けろけろ
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4部分:第四章
第四章
「DVDか。何を観ようかね」
「けれど蛙が鳴いたわ」
双葉もまだ言う。
「だから絶対に」
「どうかね。まあ来るなら来るで」
勝ち誇った言葉を続ける。
「降って欲しいもんだよ」
こう言ったその矢先であった。
不意に空が黒い雲に覆われていきそうして。瞬く間に雨が降ってきた。しかも大雨であった。
「嘘だろ・・・・・・」
隆盛は雨の中でまずは呆然となった。
「降るか!?マジで」
「とにかく雨宿りしましょう」
双葉は咄嗟に雨宿りを提案した。
「ここはね。早く」
「あっ、ああ」
我に返って双葉の言葉に応える。
「それじゃあ。どっかに」
「あそこがいいわ」
すぐ側にあったコンビニを指差す。
「あそこに入りましょう。早く」
「だよな。傘だって売ってるしな」
「ええ。だからよ」
そこまで読んでの双葉の提案だった。
「行きましょう。早く」
「わかった。それじゃあな」
こうして二人はコンビニに駆け込んだ。それで何とか雨をかわした。二人がコンビニに飛び込むと雨はさらに激しさを増していた。しかも止む気配もない。
「何だよ、これ」
隆盛は店の中からこの雨を見ながら呟いた。
「まさか本当に降るなんてよ」
「大雨になる直前でよかったわね」
双葉は髪を鞄の中に入れておいていたタオルで拭いていた。そのうえで腕や鞄も拭いていく。そうしながら彼に対して言っていた。
「多少は濡れたけれど多少でよかったわ」
「ああ。それでもな」
隆盛は相変わらずたまりかねたような声で言う。
「降るなんてな」
「驚いた?」
「驚いたっていうか信じられねえよ」
こう答える隆盛だった。
「今さっきまであんなに晴れてたのによ」
「蛙が鳴いたから」
双葉はここでも蛙を話に出す。
「だからなのよ」
「蛙が雨を呼ぶっていうのかよ」
「蛙が雨を呼ぶのか雨が蛙を鳴かせるのか」
それぞれ反している言葉だった。
「そこはわからないけれど」
「それでも降ったな」
「ええ」
どちらにしろこのことは変わらないのだった。雨が降った、この事実だけは絶対であった。
「降ったわ。本当にね」
「全く。一月ケーキだよな」
「御願いね」
今の隆盛の言葉に楽しく微笑む。
「そのことはね。楽しみにしてるわ」
「わかってるさ。約束だからな」
苦笑いと共に彼も頷いた。
「こうなったらな。俺もな」
「一緒に食べるつもりなのね」
「一人で食べるより二人さ」
こう言うのだった。
「それはな。それにしてもな」
「雨ね」
「ああ」
隆盛はまだ窓を見ていた。その向こうでは雨がずっと降っていた。雨の勢いはさらに増し豪雨そのものになっていた。彼はその雨を見続けていたのだ。
「止まないな」
「とりあえず傘買ったら」
「バス停まで行くか」
「そうしましょう。雨が止むことはないでしょうし」
そのことはわかっているといった言葉だった。
「まずは傘を買って」
「だよな。それにしても」
ふと隆盛の言葉の感じが変わってきた。
「ここでも聞こえるな」
「そうね」
双葉は隆盛の言葉に頷いた。彼女にもその声は聞こえていたのだ。
「蛙の鳴き声がね」
「雨に蛙か」
彼は言った。
「これは絶対に揃うんだな」
「いいことよ」
隆盛に応えながら微笑んでみせてきた。
「雨が降るのはね。蛙が鳴くのも」
「水が降るからだよな」
「そうよ。雨は水だから」
言いながらまだ若かった時の母の言葉を思い出していた。今はもう見る影もなく太って肝っ玉母さんになってしまっている母の言葉を。
「水がないと。何もできないからね」
「それを考えたらこの雨もな」
「いいものでしょ」
「ああ。何かこの蛙の鳴き声が余計に気持ちよく聞こえてきたぜ」
隆盛も笑顔になっていた。双葉とは違ってはっきりとした笑顔だった。
「これからも。この鳴き声聞きたいな」
「そうね。これからもね」
二人で話しながら傘を買ってコンビニを出る二人だった。その二人の耳には今も蛙の鳴き声が聞こえていた。けろけろと鳴く蛙達の鳴き声が。
けろけろ 完
2009・4・2
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