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富樫

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4部分:第四章


第四章

「まことにな」
「おのれ、こうなったのは」
 それを言われてだ。大柄な山伏は小柄な山伏を苦々しげに見据えてだ。彼のところに歩み寄りだ。
 その手に持っている杖でだ。小柄な山伏を打ちすえだしたのだった。
「ええい、己のせいじゃ」
 こう言ってだ。彼を打ちすえるのだった。
「己が義経殿に似ているから。我等が疑いを受けておるのじゃぞ」
「申し訳ありませぬ」
 小柄な山伏はこう言って謝る。
「それがしのせいで」
「謝って許される話ではないわ」
 大柄な山伏はさらに打ちすえていく。
「己のせいでじゃ。全て」
 そうした打ちすえる姿を見てであった。富樫はだ。
 一旦目を閉じてそのうえでだ。こう山伏達に言うのであった。
「あの」
「何でござろうか」
「疑いは晴れました」
 こう彼に言うのであった。
「最早晴れました」
「左様でございますか」
「さあ、行かれるがよい」
 自分から関所を通るように勧めるのであった。
「どうぞ」
「わかり申した。それでは」
 山伏達は一礼してから関所を去ろうとする。富樫はその彼等から視線を逸らす様にしてだ。上を見上げてそのうえで彼等の礼を受けてから背を向けてだ。そのうえで一旦関所の館の中に入るのだった。
 その富樫にだ。家臣達が声をかけた。
「あの」
「宜しいのですか?あの者達は」
「そうです、明らかにです」
「義経様達では」
「いいのだ」
 富樫はこう言うのであった。彼等に対して。
「それでもだ」
「いいのですか」
「このまま通して」
「それでは富樫様がです」
「責に問われますが」
「では聞こう」
 富樫は己の家臣達に顔を向けた。そのうえで、であった。
 彼等に対してあらためてだ。こう尋ねるのだった。
「そなた達はあの者達を捕らえられるか」
「義経様達をですか」
「あの」
「弁慶の忠義は知っておろう」
 このことも話した。
「あの者の義経殿に対する忠義の篤さは」
「はい、それはです」
「確かに」
「天下に知られていること故」
「それについては」
「その忠義者の弁慶が主君を打ちすえてまでその場を乗り切ろうとしたのだ」
 富樫は何時しか泣いていた。今はもうその涙を堪え切れなかった。とてもだ。
「そこまでして。今は主を護りたいのだ」
「その忠義を知ったからこそですか」
「だからこそですか」
「この関を通された」
「そうだったのですか」
「そなた達も同じである筈だ」
 その家臣達にまた告げた。
「そうだな。違うならばだ」
「それならば」
「それならばといいますと」
「追うがいい」
 その義経主従をだ。そうしろというのだ。
「追ってそのうえで捕らえるがいい。手柄は思いのままだ」
「そうせよと」
「そう言われますか」
「わしは何も言わん」
 確かな言葉だった。その目も。
「好きにするといい。そうしたい者はな」
 ここまで言った。しかしだった。
 誰も立ち上がろうとしない。動こうとしない。誰一人としてだ。
 富樫はその彼等を見てだ。そうしてであった。
 落ち着いた声でだ。こう彼等に言うのであった。
「では酒を用意せよ」
「酒ですか」
「それをでございますか」
「捕らえはせぬ。しかしだ」
 それでもだというのである。
「弁慶殿の忠義にだ。酒を差し上げよう」
「そうですな。それでは」
「今から弁慶殿のところに向かい」
「そうしてですね」
「そうだ、差し上げるとしよう」
 捕まえはしないが追う。今はそうするというのだ。
「ではな。よいな」
「はい、それでは今より」
「義経様達のところに向かい」
「そうしてですね」
「そうするぞ。いいな」
 こうしてであった。富樫は酒を用意させそのうえで義経達を追うのであった。
 経つその前に頬を拭った。そこにあるものは。彼が今まで感じ取った中でだ。最も熱く澄んだものであった。


富樫   完


                2011・2・26
 
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