ワンピース~ただ側で~
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おまけ8話『新たなる火が灯る日』
俺を生んでくれた両親を、ふと思い出していた。
面白い父さんとやさしい母さん。
今でも父さんと母さんが死んでしまった原因は知らない。俺を拾ってくれた母さん、ベルメールさんにその時のことを今でも聞けてないからだ。
ベルメールさんに育ててもらって、俺は幸せだった自信がある。
暖かい母親と騒がしくも楽しい姉妹。それにまるで父親みたいに接してくれていたゲンさんだっていたし、村のみんなも俺やノジコやナミのことをまるで本当の家族のように扱ってくれたし、不満に思ったことなんて一度だってない。
けれど、たまに思うことがある。
俺を生んでくれた父さんと母さんは今、俺をどんな風に思っているんだろうか……って。
もう顔も覚えていない、声も覚えてはいない。けれど確かに俺という命をこの世界に産み落とし、そして命の危機から俺を救ってくれた二人。俺が覚えているのは最後に手を握ってくれた母さんの手の優しさと体を抱きしめてくれた父さんの力強さだけだけど。
今では俺にとっての母親はベルメールさんで、父親というならばゲンさんとか師匠が浮かぶ。けど、いや、多分当たり前にそれでも。俺は実の両親に対しての感謝を忘れたことは無い。
今でもこびりついている父さんと母さんの最期。己が命を惜しまずに、俺を助けてくれた彼らの背中。
その背中はいったい何を思っていたのだろう。
最後まで俺のことを考えてくれてたってことはわかる。
けど、いったいどういう気持ちで二人は命を落としてしまったんだろうって、今でも思うことがある。
面白かった父さんを誇りに思う気持ちはまだ俺の胸の中に残っている。
優しかった母さんが好きだったという気持ちはまだ俺の胸の中に残っている。
俺は二人のおかげで今を生きてる。
俺は二人を犠牲に、今を生きてる。
だから、なのかもしれない。
子供のころ、アーロンに島を襲われた時のこと。ベルメールさんという母親が死ぬぐらいならまだ俺が死んだほうがマシだって思えたのは。結果的に俺は死ななかったけど、まぁそれはともかく。
多分、いや、もしかしたらだけど。
俺は誰かが犠牲になることが嫌いなんだろうって思う……ん? いや犠牲になる人がいることを好きなんて人はいないか……うん、普通はいないか、何を考えてたんだ? 俺は。
少しだけ笑いそうになって、それでもまた過去を思い出す。
アーロンにベルメールさんを殺されそうになった時。
ラブーンの仲間が50年も帰ってきていないという話を聞いた時。
アラバスタを出る時、黒檻のヒナの艦隊からの攻撃に対してボンちゃんが犠牲になってくれようとした時。
空島で、ナミがエネルに攻撃されて危なかった時。
ロングリングロングランドでシェリーを撃たれた時。
俺がアーロンから村を救うことに8年かかって村のみんなやナミを傷つけてしまったことが大きくて、俺は何回も過剰反応をしてしまったことがあった。けれどその反応をしてしまったのは、きっと俺の血には命がけで俺を救ってくれた両親の血が流れてるからっていうこともあるんだ。
命を捨ててでも守ってくれた両親の血が自分に流れているということを心のどこかで誇りに思っていて、命を守ってくれた両親のことが今でも大好きで、だからこそ生んでくれた両親がいないことに対して、たまに寂しく思うこともあって。
要するに、当たり前だけど。
俺は誰かが死ぬということが嫌いなんだってそれを、思う。
誰かが死ぬ、なんてことが嫌いっていうのはそれは人として当然なんだけど、だからこそ思うんだ。
今のこの状況が全くもって納得できないって。
今のこの状況を自分の子供に命令して、死のうとしているその父親に納得できないって。
俺は本気で思ってる。
海軍最高戦力と称される3人の大将。
その一角が崩れた。しかも、それを為した人間は、まだルーキーといっても差支えない一海賊だ。
時代のうねりというものを感じ取った人間が、いったいどれだけいただろうか。映像電伝虫が映していた映像は世界を駆け巡り、それをさらに大きく震撼させていく。
そのうねりを生んだ張本人は、だが喧噪のなかでそっと目を閉じてゆっくりと呼吸を繰り返していた。
「おい、ハント逃げるぞ!」
「今のうちに行くぞ!」
「ハント! 何をしとるか!」
順に、ルフィ、エース、ジンベエ。
ハントの側にいた3人が声をかけるも、まるでそれら一切が聞こえていないかのように、ハントは反応を見せない。それどころか深呼吸を始めている始末だ。あくまでものんびりとして動こうとしないハントにしびれをきらしたエースが彼の腕をとって強引に連れ出そうとするも、ハントはその手を振り払った。
「……ハント!」
ついに苛立ちの声をあげたエースに、ハントはやっと反応した。
ただし、ルフィに対して、だ。
「ルフィ」
ルフィの体には本当に限界にきているらしく、ジンベエに背負われたままで、ハントへと首を向けることすら辛そうにして、ようやくハントへと顔を向ける。
「ハント……? お前ぇ」
ハントとルフィの付き合いは、ともに過ごした時間の短さには似合わないほどに濃密なそれだった。
だから、だろう。
ハントの表情でルフィは全てを理解した。
なぜハントはその場から動こうとしないのか。
エースの腕を拒否したのか。
そして、ハントが何をやろうとしているのか。
「っハント……なら俺もっ!」
それに、ハントは首を振って拒絶する。
「もう、体……動かないんだろ?」
「そんなことねぇよ!」
ジンベエの背中から強引に飛び降りたルフィは、だが次の瞬間にはへたり込んでしまう。
「ほら、な? だから、ルフィ……いや船長、頼む。許可をくれ」
「……何を――」
――言ってるんだ?
言葉を挟もうとしたエースや、ことの成り行きを見守りながらも首をかしげているジンベエの理解を置いて、ハントはそっと、いつものようにどこか頼りない笑顔で言う。
「ここに残る許可を」
ざわりと、そのハントの言葉でまた周囲に喧噪が戻った……そんな空気へと変貌した。
いくらハントが大将の一角を破り、白ひげが死を覚悟して殿を務めているといっても、今この場を海軍から逃げることは容易なことでは決してない。赤犬が敗北したことで、海軍の気勢は間違うことなくそがれている。動揺も広がっていることだろう。今が逃げるための最大のチャンスなのだ。
そのチャンスを、白ひげが殿をつとめるという、白ひげの死によって成り立とうとしている最大のチャンスをハントはみすみす逃そうとしてる。
だから、ハントの船長に対する言葉に反応したのは船長その人ではなく、ジンベエとエース。
「ここに残るとは……どういうつもりじゃハント!」
「てめぇ、オヤジの言うことが聞けねぇってのか!?」
「ルフィ君とエースさん、それにハント! 間違いなく今狙われているのはここじゃ! 一人でも多く生き残ることがオヤジさんの願いじゃ!」
「世迷言はいいからさっさと来い、ハント!」
交互に、まるでマシンガンのようにハントへと飛来する言葉と唾に、ハントの表情が一気に変化した。
「……は?」
首を傾げて、眉を吊り上げて。
それはおそらく、ジンベエもエースも始めて見ることになったハントの表情。
「ふざけんな」
怒りを滲ませ、それでもまるで冷静を気取るかのように。
それはおそらく、ジンベエもエースも始めて聞くことになったハントの声色。
「なんで俺が白ひげさんの言うことを聞かなきゃならない」
「……はっ?」
エースに向けられたそのハントの言葉に、エースが驚愕の表情に。
「なんで俺が白ひげさんの願いに応えようとしなきゃならないんですか」
「……なっ」
ジンベエに向けられたそのハントの言葉に、ジンベエが驚愕の表情に。
ハントたちがその場で足を止めている間にも状況は刻一刻と変化していく。
「おいなにやってんだ! はやく逃げんぞおめぇら!」
「オヤジの覚悟を踏みにじる気かっ!」
前線にまでいたメンツも白ひげの命令通りに撤退を始め、ハントたちの場所を通り過ぎようとしている。このままぐずぐずしているとハントたちが最後になってしまい、センゴクの命令により既に攻撃を再開している海軍に狙われてしまうことになるだろう。
「……」
それでも、ハントは動かない。
通り過ぎていく撤退していく仲間たちの声にすら、ハントはぐっと言葉を飲み込み、その表情に怒りを滲ませている。
あくまでも動こうとせずに、しかもなぜか怒りの色を見せているハントへとエースは再度言葉を吐き出す。
「オヤジの、命をかけた覚悟だぞ、ハント!」
「覚悟……覚悟……覚悟」
だが、その言葉がいけなかったらしい。何度も同じ単語を反芻して、ハントの感情がついに限界を超えた。
「覚悟ってなんだ……何が覚悟だ……何の覚悟だ……ふざけんなっ!」
これは、いったい誰に対する言葉なのか。
「ふざけんなっ!」
声をあげながら、ハントは足を漕ぎ出した。目指すは今、殿を務めているその男の背中。
「おい、ハント!」
「どこへ行く気じゃ!」
背中から聞こえてくる友人と師匠の声すらもほとんど聞かずに、ハントは走る。
「魚真空手、鬼瓦正拳!」
走りながら拳を振るえば、それに空気が応えてくれる。
今放った技は魚人空手陸式でいう若葉瓦正拳と、本質は変わらない。
違うのはその威力。
ハントの前方から白ひげのいる地点に存在していたすべての海兵を、まとめてなぎ倒し、そのほとんどを戦闘不能へと陥れる。まるで冗談のような光景だが、ハントの意識はそんなところには向いていない。
今もなお、肩で息をして、血をこぼしながらも、苦しそうに力を振るう白ヒゲの背中へと追いつき「俺は認めないぞ!」と叫びながらも、殺到してきた海兵をまとめて殴り飛ばす。
いきなり現れたハントに、白ひげは眉をしかめながらも己が武器を振るい、殺到する海兵たちをまとめて吹き飛ばしていく。
「さっさと行けと言ったのが聞こえてなかったのか、アホンダラぁ!」
まるで敵を威嚇しているかと思われんばかりに殺気がこもっている言葉を受けて、けれどハントはそれを睨み返す。
白ひげさんは確かに大海賊で、ハントは世話になった。ハントの師匠の大恩人だっていうことももちろん彼はわかっている。けれど、それとこれとはもはやハントにとっては関係のないことだった。
「……っ」
気に入らない。
ただひたすらに。
今のこの状況が気に入らない。
それが、ハントの率直な想いだった。
常人ならばそれだけ射殺せるであろう殺気のこもった視線にひるむことすらなく、ハントは魚真柔術でもって大気ごと、周囲一帯の海兵をまとめて投げ飛ばす。ぽっかりと、まるでここが戦場ではないかのようにすら思えるほどに誰もいなくなったその空間になり、二人の視線ががっつりとぶつかり合う。
まだまだ海兵はたくさん存在していていて、今にも襲い掛からんと視線をぎらつかせている。おそらくはこうやって二人で対峙できる時間はほんのわずかだろう。
だがそれでよかった。
そのほんの僅かな時間が稼げればよかった。
ハントはどうしても白ひげに言わなければならないことがあるのだから。
ハントが白ひげの側へと体を寄せる。
そんなハントを、白ひげは是としなかった。
「さっさと……行きやがれぇ!」
それはきっと白ひげの親心だろう。
梃子でも動かないであろう形相のハントと押し問答をするつもりすら、白ひげにはなかった。
言葉とともに、能力は使わずにそのままハントを殴り飛ばそうと拳を振るう。
ハントにとってガード不能なほどに力がこもったその拳は、だが今のハントにはもう通じない。
拳の軌道上の空気を、引っ張り、ずらす。
それだけで、白ひげの剛腕がハントという対象から外れて、空を切った。
「!?」
驚愕の表情を浮かべた白ひげに、ハントはつかみかかる。
「あんた親父なんだろうが! 父親なんだろうがっ!」
――思い出す光景がある。
必死な形相で、白ひげへとつかみかかったハントが、一瞬だけ遠い目になった。
いつだって彼の脳裏に浮かぶその光景。それはもう彼の記憶としては存在していないはずなのに、心のどこかに焼き付いている。
3歳のころ、自分を守って犠牲になった父と母。
12歳のころ、自分たちを守って犠牲になろうとした、育ての母。
インペルダウンで、自分のせいで自身の思いを殺そうとした師匠という父。
それらの光景はあまりにも優しくて、嬉しくて、強くて、けれど寂しい。
だから、ハントは叫ばずにはいられない。
「父親のあんたが、子供たちを置いて死のうとすんな!」
ハントだからこそ、親と子供の関係に思うところがある。
――我慢できない。
「父親の仕事は子供を育てて終わりじゃないんだ! 最後まで仕事があるんだ! 子供に看取られて死ぬっていう仕事があるんだ!」
ハントだからこそ、親が自分を守るために死んでしまうということに、思うところがある。
――許せない。
「あんたが海賊だろうが四皇だろうが、そんなものしるかっ! あんたが一度だって父親を名乗ったなら、仲間のことをファミリーって、家族って呼ぶのなら! 最後まで仕事を果たせよ! 勝手に死のうとすんなっ! 父親の義務を果たそうとせずに家族を軽々しく語るなっ!」
ハントだからこそ、残された子供として、思うところがある。
――肯定できない。
「家族の絆を……なめるなっ! 最後まで無様に生きて、子供に心配かけろよっ!」
顔を寄せて、目に涙をためて。
全ての思いを乗せて、ハントは叫ぶ。
「このっばかひげがぁっ!」
海賊として、エースたちを逃すために白ひげが命を張っている。ここが白ひげという人にとっての最後の舞台として、すでに覚悟を決めていることを、ハントはわかっている。
それは船長としても、父親としても、きっと白ひげからしてみれば当然のことで、命を張るにふさわしいことなのだろうということも、もちろんハントはわかっている。
これはハントの単なるわがままだ。
それを、ハントも理解はしている。
白ひげには白ひげの生き方がある。
彼らという海賊がどう生きても、それはハントが文句を言う筋合いなどない。
けれど、ハントには浮かぶのだ。
『俺がオヤジを海賊王にする』
エースが言っていた。
この時の彼の表情と言葉は確かに海賊のそれで、けれど家族のそれだった。
白ひげはハントの父親ではない、それでも確かに友人の父親だ。
それはもはやハントにとっては他人事ではない。
自分の境遇を勝手に重ねて、白ひげ覚悟を勝手に否定して。
ハントは思う。
白ひげを亡くして、エースたち白ひげ海賊団が何を思うか、どう思うか。
それを思うからこそ、ハントは叫ばずにはいられなかった。伝えずにはいられなかった。
だから。
ハントは声を大にして、殿をつとめようと海軍をにらみつけている白ひげの前に立つ。
「俺が殿だっ! 白ひげさん……いや、白ひげ! あんたこそさっさと行け!」
「……」
白ひげは大海賊で、ハントはいわゆるルーキー海賊。
そのランクの差は海のように広く、深いほどの隔たりがある。
にも関わらずまるで同等かのように白ひげの意見に反抗して、白ひげを呼び捨てにして、あまつさえ命令までした。
そのことにわずかだが、その場の空気が止まる。
そんな一瞬の隙間に入り込んだのは海軍たちの声でもなく、白ひげの声でもなく――
「ハント! 俺はとめねぇ! 絶対生きて帰って来い、船長命令だ!」
――ルフィその人。
「当たり前だ!」
ハントとルフィの、見えない絆と固い約束。
それが、場の緊張を解いた。
「白ひげを討ちとれぇ!」
「海坊主もだ!」
「モンキー・D・ルフィとポートガス・D・エースを逃がすなっ!」
ハントの決意を、海軍たちが呑み込まんと襲い掛かる。
ハントとルフィの会話でもって、動き始めたのはもちろん海軍だけではない。
海軍の、おそらくは最優先の目標として標的とされているエースたちも当然ながら動き始めている。
「っハントの奴! 勝手なことをしおって!」
歯噛みをしつつも、さすがにエースとルフィの二人から目を離すわけにもいかず、ジンベエが悔しげにルフィを背負った状態で撤退しようとするのだが、ここでまた一人別の頑固者がその足を止めていた。
「……エース?」
ジンベエに背負われたルフィがエースが動いていないことに気づいて、声を漏らした。もちろん、その声にでジンベエもまたエースが足を止めていることに気づいた。
「……エースさん?」
二人の呼び声に、エースは俯いたままで、言う。
「ジンベエ、弟を頼む」
「……?」
その言葉の意味を、ジンベエとルフィが理解しかねて同時に首を傾げて、だがすぐに二人は気づいた。
「エースさん!?」
「エース!?」
止めようとする二人の言葉。
ジンベエがそれをさせまいと腕を伸ばすも、エースは火となってその場から消え失せる。
「俺もハントと一緒に戦う」
半ば呆然と、ジンベエとルフィがその場に立ち尽くすこととなった。
「お願いだから、白ひげさん! この場を俺に任せてください……俺は死なない! あんたも死なない! エースも当然逃げ切る! 俺がそれをやってみせる! だから、頼む!」
白ひげさんに頭を下げる。
まだ海軍には二人の大将、ガープさんたち、七武海のやつらっていう強敵がいっぱいいる。さすがにそれだけの難敵相手に勝てるなんて言えるほど、俺は無謀じゃない。
けど、今の俺は強い……だから簡単には負けない自信がある。時間だけ稼いで、最後は海に逃げ込めば俺の勝ちだ。
たったそれだけのことだ。
「……」
白ひげさんからの返事はまだない。さっきからずっと沈黙したままこっちを見てる。
鬼瓦正拳で一瞬だけ周囲の海兵たちを吹き飛ばしたから今はまだこうやって白ひげさんと会話できてるけど、また海兵たちが大群で迫ってきてる。こうやって頭を下げていられる時間はあんまりない。
正直なところ、俺が白ひげさんの命令に従わなかったように、白ひげさんが俺の言葉にすんなりと頷くとは思っていない。だって相手は大海賊の白ひげさんだ、俺みたいな小物の意見をすんなり受け入れる、なんてことのほうが俺は驚く。
だから、多分全力で却下される……って思ってたけど、俺の予想とは少し違う答えが返ってきた。
「お前の言いたいことはわかった……確かに俺ぁオヤジとしちゃ失格かもしれねぇ……だが、だからといってお前一人じゃセンゴクからは逃げ切れねぇぞ。ハント、まだお前ひとりじゃここは守りきれねぇ」
センゴクって誰だっけ? と思って確か海軍で一番偉い人の名前だったことを思い出した。
白ひげさんの言葉は俺の意見をただ却下するんじゃなくて、認めたうえでの否定だった。どこか楽しげにすら聞こえるほどに優しい声色の白ひげさんに、これはつまり共闘なら許されるということなのだろうか? そう考えて、思わず顔をあげてじっと見つめてしまう。
「……」
つい声を失ってしまった俺の代わりなのだろうか、と思えるぐらいのタイミングで、後方から声が。
「火拳!」
それはよく知る声で、よく知っている技だ。
ある程度の距離をとって、銃弾や砲弾を吐き出していた海兵たちの群れを、その砲撃ごとまとめて吹き飛ばし、ゆらりと揺れる陽炎となって俺や白ひげさんの前に、その男が現れた。
「エース!?」
もう船に乗って撤退を始めてるはずじゃ?
なんでお前がここに?
ルフィとか師匠とかは?
いろんな疑問が浮かんで、声をかけようと口を開く寸前に、先にエースの声が響く。
「俺もやるぜ、ハント! 今のオヤジの言葉は聞いていた! 確かにハント一人に任しきれねぇが、だったら俺がこいつのケツをふけば問題は解決だ! ……そうだろ、オヤジ!?」
いや『そうだろオヤジ』じゃねぇよ!
こいつ何言ってるんだよ、マジで!
「ばかかお前! むしろ海軍の最優先の標的だろお前は! そのお前がこんな殿に残るなんて無茶もいいところだ!」
「ハント……お前に無茶とか言われても説得力ねぇよ」
「っ」
確かに俺も今結構無茶してるよな……ってちょっと思ってしまって反撃に失敗。つい声を失ってしまった。
けどエースが無茶なことをしようとしてるのは間違いないわけで、だから白ひげさんがそれを認めないだろうって思ったら「グラララララ! だったら、見せてみやがれぇ。お前ら二人の……新時代の力をっ!」
って認めちゃったよ! マジで!?
というか新時代の力とか言われてもちょっとよくわからないんだけど。
何言ってるんですか!? って言おうとしたけど、その前にエースが親指をぐっとたてて「やるぞ、ハント! 俺たちならやれる!」と嬉しそうに言うもんだから、閉口してしまった。エース本人がやる気にあふれてて、白ひげさんの公認で……となったらもう俺から言えることなんかない。
「……はぁ」
溜息をついて、覚悟を決める、
こうなったら仕方がない……いや、むしろこうなってよかったかもしれない。
当然だけど、既に瀕死に近い白ひげさんも海軍に最優先に狙われてるエースも死なせるつもりはない。
だったら、瀕死の白ひげさんと殿をつとめるよりも、まだ体は元気なエースと殿をしたほうが余計な心配を考えないで済む……俺なんかが白ひげさんの心配すんなって師匠とかから怒られそうだけど。
ともかく、今の状況を整理する。
俺とエースがこの場で殿を務めるのに相応しい力を持っていると白ひげさんが認めてくれたら白ひげさんも白ひげ海賊団の面々と一緒に撤退してくれる。
今はそういう状況だ。
「……白ひげさん、俺とエースの力があなたに認められたら、撤退してくれるんですよね?」
「あぁ、約束してやる」
よし、言質もとった。
となればあとはもう行動あるのみ、だ。
「エー……っっ」
エースに声をかけようとして、ばっちりと目があった。
どうやら俺とエースの考えていることは同じらしい。
俺たちの力を見せつける。
だったら、うってつけの技がある。
一緒のことを思いついていた、ということに少しだけ笑いそうになったのを、なんとなく誤魔化したくなって声を張り上げる。
「いくぞ、エース!」
「しっかり制御しろよ、ハント!」
「お前もだよ!」
まだ俺が師匠のもとにいたころ、なんとなく遊びでやろうとしたことがあった、結局は完成しなかった俺たちの合体技。けれど、魚真空手と魚真柔術にまでたどり着けた今の俺にならできる。
「……ふぅー」
息を吐く。
目を閉じる。
心を落ち着かせて、力をため込む。
隣に一つ、エース。
背後に一つ、白ひげさん。
後方にはルフィや師匠、白ひげ海賊団の人たち。
前方にたくさん、海軍たち。
見聞色の覇気ではなく、もっとシンプル。単純に気配を感じる。
多分、数で勝ってる海軍側が強引に攻め込んでこないのは、白ひげさんがずっと気配だけで威嚇をしていたから。エースも増えて、警戒を強めていたから。
けど、それももう限界だ。きっと今にも俺たちに襲い掛かってくる。
時間はもう、あまりない、
「……おしっ!」
目を開き、多分は俺と同じように目を閉じていた集中していたであろうエースとともに、俺は……いや、俺たちは声をはりあげる。
「大炎戒!」
エースの周囲に炎が生まれる。
「魚真柔術!」
いつでも空気を掴めるようにと、手を宙へと伸ばす。
空気が震えて肌に伝わる。
それとほとんど同じタイミング。
「炎帝!」
エースの声とともに発生した巨大な炎の塊。まるで太陽と見間違えてしまいそうなほどのそれは、触れれば消し飛ばされそうなほどに熱気がこもっている。
エースと視線を合わせて、小さく頷く。
エースから炎帝が放たれた。
炎の塊のそれはこちらへと向かってきていた海軍たちを飲み込まんとして勢いよく飛び出す。あまりにも巨大で、あまりにも高速のそれは、一般海兵たちでは防ぐすべもなく、慌てたかのように青雉がその氷の能力で技を防ぐために前面へと出現した。
けど、甘い。
今から放つ技はエースだけの技じゃない。エースと俺の、二人の技だ。
「気心! 掌握!」
炎帝の周囲の空気を掴み、熱気ごと俺が掴んだ空気の中に全てを収める。
「っ」
炎帝に直接触れたわけじゃなくて、それを取り囲む大気を掴んだだけなのに炎帝から発せられている熱気が俺の手を焼く。痛みをこらえつつも、大気に取り込んだ炎帝を、そのまま握りつぶすことに成功。
炎帝が炎として存在するために必要な空気が一瞬で足りなくなり、そのまま炎帝が消失した。
「!?」
青雉が驚いてる。というか青雉だけじゃなくて、白ひげさんからだって驚いてる気配がする。慌てて青雉が後退。多分、これから何が起こるかがわかったんだと思う。さすが、俺よりも見聞色の覇気が優れてるだけある。
けど、もう遅い。
そんな瞬時の時間じゃあ、間に合わない。
大気の鼓動を感じてエースの呼吸を感じる。
「漁火――」
叫ぶ。
「――炎神!」
俺の声を次いで、エースが叫ぶ。
それを耳にしながら、掌握していた大気を解き放ち、ほとんど無になりかけていた炎帝に再度の命を灯すようにエースもまた炎を解き放つ。
瞬間。
「 !」
海軍の……誰の声だろうか。
音も、島も、人も、空も。
その空間に存在する全てを飲み込むほどの爆炎が世界を包んだ。
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