、私が君達に償おうとしている姿を」

「………………」

「もう二人を危険な目には遭わせない。君達の心は、私が守る。それが二人にできる、唯一の償いだから!」

かつてこの世界を崩壊させてしまったからこそ、私は生き残った二人に向き合って宣誓した。これは主はやてに騎士達と共に誓ったものとは少し異なる。あちらは過去の贖罪を行う事で心から幸福を受け入れられるようにする、未来への誓い。そしてこちらは犯した過ちと無力を忘れないようにする、戒めの誓い。主はやてに誓ったものが私の“光”を象徴するならば、先代主の娘マキナと生存者シャロンに誓ったものは私の“闇”を象徴している。

光と闇。それは表裏一体であるが故、決して分かたれる事はない。光を求めれば求めるほど、闇はその存在を主張する。でもそのおかげで闇を忘れずに済むから、光の大切さを思い出すことができる。そう、どちらかでも失ってしまえば、私の贖罪は意味をなさないものになってしまう。だから私の光である主はやてと同様に、私の闇であるマキナとシャロンも絶対に守らなければならないのだ。

「ユーノ、僭越ながら先鋒は私に行かせてくれないか? 試練に何が出てくるのかわからない以上、危険度の高いことは私が引き受けたい」

「……わかった、リインフォースの強い覚悟はよく伝わってきたよ。マキナ達のために率先して危険な事を引き受けようとしているって、並大抵の覚悟じゃできないもの。だから僕もリインフォースの気持ちを尊重するね」

「ネロがやろうと決めたのなら、俺は止めはしない。だが危ないとわかったらすぐに引き返せ。ネロの命は、もうネロ一人の物ではないのだからな」

兄様とユーノの許しをもらえた事で、私は封印から解放された扉の向こうへ、皆より先に足を踏み入れる。開いたとはいえ扉の境目が虹色に輝く水面のように揺らいでおり、得体のしれない仕組みがされているのだと一見するだけでわかる。恐らく証を示せなかった調査団はこの仕掛けでナニカサレタ……のかもしれない。となるとシャロンの血を登録した私達にはその罠に襲われる心配はないと思われる。が、念のため咄嗟にシールドを展開出来る様に警戒しながら足を進める。

そしてゆっくりと歩を進め……私の身体が水面をくぐった。時空が歪んで一瞬意識が朦朧とした直後、私の身体にいきなり浮遊感が発生する。

「なっ!? 飛行魔法、展開!」

背中から魔力で構築された黒翼が伸び、浮力を発生させる。突然の落下に驚いたものの、落ち着いて周囲を見渡すと、どういう訳か私のよく知る光景が眼下に広がっていた。

「ここは……海鳴市!? ど、どうして……私はさっきまで違う世界にいたはず。それどころか遺跡の地下にいたのだから、そもそも外にいる事自体がおかしい。いったい私の身に何が……?」

あまりの急展開にしばらく精神的に取り乱してしまったが、幾分冷静になって思い返してみると、恐らく間違いではない考察に思い至った。シャロンが解読してくれた文によれば、私が潜ったのは“試練の門”と呼ばれ、そこは“可能性の世界”を再現しているという。となればここでの出来事はいわゆるifの世界で起こるはずの出来事……しかし実際に現実に影響する訳では無い。

つまり全てがまやかしではあるが、あり得たかもしれない世界を見れるという事だ。だがしかし、この世界は私に何を見せようと言うのだろうか……? そして試練の内容とは何なのだろうか……?

「壊れた機械はいらないよね?」

「な、なのはちゃん? 君、一体何を言うとるんや……?」

「君は病気なんだよ。闇の書の呪いっていう絶対に治らない病気」

「ふぇ、フェイトちゃん……? どうしてそないな事を……?」

私にとって馴染みのある声、そして大切な主の声が近くから聞こえてきた。しかし約二名、口調が私の知るものと違う者がおり、確認のために声の発生源の方へ振り向く。そこでは……今まさに絶望が目覚めようとしていた。

「し、シグナム!? ヴィータ……! シャマル、ザフィーラもあかん! 皆逝かんといてぇ!! いやぁああああああ!!!!」

高町なのはとフェイト・テスタロッサ……の偽物であろう二人に、この世界の守護騎士達が闇の書に蒐集され、肉体が消滅していく。その光景を目の当たりにしたこの世界の主はやては一瞬で表情が絶望の色に染まり、黒い光の柱に姿を飲み込まれる。そして現れたのは……“私”だった。

そうか……この光景は兄様が私達の世界に来なかった場合、たどりついてしまった結末か。まさにifの世界……いや、むしろ“原典”の世界かな。こういう光景を目の当たりにすると、兄様がいなければまたしても私は主を不幸にしてしまったのだと思い知らされる。既に救われた身だからこそ、こういう可能性もあった事を知るべきだ……。

「また……全てが終わってしまった。幾度、こんな悲しみを繰り返せばいいのだろうか……」

闇の書の解放によって現れた“私”は、まるで何も知らない子供が縋り付くかの如く、“はやて”の願いを叶えようと動き出す。絶望に囚われた“はやて”の望み、それは家族を奪った者達の抹殺……。それを行ったのが偽物だと知らないまま、本物の“なのは”と“フェイト”が“私”を止めようと死闘を繰り広げる。懸命な説得に耳を貸さず、ただひたすら主の安らかな眠りのために戦う“私”。偽物の二人がどこに消えたのかは置いておき、絶望の闇に沈んで心が壊れていると“思い込んでいる私”には対象が本物か偽物かなどはどうでも良く、とにかく目の前の抹殺対象を葬らんと魔法を展開した。

「咎人達に滅びの光を……!」

この魔力の集束度合、間違いない。これは極大砲撃魔法……星を砕く名前のアレだ。まともに喰らったら流石の彼女達も耐えられない。しかし探知によって結界内に友人、“アリサ”と“すずか”が取り残されていると判明し、何としても二人を守ろうと彼女達はその場へ駆け付け、ありったけの力を注いで防御魔法を展開した。

「星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ! 貫け閃光! スターライト・ブレイカー!!」

とうとう“私”から放たれた極光の砲撃が彼女達を襲い、飲み込む。周囲ごと破壊していく砲撃の中、彼女達は必死に防ぎ続け……耐え切った。そして一般人の二人を転送し、彼女達は再び“私”へ挑む。だが以前に蒐集したのか、彼女達の魔力光と同じ色のバインドが彼女達を捕え、そこに“私”は私が失った広域殲滅魔法デアボリック・エミッションを放とうとする。

このままではバインドを抜け出す前に直撃を受けてしまい、彼女達は撃墜される。そうなればまやかしの世界とはいえ、“はやて”が悲しむに違いない。“私”の中にいる“はやて”は厳密に言えば私の主はやてでは無いが……どうであれ同じ存在だ。私は……“はやて”を救いたい、幻でもこのまま見てるだけなのは嫌だ。

だから……私は……!

「ぉぉぉおおおおおお!!! 震雷ッ!!」

「ッ!!?」

私は兄様仕込みの体術による回し蹴りを“私”に放ち、向こうはどこからともなく現れた自分そっくりな存在がいきなり攻撃を仕掛けてきた事に驚いていた。たまらず“私”は防御魔法を展開し、彼女達への攻撃魔法の発動を阻害する事に成功した。

「え? もう一人の……闇の書さん?」

「ど、どういうこと? なんで彼女が二人も……?」

「しかも今やってきた方は……私達を助けようとしてくれたみたい。でも一体何がどうなってるの?」

「まさかプロジェクトF……? いや、でも……」

後ろの方で“なのは”と“フェイト”が困惑しているが、それも当然だ。なにせ双子でもないのに同じ顔、同じ姿、しかも敵対している者と瓜二つの存在が自分達を助けたのだから。

「おまえは……私だと!? まさか元となった存在が現世に蘇ったのか……!? いや、そんな事はあり得ない! おまえは一体何なのだ!?」

「混乱して当然だろうね、それも仕方ない。だけど“私”、君の手はこれ以上汚してはいけないんだ。同じ存在だからわかるよ……君は……以前の私だもの」

「おまえは……何を言っているんだ……?」

「兄様と出会うまで、私は君だった。何も変えられない自分に絶望していた、闇の書の暴走が止められない事実に絶望していた、主の命を奪ってしまう運命に絶望していた。人の……世界の可能性、その全てを諦めていた」

「何を言っているんだ、と訊いている!」

理解を放棄した“私”の放つ右ストレート、それに私は左ストレートをぶつけて相殺する。貫手、唐割り、弾き、同じ徒手空拳をぶつけ合い、肉がぶつかる音を立てながら私は“私”と相対していく。

「だけど出会ってしまった。私に人の可能性を教え……闇を纏いながらもヒトを信じ続ける彼に。未来を築く者達を守ろうとして、呪いまで引き受けた暗黒少年に!」

「戦って分かった……おまえは私だ。何もかもが全て同じだ。なのにどうして、おまえは絶望していない! なぜ!? なぜおまえは光を取り戻している!?」

「兄様に教わったんだ、諦めたら本当に何も無くなってしまうと。運命も、希望も、未来も、そして明日も! だから“私”にも知ってもらいたい。君はまだ、戻れる!!」

「なら教えてくれ……! 私は……戻れるなら私はどうしたら、どうすれば良かったんだぁあああああ!!!!」

怒りのままに“私”はブラッディダガーを多数展開し、解き放つ。これを始めとした多くの魔法は私の記憶領域から失われてしまっているが、主はやての友人やエレンの協力で覚え直した魔法で十分代用は出来る。
そのためこちらはアクセルシューターでブラッディダガーを相殺、私達の間で衝突による爆煙が巻き上がる。

「ディバインバスター・エクステンション!」

「プラズマ―――スマッシャー!」

その直後、私の下方の位置から桜色の砲撃と黄色の砲弾が飛来、“私”の方へ襲撃した。バインドを解除した事で下にいた二人が砲撃を放ったのだろう。

「何だかよくわからないけど、彼女を止めるのなら私達も協力する!」

「私も闇の書さんとお話したい。そっくりさんのあなたも何か事情があるみたいだけど、手伝うね!」

「……世界が異なろうと、君達は……変わらないのだな」

ある意味親しみのある面子……その二人が味方に付いてくれた。正直に言うと“試練”にはあまり関係ない二人なのだが、それでも多少は心強くなる。そしてこの“試練”で何をすればいいのか、私はもうとっくに気付いている。それを達成するためにも、そして“私”と“はやて”を救うためにも、ここでやるべき事を果たそう。

「ぐっ……早いな……もう、崩壊が始まった。私もじきに意識をなくす……そうなればすぐに暴走が始まってしまう。まだ意識があるうちに、主の望みを叶えたいのだ。だから、いい加減闇に沈んでくれ!!」

「生憎だが“私”、もう君も“はやて”も闇に沈む必要は無いんだ……」

「もう私を惑わせないでくれ! 再び私の闇を受け入れろ!!」

“私”の力で私の身体が粒子状に分解されて吸収されていく。しかしこれは私が“はやて”に接触できる唯一の経路、それがわかっているからこそあえて受けたのだ。ただ、ここで少し現実との齟齬が発生する。本来ならこの術を受けると意識が眠りに着き、幸福な夢を見続けるようになる。しかしここがまやかしの世界だからか、それとも同じ存在だからか、私の意識が眠りに着く事は無く、周囲の光景が変化するだけに留まっていた。

真っ暗な世界、何の光も見当たらない世界。それが“私”と“はやて”を接続している空間の有り様だった。その空間に私の身体が再構成されて降り立った時、私は色々な事を思い出していた。
……そうだったなぁ、これこそがかつての私の心だ。何の希望も見出せないまま、主を殺し続ける狂った道具、止め処ない破壊を撒き散らす災厄のロストロギア、闇の書の管制人格として悪夢に繋がれたまま生き続けるしかない人生だった。

「……っ、……うぅっ……どうして……どうしていつもこんな事に……!」

そしてこうやって心の中で泣き続けていたんだ。ずっと……助けを、救いを、太陽を求めていたんだ。何も無い寂しい空間の中、私はずっと嘆いていたんだ。
暗闇の中、横になって眠っている“はやて”の前で蹲り、切ない涙を流し続ける“私”。その姿を一歩離れた位置で見ていると、“私”は嗚咽を上げながら泣き顔で私にすがるように尋ねてきた。

「教えて欲しい……どうやって救われたんだ? 悲しみも、苦しみも、嘆きも、痛みも、辛さも、何もかも全て同じなのに……どうしてそっちの私は前を向いていられる……! どうして心に太陽を取り戻しているんだ……!?」

「それは……身を張って教えられたからだよ、兄様に。それも文字通り自らの命を賭けて。ネガティブな事ばかり言って全てを諦めてたら、私も何かを望めと本気で説教されて……人間の可能性を見せてくれた。絶望の中からは何も生まれない、それは“私”もよく知っているだろう? だけど例え僅かだろうと可能性に挑んでいれば、もしかしたら奇跡が起きるかもしれないじゃないか」

「可能性に……挑む……」

「そうさ、例えどれだけ小さい確率でも……それがゼロでさえなければ、それはあり得る事なんだ。そこで寝ている君の主……“はやて”とも話をしてみるといい。信じられないと思うけど、その子はもうすぐ目覚める。君が思うより“はやて”は強いし、私も最近理解したんだけど、人間はね……奇跡を起こせるんだ」

私の伝えた言葉は、“私”にとってはまだ受け入れ難い事のようだった。暗黒の中に居続けたから、何が本物なのかすらわからないのだろう。だが……粒子に匹敵する程ちっぽけでも光があれば、識別は出来るようになる。

「あなた……泣いとるんか……? 悲しい事……いっぱいあったんやな……」

「ッ!? ……本当に……こんな事が……!」

「せっかくの美人なのに涙でぐしゃぐしゃな顔しよって……ずっと……一人で泣いとったんやな。泣くな、とは言わへん。泣きたい時は好きなだけ泣けばええ……せやけど泣いた後は、流した涙の分だけ笑わなあかん。笑顔を浮かべられるようにせえへんと……バチが当たるんや」

「えが、お……?」

「前に夢で見てから、ずっと考えてたんや。あなたに贈る名前を。闇の書とか、そんな辛い名前やあらへん。私は管理者だから、それが出来る。夜天の主の名において、あなたに新たな名を贈る。強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール、リインフォース」

「リイン、フォース……!」

“はやて”により“私”に美しき名を贈られた。祝福の風、リインフォース。それは世界が異なろうと、優しい主が贈ってくれた大切な名前。私の主はやてもきっと、同じように考えて付けてくれたのだろう。そして私に贈られた名はもう一つある。兄様から贈られた……闇を克服した証、ネロ。この二つの名こそが、今の私を示しているのだ。

そしてこの瞬間、私は“試練”を達成した。“試練”の達成条件は……“私”に名前が贈られる事。その条件を満たした今、私がここにいる理由も無くなる。よって、私の姿はこの世界から消え去ろうとしていた。

「もう……行くのか?」

「まあね。私の帰りを待ってくれる者が、向こうにはいっぱいいる。だから……帰らなくちゃいけないんだ」

「そうか……羨ましいな。帰りを待ってくれる者がいるというのは……」

「何を言う、君もこれから作っていけばいいじゃないか。君は私なんだから、きっと出来るはずだよ」

そうやって私は“私”の肩に手を置き、静かに頷いた。「そうか……それは楽しみだ……」と呟いて“私”も私の手に自分の手を重ね、その気持ちを共有した……。

ただ、ここで一つ誤算が発生した。私が覚え直した魔法の中には、主はやてがとある場所からインストールしたものも含まれている。その中に主はやてが気に入った魔法があり、バグを強引に切り離した影響か、偶にオート発動してしまう時があるのだ。そして今回、勝手に発動してしまったのは……。

――――ビリリィッ!!

「え……えぇっ!? わ、私の騎士甲冑が!? ひ、ひやぁぁ~!!!?」

「うぉっほっほ! いきなり目の前ですっぽんぽんのサービスシーンや! この世の天国が今見えたで、いやっほぅ~!!」

「ああっ!? まさかこのタイミングで“ドレス・ブレイク”が発動してしまうなんて!? ご、ごめんなさい~!!」

「同じ自分なのに、最後の去り際になんてことをするんだぁ~!!?」

「もう一人のリインフォース、マジグッジョブや!!」

この世界から私の存在が消える直前、最後に見えたのは素っ裸になって真っ赤な顔で蹲る“私”と、イイ笑顔でこちらにサムズアップを向ける“はやて”の姿であり、辺りの空気は別の意味で混沌としていた。

なんかもう、色んな意味で申し訳なくて、こんな事をしてしまった自分が恥ずかしかった。あぁ、もしこの世界がまやかしでは無く本当に存在する並行世界だったとしたら、彼女達に変な影響を残していないか……それが心残りだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

~~Side of サバタ~~

ネロが試練の門に挑み、彼女は数分もしない内に戻ってきたが、何故か顔を赤らめながら俯いていた。何があったのかと訊いてみれば、「別に……ちょっと最後にミスしただけ……」と返された。なんかネロの様子から触れて欲しくない雰囲気だったので、これ以上は追求しない事にした。

「とにかくこれで試練の門はクリアしたんだ。先に進もう」

「そうは言うがユーノ、またトラップにかかるのだけはごめんだぞ」

「私も……また串刺しにされるなんて嫌だよ……」

『もし同じような仕掛けがあったら、今度はシャロンの代わりに私がやるよ。私もアクーナの民なんだから、条件はクリアできるもの』

「まぁ……試練の門が他にもあったら、私がまた行くから……。攻略法を知っている私が行った方が都合も良いはず……」

「そんな憔悴した様子で言われて、はいそうですか、と言うとでも思ったか? 次は俺が先頭を行く、異論は認めん」

少々強引に説得……というか決定する事で反論させる間もなく、俺が先陣を切る事にした。これまでは一歩引いた位置で見守ろうと思っていたのだが、こいつらに任せておくと色んな意味で危なっかしくて見ていられない。トラップは世紀末世界で何度も突破してきた、経験ならそれなりに積んである。こういう場所を進むなら俺が前を行った方がうってつけだろう。

[やっぱりお兄さんは後ろにいるより、自分で動く方が性に合ってるよね! ボクと同じでさ!]

「……はぁ」

俺の行動原理をレヴィと一緒にされるのはあまり認めたくないが……残念なことに何も間違っていないんだよな。普段はアレなのに、時々レヴィは物事の道理などをすっ飛ばして真理を突くから、俺でも舌を巻く事がある。

それはそれとして試練の門を越えた先の探索を開始したのだが、ある程度進んだ所で俺は驚くべきものを大量に見つけた。緑色に変色した皮膚、光の無い赤い眼、ボロボロの衣服、ひたりひたりと歩く人型。そいつは世紀末世界において、夜ならばありとあらゆる場所に現れる、人間が暗黒物質を浴びた事で吸血変異を引き起こしたアンデッド。

「グール! なぜ奴がこんな所に……まさかさっきの試練の門で、資格が無いまま通ったら、暗黒物質を注がれるというのか?」

「それはわからないけど、彼らが僕達の来る前に管理局の派遣した調査団の、成れの果てなのは間違いないです。ボロボロだけどあの服は、管理局所属の調査団が着る制服ですから……」

「いや……待ってくれ皆。この落とし穴には、剣山に刺さった死体が残っている。こいつは吸血変異をしていない……つまり彼らのアンデッド化は後天的に引き起こされたものだ」

『という事は……試練の門やトラップで死んだ者に、何者かが暗黒物質を注いだという事になる。まさかイエガーと同じイモータルがここに……?』

「……ねぇ、暗黒物質などについて私はよく知らないんだけど、アンデッド化したらあんな風に結晶が生えてくるの?」

「結晶が生える……? いや、アンデッド化にそんな性質は無いが……」

シャロンの質問を聞いて改めて、そこらを徘徊しているグールを隠れながら見てみる。確かにシャロンの言う通り、ここにいるグールは世紀末世界のものとは違って表皮の所々から結晶が生えていた。しばらく熟考した後、まさかと思って俺は確認のために、ネロが見つけた落とし穴の死体にももう一度視線を向ける。よく見れば案の定……そいつからも結晶が生えていた。

その時、俺はこの遺跡の……いや、この世界の真実に気づいてしまった。

「シャロン、一つ訊きたい。この“ヴェルザンディ遺跡が生きている”という言葉、それはどこから由来している?」

「え? それはアクーナに伝わる伝承の一文を解読したら、そのままそう書いてあったんだけど……? サバタさん、あなたは何に気付いたの?」

「……この世界には大量の魔導結晶があり、それを管理局は採掘している。だがそもそも魔導結晶はどうやって作られるか、おまえ達は知っているのか?」

「それは……ごめんなさい、私もよく知らないの。ニダヴェリールの人達は11年前まで魔導結晶の存在を知らずに生きてきたから、その発生理由をあまり解析していないし、管理局も使えればそれでいいという姿勢だったから……」

「なるほど……という事は自分達が一体何を使っているのか、誰も認識していないのか。真実はいつも残酷だな、本当に……」

皆が固唾を飲んで、俺が語る真実に耳を傾けている。満を持して俺は、このニダヴェリールの“裏”を告げる。

「魔導結晶は死者の血肉を糧として生まれる。要するに……結晶は人間で作られているんだ」

『ッ!!?』

「だから結晶を使うという事は、死者の身体を使っている事になる。恐らく“新鮮”な結晶は新しい死体から生まれて、くすんだ結晶は栄養分を失った古い死体から生える。一時期大量に純度の高い魔導結晶が発生したのは、11年前の大破壊で大勢の死者が出たため……しかし近頃純度の高い結晶が少なくなっているのは、新しい死体がこの世界に生まれていないからだろう」

「……!」

「こういう循環になっているのは、限りある養分を無駄にしないように、ニダヴェリールが生きようとして選んだ方法だ。死体から生えた物を使っている事で気持ちが悪いとか、忌避感を抱くのは人として仕方ないのかもしれない。だが、この世界は生きるために出来る事をしているだけだ……決して忌み嫌う必要は無い」

『…………』

驚きの真実を知った事で全員言葉も出ない様子だった。特にシャロンやマキナは、自分達の世界が生み出した特異なシステムに、少なからずショックを受けているようだった。尤も人に害をなすどころか、益を与えているのだから別に構わないだろう。結晶は養分の塊……それを行き渡らせていたから、以前のこの世界の土壌は自然が豊かだったのだろう。
だが今のニダヴェリールは、その養分の塊である結晶を管理局によって採掘され尽くしている。それ故この世界の土壌で自然が再生できず、荒廃したままなのだ。ニダヴェリールが世紀末世界みたく荒廃しないようにしているのであれば、俺としてはそちらを優先してもらいたい。
しかし次元世界や管理局の人間はそれを許さないだろう。魔導結晶はエネルギー源としてはあまりに優秀過ぎる……絶対に手放す訳が無い。だから今後も結晶は採掘され続け、自然は再生できないまま……いつかニダヴェリールは滅びを迎える。

「これがこの世界の真実だ。搾取され続け、いずれ滅ぶ現状に納得が出来ないのなら、おまえ達が自分で何とかするしかない」

『………』

「長く話し過ぎた……そろそろ先へ進むぞ。アンデッドは俺が片付けるから、その後に来るようにしろ」

そう言って俺は、近くを徘徊しているグールを片っ端から倒すべく走り出す。まぁ、あいつらにも少し落ち着く時間が必要だろうからな、その間に安全を確保しておこうと思っただけだ。

[ホント、お兄さんは素直じゃないね~♪ でもね、本当は誰よりも優しいってこと、ちゃんとわかってるよ。そういう人だから、ボク達も魅かれたんだ……]

 
 

 
後書き
試練の門の世界:原作A's終盤バトルに救われたリインフォースが混じる展開は見た事が無いと思ってやってみました。

恐らく次回辺りで、急展開を迎えると思います。それと続編に関してですが、この話と一緒にするべきか、それとも別の話として扱うべきか、ちょっと迷っています。 
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