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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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32:あと三人

 アルゲードへと転移し、全身を包んでいた輝きが収まるまでの時間すら惜しく、俺は視界が回復するのも待たず走り出していた。
 ザワザワと何事かと振り向いてくる無数のプレイヤー達など意にも介せず、通いなれたアルケードの中央広場から、無数の小さな店がひしめく大通りへ。さらにその奥の、細く枝分かれする裏通りを風のように駆け抜ける。

 そして目的の場所に到着し、ドアをノック無しにバタンと開ける。

「――エギルッ!!」

 俺はこの場所の主の名前を叫んだ。閉店間際かつ、周辺の小物の商品がわずかにビリビリ揺れるほどの声量だったが、この際構っていられない。

「おわっ!? なんだなんだっ? ……キ、キリトか?」

 狭い店内の、目の前数メートル先のカウンターにはその名前の店主が居て、厳つい顔の目をパチパチと瞬かせながら妙に愛嬌のあるぎょっとした驚き顔を披露して俺を凝視していた。

「キリト、お前、どうしてここに……事件はどうしたんだ?」

「その件でここに来たっ!」

「…………!」

 俺は肩で息をしながらカウンター越しにエギルに詰め寄った。
 その時、俺はどんな表情をしていたかは自覚が無かったが……真剣さが伝わったのか、俺の顔を見たエギルは瞬時に表情を引き締め、一流の戦士のそれになっていた。

「どうした」

「訊きたい事があるっ……!」

「言ってみろ」


 ………………
 …………
 ……


 ……
 …………
 ………………


「……クソッ、やっぱり思った通りだった……!」

 俺はエギルとの話を急いで済ませ、さらにツケで彼から転移結晶を購入し、その場で《ウィークラック》へと転移して村の門へと再び、今度はシリカ達を連れていた時以上の速度でダッシュをしていた。

 空気がコートを叩く音を聞きながら、俺はフレンドリストを呼び出して、アスナ達の現在位置と安否を確認する。
 彼女達は今のところは無事だった。既に死神と戦っているかは分からないが、今もちゃんと三人一塊で行動していた。彼女らは思っていたよりも目的地へと近付いており、距離が空いてしまった今、追いつくのにやや時間が掛かりそうだった。
 俺は走りながら即席でアスナへ今から駆け付ける内容のメッセージを送ってウィンドウを閉じた。アスナ達も緊迫しているだろうから返信はあまり期待できないが、送っておくに越した事はない。
 そして門をくぐった瞬間、俺は鍛え上げた敏捷値全てにものを言わせ……
 ズバンッ! と大気の膜を叩き、半分飛ぶ形での全力疾走でアスナ達を追った。

「アスナッ、みんなっ……! 死神に、手を出しちゃダメだっ……! あいつは……!」

 歯を食いしばり、間に合え、間に合え、と祈りながら。
 一秒でも早く、早く。

 俺は薄光の粒子舞い散る薄暗い森の獣道を、稲妻の如く駆け抜けていく。




     ◆


 その道中、

「これは、ひどい……」

 と、俺は思わず呟いていた。
 俺の目の前には、凄惨たる光景が映り込んでいた。
 所々で、ユニコーンを探索していたパーティが傷の治療や撤退を余儀なくされている姿が至る所に見られたのだ。その多くの者が注意域(イエロー)危険域(レッド)にまで追い込まれていた。
 俺は高速移動での残像に霞む情景の中で彼らを一瞥するも、辺りに死神が居ない事を確認し、足を止めることなく通り過ぎていく。

「――……!」

 が……不意にその足を急停止させた。
 ブーツの裏の鋲をガリガリと火花立たせて制動し、俺は進行方向を変え、目に入ったある人物へと駆け寄った。

「――……ハーライン!!」

 傷ついて路傍でうな垂れているプレイヤー達の外れに一人、見知った青色の軍服の姿があったのだ。

「ハーライン! お前も死神にやられたのか!?」

「…………ああ……キリト君ッ……」

 そう呟きながら振り返ったその顔は……絶望の表情と共に涙に濡れていた。

「わ、私のミスティアがっ……」

 そう半ば喘ぐ言葉に、彼の胸に抱きかかえる武器を見てみると……変わり果てたパルチザンの姿がそこにあった。
 柄の半ばから真っ二つに折れ、美しかった刃は根元から大きく欠けてしまっていたのだ。言葉を失うほどに美しかった幻想的な容貌は、見る影もなくなっていた。恐らく、武器の耐久力はもう一割にも満たないだろう。存在していられるのはもう時間の問題――
 と、そう思ったまさにその瞬間。

「あ、あぁああっ……!!」

 ハーラインのひび割れた声と共に、そのパルチザンは端からポリゴンとなって崩壊を始めた。

「わ、私の最高傑作がぁっ!! ああぁっ、待ってくれっ、ミスティアッ!!」





 散りゆく粒子をかき集める様にハーラインは必死に腕をかき回すも……
 あっという間にそれは何も残さず、無常に虚空の中へと消えてしまった。

 ――今、彼のパルチザン《バッシュ・ミスティア》は死んだのだ。

「ミ、ミスティア……」

 それを見届けたハーラインは魂の抜けたような顔を伏せ、そのままピクリとも動かなくなった。

「……ハーライン。それは、死神にやられたのか?」

 すると、コクリと力ない頷きが返ってくる。

「……一瞬だったよ……たった数撃で、私のミスティアは破壊された……。奴は、禍々しいまでのオーラを纏っていた……」

 ハーラインの武器《バッシュ・ミスティア》は、過剰に装飾された風貌だったが故に著しく耐久値が低く、また彼自身のレベルも戦闘力も低い。だが、たった数度の攻撃で武器を破壊するなど、武器破壊(アームブラスト)が得意な俺でもそうそう出来る芸当ではない。
 しかし、力ずくにそれを可能にする方法が一つ……

「《ステータス上昇》エフェクト……」

 俺の言葉に、ハーラインは再度頷いた。

「……だが、あれほどのエフェクトも一撃の威力も、私は見たことも聞いたことも無い……。奴は今、一体どれほどまでに強化されているのか、考えるだけで恐ろしい……! あれはもう、プレイヤーの許された強さの範疇(はんちゅう)を超えている……ただの、化物だよっ……!!」

 すると自分を抱いて、ガタガタと震え始める。
 俺もこれ以上、この場で流暢にはしていられなかった。

「俺は死神の元へと向かう。お前は……どうするんだ?」

「じょ、冗談じゃないよっ! ……私は、もう退かせて貰うがねっ……!」

 ハーラインは俺を無謀者を見るような目で言った。そのまま彼は転移結晶をポケットから摘み出す。

「そうか……じゃあな」

 俺は短くそう言ってアスナ達の方へと向き直った。
 数秒後、背後から「……転移、リンダース」という呟きが聞こえ……そして背後には、何者の気配も消えてしまっていた。
 俺は歯軋りをし、そして再び全力で駆け出す。




 ――残る容疑者は、あと三人。
 

 
 

 
後書き
《大鎌》の謎の確信を得たキリトと、そしてハーライン脱落の回 でした。

……おつかれ、ハーライン。


今回の挿絵:
崩壊を始める《バッシュ・ミスティア》と、それに何もすることができなかったハーライン。
今更ですが、《バッシュ・ミスティア》は『霧払いの令嬢』の意。
彼はこの武器の外見だけでなく、名付けられたこの名を非常に気に入っており、
脳内で『大人しくも気品に溢れ、そして強かな深窓の令嬢』と妄想しながら、この武器を日々手入れを欠かさず愛でていた。
……なーんて裏設定もあったり。


ナルシストでしたが、基本いい奴なんです。
……ここだけの話、私は結構好きなんですよ、こいつ。 
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