リリなのinボクらの太陽サーガ
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手術
前書き
SEED編終了の回
「悪いな、おまえ達。緊急を要する事態だったから説明している暇が無かったんだ」
「サバタ兄ちゃんが奇想天外なのは十分味わっとるつもりやったけど、全然甘かったわ。生半可な耐性なんか余裕でぶっ壊していくのが、いつものサバタ兄ちゃんやったのを忘れとった……」
「世紀末世界出身の人間が兄様以外にも来ていて、尚且つその者がかつて兄様が話してくれた昔の旅仲間で、更に管理局の大尉にまで出世していた……。確かに説明している場合では無かったのかもしれないが、せめて事前に何か教えてもらいたかったよ……」
「伝えたじゃないか。“向こうにいた知り合い”の協力の下潜入任務をしたと」
「わかるかぁーーーーッ!!! それだけ聞いたら誰だってリンディさんやクロノ君の事だと思うに決まっとるやろぉーーーー!!!」
俺の前では、ネロが腕をだらんと下げて疲れたように俯いている隣で、眼を逆三角にしたはやてがとにかく叫びまくっている。彼女達の感覚としては、有名人の前に何の前触れも無く連れて来られた一般人に近いのかもしれない。
一方、はやてが激しい大声を放っているおかげで、なのは達は対照的に落ち着いて状況を俯瞰していた。昔話を聞いていないフェイトはさっきの全員の大声でしばし目を回し、アリシアは耳が痛いのか涙目で小さく唸り声を上げていた。アルフは耐え切ったのはともかく、どうしてはやて達が叫んだのか理由がわからずにいた。
マキナは俺の傍で理由を知りたそうな眼で見つめてきているが、なのはのレイジングハートがあの時の昔話を記録しているから、知りたければなのはに頼んで再生してもらえばいい。場が落ち着いてからその事を伝えると、興味を持った者は後で再生してもらうつもりの意思を示していた。
「あなたの昔話は私も興味あるわね。後でその場に居なかった面子で観賞会でも開きましょうか」
「あんまり人に聞かせるべき内容でもないのだが……それよりそっちの用事は全部済んだのか、リンディ?」
「万事問題なしよ。“裏”さえ関わらなければ、事後処理はすぐ終わらせられるの。ま、私よりサルタナ提督の巧みな手腕が最も大きな要因なのだけれどね。それと、ラジエルにはクロノと一緒に私も行かせてもらうわ。あの部隊はあまり部外者を入れない性質なんだけど、今回の件をきっかけに繋がりを持たせられたら、今後“裏”が関わる問題があっても今回のように後れを取るような事にはならなくなるわ」
「そうか……ま、打算的なのは別にどうでも良い。今回の件は深い所でおまえ達にも関わるからな……まとめて話すには丁度良い機会だ」
時空管理局本局、第66次元航行艦用ドックに案内された俺達の下に、別室で待機していたプレシアとクロノ、そしてリンディが途中で合流し、先程の騒動の事を話すと、彼女はこんな反応を返したのだ。俺やエレンの過去はともかく、はやて達が覚悟を決めたのなら、前回の闇の書事件に関わる彼女達にも、はやて達の処遇や今後の話をしておく必要がある。
そしてマキナの事も、ケジメを付けなければならない話がある。ねじれてしまった悲しみと憎しみの鎖、それを自然な形に解き放つためにも……。
「そういえばサバタ。疑問に思ってたんだけど、君と一緒に脱出したはずのリーゼ姉妹の姿が無いのはどうしてだ?」
「む、クロノには連絡が届いていなかったのか? エレンがアレクトロ社の不正や癒着の情報をネットに流した事で、市民から対処を迫られた管理局はこれ以上の立場の悪化を防ぐために、アレクトロ社の施設全てに強制査察を行う事になった。その査察任務がリーゼ姉妹にも届けられたため、任務を承諾した二人はラプラスから転移魔法で別行動をとったんだ。ちなみに二人が担当するのは、俺が潜入したあの施設だ」
脱出当時、リーゼ姉妹に通信が入ってエレンがやった事を知ったのだが、その時にリーゼ姉妹があまりの社会的抹殺方法に青ざめていたのが印象的だった。それはそれとして、任務を請け負ったリーゼ姉妹は転移間際にマキナを俺に託すと言って来ていた。
『マキナに必要なのは、私達では無くあなた。彼女をあそこから救ったあなただけなのよ、サバタ。私達じゃあ、本当の意味でマキナの心を支えられないから……』
『押しつけがましいのは百も承知してる。だけどさ、サバタならきっと大丈夫だって、マキナに太陽を取り戻せるって、根拠も無いのに信じられるんだ。だから……お願い!』
そういう事で、マキナが俺を絶対的な味方として認識している事をリーゼ姉妹が本心から認め、転移していった彼女達は俺にマキナを託した。まぁ、せっかく助けたのに後を放り出すつもりは無かったから別に構わない……。
「そうか、二人が行ったという事は物資搬入口で強制労働をさせられていた、管理外世界の人達もこれで助かるんだな。元の世界に帰れずに無理やり過酷な環境で働かされていた彼らには、管理局員として申し訳ない気持ちでいっぱいだ……」
「救出した所で、今度は管理局へ彼らに対する賠償責任などが問われるのだろうが……そこは俺には関係ないからどうでもいい」
「僕達にとっては頭が痛い案件なんだけどね。ちゃんと話して和解できるのが最も良いんだけど、きっとそう簡単には行かないんだろうなぁ……。でも、今度こそ彼らはちゃんと元の世界に返すつもりだ。そこは約束する」
「そうしてくれ。少しは役に立つ所を見せてもらわないと、管理局とはその程度の組織だと思って、あきれ果ててしまいそうだ」
「そうだな……せめて君に見限られないぐらいまでは、名誉回復を果たしてみせるよ」
ぐっと拳を握って力を入れるクロノの様子を見ていると、ある意味頼もしく見えるんだが……生来の生真面目さが仇になりそうで妙に不安にもなる。誰か近くで支えてくれる人を見つけられれば良いが……。
「……ところでクロノ、俺の知らない所で何か事件に遭遇したのか? それともアンデッドに襲われたのか?」
「は? 僕は別に事件と遭遇してないし、アンデッドとも戦ってないけど……どういうこと?」
「だっておまえの背中……血まみれだぞ」
「へ!? ――――な、なんじゃこりゃぁああああ!!?」
自分の局員服にべっとりこびりついた、真っ赤な血の跡を目の当たりにしてクロノが絶叫する。さっきから通り過ぎる局員達がクロノを見る度にぎょっとしていたのだが、この様子から彼は原因を知らなかったようだ。
「お、おかしい……! 僕はペンキ塗りたてのベンチとかに座った訳でもないのに、どうして……!?」
『じぃ~…………』
「ッ!? ち、違う! 僕は無実だ! 僕は何もやってない!!」
「クロノ……あなたが私の知らない所で手を汚していたなんて……母さん悲しいわ」
「母さん!? だ、だから僕は何もしてないッ!」
「クロノ君……なのは悲しいよ。ずっと……ずっと真面目な人だと思ってたのにぃ!!」
「誤解だ、なのは!? 逃げないで話を聞いてくれぇ~!?」
「こちらエレン、これより容疑者を確保いたします。over」
「もうわかっててやってるだろう、エレン!? その面白くて吹き出しそうに歪んでる顔が全てを物語ってるぞ!!」
「クロノ……私、君はそんな人じゃなかったと思ってたんだけど……」
「見ちゃダメだよ、フェイト。残念だけど、クロノはもう手遅れなんだ」
「フェイト!? アリシア!!?」
「ええっと……わ、ワ~、タイヘンダ~クロノガ~」
「アルフはもう適当だな! わざわざ流れに乗らなくていいから!」
「あ、ごめんなさいね。それ私の鼻血だから」
「もう大体わかってたけどね、プレシアさん! それとこんだけ鼻血出して大丈夫なんですかねぇ!?」
「お? そこで他人の気遣いが出来るようになっとる辺り、クロノ君もちゃんと成長しとるようやな。師匠として微笑ましい限りや」
「そもそもはやては僕の師匠になった事が無いだろう!!」
遊びだけど四面楚歌な状況に追い込まれて叫びまくるクロノの姿を見て、俺は思った。
「冤罪って……恐ろしいな」
さてと、全時空万能航行艦『ラジエル』は、外見は無骨ながら丸みを帯びた最新鋭の設計で、よく見ると小型砲台やアルカンシェルとは違う主砲もあり、緊急時に展開出来る様にタービン型熱核エンジンや可変ウィングが格納されている事から、管理局の戦艦にしては格闘戦などの性能も重視している雰囲気だった。アースラを始めとした管理局の戦艦は、人間同士の戦いばかりに視点を向けて戦艦同士の戦いを想定していない設計をしているものだったから、実用性重視の戦艦があった事には純粋に驚いた。
そして内装はアースラのように変な部屋……具体的には間違った日本様式の艦長室みたいなものは無く、実用性かつ耐久性に優れ、長期の任務用に居住性も併せ持った地球の空母に似たような構造だった。ただ……どことなく世紀末世界を思い出すのはどうしてだろうか?
「このラジエルは、実は管理局が設計して建造した戦艦ではありません。サルタナ閣下と私がとある任務中に発見、回収して、それを閣下が部隊を発足した時に専属の戦艦として登録したものなのです。武装は取り外せなかった主砲以外、元々あった物と取り換えて、管理局の一般的な戦艦に使われているものが搭載されています」
「だから管理局の設計思想と異なる形状だったのか。だが全時空万能航行艦とは、一体どういう事だ?」
「まぁ、そう難しく捉える必要はありません。単純に他の次元航行艦より頑丈で、迅速に様々な場所に移動出来る。それだけですわ」
微笑みながらそう説明してくれるエレンだが、内心それだけではない気も薄らとしていた。もしかしたら秘匿事項などが関わっていて、全てを話せないからなのかもしれない。別に彼女を困らせたくもないから、この件の追及はしないでおこう。
「へぇ~、ラジエルってアースラと色んな所が全然違うね~」
「アースラは“管理局の新型次元航行艦”なのに対して、ラジエルは“別世界の次元航行艦”なのね。興味深いわ」
「そうだね、アリサちゃん。それにしても“ムーンライト”、“ラプラス”、そして“ラジエル”。未知の技術の塊をこんな短期間に前にすると……解析したくてうずうずしちゃう♪」
「にゃはは……すずかちゃんの機械好きはここでも発揮しちゃったみたいなの」
地球組3人娘がそんな事を話していたが……すずか、“ムーンライト”を解析するのは構わないが、分解だけはしないでくれよ?
「管理局の次元航行艦、まさか我々が搭乗する事になるとは……」
「な、なんか……すっげぇキンチョーしてきたぜ……」
「むぅ……確かに落ち着かない……」
「ここで私が一世一代の手術をするのね……だ、大丈夫よね?」
「大丈夫や、シャマルならきっと成功するって信じとるよ」
「当然、その称号は飾りじゃないよ、湖の騎士。おまえなら絶対に上手く行くよ」
「うぅ~……責任重大だわ……」
騎士達は管理局の戦艦にいる事で警戒心が高まっているようだが、はやてと一緒に償うと決めたのなら腹を据えてもっと堂々としてもらいたい。ちょっと心配になるじゃないか。
「ふと思ったんだけど、もしあの事件の時にアースラじゃなくてラジエルが来ていたら、母さん色々危なかったんじゃないかな?」
「う~ん、でもそうなるとお兄ちゃんとエレンさんが早々に再会する訳だから、逆に今より穏便に済んでたかもね」
「どうだろ。でも……サバタとエレン、そしてサルタナが組んだ状況かぁ……その実力はもうあたし達全員目の当たりにしてるよね」
「ええ。崩壊寸前まで追い込まれたアレクトロ社……会社相手でコレだから、個人相手となると……想像も出来ないわ」
「ほんと、敵に回しちゃいけない人達が敵にならなくて良かったね。母さん」
テスタロッサ家はP・T事件でラジエルがもし自分達の敵になっていた場合を想像して、全員身震いしていたりする。アレクトロ社がああなったのは結果的にであって、別にあそこまでやろうと思ってた訳じゃないんだが……。
「ここが医療室です。まずはレントゲンでSEEDの位置を明確に把握しておく必要があるので、マキナさんはこちらへ」
素人目だがかなり精密機器が揃っている医療室。壁際にあった輪っかを重ねたようなものにマキナが恐る恐る入ると、エレンはスイッチを押して起動させ、いくつもの輪っかが光の膜を張って上下に移動する。
「検査は終了です」
「もうか? 早いな」
「後はデータを分析し、画像やレポートなどにまとめるのですが、それは我々のスタッフがやってくれます。その間に私達は別件の話をしておきましょう」
なお、艦長のサルタナは念の為テスタロッサ家の裁判で確実に勝利する準備を進めているため、後でエレンが状況を説明してくれるそうだ。それで俺達は医療室を出た後、艦長室を通り過ぎ、何故か艦内にあるビアホールに案内された。
「ここは仕事や任務に疲れた時や、上司と部下の間に壁を持たせないよう接点を作る時のために、閣下が気を配慮して組み込んだ空間ですわ。レストランやバー、宴会場として幅広く活用できます。大人でもお酒などが用意できるここなら、色々込み入った事も話しやすいでしょう?」
「え、ええ……そうね。……なによ、これ……! ウチのアースラとは大違いよ、こんな部屋を用意してるなんて……なんか羨ましい!」
リンディがなんか妙に悔しがっていた。提督として部下への配慮の心が、この部屋を見て負けた気がしているのだろう。アースラには確か食堂はあったが、こういう洒落た空間は無かったからな。というか戦艦にビアホールなんか置いて、いざという時大丈夫なのか?
「グラスとかは収納から落ちたりしない様に配慮しているので、もしこの艦が全速力でHi-Gターンのような荒っぽい事をしても一つも落ちないようにしています。流石に逆さは保証しかねますが……」
「いやいやいや、戦艦が逆さになるような事態がまず無いから!? そんな状況になるのは撃沈する時ぐらいだから!?」
「そもそも戦艦がHi-Gターンするような状況ってあるのかしら……」
大人組であるリンディもプレシアも、エレンの軽いボケにツッコミを入れているが……どうもあまりキレが無い気がした。恐らく二人とも、ツッコミよりボケ属性の方が強いからだと思われる。
「さて……皆さん色々話したい事柄が溜まっているとは存じますが、今はマキナのSEED摘出手術に関する話を優先しましょう。こちらは時間制限がありますので、出来るだけ手短に済ませましょう」
話を切り出したエレンに、俺達は素直に頷く。ここからは、俺の役目だ。
「まずクロノとリンディにはキツイ話だから動揺せずにいろ、とは言わない。ただ何もせずに大人しく聞いてくれ」
「わかった……」
「話の内容にもよるけど、いいわよ。それで、どんな話?」
二人の了承を得た所で、そこから俺はまず、マキナが闇の書の先代主の娘であり、アレクトロ社の実験施設から助け出した事を伝える。作戦に関わっていたクロノは既に知っている内容だから何も言わなかったが、リンディは夫のクライドを失った時の記憶を思い出したのか、眼を鋭くしてこちらを見据えていた。
「その子が闇の書のせいで酷い目に遭ったのは、よくわかったわ。この子の父親が先代主となり、私の夫を巻き添えにした……その事でどうしても思う所はある。でもこの子は必要の無い罰を過剰なまでに受け続けた。加害者の家族だからって、今更この子を恨むつもりは無いわ」
「そうか。では次に問おう。リンディ、おまえは闇の書を見つけたらどうしたい?」
「どうしたいって……そんなの決まってるわ。夫の仇もあるけど、何より平和を守る管理局員として、その最悪のロストロギアは絶対に封印するわ。これ以上、私達のように家族を失う人を生み出さないためにも……!」
「では……その闇の書がここにあるとしたら?」
「え!?」
いきなり理解が追い付かない言葉を投げかけられたリンディは困惑の眼を向け、クロノも何かを言おうとしていたものの、あえて押し黙っていた。
そして……俺から視線を向けられた事で、意思を察したはやては無言で頷き、手元に無害となった闇の書を召喚する。騎士達とネロが緊張の面持ちで事の成り行きを見守る中、いきなり闇の書が目の前に、それも知っている少女の手元に現れた事実に、リンディ達はかなり動揺していた。
「そ、それは……紛れも無く闇の書! じゃあまさか、はやてさんが今代の闇の書の主だと言うの!?」
「……そういう事になる。そして闇の書は既に、破壊をまき散らさないように無力化されている」
「無力化とはどういう事なんだ、サバタ?」
「なに、闇の書起動時に俺が介入して、中身を破壊しただけだ。故に今の闇の書は元の夜天の魔道書に戻り、騎士達がいる以外はストレージデバイスに近い真っ白な状態へと変化している」
「中身を破壊しただと!? さ、サバタ……君は一体どれだけ僕たちの想像を越えれば気が済むんだ……」
「さあな。それでリンディ、闇の書が目の前に現れた訳だが……既に無害となっても今言った様に封印するつもりか?」
「…………」
夫の仇である闇の書、それの所有者はP・T事件で俺とフェイトとアルフを保護し、最後の戦いで彼女達に希望と発破を送ったはやてである事実に、リンディは抑えがたい衝撃を受けて無言で佇んでいた。なのは達やエレンも無言で事の成り行きを見守る中、徐にネロがはやての前に出て、リンディの正面に向かい立った。
「私は……闇の書の管制人格だ。あなたの家族の……仇だ」
「……!」
「このような事態にいきなり直面させてしまった事は謝罪する。だけど……最後まで聞いてほしい」
「……なにを?」
「私達は……管理局に投降する。過去の過ちを……償いたいんだ」
「償いたい、ね。 ……それで? 今更あなた達が償った所で、犠牲者が、夫が帰ってくるわけでもないわ。管理局や遺族も、きっとあなた達を許す事はない。闇の書が破壊を行わなくなったのは喜ばしい事だけど、それならむしろ地球で大人しく過ごしてくれた方が良かった。そっちの問題が済んだから償いたいって表に出て、わざわざ私達に家族を失った哀しい記憶を呼び覚まさせるのなら、姿を見せないでいて欲しかった」
「…………」
「償う気持ちがあるのなら、それはそれで構わない。更生の余地があるって事だもの、納得のいくように話し合う事だって出来ると思うわ。だけどね……償う気持ちって、他人のために抱く感情じゃないの。許されたい自分がいるから、過去を悔いる心を慰めたいから、人は罪を償おうとするの。贖罪は……誰かのためじゃない、自分のためにする行為だって事、あなた達はわかってる? わかってて罪を清算したいって言ってるの?」
「あなたの……言う通りだ。私達は……ただやり直したいんだ。罪と呪いにまみれた過去を乗り越え、今度こそ正しい道を進みたい。それは私達にだけ都合が良いと言えるかもしれない……だけど、何も考えずに犠牲者の方達に償いたいと思った訳では無い! 私達が前に進むために、あなた達の心と向き合いたいんだ!!」
「それってエゴね、もしくはワガママ。私は別にあなた達と正面から向き合う必要なんて無い。管理局員として今から逮捕、拘束して封印しても構わないのよ。闇の書を封印すれば、真実を知らない市民や管理局は私達を称賛するでしょう。それだけ闇の書は次元世界全体から恨まれている。あなた達は次元世界から恨みや憎しみの感情を向けられる……償うという事は、永遠に彼らの負の感情の荒波に晒される事になるのよ。それでも、あなた達は償うと言えるの? 闇の書の主……あなた達の大事なはやてちゃんを矢面に立たせる事になって、あなた達はやっていけるの?」
「そ、それは……」
「――――大丈夫!!」
リンディの言葉に言い返せず俯くネロの様子を見兼ねて、急にはやてが叫んだ。いや……宣言した。はやてはゆっくりと車イスから立ち上がり、まだ安定せずフラフラとした足取りでリンディの前へ移動する。そして正面からキッとリンディを見据え、再び宣言した。
「私は……私の騎士なら大丈夫!! 皆は何があっても私を信じて付いて来てくれるし、私も何があっても皆を受け入れる! ただの小娘が何を言うって、背伸びしてるだけで世間を甘く見てるって思ってるかもしれません。でも……生まれ変わりたい、罪を償って胸を張って生きられるようになりたいって気持ちは決して折れたりしません!! 絶対に……絶対に屈したりせえへん!!!」
「……はやてちゃん、あなたの気持ちや覚悟はきっと得難いものだと思うわ。私だって本当は応援したい程だもの……。でもね、本来なら闇の書の罪はあなたが背負うべきものじゃない。あなたは真っ直ぐ育って、正しい恋愛をして、家族と幸せに生きてもらいたい。イモータルやヴァナルガンドと戦ったあの時、あなたの応援と祈りのおかげで私達は力が湧き上がって、最後は皆で帰る事が出来た。テスタロッサ家の絆を取り戻す要因として、あなたも頑張ってくれた。そんなあなたに、最悪のロストロギアの罪を背負わせるような真似はしたくないの。あなたが闇の書の主だって知られれば、その罪は一生あなたの経歴に呪いのようにこびりついて、次元世界でまともな扱いを受けられるようになるのは相当厳しくなる。あなたにはそんな目に遭ってほしくないのよ……」
「リンディさん……それでも、家族と一緒なら私は大丈夫です。かつての私は閉鎖的な世界で生きてきた、足が動かない脆弱な人間……いや、生きる意欲も無いただの人形でした。生きているだけの、タンパク質の塊としてしか私は存在していませんでした。でも……サバタ兄ちゃんとフェイトちゃん、アルフさんとの出会いが私に光を与えてくれました。私の心に太陽が浮かび上がってきたんです。あの事件でフェイトちゃん達は家族の下に帰りましたけど、その後に私達は騎士の皆と出会いました。最初はまぁ……すれ違いがありましたけど、今では大切な家族として一緒に過ごしています。ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ、そしてリインフォース……皆、大事な私の家族です。闇の書が過去にとんでもない災厄をまき散らしたって事は、マキナちゃんの姿を見て明確に理解しました。でも……だからこそ、皆が背負う罪から私も逃げちゃいけないんです。夜天の主として、闇の書の罪は私達皆で背負わなければならないものなんです! リンディさんが私の事を思ってそう言ってくれてるのは十分伝わっています。ですが……今度は私も立ち上がって、皆を守りたい! 私の大好きなサバタ兄ちゃんのように、大切なものは自分の手でしっかり守れるようになりたいんや!!」
「…………はやてちゃん。その道を選ぶ事に、後悔は無いのね?」
「その質問は、既にサバタ兄ちゃんがしてくれました。私達はこの道を選んだ事に、後悔はありません」
はやての宣言の間、騎士達は無言のまま、ただひたすら自分の意思を全てはやてに託していた。そして信じていた。リンディがはやての覚悟を受け入れてくれる事を、ネロの意思を汲み取ってくれる事を。
「母さん……」
クロノが案ずる中、リンディはしばらく無言ではやての顔を見つめ、はやても決意の表情を微塵たりとも歪めずに向き合っていた。誰もが緊張して彼女達の様子を見守る中、徐に深いため息をついてリンディは言った。
「はぁ……これまで生きて来て、まさか9歳の女の子と根競べで負けるなんてね……。……わかったわ」
「リンディさん……それじゃあ!」
「はやてちゃん、あなたの覚悟を私も信じるわ。そして騎士達……いいえ、ヴォルケンリッター。あなた達の意思も信じましょう。許すかどうかはまだ決められないけど……贖罪の意思は認めるわ」
『ッ~~!!』
途端にはやてが喜びを示すと同時に、どっと疲れがあふれ出す。ヴィータはなのはと抱き合って喜んでるし、シグナムはフェイトと手を合わせて笑い合っていた。シャマルは深く胸を撫で下ろしていて、ザフィーラはマキナの頭を撫でて静かに嬉しそうな表情を浮かべていた。一方で最も近くにいたネロは力が抜けて、こちらにもたれかかってきた。すぐに彼女を支えるが、実際に触れてみるとわかる。
「ネロって、見た目とは裏腹に結構華奢なんだよな……」
「兄様……それは褒めているのだろうか?」
「さあな。それよりおまえ達、リンディに認めてもらって喜ぶのは構わないが、これはあくまでスタート地点だ。これからは行動で示し続けなければならない、それを忘れるな」
『はいっ!!』
威勢よく返事をする彼女達は、これから闇を抜け出して、新たな道を歩み始めるのだろう。いつか……その光に身体が馴染むために。太陽の下を堂々と歩けるように。
「クロノ君は……これで良かったの?」
「そうだなぁ、なのは。僕も父さんの事で確かに思う所はある。だけどね、恨みはいつか自分の心を蝕む。そして理性的な判断を鈍らせ、必要の無い争いを生み出してしまう。僕は……強くなりたいんだ。未熟な自分を受け入れながら、ヒトの可能性に賭けて生きていけるように。もっと大きな視点で、世界を見れるように……。サバタの姿を見てて、自然と僕はそう思えるようになったんだ」
「そっか……やっぱりサバタさんは凄いよね」
「ああ……不思議な男だよな、サバタは。暗黒の戦士として育った彼は、ここにいる誰よりもヒトの可能性を信じ、ヒトの未来を案じ、ヒトに愛を注いでいる。彼の心に触れた者は皆、自分の姿を見つめ直している。そして思うんだ。彼に恥じない姿になりたい、誇りある生き方をしたいって……。だから……僕はもう彼女達を恨んでいない」
そして一つの争いは消えて、イモータルが介入できる余地は無くなっていく。クロノもなのはも、きっと俺の手の届かない高さまで飛んで、色んな人に光を与えられる存在になれる。それは俺には出来ない、彼女達だけの力だ。
「私も……もっと頑張らないとなの。フェイトちゃんは嘱託魔導師という資格を取るつもりだから……私だって!」
クロノの隣で握り拳を作り、なのはは自分の心に気合を入れていた。彼女もまた、飛び立つ時が近いのかもしれない。家族の愛を取り戻して、救われる事を知った彼女は、今度は自分が誰かの太陽となれるように羽ばたくのだろう……。
「ふふ……予想通りに生徒が一人追加されるみたいですね」
「何の生徒か知らんが、まあ大丈夫か。それでエレン……もうわかるだろうが、あそこにいるのが湖の騎士シャマル。マキナの手術を行う医者だ」
「ああ、彼女が……」
「そうだ。だから彼女にもさっきの検査のデータを渡してくれないか」
「承知しています。先程画像とレポートが送られて来たので、早速彼女を呼んで相談するとしましょう」
そうしてエレンはシャマルを呼びに行った。その時、ネロがか細い声でこんな事を言ってきた。
「に、兄様……もう離しても大丈夫なのだが……」
「あ、さっきから支えたままだったな。すまない」
「いえ、むしろ役と―――い、いや、何でもないです……」
「……」
なんか頬を赤らめているネロだが、そこまで体力を消耗していたのか? 考えてみれば彼女は魔法の術式を全て失っている訳だから、戦闘力はまだ皆無だ。その分だけ体力にも影響が出ているのかもしれない……。
「うわ、嘘でしょ。これはまた……とんでもない場所に埋め込まれているようね、SEEDは」
シャマルがエレンに見せてもらった、マキナの検査データを読み漁るとこんな事を呟いていた。どういう事か尋ねると、エレンが簡潔にまとめて説明してくれた。
「心臓の近くにSEEDがあるのは皆さんご存知でしょうが、その明確な位置が検査で判明しました。それによると……場所は大動脈。最大の動脈で、全身に血液を送り出す動脈の本幹です。ここがほんの僅かでも傷つけば、たちまち内臓破裂で大量の内出血を起こし、瞬く間に死に至ります」
元々心臓の手術は医術の中でも特に精密さを極める部位なのだが、そのまた更に厳しい場所という事らしい。SEEDの特性を考えると、全身に血液を送る大動脈に取りつけるのは合理的なのかもしれないが、いざ取り外す状況となるとこれほど厄介な場所は無い。
シャマルもこの一世一代の手術には並々ならぬ気合が入っているため、とんでもない集中力でカルテやデータを読み通していた。手術を手伝えないはやて達は、彼女の集中を乱さないように、それぞれ別の場所で待機していた。そして俺はマキナと共に、ラジエルの窓から次元空間を見渡していた。本局の明かりがあるから、この辺りは少し面白い光景が見えていた。光がすぐ傍にあるのに対し、ある程度先からは一寸の光も見えない闇の光景。それらはまるで、ヒトの持つ光と闇の関係のように思えて来た。
「なあマキナ……“真の平和”とは何だと思う?」
「………」
「全てを管理下に置いて統治するのが正解か? それぞれの人間が心のままに生きていけるのが正解か? 戦いが無くなるのが正解か? 恐怖の無い生活が正解か?」
『ムズカシイ、ワカラナイ』
「そうだな、俺もこんな問いに明確な答えが出るとは思っていないし、俺自身の答えも見つかっていない。だけどたった一つだけ、間違っていないと言える言葉がある」
『ソレハ?』
「“大切な奴らが笑顔でいること”……口に出して言うのは恥ずかしかったが、今の俺が戦う理由は、多分そこに集約しているんだと思う。俺一人が何かした所で“真の平和”なぞ掴める訳が無いのは十分理解している。だからこそ、それを掴める可能性がある奴らには生きてもらいたいんだ。……マキナも、ちゃんと生きてくれよ」
『ウン……。ソレト、ワタシハ、アナタガ、タイセツ』
「フッ……それは嬉しいな。そう言ってくれるのはありがたいが、おまえ何気に俺やエレンと同い年なんだからな? その言葉はもう少し大事にとっておけ」
そうやってポンポンと彼女の頭をなでると、マキナは目を閉じてされるがままになっていた。マキナがこの先どう生きるのか、それを決めるのは彼女だ。出来る事ならもう戦いから離れて欲しいが……選択肢に俺の意見を押し付けるのは無粋だ。せっかく自由を手に入れたんだから、もっと心のままに生きて欲しいものだな。
……ん? 何か最近似たような言葉を送った子がいたような……ま、いいか。
そして手術の準備が出来たとの艦内放送が入り、マキナを連れて医療室の前に行くと、そこでははやて達全員が集まってマキナを見守っていた。
「手術予定時間はかなりの長さが想定されるけど、ちゃんと耐えられる?」
「(コクリ)」
「……私達は昔、あなたの家族を奪って、あなたの人生を狂わせてしまった。だから……今度こそ先代主の願いだった、娘の健やかな成長と幸せを叶えて見せるわ!」
そしてシャマルと共にマキナは医療室に入っていき、『手術中』の赤いライトが点灯する。これだけの人数が集まっているのに、俺達は一切言葉を交わさず、ただひたすら手術の成功を祈っていた。ラジエルの医療スタッフがシャマルのサポートをしてくれているから、エレンの部下という事で信用出来る。シャマルの技術も俺は信じている。絶対に成功すると、俺は確信している。
それでも……俺達は内心落ち着く事が出来なかった。小学生組は全員ソワソワしていて、騎士達は無言だったがよく見ると手に汗を握っていた。リンディやクロノは何かの報告書を読んだり書いたりしていたが、医療室の方を度々見つめていたため、全く進んでいなかった。途中で合流したサルタナにはエレンが事のあらましなどを全て説明していて、それが終わると二人は俺の隣に座ってきた。
「アレクトロ社の強制査察の進展状況だが、管理外世界の人間は全員救出。違法研究の証拠やイエガーとハウスマンの癒着による資金の流れ、他の世界にいる違法組織との繋がりが徐々に明確になってきている。この手術が終わる頃には、ガサ入れも全て終わってるだろう」
「そうか……」
「それと、リーゼ姉妹とグレアム提督からおまえに伝言だ。『全部終わったら、祝賀会でも開こう』だと」
「それはいいな……」
「闇の書の事は俺も把握した、裁判は俺達に任せろ。モノがモノだから流石に無罪は不可能だが、限界まで減刑して見せる。大体テスタロッサ家の裁判と同じくらいの判決まで押し戻してやるさ」
「色んな意味ですごいな……」
「ついでにおまえのバイクや奪ってきたシャトルは、おまえの所有物として正式に登録した。これで盗難の心配は無くなるはずだ」
「至れり尽くせりだな……」
「なに、おまえの苦労と比べれば大した事は無い」
そうやって言葉は少ないが、俺とサルタナは互いの健闘を称え合った。この一日だけで俺達は困難な任務をやり遂げ、皆の幸せを掴み取ったのだ。時間の長さだけでは作られない、戦友の絆というものが俺達の間には構築されていた。
そして……気づけばいつの間にか4時間もかかり、とうとう『手術中』のライトが消灯した。大手術を終えたシャマルが出て来ると、疲労困ぱいと言った様子で、しかしやり遂げた良い笑顔でこう言ってきた。
「摘出手術は無事に成功したわ。しばらく安静にする必要があるけど、これでマキナちゃんが犠牲になる事は、もう無いわ……!」
「そうか……!」
俺やサルタナ達大人組はシャマルの健闘を称えて感謝の言葉を送り、喜びを素直に示した。
あまりの長時間手術で小学生組は眠気に耐え切れずに寝てしまっていたが、俺達が少し騒いだ事で彼女達も起きてしまった。だが手術の成功を知ると、彼女達は飛び起きて感情を露わに喜んでくれた。
こうして……俺の初めてのミッドチルダ渡航から広がった事件は、ひとまずの終着を迎えた。まだまだやる事は残っているが、俺達は……未来に生きていける“種”をまけたのだ。
後書き
このSEED編はサバタのMGS要素強化回でもありますが、何より原作のA'sで強くなるはずだった原作キャラの覚悟回としても意識していました。
ただ内容がちょっとアレだったので、なのははフェイト達と比べてこの章であまり出番を作れませんでした。今後は彼女も前に出すようにしていきますので、これからもよろしくお願いします。
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