山本太郎左衛門の話
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21部分:第二十一章
第二十一章
「山本五郎左衛門!?」
平太郎はその名を繰り返した。
「そうだ。我は人ではない」
「やはりな」
それはすぐに察しがついた。
「では一体何者じゃ」
「我は人でもなければ天狗でもない。かといって鬼でもない」
「ほお」
「魔王の類である。比熊山を城にする者である」
「比熊山か」
思い当たることが丁度あった。
「やはりあの時か」
「その通り」
山本と名乗ったこの異形の存在は答えた。
「あの時お主は岩に腰掛けたな」
「うむ」
平太郎は素直に答えた。隠すつもりもなかったし出来るとも思わなかった。
「あの岩は我等にとっては大事なものであったのだ」
「そこに腰掛けて怒りを覚えたということじゃな」
「そうだ」
彼は重い声で答えた。
「そして懲らしめてやろうと思いお主のもとに家来達を送ったのだ」
「そうだったのか」
平太郎はこの一月ばかりの怪異を理解した。以前上田が彼に言ったこととほぼ同じであった。
「それでこの一月ばかり毎日化け物共がわしに会いに来ておったのか」
「左様」
山本は答えた。
「無論お主の命を奪おうなどとは考えてはいなかった。懲らしめるだけにするつもりであった」
「そうだったのか」
「こちらにはこちらの掟がある。人を殺めてはならないのだ。それに」
「それに?」
「我は人を殺すことは好まない。それは魔王としての誇りに関わるからだ」
「魔王としてのか」
「そうだ。少なくとも我はそう考えている」
中には恐ろしい魔王もいる。崇徳上皇や早良親王等がそうであると考えられている。
「上皇様や親王様は違うお考えであろうがな」
「まあそれはそうじゃろうな」
それは平太郎もよくわかっていた。生前のことを思えばそれは頷ける。
「魔王といっても色々といるわけだな」
「そうだ。少なくとも我はそうだ」
「ふうむ」
平太郎はそれを聞き大いに勉強になったと思った。彼は今まで妖怪も化け物も同じだと思っていた。考えることも同じであるとばかり思っていたのだ。
当然その首領である魔王もだ。皆上皇や親王と同じ考えだと思っていたのである。
「あの方々にはあの方々のお考えがある」
山本は言った。
「それについては我は言うつもりはない。我は我だ」
「そうか」
どうも彼はそうした怨霊とは別の系列の存在のようだ。そういえば今まで死霊の類は見ていない。多くの妖怪変化がやって来たにも関わらずだ。
「それでもお主には無礼の罰を与えんと思いこうして一月手の者を送ってきたがすぐに慣れてしまった」
「まあのう」
彼は僅か数日程で慣れてしまった。そしてそれからは逆に化け物達がやって来るのを待っていた程である。
「正直に言わせてもらうと我もそれには驚いた」
「ほう」
「もって数日で参ってしまうと思っていた。そうすれば引き揚げるつもりであった」
そうやら彼はそれ程強硬にやるつもりはなかったようである。
「懲らしめであるからな。ところがだ」
彼はここで一息置いた。
「お主は参らぬどころか逆に配下の者達を遊ぶ始末だ。我もそれに乗ったが」
「そうであったか」
「お主の胆力には感服した。それで今日ここに来たのだ」
「挨拶というわけだな」
「その通り。実はまだ手があるのだが」
「それは何じゃ」
「我の知り合いに神野悪五郎という男がいる。天下無双の猛者だ」
「そんなに強いのか」
「人ではない。その強さは魔王の中でも屈指であろう」
「そうか」
平太郎はそれを聞きながら腕が鳴るのを感じていた。だが山本はそんな彼を嗜めるように言った。
「止めておけ。人では勝てはせぬ」
「それ程なのか」
「うむ。そうそう容易にはな。勝てるとしたら悪源太でも連れて来るしかあるまい」
言わずとしれた源氏きっての猛者である。
「こう言っては何だがお主では勝てぬ。だがもう神野は呼ばぬ」
「何故じゃ」
「お主の難は終わったからだ」
「終わったのか」
「そうだ。元々一月と定めていた」
どうやら山本は平太郎の下に配下の者を送るのは一月の間だけと考えていたようである。
「それは終わった。もうお主には何もせぬ」
「そうか」
本来は安堵するのだろうが彼は違っていた。少し寂しいものを感じていた。
「むしろお主の肝に感じ入った」
「肝にか」
「うむ。この一月の間よくぞ平気でいられた。これ程までの者は今まで見たことはなかった」
「そうか」
「その肝に褒美をやろう。我が来たのはその為でもある」
そう言うと懐から何かを取り出した。それは一つの槌であった。そしてそれを平太郎に手渡した。
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