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鏡に映るもの

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3部分:第三章


第三章

「むっ!?」
「貴女は」
「旅のお方ですか?」
 出て来たのは白いドレスを着た妙齢の美女だった。溢れ出る様な黒髪と黒檀の目が白い肌に映えている。妖艶な感じのする女だった。
「もしや」
「は、はい」
「そうですが」
 罠の可能性もある。その危惧を抱き警戒を解かないまま美女に対して応える二人であった。
「貴女は一体」
「どなたなのですか?」
「この城の主です」
 美女は静かに微笑んでからこう述べるのだった。
「名はテレジアといいます」
「テレジア様ですか」
「そう。テレジア=フォン=ヒルデスハイム」
 こう名乗ってきた。
「これが私の名です」
「そうですか。貴女がこの城の主で」
「フラウと御呼び下さい」
 またテレジアの方から言って来た。穏やかな声だった。
「是非」
「フラウですか」
「そうです」
 ドイツ語で『奥様』という意味だ。貴族階級にある婦人に対しての尊称である。英語の『ミセス』やフランス語の『マダム』と全く同じ意味と使い方である。
「そう御呼び下さい」
「わかりました。ではフラウ」
「はい」
 穏やかに微笑んでハインリヒの言葉に応えてきた。
「この辺りに宿はあるでしょうか」
「あります」
 こうハインリヒの問いに答えてきた。
「御安心下さい」
「ではどちらに」
「ここです」
 そしてこう言うのだった。
「ここにあります」
「ここに!?」
「はい、そうです」
 気品のある笑みでハインリヒに対して答えてきた。
「是非この城にお泊り下さい」
「貴女のお城にですか」
「遠慮なく」
 微笑んで彼に告げるのだった。
「召使い達もいますし。一人ではありません」
「左様ですか」
「はい。そちらの」
「ああ、フリッツといいます」
 従者に代わって答えたハインリヒだった。
「我が家に代々仕えていまして。気のいい男です」
「そうなのですか」
「一緒の部屋にしてくれませんか」
 そしてこう願い出るハインリヒだった。
「この男と」
「御一緒ですか」
「旅の間はずっと寝食を共にするようにしています」
 奥方にこう述べるハインリヒだった。
「お互い。それが一番安心できますので」
「左様ですか」
「いけませんか?」
 奥方の目を見て問うた。
「それは」
「いえ」
 だが奥方は彼のその言葉を聞いて静かに微笑んで頷くのだった。
「ではそれで。部屋はお一つですね」
「ええ。それで御願いします」
 身分や主従の関係もあり全て奥方と自分で話を済ますハインリヒだった。
「そういうことで」
「わかりました。それでは」
「ええ」
「こちらへ」
 こうして二人は城に案内されることになった。城の中はこれまた古風で壁も床も全て石造りだった。城壁と一体化した中世初期の城であった。
 二人はその中の一室に案内された。ところがここでフリッツは。城の壁に鏡を認めたがそこであるものが見えなかったことを見てしまったのだった。それを見て微妙な顔になるがそこで奥方が二人に声をかけてきた。
「こちらです」
「こちらの部屋ですか」
「はい、こちらです」 
 案内されたのは背の高いベッドが一つ置かれている石の部屋だった。窓もただ穴を開けただけでそこを木の雨戸で閉めるものだった。装飾もなく木造の椅子が二つにテーブルが一つあるだけの。薄暗い部屋であった。
「こうした部屋しかありませんがお許し下さい」
「いえ」
 だがハインリヒは彼女の謝罪の言葉を微笑みで打ち消したのだった。
「私達の様な旅人を入れて下さっただけで有り難いことです。ですから」
「宜しいのですね」
「はい。身に余る光栄です」
「有り難い御言葉です。それでは」
 奥方はハインリヒのその言葉を聞いて落ち着いたような笑みになって頷く。そうしてその笑みでまた彼に対して言うのであった。
「御夕食の用意ができましたら」
「御夕食もですか」
「そうです。鴨が獲れましたのでそれを」
「鴨が」
「家の者が獲って来ました」
 こうハインリヒに答えるのだった。
「ですから。それをどうか」
「左様ですか。では御言葉に甘えまして」
「葡萄酒にパンもあります」
 中々豪勢であった。少なくともこの様な森の中にある城でそうおいそれと手に入るようなものではなかった。ハインリヒはそれを少し不思議に思いフリッツはかなり異様に思った。しかしそれは二人共、特にフリッツは顔には出さないのであった。
 何はともあれ奥方の話は終わった。二人は彼女が部屋から姿を消すとまずはそれぞれのマントや鎧、外套等を脱いだ。剣や斧も置いて身軽になるとあらためて大きく息を吐き出すのだった。
 
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