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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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殲滅

 
前書き
長らくお待たせしました。今回は少しグロ要素が強いと思われます。
ある意味BOWな回。 

 
「ブラジルに来て数日。予想外に調査が手間取ったが、ようやくケリを付けられる……」

「いいねぇ。そんじゃ、溜まったツケを返すとしようかねぇ」

俺達は今、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ州のとある山の中に建っていた、麻薬組織の本元の巣窟である屋敷を市街地から遠目に眺めていた。地球でも犯罪者である彼らがどうして次元世界にも渡る程大々的に動けたのかという理由は、実はかなり単純だった。あの屋敷の所有者はブラジルの資産家であるが、その正体は他の次元世界出身の魔導師にしてSSランク級の次元犯罪者セルゲイ・ゴルドニアス。つまり一般人では認識できないように、麻薬の密輸や販売を奴が魔法で隠蔽していたのが真実だ。
そもそもアレクトロ社の一件以外では情報を外に出していない程、隙が無い所からセルゲイは油断ならない相手だと判断した。そこで俺達はしばらく事前調査を行い、小さい身体を利用して潜入したシュテル達の協力もあって、奴らの行動や裏事情などを調べ尽くした。
そして今夜……奴らは海外に一斉に麻薬を搬送するべく、あの屋敷に密売人や関係者が全員集合する。大取引の前だから警備や見回りもその分多いが、その代わり今夜の間のみ、奴らを一網打尽にする事が出来るのだ。

「手順を確認する。奴らの本拠地の攻略に関してはまず、地下水路を通ってサムが屋敷の内部に突入、片っ端から敵を片付ける。同時に俺は地上で屋敷の正面から突撃し、サムが突入するまで敵の目を引き付ける。なお、敵に逃亡する時間を与えないためにも今回は迅速な行動が要求されるため、隠密性は考慮しなくて構わない」

「面白ぇな、散々好き放題してきた奴らののどっぷしに、この俺がいきなり喰らい付くって作戦か。よ~しよし、それじゃあ奴らの踊り狂うさまを楽しませてもらうとするか」

「今更だが敵の総数はかなりのものだ。俺もサムも、もし一人で向かっていたら奴らの逃亡を許していた可能性が高い。しかし……」

「その先はわざわざ説明しなくてもわかるぜ。どうせ逃がす暇なんてわざわざ作るつもりもないしな」

「フッ……違いない」

そうやって軽口を挟んでいると、いきなり後ろの方から嘲笑の声が聞こえてきた。

「そこで何をしている!?」

呆れたように首を振るサムとそちらへ身体を向ける。そこには馬鹿にするような笑みを浮かべる、麻薬カルテルの見回り兵が二人近づいて来ていた。

「なんだ、これは?」

一人は警棒でサムの刀を軽く叩き、もう一人は拳銃で俺の暗黒剣を突く。やれやれ、相手との実力差がわからないというのは実に滑稽だな。

「これか?」

ニヤッと笑ったサムは刀のトリガーを引き、弾丸の如く放たれた刀は見回りの男の顎を的確に打ち抜く。まるで漫画のように吹っ飛ばされた相方を唖然と見つめるもう一方の男は、我に返ると慌ててこちらに拳銃を向けた。しかしその銃はグリップとトリガーの上が切断されており、バレルや銃弾は地面に鉄くずになって道端に転がっていた。

「俺が斬った事ぐらい、撃つ前に気付けよ」

「う、うわぁ~ッ!!!」

「遅い」

使い物にならなくなった銃を捨てた男はすぐに腰から警棒を引き抜いたものの、懐に入り込んだ俺の掌底が胴に撃ち込まれる。男は一切抵抗できずに吹っ飛び、その先にあったゴミ箱の中に尻から突っ込み、先程サムにぶっ飛ばされた方の男も時間差で同じゴミ箱にぶち込まれた。

「なんだ、ゴミはゴミ箱に、という洒落かい?」

「あまりそういう事は言いたくないんだがな……」

「ま、おまえさんの考え方自体は構わないさ。奴らは放っておけばこの街のポリスに捕まる。それよりこんな所でたむろってないで、さっさと片付けるとしようや」

「……そうだな、奴らが出発の時間を早めないとも限らんし、今から襲撃を仕掛けよう。……サム、健闘を祈る」

「お互いにな、サバタ。俺が伝えた剣術、しっかり活かせよ」

俺の暗黒剣を軽く小突いた後、地下水路へのマンホールを開けたサムは、散歩にも出かけるかの如き雰囲気で中へ降りて行った。しかし復讐の機会が訪れた事で、彼の瞳から殺意が隠しきれていなかった。
予定では10分後にサムが屋敷内へ突入するのだが、放っておいたら想定より早く突入してしまうかもしれない。俺も急いで屋敷に向かった方が良いな。

[教主、本当にやるんですか? 下手をすればあなたは人を……]

「あまり気にするな、シュテル。殺人剣を学んだとはいえ、可能な限り命までは奪わないようにする。状況次第でやむを得ない時もあるのは致し方ないが……そもそも俺はこの手で弟を一度葬ってしまった事がある。ラタトスクに操られていたとはいえ、その事実は変えようが無い。だから俺の手は今更綺麗事を言えるような物ではないのだ……」

[そんなことは……。……いえ、あなたは言葉で説得できるような人ではありませんね。でもあなたが傷つくのは私も、王もレヴィも見たくありません。ですからもしも……人を殺めてしまった時は、私達マテリアルも共にその責を背負います。それが、私達に自由を与えてくれたあなたの恩に報いる一つの方法ですから]

「いや、別におまえ達が背負う必要は無いんだぞ? それに時間がもう少しとはいえ、俺はまだおまえ達に自由を与えられていない……」

[では、“愛”ですね。教主の心に秘められた大きな愛は、闇の中に居て知り得なかった私達に新しい道を示してくれた太陽です。灼熱と業火をも凌駕する激しくも優しい愛を享受させてくれたあなたへ、今度は私達も愛を送りたいのです]

「……はぁ、シュテルも意外に頑固な所があるのだな」

[ええ。私は一度決めたらとことん尽くすタイプですから]

「なんか大地の巫女を思い出すが……まぁいいか」

精神内で無表情ながらに胸を張るシュテルの器用な行動を見ると、何となく肩の力が抜ける。ちなみにレヴィとディアーチェは、俺の負担を可能な限り軽減しようと気遣って今は眠っている。以前は3人全員を召喚していたが、維持に使う月光仔の力の消費が激しくて、あまり長時間顕現させられなかった。そこで対応策として召喚していない間、彼女達にそれぞれ月光仔の力を蓄えさせる事で、顕現できる時間を延ばせるようにした。要は充電器を持たせたようなものなんだが、供給源が俺だけだから3人まとめてチャージさせると当然時間がかかる。
しかし今のレヴィとディアーチェのように眠っていれば充電も早くできる上、起きている面子に自分の回復量を分け与える事が出来る。それで今はシュテルに二人分の回復量が送られているため、今の所彼女に蓄えられた月光仔の力はそれなりの量になっている。あと充電する事によって生まれた利点がもう一つあるのだが、それは追々な?

とにかく俺は闇夜に包まれた街を進み、屋敷の正門へ着いた。屋敷の雰囲気はどことなく死灰の街にあった建物に似ており、そこまで広くはなさそうだったが、何の気配も無く俺が見張りを倒していきなり突撃した事で連中はパニックに陥る。
とりあえず最初に迎撃に出て来た連中を不意打ち気味に叩きのめすと、監視カメラで見られていたのか敷地内に異常を知らせる警報が鳴り響いた。

「やれやれ、敵も中々それっぽい雰囲気を出してくれるじゃないか」

何となしにぼやいた俺に、麻薬カルテルの連中は容赦なく銃撃してきている。取引前で人員が集まり油断していた奴らが、こうして焦っている様子を見て、俺はどことなくほくそ笑む。想定通りにわらわらと武装した連中が迎撃に出て来たため、こうして敵の目を引き付ける事に成功した訳だ。

[正面からやってきて、いきなり大立ち回りすれば向こうも必死になりますよ、普通]

銃弾が頬を掠める緊張感漂う状況の中、シュテルが呆れたように呟く。しかし彼女もこの緊張感を楽しんでいる気がする。何だかんだでシュテルも戦士の魂を持っているようだ。

「ま、そうなるように仕向けてるしな。それよりそろそろ10分経ったか?」

[ええ、屋敷内で複数の発砲音と金属音が聞こえます。恐らくはサムと敵組織の戦闘によるものでしょう]

「そうか。なら状況も整った事で、反撃に移るとしよう」

瞬間、物陰から飛び出た俺は敵集団の中心に突撃する。銃弾はサムとの修業のおかげでゼロシフトを使わずともかわし続けられるため、エナジーの節約という意味でも月光魔法は使っていない。そして少数側が集団の中心に入り込まれると多数側は同士討ちを防ぐために攻撃の手を緩めざるを得ない。一対多における戦法なのだが、言葉にするのは簡単でも実際にやるとなると、死地に自ら入るという精神的プレッシャーが大きいものだ。

しかし戦場を見極めている俺にとっては無意味だ。精神統一、一刀両断、覚えたての剣術を今……解き放つッ!

「この人数を相手に正面から向かってくるとは、愚かにも程が……程が……う、うわぁああああ!」

「メーデー! メーデー! こちら正門警備隊! 敵の侵入を喰い止められない、応援を要請する!」

「ちくしょう……たかがガキ一人相手にこの体たらくか……!」

「もうだめだぁ、おしまいだぁ……!」

敵陣に吶喊した俺はとにかく敵を斬っては遥か彼方の空へぶっ飛ばしていく。そのあまりに人間離れした光景に、他の連中は怖気づいていく。そうなると、恐怖を抱いて腰を抜かしたりする者もいれば、屋敷内に向かって助けを求めたり、逃げ出そうとする者もいる。だが敷地内から逃げようとした連中は優先的に潰し、奴らが袋小路に追い込まれていると見せ付ける事で、心情的に降伏を促しておく。

違いはあれど武器を振るう者として、心構えておかなければならない。やったらやられる事も想定しておくのが、一流の戦士なのだ。奴らはこれまで多くの人間を散々食い物にしてきた。だがこの夜、狩る者が一転して狩られる者へと変化した。そして今の狩る者は……俺だ!

「風精刀気―宴―!」

風の唄
散り逝く者の
鎮魂歌

爆発的な踏み込みと超人的な速度から放たれる居合い。それに吹っ飛ばされた敵は地面に叩き付けられ、伸びて気を失うのだった。当たり所が悪ければ後遺症が残るかもしれんが、手を汚す事を躊躇っていては、いつか失いたくないものまで失ってしまう。故に俺はいつの間にか躊躇していた自分を変える……いや、戦士として生きていた頃に戻すためにホドリゲス新陰流を身に付けたのだ。

反撃開始から気持ち的に30分ぐらいすると、あらゆる場所に俺が倒した敵の身体が転がり、どこか無双じみた雰囲気が俺の周りに漂う。そして屋敷内との連絡がつかなくなっている事実が末端の連中にも知れ渡り、抵抗したら逆に身を滅ぼすと自覚した連中は観念して攻撃を止め、銃を捨てて降伏した。

[銃で武装した敵40人を無傷かつ短時間で無力化ですか。たった一人で、しかも全員殺さずに捕えるとは……流石私達の教主ですね。惚れ惚れします]

「殺さずに済んだのは運が良かっただけだ、人を斬った事に変わりはない。それと、まだ全部終わってない。屋外の敵は片付けたが、サムの方が上手くいったか確かめに行かねばならん」

[そういえばあちらにはリーダーの魔導師がいるんでしたね。しかしいくら強力な魔導師でも、あのサムに勝てるとは思えませんが……]

「だが万が一でも逃げられた可能性がある。サムは魔法の強さを知らないからな……」

[事前に教主が説明していましたけど、彼はむしろ面白そうに笑っていました。多分、魔導師の事を手品師か奇術師とでも思っているのでしょう]

「まぁ、彼も人間だ。時には間違える事もある」

[……そうですね]

「とにかく、これから俺は屋敷内に突入する。魔導師が相手なら俺の方が好都合……ッ!?」

急に屋敷の向こう側から巨大な鼓動が聞こえた気がしたため、咄嗟に暗黒剣を抜いて警戒する。背筋に冷たい汗が流れる中、次第に地面がゆっくり振動し、周囲に嵐のような突風が巻き起こる。

「この気配……かなりの重量物体が近づいてきている?」

[どうやら……アレが動き出したようですね]

「アレ? アレとは何だ?」

突風と轟音を起こしている原因に見当が付いているシュテルに尋ねた次の瞬間……屋敷の裏から、その正体が現れた。

“ハインドD”……武装ヘリだった。

黒い鋼鉄で形作られた、爆音を響かせて空を飛ぶ物体を前に、俺はたまらずため息をつく。アレを相手に人間が戦うには最低限地対空ミサイル一式が必要なのだが、こっちの武器は暗黒剣の他には麻酔銃と狙撃銃しかない。それにスティンガーもRPG-7もこの辺りには無い。つまりアレが戦闘態勢に入ってしまえば、勝利は限りなく薄くなる。

「おい、シュテル。あんなのがあるなんて聞いてないぞ?」

[何も心配しなくても大丈夫ですよ、教主。あのヘリには潜入時に仕掛けを施してあります]

「仕掛け?」

[はい。ひとまず屋敷の中庭にある噴水へ向かって下さい]

「屋敷の中庭だな? 了解した」

何か策を用意していたシュテルに目的を聞いた直後、攻撃準備が整ったハインドDからミサイルとガトリング砲が連射される。地面を耕すかの如く撃ちまくる銃撃を暗黒剣で防いだり、ミサイルをゼロシフトでかわしたりしながら、とにかく屋敷内へ向けて駆け抜ける。月光魔法の使用に関しては、さっきの戦いで節約していたおかげでエナジーに十分余裕がある。ヘリからの射撃の命中率が意外に高くて、ゼロシフトの使用頻度が意外に多くなったものの、屋敷の扉に飛び込んで強引にぶち破り、中に入る事に成功した。

[流石に屋敷には攻撃してこないようですね]

「普通は自分達の拠点を自ら吹き飛ばす事はしないだろう。それより……」

[予想した通りですね。情けも容赦も一切かけずにサムはことごとく敵を斬り捨てて行ったようです。部屋中に血が飛び散っていて、色んな意味で刺激が強すぎます]

「ああ、死体がそこかしこに転がっている光景は、幼いあいつらが見てしまったらトラウマものだろう。そもそもサムには手加減する理由が無い。サムと遭遇してしまった連中は運が悪かったとしか言えん」

[そう考えると入り口で教主に倒されて捕まった連中は、むしろ運が良かったと言えるでしょうね]

「襲撃が終わった後にサムが斬り捨てる可能性も無きにしも非ずだが」

ともあれ今はハインドDをどうにかするのが先決だ。エントランスをそのまま直進し、それなりに広い中庭へ踏み入る。中庭には植物のケシが栽培されており、一見すれば綺麗なガーデニングなのだが……ケシは麻薬の一種である阿片の材料だ。要するにここでも麻薬を自家栽培していたという事になる。

「とことん腐ってるな、ここの連中は」

他者を破滅に追い込んできた人間の性質の悪い性質を目の当たりにして、俺は嘆息する。だが屋敷を越えてきたハインドDは、俺を見つけるなりガトリング砲を再び発射してきた。

落ち込む暇は無いか。銃撃をかわしながら走っていると、中庭の中央にセルゲイの姿を模した、金で作られた悪趣味な像が建っている噴水を発見した。どうやらこれがシュテルの示した噴水のようだ。

「セルゲイは自己顕示欲が強いのか? はっきり言って気持ち悪い」

[同感です。それはそれとして台座の部分に仕掛けのリモコンを隠していますから、すぐにそれを押してください]

メダルをはめる部分は無い像が設置されている台座を急いで調べると、遠隔操作用のリモコンが上手い具合に死角に隠されていた。ヘリの銃口がこちらに照準を合わせるのを横目に、それを急ぎ取り出してリモコンのスイッチをヘリに向け、中央のボタンを押す。

―――爆ッ!!!

「……は?」

ハインドDが爆発した。それはもう盛大な火球となって、空に一際強い明かりを生み出したヘリはコントロールを失い、胴体が回転しながら高度を下げていった。屋敷の影にヘリの姿が消えた数瞬の後、豪快な火柱が向こう側で上がる。

[あのハインドDにはあらかじめトリニトロトルエン爆弾とC4爆弾を仕掛けておきました。リモコンはその起爆スイッチです。脅しなどに使えればいいと思って潜入時に設置しておいたのですが、それが存外役に立ちましたね]

「そうか……そこらの工作員も顔負けだな。とにかくシュテルの手柄だ、助かったぞ」

[えっへん]

「さて、ついでに火葬も済んだ。ターゲットの所へ行くとしよう」

シュテルの策の結果、ヘリが落ちた事でセルゲイも相当焦っている事だろう。まだ生きていれば、の話だが。奴がサムの刀の錆になっているかどうかをこの目で確かめるためにも、俺は屋敷の階段を使って上っていく。
しかし……そこらの死体が持っているのはアサルトライフルにマシンガン、バズーカといった重火器が中心で、外に出てきた連中よりはるかに厄介そうな奴らを刀一本で殲滅したサムの実力は、俺から見ても途方もないように感じる。ともあれ彼が屋敷内の敵を片っ端から残らず始末したため、俺は他の敵と戦う事も無く最上階へとたどり着いた。

「ハインドDが落ちただと!? 一体誰が……!」

「おぉ、サバタがやってくれたようだな。俺も良い掘り出し物の弟子を持ったものだ」

「サムエル……貴様、ただで済むと思うな!!」

「勝手に師匠を殺しておいて、よくもまぁそんな戯言を言えるな、ミハエル。同じ門下生としては呆れて物も言えん。しっかし、本当に魔法が実在していたとは俺も驚いたぜ? 尤もファンタジーに出て来るような大層な代物じゃあ無いみたいだな、三下?」

「クソッ! ミハエル、さっさとこいつを始末するぞ! アクセルシューター36連射ァ!!」

「よっと、甘い甘い、両方とも狙いが全く以て甘いぜ。ちょっとは期待したんだが、所詮現実の魔法使いもこの程度って奴か」

次元世界的にはSSランク級の実力を持っている、麻薬カルテルのリーダーの魔導師セルゲイが発射したシューターの全てをサムは瞬きの内に見切り、わざと見せ付けるように全て斬り捨てていた。圧倒的な力の差を見せる事で、誰に手を出したのか思い知らせるかのように。

一方でセルゲイに協力している辮髪の剣士ミハエルもすぐさまサムと切り結んでいるが、察するに同じ剣術を使うこの男が麻薬カルテルと通じていて、サムの実家にテロを起こしたのだろう。つまりこいつこそがサムの実家の仇ってわけだ。

セルゲイは今の魔力弾の他にも砲撃、身体強化、捕縛魔法の類をリーゼ姉妹のような高い技量で万遍なく使いこなしていて、相当の実力の高さがうかがえる。その上謀略でも滅法強く、ラジエルの連中を除いて管理局が相手をしようと思ったら逆に翻弄される様相が目に浮かぶ程だった。そしてミハエルというホドリゲス新陰流の使い手もまた、躊躇いなく剣を振るえるあたり、剣士としても一端の実力を持っていた。少々中途半端な実力ではあるが。

しかし……それほど強力な魔導師と剣士が協力しても、サムが相手では全く通じていなかった。

「バカな……あり得ない! 魔法が使えない癖に、どうしてこの俺が……!!」

「そっちの業界だと魔法は才能頼りらしいが、そんな温い使い方じゃあこの俺を捉える事は絶対に出来ない。しっかしこんな奴らに実家が滅ぼされたのか……今頃あの世で親父も嘆いてるぜ」

「ふんっ、あんな時代遅れの頑固頭がどうしようが知らないな。このホドリゲス新陰流はもっと有意義に使うべき剣術だ。これを使えば大統領だって殺せる……いや、世界だって掌握できる! それほどの力を好きに使って何故悪い!!」

「ミハエル、おまえは剣術のなんたるかが全くわかっていない。親父やその前の師範達が今の時代にまで伝えてきた殺人剣を、最後に死ぬ一瞬だけ見せてやるぜ」

「知った事か。あとはおまえさえ消せば、俺達の天下は目前なのだ! くたばりやがれぇっ!!」

「チッ、たかが一剣士の分際で! ここまで築き上げてきた俺の麻薬カルテルを、侍如きに潰されてたまるか!! 死ねぇ!!!」

怒りに任せてミハエルは刀を大きく振りかぶり、セルゲイは集束砲撃を発射した。非殺傷設定なんか微塵も使われていない攻撃を前に、サムは怖気の走る獰猛な笑みを浮かべて刀を一旦納刀する。そして次の瞬間、トリガーを引いて爆発的な威力も加わったサムの抜刀術に斬られたミハエルの刀は弾き飛び、セルゲイの砲撃は真っ二つに両断され、床と天井に大穴を開けた。しかもサムは抜刀時の勢いのまま、まるでジェットストリームの如く二人に瞬足接近し……、

ジャキンッ……!!

一太刀で辮髪の男、ミハエルの首を切断した。

[ッ……!]

断面から血を噴射しながら宙を舞い、ゴトリと鈍い音を立てて地面に転がるかつての同胞を前に、サムは無言で刀を納める。シュテルが息を呑む中、残された胴体はバランスを失って崩れ落ち、しばらく痙攣してから徐々に動きが止まった。

「これが剣術だ……と言った所で聞こえちゃあいないか。地獄でたっぷり折檻されるんだな、ミハエル。それと……別に忘れちゃあいねぇぜ、三下の魔法使い?」

「ひっ!? く、来るな! 来るな、来るな、来るな、来るなぁぁあああああ!!!」

恐慌状態に陥ったセルゲイが滅多矢鱈と魔力弾を発射するが、狙いの定まっていない攻撃がサムに当たるわけも無く、死神の足は一瞬で迫り、血塗られた刀がセルゲイの胴体を斜めに切断する。肺までざっくり斬られたセルゲイは傷口から大量に血を噴射し、口からも血を流しながらゆっくりと倒れていった。……今夜はうなされそうだ。

話には聞いていたが、実際に目の当たりにしてわかった。高周波ブレードはバリアジャケットすら容易く切り裂ける程威力を上げる。クロノ曰く、ある程度の質量兵器ならバリアジャケットで防げるらしいが、高周波ブレードはバリアジャケットをも簡単に貫くから、魔法至上主義の管理局や魔導師にとって悩みの種になるだろうな。

今後のために、俺の暗黒剣も高周波ブレードに改造するべきか? ……いや、それだと流石に殺傷能力が高くなりすぎる。余程の事態に追い込まれない限り、この剣はこのままにしておこう。

「……そっちの戦いも終わったか、サム」

「よぉ、サバタ。作戦通り、仇討ちは果たしたぜ」

「同門の剣士と高ランク魔導師を同時に相手して、余裕で勝つとは流石だな。こっちはヘリを一機落とした、出迎えてくれた連中は全員入り口の所で拘束してあるが……奴らはどうする?」

「無論、全員始末する。組織を消しても一部が生き残れば誰かがまた麻薬を売り始める、そしてまた新たな組織が生まれる……。組織というのは生き物だ。個々の細胞を殺したところで、総体に変化はない。だが全ての細胞を殺せば生物は死ぬ、つまりそういうことだ」

「なるほど……しかしあえて生かしておく、というのは駄目なのか? これ以上裏業界に関われば死ぬと自覚した連中はもう、この業界では生きていけなくなった。表の世界でやり直すしか選択肢は無くなった。それに裏の世界に戻ったとしても、恐怖は決して拭い去れない。結局は足を洗うしかないんだ」

「だが全員がそうであるとは限らん。そういう奴はさっき言ったように、どこかでまた新しい組織を立ち上げるかもしれない。そうなればまた食い物にされる連中が出る。その可能性を知っていながら、サバタは生かしておいた方が良いと?」

「いや、俺のは単なる選択肢の提示だ。俺はこの麻薬カルテルを潰したかっただけで、奴らの命までは実の所興味がない。捕縛した連中の生殺与奪権はサムに譲る、どうするかはおまえに任せるさ」

「気前が良いねぇ。ならそっちの件は俺が好きにさせてもらうが、その間おまえさんはどうする?」

「こいつらが溜め込んでいた麻薬を全て焼き払う。あと死体も火葬しておく。いくら敵だろうが、死者は弔ってやる必要があるからな」

「弔う、か。俺はそういうのは専門外だからなぁ……任せてもいいか」

肩をすくめるサムを見て、苦笑しながら俺は承諾した。そうして後始末の役割分担をした後、俺達は一旦この部屋を後にした。これで……ようやく終わる。ミッドチルダへの遠征から始まり、フェイト達の裁判の裏に潜り、アレクトロ社の開発したSEEDを探り、判明した事実から続いた戦いが終わる……、そのはずだった。

「グ……ゴゴ……、ま……だ……だ、俺には……アレが……あった…………ッ!」

だが“奴”は、まだ終わっていなかった。瀕死の状態で“奴”は震える手で取り出した注射器を自らの首に刺し、中身を注入する。次の瞬間、見るもおぞましい変異が始まった。

「ウ、ウゥゥゥゥッ……!!」

『ッ!?』

「グルルルルルルルッ!! ガァァアアアアア!!!!」

並の人間なら即死している深手を負いながらも、“奴”……セルゲイは立ち上がってきた。突然の異常事態に俺もサムも驚く中、奴の眼は赤く狂気の色に輝き、全身は血の通っていない青白さに染まり、どくどくと刀傷から血が流れる身体で動いている姿からゾッとする不気味さを醸し出していた。

「おいおい、さっき肺ごと斬ったはずだぞ? 即死しておかしくない状態なのに、なぜ動けるんだ?」

「これは……アンデッド化! しかもこの吸血変異の進行度合いから察するに……変異体になっている!」

どこで手に入れたのかは不明だが、十中八九あの注射器が原因だろう。これだけ近くにいて暗黒物質を感知できない程の密閉度に、内心舌を巻く。なお、注射器のデザインはどこかSEEDと酷似しているが、その性質は能力をコピーするアレとは全く異なっていた。

しかし以前のなのはの事例も含めて考察するに、どうも魔導師が吸血変異するとリンカーコアの魔力を喰うために時間が取られるから、変異に時間がかかるようだ。その結果、身体が暗黒物質に馴染む途中で留まってしまうため、変異体になる確率が高くなってしまう。そして人間の変異体は、モンスターのそれよりもはるかに強力で、尚且つ厄介だ。
その理由を説明しようと思ったら、セルゲイだったアンデッドは傍に転がっているミハエルの死体に誘われるように近づいていくと、屈みこむなり貪るように喰らいつき始めた。肉を引き裂き、血の滴る音が部屋中に響き、俺達はそのおぞましい光景に寒気を感じた。

「マジかよ……魔法使いってのは、死体を食べるもんなのか? これじゃあまるでゾンビじゃねぇか」

「別に魔導師は食人種ではないんだが……ゾンビという所は正しい。今のセルゲイは最早人ではない、ありとあらゆるモノを本能のまま食らい尽くす存在へと成り果てている」

「アンデッドって奴か……参ったねぇ、こりゃ。話半分で聞いてたサバタの話が、全て事実だったとは……世界は思った以上に広いもんだな。ま、真相がどんなものであろうが―――――!!」

会話を区切ったサムは爆音を轟かせて飛び出し、セルゲイ・アンデッドに一気呵成に斬りかかる。

「さっさと倒しちまえば良いだろう………ん?」

手ごたえが無い事に違和感を抱いたサムが手元を見る。そこでは高周波を発するミハエルの刀が、同じく高周波ブレードである彼の刀を防いでいた。そして既に身体の半分以上を喰われていたミハエルの刀を振るったのは……セルゲイ・アンデッド。

元々セルゲイは高ランク魔導師ではあるが、サムの剣術を受け止められる程の実力は無いはずだった。しかし今、セルゲイはサムの刀を受け止めた。その理由こそ、人間の変異体がモンスターより厄介な原因である。

「人間の変異体は、喰らった対象の能力を奪える。死体だろうとモンスターだろうと関係ない、喰らえば喰らう程掛け算式に強くなっていく。そこが普通のアンデッドと違う最も面倒な性質なんだ」

世紀末世界のギルドではクリムゾン・モンスターの討伐依頼がよく舞い込むが、実の所クリムゾン・モンスターは変異体である事がほとんど。あまり知られていないが、変異体は案外近くにいるものなのだ。

―――疾ッ!!

「うぉっ!? こいつ、ミハエルの剣術を使いやがったぞ!」

「言っただろう、喰った相手の力を得ると。今のそいつはセルゲイの魔法と、ミハエルの剣術を身に付けた怪物だ。故にこれ以上余計な力を得られる前に……」

ゆっくりと俺が歩きながら語っている間にも、セルゲイ・アンデッドの変異が更に進んでいく。ミハエルの死体を完全に喰ったセルゲイ・アンデッドは雄叫びを上げ、刀に変質した魔力を纏わせ、腕に取り込んで同化した。無機物である高周波ブレードに変質魔力の渦が視覚に映る程まとわりついていき……柄の部分が有機的でグロテクスな見た目に変化する。

奴から発するおぞましい気配を前に、新たに身に付けたホドリゲス新陰流の構えで、暗黒剣の切っ先をアンデッドに向ける。天井に空いた穴から月の光が注ぎ、暗黒剣が青白く光を反射する中、俺は気迫を込めて告げる。

「この世から滅するッ!!」

―――刹那。

瞬時跳躍で奴の懐に潜り、切り上げ一閃を放つ。力を溜めて放った事でいくつもの斬撃が変異体を襲い、裂傷を刻み込んでいく。一方で変異体も変質した魔力を用い、身体強化魔法、バリアジャケット展開、更にシューターを66発も生成してくる。
殺気を感じた俺はすぐさまバック転で回避行動を取り、すぐ眼前でシューターが直撃して床が爆ぜる。その上奴自身も動き、右腕の刀を強靭な腕力で振るって来た。シノギ、ゼロシフト、ガード、それらを使ってとにかくかわし続けるが、奴が刀も魔法も滅多矢鱈と放つせいで部屋がたちまち崩壊していく。
しかし俺が奴の刀を13撃受け止めた瞬間、爆音と共に変異体の右肩がざっくりと斬られて赤い血が吹き出した。今の一撃で奴の右腕は支えを失い、力なくぶら下がるしかない状態になる。それを為した当人は、まるで酒場にも出かけるような軽い口調で次の句を告げた。

「仇討ちも良いが、締めに化け物退治ってのもオツなもんだ」

「楽しんでる場合か、サム……」

「わかってるわかってるって。バイオハザードな展開にはさせんよ」

直後、サムから凄まじい抜刀術の連撃を受けた変異体は、あらゆる箇所が切断されて悲鳴じみた大声を上げる。反撃による魔力弾と砲撃の雨あられを俺とサムは高速移動と武器で避けるか切り裂く事で対処し、攻撃の間隔が空いた瞬間を狙って更にダメージを加えていく。

このままいけば余計な被害も出す事無く倒せる、そう思い始めた直後……俺達の同時攻撃が魔方陣によって防がれる。

――――ガギギギギギギッッ!!!

「チッ、魔法障壁を張ったか!」

「さっきまでのプロテクションとやらとは違うみてぇだな。強度が段違いだ」

衝突で耳障りな金属音が発する中、俺は暗黒剣にダーク属性を付与してこの障壁を打ち破ろうとした。だがしかし、変異体の斬られた右腕が急激に再生、障壁越しに突きを放ってくる。咄嗟に身を逸らして避けはしたものの、これでは障壁を破壊出来ない。一旦距離を取って再び突進、今度はサムとの連携もあり、ゼロシフトを駆使して死角から斬りつけるも、見えていないはずなのに障壁が俺の剣を防いでしまった。

[教主、この障壁はどうやら全身に張られているようです。生半可な攻撃では障壁を打ち破れません]

「ああ、わかっている。この面子なら一応時間をかければ倒せるだろうが、下手をすれば階下の死体を喰らって手が付けられなくなる。可能な限り早々に決着を付けなければ……!」

[はい、ですから私を召喚して下さい]

「……何? シュテル、どういうつもりだ?」

[どういうつもりも何も、ここであの変異体を倒さなければ、教主の目的は果たせません。いつかその時が訪れるまで、私は……私達は教主と共に戦い抜く覚悟を決めています。それに運命共同体でもあるのですから、住まわせてもらっている身として力を貸すのは当然の義務でしょう?]

「そうか……おまえ達の決意はわかった。なら頼るぞ!」

[はい、お任せ下さい!]

未だにサムが変異体の注意を引き付けてくれている。その間に召喚を済ませるべく、一旦部屋の隅に下がる。

月光仔の力を注ぐ事でシュテル達マテリアルズの召喚が可能になる事は以前説明した。そして注いだ力が多ければ顕現できる時間が長くなる事も。素の状態で3人全員を召喚すれば小さい姿でしか顕現出来ないが……今のように力の充電が十分溜まった状態でなら、本来の力を持った姿で長時間顕現する事が可能だ!

「顕れよ、星光の殲滅者……シュテル・ザ・デストラクター!!」

手を掲げて床にルナ属性、空中にフレイム属性の紋章が浮かぶ魔方陣が展開される。閃光を発した瞬間、そこにはなのはと同じデザインだが黒紫と色違いのバリアジャケットを展開している、青色の眼で赤い魔力光を走らせるショートカットの少女が召喚された。見た目はなのはそっくりだが、その眼光と淑女じみた佇まいから紛れも無く別人である少女……。彼女こそ理のマテリアルにして星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクター、その本来の姿である。

「召喚に応じて参上しました。問おう、あなたが私のマスターですか?」

「こらこら、聖杯戦争はやらないぞ」

「軽い冗談です。少し空気を和らげようかと思っただけですよ」

「そうか……」

茶目っ気を醸し出しながら無表情で笑う、という器用な真似をするシュテル。なんか彼女を見ていると、ギルドマスター・レディを思い出す。淑女然とした雰囲気や、腹の底が読みにくい所とかが案外似ている気がする。

「お~い、なんかいつの間にか一人増えてるが、その嬢ちゃんは味方か?」

「当然だ、サム。彼女は俺が心から信頼出来る相棒だ」

「あまり持ち上げないでください、照れてしまうじゃありませんか」

「俺が他人の事を語る時は基本的に本心しか口にしないぞ」

「教主からそこまで言ってもらえるとは……恋慕の炎が激しく燃え盛りますね。あまりに燃え過ぎて我が身も火傷しそうです」

「なんか身悶えてるぞ、この嬢ちゃん。コイツ相手に戦力になるのかぁ?」

余裕じみた口調で、サムは変異体と交戦しながらシュテルの実力を疑う事を言ってきた。そもそも激戦中に会話出来る辺り、俺達の異常さが際立っているが……まあいい。ともあれ逆転の手札はそろった、いい加減滅却してやるぞ、セルゲイ・アンデッド!

暗黒剣に力を溜めて強烈な一撃を変異体にぶち込み、続けてサムもチャージして高速の斬撃を放つ。あまりの威力で部屋の奥に吹っ飛ばされる変異体だが、連続で強力な攻撃を受けたにも関わらず、魔法障壁は未だに健在だった。そこにゆっくりとシュテルは自らのデバイス、“ルシフェリオン”の先端を向ける。

「胸の炎が私に告げています。あなたには焼却炉の炎すら生温い、ムスペルヘイムの如き煉獄の炎であなたの肉体を一切合切微塵も残さずこの世から消し去れと」

シュテルがゆっくり語る度に、ルシフェリオンに凄まじい濃度の魔力が凝縮されていく。それはまるでなのはの十八番である集束砲撃、その前兆そのものだった。

「運命の巡り会わせで教主の力を注がれた事で、私はより高みへと昇って行けました。私の炎熱であなたの屍を滅却して、それを証明してみせます」

カートリッジを2発ロードしたシュテルは、集束した赤い魔力に淡い白色の光を纏わせていく。その優しい光は彼女達マテリアルが新たに使えるようになったルナ属性……魔法だけでは倒せないアンデッドを倒すために必要となるエナジーの力。

「奔れ赤星、全てを焼き消す炎と変われ! 真・ルシフェリオンブレイカー!!」

直後、デバイスから放たれた視界を覆い尽くす炎の濁流が、変異体を文字通り飲み込む。灼熱の業火は敵ごと壁を貫き、リオ・デ・ジャネイロの夜闇の中に一筋の赤い流星を発生させた。

「ヒュ~! こりゃあ爽快だねぇ」

「そうだな。しかし……」

赤い光の奔流が衰えていき、消えた瞬間、俺はすぐさま飛び出した。直後、砲撃体勢で技後硬直中のシュテルに向かって鈍色に輝く金属が飛翔してくる。それは元々ミハエルの刀であった変異剣の破片だった。咄嗟に反応できず、驚愕で目を見開くシュテル。

「(しまった、避けられないッ!)」

―――ズシャァッ!!

肉を貫く音が響き、その刃が自分の柔肌に突き刺さった光景を幻視するシュテル。だが、彼女の体に痛みは無かった。理由は至極単純、彼女に刀が刺さっていないからだ。では今の音はどこから? それもすぐに判明した。

「教主ッ!!」

俺の右肩に突き刺さった刀を目の当たりにして、シュテルが悲痛な声を上げる。しかしそれに答えている暇は無い。刀が刺さったまま、無言で返した俺はすぐに砲撃痕地に突進する。煙が晴れたそこには、身体の殆どを失いながらも再生しようとしている変異体が残っていた。障壁も破壊されて無防備となった変異体は最後の悪あがきで魔力弾を形成、こちらに放ってくる。尤もそれは瞬時に“サムライ”が全て斬り伏せた。

「おらよっと、トドメは任せるぜサバタ」

「オーケイ、いざ参る!!」

サムの援護もあって俺は変異体に肉薄、感覚的に周囲が遅くなる速度で連続斬りを放つ。最後に暗黒剣を突き刺し、上空に打ち上げて縦に一刀両断する。綺麗に真っ二つになった変異体は床に接地した瞬間、一片も残さず霧散した。

「やっとこさ倒せたか。想像以上に手こずった、こりゃあ入り口の連中に逃げられちまったかもなぁ」

「片付ける手間が省けたとでも思っておけばいいさ。で……大丈夫か、シュテル?」

「私は教主のおかげで何ともありませんが、代わりに教主は……すみません」

「この程度の怪我は、世紀末世界ではよくある事だ。少々傷が深いから休息が必要だろうが……謝られる程大した問題では無い」

「…………」

フォローしたのだが、シュテルは悲しげに顔を伏せてしまう。……出会ったばかりのフェイトを彷彿とさせるな。

……この後、ひとまず肩の応急処置を終えてから俺達は地下倉庫の麻薬を焼き、死体を火葬して灰を海にまいた。その間シュテルは無言で手伝ってくれたが、血で汚れていない自分の手を見て複雑な表情をしていた。

流通ルートの詳細が乗った書類と、金庫に隠されていた大金の所在を確認したら、約束通り情報を渡してくれたリキッドに連絡を送った。

「こちらサバタ……制圧完了。後は好きにしろ」

こうして俺は目的を果たしたのだが、後味は悪かった。
 
 

 
後書き
成長編はここで終了です。今回はサバタが手を汚す事も厭わない覚悟を決めました。

ところでこの話はリリなの原作ではまだ空白期の時期に行われています。次回からは少し時間が飛びますので、ご了承ください。 
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