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モンスターハンター 龍の力と狩人たち

作者:気化
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第一章 目覚めるその力
  第一話 空にて、到着直前。

第一話 空にて、到着直前。

 ──造龍技術を持った当時の人間は、遂に生物の頂点を極めた。この時代が人間という生物の最盛期だったと考えられる。しかし、それからあまり経たない内に龍大戦時代に突入し、間もなくこの最盛期を演出した古代文明は崩壊した。その後も度重なる天災により──
 そこまで読んで、彼は本を閉じた。その顔は心底眠そうである。
 背丈は高い部類に入る。髪は黒く、短い。人並みに手入れはされてあるがやや癖があるようだ。目付きは鋭くやや釣り目で、凛とした雰囲気を感じさせる。瞳もまた黒い。全体として顔立ちは良い方だが、どこかまだ垢抜けていないようにも見える。年齢にして二十歳を過ぎないだろう程度の、いかにも活発そうな男だ。
「つまんねえな」
 ただ一言、それだけを呟いておもむろに本を置き、それを枕の代わりにして突っ伏せる。寝心地が良いわけでは無いが、無いよりはマシだと思ったのだろう。しかしいざ眠ろうとしたその時、「本を枕にするな馬鹿」という声と共に本の角で小突かれる。男は後頭部を抑え、しかめっ面で声が聞こえた方向を睨んだ。
 そこにいたのはもう一人の男だった。黒髪の男と比べると幾らか長い銀色の髪は整っており、大きな垂れ目の中には宝石と見紛わん程に綺麗な青い瞳がある。一見すれば少年の様な顔付きであるが、表情はとても大人びていて、雰囲気も年少者が普通持ち得ない気品に溢れている。小突かれた男は今は座っているために彼を見上げているが、一度彼が立てば簡単に見下ろせるだろう。それこそ頭一つは下らない。男が背の高い部類に入るのも要因ではあるが、それ以上にこの少年のような男の背丈が小さいのだ。
 更に驚くべきことは、初見では少年にも間違われかねないこの彼が黒髪の男よりも歳上であるという事だ。
「痛って……」
「痛くしてるんだから当たり前だろう? 枕なら貸してあげるからその本を粗末に扱わないでくれよ」
 睨む黒髪の男を見ながら彼はそう諭すように言う。対する黒髪は彼の手にある本を見つけると不満そうな表情を更に歪めて毒づいた。
「本で小突いた癖して何のたまってやがる。本当に粗末に使ってんのはどっちだよ?」
「あぁ、確かに本は叩くための物じゃないね。そりゃすまない。次からは金槌にするよ」
「素手でやれ!」
 鋭く突っ込む黒髪。そんな彼を見て銀髪はクスリと笑う。それから更に言葉を繋げた。
「まあとにかくだ、それは僕の本だ。あんまり雑に扱わないでくれよ」
「ヘイヘイ、分かりましたよ。話はそんだけか?」
 まさかそんなはずは無いだろう、と言外に黒髪は言う。銀髪の男もそれを察した様子だ。
「うん、そろそろ着くって乗組員の方が言ってたから準備しとけって言いにね」
「マジで?」
 そう言って黒髪が跳ね起きる。その直後の「あと一時間くらいかな」という銀髪の言葉にガクリと崩れた。
「一時間じゃ大して問題ねーじゃん……」
「随分と余裕だね……。準備は出来てるのかい?」
 銀髪のその質問に「そりゃそうだろ」と、黒髪は返す。
「そうじゃなかったらこんな余裕かませねえよ」
 そう言って一つ伸びをしてから、窓の方へと歩いていく。

 この二人は共にモンスターハンターである。ハンターとは、自然界と人間とのバランスを保つためにある職業で、その職務は常にハンターズギルドという、ハンター達を総括する機関に管理されている。
 自然界を闊歩する生物たち──モンスターの中には、人間に危害を与えるものも多い。そこでハンター達はそういった増長した危険なモンスターを狩り、人間と自然のバランスを取る役目を担う。
 その様な危険な役割を持つが故に、ハンター達は英雄の様な存在となっている。また、成功者が得られる富や名声は計り知れないものがあり、それもモンスターハンターという職業が人々の憧れの職業の一つである要因だろう。無論その役割は危険極まりなく、死亡者も多い。成功すれば英雄、失敗すれば死もあり得るという、志望者も死亡者も多い職業である。
 そんな彼らは現在飛行船の中にいる。
 当然ながら、この二人の他にも飛行船に乗っている者はいる。乗組員だけではなく、彼らの目的地に用がある人々がこの船を利用しているのだ。──と言っても、二人を加えて十人もいないのだが。更に言えばハンターはリューガ達二人の他にはいない。この乗客の少なさの原因の一つにはチケットの価格がある。
 この世界の人々にとっては、人間が空を飛ぶことなど少し昔には考えられない事であった。その常識が気球や飛行船の発明によって覆されたのはつい最近のことである。更にこうして民間で使われるようになったのは数年前からの事。当然、そんなつい最近発明されたような代物の利用が庶民にできるはずがない。こうして二人が搭乗できるのもその実績と資金の豊富さによるものだ。
 黒髪の男の名はリューガ・マエンバー。銀髪の男はジーノ・バルバーリ。どちらも実績、実力共にあるハンターである。特に年上のジーノに関しては、各地の大都市でも良く名が通る高名なハンターだ。その実力と……少年さながらの外見によって。

 リューガは窓から地上を見下ろす。普段は全体を見ることなど高台が無ければとても叶わない森が──尤も、今彼が見ている森を彼は一度として地に足を付けて見たことは無いが──小さく見える事に少々感動すら覚えながら、黒髪は至るところを見回していた。少し遠くでは、大きな湖が青空を写して青く煌めいている。空を、地を、森を、山を、湖を、リューガは子供の様に興味津々に見回していた。
 そしてその時、彼は何かが近付いてきたことに気付いた。赤色の何かが。
 リューガの首が止まる。各所を眺めていた目はその近付いてくる赤のみを見据えていた。
「リューガ、景色はどうだい?」
 そんな事は露知らず、ジーノは窓の外を見続けるリューガにそう言った。しかし、その声に振り返る彼の顔は先程までの暢気なものではなかった。
 リューガが鬼気迫った表情でジーノを睨む。そんな彼を見て大きな青い瞳の目を更に大きく広げて驚いた。
「ど、どうしたんだ? そんな顔して」
「ジーノ! 何か来やがる!」
 ジーノが言い終わる前に、その少なからず焦燥を感じさせる声が放たれた。それを聞いて、ジーノもすぐに窓の外を覗く。そしてソレを確認するなり、「あー……」と洩らした。
 赤色の何かは徐々に形を現す。一対の強靭な翼、棘の生えた太い尾、そしてその形は飛竜(ワイバーン)そのものであった。そして、二人はその飛竜の名も姿も知っていた。
「だぁー!! やっぱりリオレウスか!」
「いつの間にかテリトリーに入っていたようだね。操縦士さんには気を付けてほしいもんだよ」
「冷静に言ってんじゃねえ! というか、操縦士の奴は今の状況知ってんのか!?」
「知ってるかどうかじゃなく知らせないと」
「分かってるよそんな事ォ!」
 それに対する反応は正反対だったが。
 リューガは過剰なまでのリアクションを見せ、対するジーノは全く動揺を感じさせない涼しげな表情である。
 そんな二人の共通点は、迎撃態勢を早々と整えている事である。
「乗組員の皆さーん! リオレウスに襲われそうなんでパパっと迎撃の準備お願いしますねー! あと一応操縦士さんにも伝えといてくださーい!」
 その準備は、ジーノのどこか間の抜けた呼び掛けから始まった。
 このような緊急時には、飛行船に乗る者達全てが迎撃の為に行動する必要がある。このような事態に幾らか慣れている者は自ら必要な行動をとれるのだが、大半の場合はそうはいかない。まさかと思って外を見た四人の若い商人は殺気に満ちたその姿を目にした瞬間腰を抜かして震えてしまっている。一人はパニックになってろくに話すことも出来ない。
 よって、迅速な行動がとれたのは乗組員と一部の乗客だけだ。
 二人はまず装備を整える。こういった移動中は何時でも出撃出来るよう、胴部と脚部の防具は常に身に付けられている。残った腕、腰、頭の防具、そして武器を迅速に身に付けていくのだ。
 リューガが身に付けているのはボロスS装備という、ボルボロスという獣竜種のモンスターの素材を使った装備だ。このSは上位個体の素材を使っている事を意味する。そして武器はモノブロスという砂漠に棲む飛竜の角を使ったランスの「クリムゾンホーン」である。このモノブロスは一本の猛々しい角を持つことから“一角竜”という別名がある。そして、この竜はある英雄譚から伝統的に「一対一で戦わなければならない」という掟があり、この竜に打ち勝った者こそが一流のハンターであるとされる。このモノブロスの角から造られた槍を持っているということ、即ちそれは、リューガはそのモノブロスを狩っているという事である。
 ジーノが装備しているのは「金色・真」と呼ばれるラージャンの素材から造られた装備で、このモデル自体は旧式なのだが、彼はこちらの方がしっくり来るという理由でこのデザインの方を選んだそうだ。武器は超巨大生物のシェンガオレンというモンスターから造った大剣「ガオレンズトゥーカ」だ。ジーノはその小さな体躯でこの大剣を自在に操る、馬鹿力の持ち主である。
 このラージャンは超攻撃的生物と呼ばれる猿や獅子を想わせる様な姿形の危険なモンスターで、出遭ったモノの命はまず無いとさえ言われる。また、ラージャンの興奮すると毛がたちまち金色に変わり、逆立つ。この事からラージャンは“金獅子”という異名を持つ。この現象は興奮が収まると同時に終わり、毛色は元に戻るのだが、極稀に何が起こってもその毛色が元に戻らないという異常な現象が発生する。こうなってしまえばラージャンは全く手が付けられなくなり、暴虐の限りを尽くすようになる。ジーノはその激昂したラージャンを狩り、その毛皮から造られた鎧を身に纏っているのだ。二人揃って名は高い。
 自らの実績を誇示するようにそれらの装備を身に付け、その後は二人も飛行船内の迎撃兵器の準備をする。
 危険なモンスターが至るところにいるこの世界で、丸腰で旅をするなど言語道断の所業だ。特に船や飛行船といった、乗り物が破壊される事がそのまま死に繋がるような移動手段では、より強力な迎撃兵器の準備が必要となる。
 例えば、この飛行船にはバリスタという、大型弩砲が側面に二台ずつ、合計四台設置されている。二人は人々にそのバリスタ用の弾を用意させたのだ。
「おぅいジーノさん達! バリスタの準備は万端だぜ! 全砲台に配置は着いてる!」
 乗組員の男が溌剌(はつらつ)とした声で言う。その顔に不安の色は無い。それが彼らハンターへの信頼を表していた。
「恩に着ます」
「おう、サンキュー! ……あと、避難の準備も用意しとけよ」
「分かってるさ。ま、アンタらが負けるとは思ってないぜ。あの王サマ気取りの鼻をへし折ってくれ!」
 リューガの感謝の後のやや不安げな要請に対して放たれたその快活な言葉は少々プレッシャーを与えると同時に確かに二人をを勇気づけた。
「言われなくてもそのつもりですよ。僕もアイツの威張りっぷりには腹が立つんでね」
 今度はジーノが不敵な微笑みを帯びた顔でそう言った。未だに感じられる余裕は、彼が踏んだ場数故か。
 それを聞いた男は信頼に更に安心を加えた顔で「頼んだぜ」とだけ言って、次の準備に入るために去っていった。
 彼を見送った後、リューガとジーノは窓の外を再び見る。黒い目は緊張を帯びながらも確かな熱意を持ち、青い目は不敵ながらも静かな闘志を携えていた。バリスタの準備は既に終わっており、準備は確かに万端である。
 対するリオレウスは、殺気を帯びながら飛行船の周りを威嚇するように飛んでいた。
 まるで、「今すぐここから出ていけ」とでも言うように。

「殺気に溢れてるね。こっちから何かするつもりは無いんだけれど」
「お前は何でそんな余裕なの……?」
「こんな時こそ笑顔だよってね」
 にこやかに言うジーノを見てリューガは露骨に溜め息を吐いた。
 ジーノの言動からはかなりの余裕を保っていることが分かる。リューガも焦りこそすれ、恐れに身体をすくませる事はなかった。無論二人の目付きは鋭いままで、慢心などは決してしていない。
 二人の狩人が戦闘準備を終えた。飛行船内の有志達も既にバリスタの発射台にて攻撃の準備を完了している。
 ジーノは自らバリスタの砲台には着かず、指示を出す役割についた。
 リューガは他の乗組員と共にバリスタの照準を付ける。リオレウスもまた、 攻撃を仕掛けようと隙をうかがっていた。
 睨み合いが続く。操縦士も迎撃担当の者が対応しやすい様な向きを維持し続ける。
 
 先に動いたのはリオレウスだ。再三の威嚇が意味を為さないままテリトリーを侵され続けた事に痺れを切らしたようだ。
 火竜が口内に炎を溜める。それを吐き出そうと息を吸ったその時であった。
「いけぇ!!!」
 ジーノの指示と共に、二台のバリスタから巨大な矢は放たれた。向きはリューガが付いていた方からだ。リューガが放った一本の軌跡はリオレウスの右の翼、その胴体と連結する部分の関節を正確に貫き、砕いた。別の乗組員が放ったもう一本は腹部へと飛んで行き、これも深く刺さった。
 突然の痛みと片翼の唐突な不自由により、大きくバランスを崩したリオレウス。直後の追撃もあって彼は大きく怯み、そしてそのまま墜ちていったように見えた。
「やりぃ!」
 得意気に笑いながらそう言い放つリューガ。しかしその瞬間、
「気を付けろ!! 来るぞッ!!」
 という、先程までとは全く異なる焦りを帯び、鬼気迫ったジーノの声。それから一秒もしない内に響いた、何かがぶつかったような轟音、そして立ち続けることも困難な程の震動によってその表情は驚愕に塗り替えられた。
 リオレウスが墜ちながらも放った火球がリューガ達のいる飛行船の胴部分を直撃したのだ。
 この胴部は飛ぶための気体を入れる気嚢(きのう)に比べればかなり堅牢で、ここに当たったのは不幸中の幸いと言える。しかし、この火球の威力はバランスを崩しながら放たれたものにも関わらず相当なもので、一発で飛行船のバランスを大きく崩してしまった。更に恐るべき事に、その衝撃は飛行船の壁に穴を開けたのだ。
 大きく傾いた飛行船の中で体勢を維持するのは難しく、各々の行動が遅れた。それからいち早く立ち直ったジーノは真っ先に状況確認の為に窓から地面の方を見た。
 目に映ったのは、火球を放ったときの反動を受け流すことが出来ず、そのまま墜落していく火竜の姿であった。片方の翼が殆ど動かず、腹部が傷付いてろくに力も入らない状況で、バランスを取り直す事も出来ずに墜ちていく空の王者の姿であった。
「自分の命が助かることだけを考えていれば良かったものを……本能的に大きすぎるプライドが運命を決めたか」
 一矢報いる為に放った攻撃が裏目に出た。自らの命さえ危ぶまれる結果を自ら招いた。それが空の王だった竜の敗因だと、ジーノは墜ち行く火竜にそう言い捨てたのだった。
 目線を下から前へと向ける。目に入ったのは大小様々な建物群であった。それは次第に大きくなっていく。先程まで全体を見渡すことが出来ていた森も地面に近付くに連れて巨大なる迷路の様相を取り戻していった。
「リューガ、いつまでも寝っ転がってないで起きろよ。もう着くぞー」
 先程の火球によってバランスを崩し転んだリューガは、ジーノからは大分離れたところで寝転がっていた。そんな彼をジーノは微笑みながら呼ぶのであった。







 長旅は終わり、この移住先の村にて新しい生活が始まる。二人の若い狩人と龍とを結びつけるきっかけとなる日常が。


 
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