Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第二八話 一線
前書き
(-_-)涼宮さんが訓練生時代の事故で衛士としての道を閉ざされた理由について調べて考察をしてみました……整形外科の専門書にありましたが。
「………」
「………」
「………」
三者三様、扉を開いたまま硬直する斑鳩崇継。及び抱き合ったまま硬直する唯依と忠亮。
そして、どうにか硬直から回復した斑鳩崇継は首を捻ると……爆弾発言を投げ落とし扉の向こうへと帰ろうとする。
「ふむ……失礼した。続けてくれ。……30分くらいあれば十分かい?」
扉の向こうへ消え往こうとする青のすっとこ将官。
「ちょっと待て―――――ッ!!」
「おおおお待ちくださいっ!?」
二人の悲鳴と怒声が叫び渡ったのはその直後であった。
「はっはっはっは!いやいや水臭いな。」
「どう言い出せばいいのか逆に聞きたい。」
「それもそうか。」
呑気にそんな返事を投げ返してくる義兄、唯依は唯依で羞恥のあまり横で小さくなってしまっている。
いつもの悪癖が働いたのか、恐ろしいほどの隠形を使って部屋に来た崇継に対し言いようのないイラつきを覚えてしまうのは無理からぬことだろう。
「それは兎も角だ、こうなると予定通り……順調すぎたというべきか」
「何か問題があるのか?己と唯依を婚姻させようとしていたのは其方だろうに。」
珍しく歯切れの悪い斑鳩崇継、彼は唯依の人となりと自分の性格を十全に把握した上で唯依に一石投じその後の行動を誘導した。
あとは余程のイレギュラーでも発生しない限り、自分と唯依はそう遠くない未来で好きあうと予測していた―――が予想に反し、二人が互いを受け入れるのが早すぎた。
そう言外に口にする斑鳩崇継に忠亮は怪訝に眉を寄せた。
「正直、馬に蹴られたくはないのだけどね―――忠亮、お前には欧州に飛んでもらう。」
「なに?」
「―――お前の体だ。わが日本帝国と欧州は人体再生の研究を行っていたがそのアプローチは根本的に異なる。
日本は部分クローニングによる再生医療、欧州はそれに反し人工物置換による再生医療に力を入れてきた……結論を言えば我が国の再生医療ではお前の回復は見込めない。」
突然の辞令に聞き返した忠亮に斑鳩崇継は鎮痛な顔色で静かに口にした。
忠亮はあの出雲奪還作戦で負った傷のうち両目と幾つかの内臓、それに右足を疑似生体に置き換えを行った――しかし神経接続の成功率は約70パーセントにすぎない。
内臓のような神経が殆ど必要ではない臓器は兎も角として目と足の神経接続が上手くいったのはかなり運がいい部類だ……執刀医の技量が優れていたのだろう。
通常の移植手術と手法を同じくする疑似生体移植の神経接合はクローン部位の神経と、被験者の神経を外科的に縫合するわけだが―――無数の超極細の神経を一本一本接合する技術なんぞない。
では神経接続とはどうするかというと、神経を束に纏めている膜。神経束の膜同士を縫合するのだ。
これを実際の配線で例えると、多芯ケーブルの被膜同士だけを縫合し中の銅線は接続しないということだ。
この神経縫合の後に、神経は被膜の内側を伸びていき軈てクローン部位の神経と接合する――そして神経線維どうしは似通った神経線維と結合しやすいため正しい神経配線で接続されやすい。
実際には、比較的近い配置で神経が繋がるというだけで、本来とはまったく違った神経線維どうしが繋がってしまうことも珍しくはない。
だが、そういう場合は脳の感覚神経の機能切り替えやネットワーク再構成が発生するためリハビリ次第では能力回復を見込める―――しかし、これは個人の体質と運、それに執刀医の技量に大きく左右される。
神経接続の結果、日常生活に問題なくとも神経反応を操縦に反映する戦術機の操縦に支障を来し衛士としての道を閉ざされる人間も決して少なくはない。
「閣下、詳しくお話をお聞かせ願えますか?」
意を決して問い入ったのは唯依だった。まるで我が事のように彼女は言った。
それに答える声は彼女の隣、忠亮からだった。
「肺と一緒に損傷した心臓だな。」
「ああ、衛士として最大の命綱とも言うべき臓器―――厳密には心臓ではなく、その心臓に繋がっている神経だが……その神経節を再生する技術がない。」
心臓の心拍制御には二通りの方法が存在している。
それは延髄から伸びる自律神経での制御、そしてもう一つは血中ホルモンによる制御だ。
血中ホルモンによる心拍制御で通常は問題がなく、心臓自体も刺激伝道系と呼ばれる自律稼働を行わせる特殊な心筋を持っているため脳と繋がる神経は日常生活では必要ではない……が、急激なGが掛かり心臓の迅速な血流制御を要される機動兵器のパイロットとしては致命的だ。
血中ホルモンによる心拍制御は即応性に難があるからだ。
こういった自律神経が切断され肉体と血管だけで繋がった心臓を『除神経心』と呼ぶ。
圧潰したコックピットに押し潰されたとき、他の内臓と一緒に心臓の神経を損傷していたのだ―――右半身を押し潰されたのだ。
強化装備の生命維持機能があっても生きているだけで奇跡だ。
「仮に欧州式の再生医療が上手くいったとしても、手術の失敗の可能性は元より人体適合素材を用いていたとしても拒絶反応のリスクは常に存在する。
中長期的に見れば我が国の再生医療のほうが拒絶反応のリスクも無く死の危険はない。」
回復が早いが定期的なメンテナンスと拒絶反応という爆弾を背負うことになる欧州式か、部分クローニングより製造した部位の移植という観点から拒絶反応が存在しないが、能力回復の確証がなく治癒に時間を有する日本式か。
どちらも一長一短。
そして日本式であれば死の危険がないが衛士としては再起不能。欧州式であれば機能回復の可能性は高いが、拒絶反応という爆弾を背負うことになる。
10年、20年と見た時の命の保証はない―――
「無論、衛士としての道を諦めるのならその右腕と肺を通常通り移植し、リハビリに努めればいいだろう――戦うだけが兵士の能ではないよ、私もお前を失いたくはない。」
「忠亮さん……」
唯依が気遣うように寄り添う。崇継の言葉は重い、重すぎる。
今まで積み重ねてきた技量・経験・理論を元に一人でも多くの兵が生き延びられるように、
一人でも多くの人間を守るために戦う戦場を変えることは出来る。
それでも、それでも―――己は、俺は…………不意に、左腕に触れる温もりがあった。
「忠亮さん、私は……唯依は忠亮さんがどんな道を歩もうとも受け入れます。―――だから、己の心のままに。」
「唯依……ああ、分かったよ。お前が背を押してくれるのならこれ程心強いことはない。」
唯依が己の残された左掌に自分の手を重ねていた。
男というのは何処までもガキな生き物なのだ。好いた相手に良い恰好をしたがる悪癖がある。
何より、惚れた女が支えてくれるといっているのだ―――無様を曝せるわけがない。
そして、己は死ぬまで戦士で居たい。
「分かった。欧州に行こう。」
「了承した……念のためだ、遺書はしたためておけ。」
斑鳩崇継は釘をさす―――それは後悔しないための助言だった。
無機質、そう形容するしかない基地の私室。
何故だろう、今まであったのなら温度に関係なく冷たさを感じるだけの部屋だが、唯依が寝泊まりするようになってから一気に温かみを帯びたような気がする。
―――自分以外の誰かが傍にいるというのが此処を安らげる場所としているのかもしれない。
恐らく、唯依が居なくなってしまえばこの部屋は凍てつく洞窟と大差ない空間となってしまうのだろう。
……そんな愚にもつかない思案にシャワーのくぐもった耳鳴りのような水音を聞きながらふける。
やがて、それも止む。
「……忠亮さん、お湯いただきました。」
「ああ、もう少ししたら己ももらうとするよ。」
シャワー室の戸が開かれ、バスローブに身を包んだ唯依が出てくる。
しっとりと濡れた髪に上気した肌が艶めかしい……元から魅力的ではあったが最近、色気が出てきたように見える。
「……遺書、書いているのですか?」
「ああ……親兄弟、友人には前のをそのまま使い回しているがな―――」
白いバスローブの胸元を抑えながらソファーに座り机に向かう己の横からのぞき込む唯依。
過去幾つかの大規模作戦、そして再生医療のための手術。どれも死の危険があった為、遺書を認めていた。
だが、唯依に向けたものだけは新しく書き上げなくてはならない。
「……ひょっとして、私宛ですか?」
「ま…な。本人の目の前で遺書を書くのもどうかと思うが―――正直、許嫁に遺す言葉とやらがよく分からん。
死んだ時を考えても仕方がないと思ってきたからな。」
常在戦場、死んだのならそこまで。
潔いとも無責任とも取れる精神性……死ねない理由のなかった自分には定型文的な遺書しか書いた記憶がない。
正直に言えば、自分亡き後の唯依に何を言いたいのかさっぱり分からない。
―――こればかりは何度、無量大数の輪廻を繰り返してもさっぱりだった。
己が死んで笑っていられても複雑な心境だし、ずっと悲嘆にくれて泣いていられても悲しいのかうれしいのか分からない。
己との想いを胸に戦う道を選んだとしても……結局、どういう状態になったとしても傍に居たい。それ以上の言葉がない。
『傍に居るから、』その後に笑って、安心して、前を向いて……そんなありきたりな言葉なんぞ蛇足にしか思えない。
結局のところ、どう思うかという答えを出すのは生者が自身につける折り合いでしかない。事実は何も動かない、変わらない、戻らない……何一つとして。
ならば余分な言葉なんぞ残しても振り回してしまうだけのような気がして筆無精となってしまう。
「……私はあの時―――忠亮さんには心のままに、なんて恰好の良いことを言いましたけど………本音を言うのなら手術を受けてほしくは、ありません。」
「そうか」
「はい……我儘な女ですよね。」
思いつめた眼差し、きっと、唯依の中で葛藤があったのだろう。
戦うことを諦めない己で居てほしい、サポートは自分がやるから命を危険に晒さないでほしい。
そんな二律背反があったのだろう。
「……いやな思いをさせたな。すまない。」
「いえ、私の我儘ですから―――本当なら、今でさえ口にすべきじゃないのに……情けなさで悔しくなります。
決めたのは忠亮さんです……ただ、私の想いも知っていて欲しかったです。」
「分かってるさ……」
そう口にして唯依の頭を抱き寄せる……柑橘系の石鹸とシャンプーに唯依の匂いが混じった香りが漂ってくる。
彼女と悲しませたくはない―――それでも己は戦うことを止められない、剣を手放してしまえば俺は俺で無くなってしまう。
守るために戦う、その歪な願いこそ己の中の最も譲れぬ根本、根元なのだから。
「お前は己の許嫁だろ?ならば己にはそう云うのを吐き出していいさ――己は家政婦を雇ったわけじゃないからな。
歩み寄り、それが大切だろ。特に己たちには。」
「あんまりそう言われると、少し恥ずかしいです。」
「……実は言っている己も歯が痒い。」
「ふふっ。」
髪を撫でられる唯依が和らいだ笑みを零す。……どこか風に揺れる一輪の野花を連想させる。
彼女が傍に居る、そして自分に笑みを向けてくれている―――それだけのことなのに、体が震えるほどに歓喜が心を満たす。
「ねぇ、忠亮さん……」
「なんだ?」
「辛いと幸せってなんだか似ていますよね、字も一本線が有るか無いか。―――たとえですけど、重病でもう幾ばくも無い人でも幸せそうな人も居れば逆に何でもない病でも辛さを訴える人も居る。
たぶん、幸せと辛さって実は紙一重のとても近いモノだからと思うんです。」
「何となくだが、お前の言わんとしている事は分かる―――己も実感しているからな。」
かつての自分と今の自分、その違いは立場や傷なんぞ関係ない。
己の本質は不変、何も変わっていない。
あのどうしようもない渇きと飢え、心が満たされず辛苦だった日々―――なのに、唯依という線が一本増えただけで己はこんなにも、今幸福を実感している。
「忠亮さんは、私にとってその一本の線なんです。―――掛け替えのない。大事な一線なんです。だから其れだけは忘れないでください。」
「ああ、分かっている。忘れはしないさ……お前も己の一線だ。」
見下ろす愛しい
―――世の中、悲劇なんて腐るほどに転がっている。
世界は残酷で、醜くて、悍ましい修羅の地獄だから。
だけども、辛いを幸せに変えることの出来るその一本の線、きっとそれは愛する者、希望、信念……
人によって様々な一本の線、それを見つけて辛さを幸せに変える、それを見つけ出すのがきっと、人間の知恵―――ってものじゃないのか。
そう、思った。
後書き
(゜-゜)実は忠亮さんが、今までの輪廻を含めた自分を指すときは俺、今回の自分だけを指す場合は己っていう風になってます。
ちなみに豆知識ですが障害者の正式な字は障碍者で、最近だと法令で障がい者にしろって阿呆としか言えないような論議が行われてます。(てか通ちゃった、言う方も受け入れた方もあほか)
私としては、
言葉遊びをする時間と金があるのなら、障碍者を減らす・障碍者が健常者と同じに暮らせる仕組みを論議・推し進めるのに使うべきであって、障がい者呼称論議は、時間と金をドブに捨てるだけというのが見解です。
また同じ理由で移植問題の論議もあまり意味はないと思います。他人の死を前提とした上に物理的・生体的制約が多い移植を推し進めても助かる人は雀の涙でしょう。(骨髄・肝臓移植は他人の死を前提にしないからこそ成り立っているわけですから)
心臓移植の長期生存が不可能であるため(拒絶反応のリスクが大きすぎる、また他人の死を前提にすること自体にも問題がある)などの理由から移植よりも、再生医療・人工臓器にリソースを振り分けて研究するのが一番だと思います。(現在だと人工心臓も心臓移植も生存率どっこいどっこい)
※世界統計だと心臓移植統計は一〇年で50%、日本に限定するのなら96%。(といっても母数が違いすぎるのであまり比較になりませんが)
心臓に問題があっても補助人工心臓で十分な場合も多いですから(日本では未認可のため補助人工心臓は使えません、欧州が進んでますねこの分野は。)
人工心臓なら量産が効きますから(クローンにしろ人工物にしろ)患者は一気に減るでしょうが、移植では偶発的な死亡を待つだけとか、文字通り神頼み。しかも他人の臓器が体質的に適合しても、年齢や体格も考慮するとそこでさらに神頼み発生。
根本解決には成りません。
言葉遊びに何千万円かけるとか、馬鹿・阿呆・間抜け・偽善者の最悪四拍子揃ってますね。
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