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鏡に映るもの

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2部分:第二章


第二章

「疲れていますよね」
「まあそれもね」
 これはハインリヒも認めるしかなかった。
「少しは」
「そうですね」
 主の痩せ我慢は見なかったことにするフリッツだった。これも彼の気遣いである。その気遣いができるところに彼の人間性があるのだった。
「そういう時はやはりビールです」
「そういうことだね」
「ですが少ししかありませんので」
「わかっているさ。そこまで飲むつもりはないよ」
 今度のハインリヒの返事は真剣そのものだった。
「酔い過ぎたからね。騎士としてはよくない」
「その通りです。用心がありますので」
「そういうことでね」
「休みましょう。手頃な場所で」
「そうしようか。いや」
 だがここで。不意に声をあげたハインリヒだった。フリッツも彼の声を聞いて主に対して問うのであった。
「若旦那様、何が」
「いや、あそこだけれど」
 暗くなろうとしている森の中を指差しての言葉だった。
「あそこに。湖があるぞ」
「確かに」
 それは彼にも見えた。はっきりとそこにあった。森の木と木の間に青いその湖が見えていた。その青は黒に変わろうとしていたがそれでもまだ残っている青は見ることができたのだ。
「あれは。湖です」
「それだけじゃない」
 ハインリヒはまた言ってきた。
「あそこに見えるのは」
「城ですね」
「古城だろうか」
 不意にこう言うハインリヒだった。
「あれは」
「それはわかりません。ですが」
「うん。例え誰もいなくても城に入ろう」
 こう従者に提案するのだった。
「外にいるよりは中にいる方が安全だ」
「そのうえ突然の雨や夜露も防げます」
「その通りだ。それでは」
「盗賊の類がいた場合はどうされますか?」
「その時は決まっているさ」
 答えるハインリヒの声は毅然としたものに変わった。
「その時は」
「はい」
「斬る」
 一言であった。
「それだけだよ」
「不貞の輩は許せない。そういうことですね」
「この辺りに民家はないけれど盗賊というものは人を害するもの」
「確かに」
 彼はこう考えていた。実際にこの当時のドイツは治安が極めて悪く森の中に普通に盗賊がいたからこのように考えているのだ。実際に彼もこの旅において何度か盗賊達に対して剣を振るっている。実経験から来る言葉でもあったのだ。だから強いものがあった。
「それではその心積もりもして」
「行こう。いいね」
「はい、それでは」
 馬の上とその馬の首の横から頷き合いそのうえで森に入っていく。そうして湖のほとりにあるその古城の前に来た。古城は古ぼけてはいるがそれでもまた充分な美しさと気品をたたえそこに立っていた。決して大きくはないが見栄えは立派な城であった。
「さて、中に入ろう」
「そうですね。では」
 ハインリヒは馬から降りて城の門の前まで来た。大きさ的には出城と言っていいものだった。だがそれでもその外観は白くやはり立派なものだ。その前まで来ると。不意にその門の扉が開くのだった。
「むっ!?」
「開いた!?」
 その黒い門が開いたのを見てハインリヒもフリッツもそれぞれの武器に手をかけた。ハインリヒは腰の剣に、フリッツは携帯している斧に。それぞれ手をかけたのである。
「何だと思うか」
「間違いないかと」
 フリッツは正面に顔と身体を向け主に横目で応えながら述べた。
「やはり今回も」
「賊か」
「まず間違いありません」
 こう言うのであった。
「向こうから開いたということは」
「ならば斬り伏せるのみだ」
「いつも通りですね」
「そうだ。来るなら来い」
 今まさにその門から出て来ようとしているであろう相手に対して述べた。
「このハインリヒ。そう簡単にやられはせぬぞ」
 その決意を剣に込め待ち構える。だがその門から出て来たのは。柄の悪い盗賊などではなかった。むしろそれと正反対の相手であった。
 
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