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艦隊これくしょん  History Of The Fleet Girl's Wars

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ブリーフィング

 ブリーフィングルームは静まり返っていた。二十人程度が収容できる中規模の部屋に、一航戦、二航戦、龍驤、利根型の二人、最上、白露型の時雨と夕立、そして金剛型の四人が集まっていた。全員が大規模作戦と言うことで緊張の面持ちだったが、歴戦の彼女たちはどこかに余裕もあった。
外はうだるような暑さだが、室内はエアコンがついているために特に暑さの問題は心配ないが、窓に張り付いた蝉が近距離から大音量でメスを誘惑するためのあでなる声をお出しになられているので夏を必死に感じさせるじりじりとした音が部屋にまで聞こえてきた。
「ンー、だいぶ久しぶりネ。MO以来こういった場は無かったから緊張しちゃうネ」
「姉さま、緊張している割には紅茶の注文カタログを見る余裕がおありのようで?」
金剛の手には今は希少なものとなった海外に物品を注文するためのカタログがあった。アッサムやダージリンも今や希少なものとなっている。
「紅茶よりもコーヒーがいいんだがなあ、金剛?」
峰は部屋に入るなり、金剛に突っ込みを入れた。
「テートク!」
「金剛、落ち着いてるのはいいが、ちゃんと資料の方を読めよ」
「ハーイ、分かってますヨ。でも、英国淑女たるもの落ち着きが感じデスからね?」
「なら、プレゼンでがちがちになってる妹にその言葉をかけてやれ」
金剛の隣で資料にうずもれた比叡がいた。朝食の後、ブリーフィングのホストを任された比叡は胃の痛みでうずくまっていたのだ。
「oh、比叡。ダメよ、硬くなっちゃ!」
「うう、こんなんだから馬鹿扱いされるんですよね・・・。お姉さまの優しさに甘える自分が情けないです・・・」
「沈み過ぎネ!それと、あんまりメタイこと言っちゃのは一番ダメヨ!?」
「金剛、それ一番のメタ発言や」
静かだったブリーフィングルームは一気に笑に包まれた。比叡と金剛はこのような場面でも笑いを取って全体の空気を良くしてくれる。
「さてと、やるぞ」
峰が手を叩いてブリーフィングの開始を告げる。
「司令~、覚えといてくださいよ~」
「はいはい」
金剛に撫でられて慰められていた比叡がパソコンでいくつかの操作を行い、プロジェクターを起動させた。軍には優先して電力が回されているため、日本のかつての技術力もこういった場で生きてくる。
示されたのは東南アジアからオセアニアまでの広範な地図である。
比叡は先ほどまでのぐだぐだな態度を一変させて真面目な口調で語りだした。流石に自分の下で長らく秘書官をこなしていただけはある。切り替えの効きようはすばらしい。
「今朝がたまで、私、比叡は東京の大本営まで提督の使いとして行っておりました。その目的としては次なる大規模作戦の決行に向けた各鎮守府の代表者会議に出席するためでした」
全員の顔が一気に硬直した。次作戦の目標の決定はつまるところ、彼女たちの次なる戦場であり、下手をすると死に場所の決定であるからだ。
「そして、次なる作戦はここです」
比叡がレーザーポイントで示した先はオーストラリア大陸の北東方向、現在人類にとっての最東端、ポートモレスビーの目と鼻の先、ソロモン海域である。そこはいまだ、深海棲艦の住まう場所であり、彼らの支配下である。
「なぜ、今そこなんじゃ?」
老人のような口調でありながら声そのものは若々しい女性の物である、利根が疑問を口にした。彼女は呉鎮守府の中でも参謀的役割を担っており、現場指揮においては峰が最も信頼を置いている艦娘の一人だ。
「それについては俺から話そう。比叡、おつかれさん」
「あ、はい。助かります~」
泣きそうになりながら比叡が席に着いた。
「先日のMOにて作戦でポートモレスビー一帯を制圧していた敵艦隊は撤退した。これは、君たちの働きが大きい。ただ、敵が負けたまま何もしてこないということが大本営の懸念事項だった」
「つまり、再起を図っていると?」
空母勢の座っている場所から加賀が物静かに質問を口にした。
「そのとおりだ、加賀」
 加賀は歴戦だけあって勘が鋭い。無口で苛烈な性格を除けば十分に鎮守府の最強の一角を占められる存在だ。
 「先日、米国の衛星が撮影した写真に写っていたものだ」
 スクリーンの画像が切り替わった。それと同時に全員の顔が驚きの顔に変わる。スクリーンには巨大な深海棲艦の支配場所であることを示す黒雲がソロモン諸島全域を覆っている画像だった。
 「大きい。それもかなり・・・」
 赤城が感想を漏らした。それは当然、全員の感想でもある。深海棲艦はその勢力圏に巨大な黒雲をもたらす。自らの縄張りであることを示しているかのように。そして、今現在のソロモン諸島の上空はほぼすべてがその雲によって覆われている。
 「合わせて、偵察部隊として送り込んだ伊168と伊58、それに伊19の定時連絡によると、陸棲型が現われたらしい」
 「oh、まるで要塞か飛行場ネ」
 金剛が思い出したようにして声を上げた。その声はうれしそうな声でありながらどこか切羽詰っていた。どうやら金剛の中では今の状況がどうなっているのかと得心が言ったようだ。
 陸棲型とは、文字通り陸上に上がった深海棲艦の事である。彼らは最近になってようやく姿を現し始めた深海棲艦の一種である。特徴としては、その超耐久性と航空戦能力である。しかし一方で弱点としては機動戦に参加できない点や、三式弾による攻撃が有効な点が挙げられる。
 「ここにきて新型を投入してきた・・・。しかも陸棲型の巨大基地。つまり、司令、これはこちらの前線基地の正面・・・これは、こちらとの長期戦に入ろうとしていますね」
 「さすが、霧島。脳筋疑惑は晴れたな」
 「司令!」
 「こら、司令!金剛型にその話題は振るな!」
 赤面している妹をセクハラから救おうとすかさずの比叡のツッコミである。さっきの怯えはどこかに吹き飛んだ様子だ。一同から笑い声が起きる。おもしろいが、かまわず続けた。
「陸棲型が出てきたということは敵方がこちらの最東端基地であるポートモレスビーに対してのど元の刃を突きつけてきたのと同じことだ」
笑いは消え、全員が考え込む様子。見た目はかわいらしいが、その目つきはまさしく軍人のものである。
「せっかく苦労して解放したこの地域、手放すわけにはいかないですね・・・」
赤城がぼやく。加賀も同調して首を縦に振っている。かつての一航戦にとっては栄光の半年間のうち数少ない機動部隊の戦略的敗北の場所である、珊瑚海の近くであり、因縁を感じているようだ。
「ああ、赤城。俺もそのつもりだ」
赤城が静かに頷く。食事の時間以外はやはり武人である。
「今なにか聞こえたような・・・?」
「モノローグ読むのやめてもらっていいですか!?」
比叡は不憫な役回りである。艦隊全員分のツッコミ担当と化して来ているのだ。
 「提督、なぜこのタイミングなのじゃ?わしらはまだ戦闘態勢の整え直しを図れたわけではなかろう?それは大本営といえど理解できるはずじゃ。今この時期に敵の予期せぬ電撃戦を仕掛けようとも物量は向こうが圧倒的なのじゃ、押し負けるに決まっておろう?」
 利根が疑問をぶつけてくる。こういったブリーフィングの席ではどんどんと質問が飛び交った方が後々お互いにやりやすくあるため、いくらでもしていいことになっている。
 利根の疑問は至極まっとうである。特に、かつての帝国海軍の行った真珠湾攻撃と栄光の半年間の電撃戦は今となっては間違いであったことがはっきりとしてしまっている、今となって、その当事者たちには準備不足の下での作戦の危険は痛いほど感じられるはずだ。確かに他に選択肢が無いとしても、圧倒的な物量を誇る相手に対して戦うには粘り強いゲリラ戦術をとる、もしくは型破りな戦略の継続こそが勝利への定石である。前者を行うには日本は大きすぎる国家であり、後者を行うには資源も何もかも不足している。つまり、敵の前線基地が完成しても、何もしないで戦力の充実を図るか、奇策を用いての敵戦力の駆逐を行ったうえで攻勢限界を迎えて全滅かの二択しかこちらにはないのだ。
 もちろん、この場にいる鎮守府の主力メンバーはそれをよく理解している。だからこそ、この状況を自分たちの退路が立たれたことをよく理解できていた。
 「比叡、なんて言われた?」
 「それがですね、何とも言いづらいのですが・・・。先日の首相の発言で、アジア対深海棲艦という構図づくりを進めるとか言って戦略の大幅な変更を迫られたらしいんですよ」
 峰もこの話は知っていた。先日、首相はASEANとの本格的な交易拡大に向けた演説で、アジア全体の連帯を掲げたのだ。つまるところ、アジア全体の解放とその後の連合でもって深海棲艦との対峙をしようというものだ。しかし、それだけならよいのだが、速戦を迫ってこられるとは予想していなかった。
 「ついては、ポートモレスビーの堅守と、その先のソロモン海の解放を目指すべしということです」
 「それも、陸棲型の存在が明るみに出てしまったがゆえに『合理的』と地図上判断できる速戦での撃破、か」
 「厳しいのう。こちらには金剛型が四人いるとはいえ、敵の泊地に奇襲をかけるには役者不足じゃぞい?」
 利根が吐き出すように言った。自分の力をきちんと理解した上での発言であり、過信などは一切なかった。
 「利根~、ちょっとは金剛型を信用してほしいものデス。でもブレークタイムが足りませんネ」
 金剛が肩をすくめるが、茶化したような感じではなく、こちらも溜息混じりである。
 利根はこういった作戦会議の場では熱くなる傾向にあるが、作戦が決まってしまえば黙って従う。いつも通りならここら辺で引くところだが、MO作戦の遂行後それほど経っていないことから準備不足による敗戦を恐れているためにかなり不満がたまっている。
「それに先日のMO作戦の実施で、皆疲弊しておる。いつまでこの国は官僚どもが頭で戦争をしておるのじゃ!」
 利根が怒りにまかせて机をたたいた。隣の筑摩がなだめると、小さく、すまぬと言った。
 「利根、軍議の場でそのような感情に任せた態度をしては、それこそかつての私たちの過ちを繰り返すことになるわよ?ただ・・・」
 加賀が、ため息をつきながら言う。
 「利根の言うことにも一理あります。このまま大規模な戦闘に入れば、我々は持たないでしょう。提督はどうお考えで?」
 「抗命して軍法会議にかけられちゃ、豚箱行きだし、やるしかないでしょ?ただもちろんこちらだって策なしで挑むわけじゃあない」
 皆の視線が集まってくる。期待の目線であり、同時にかつての敗戦の記憶のために憂いもある。
 「作戦に関しては大本営との交渉で、トラック泊地駐留戦力を指揮下に入れることが承認された。これによって扶桑型との連携を取ることが可能になった。利根、金剛、すまないが、戦力はこれで我慢してくれ」
 「さすが、テートクね。きちんと戦力強化の手はずを整えてくれてるとは」
 「うむ、さすがじゃ。じゃが、肝心の運用について話を聞かせてくれ」
 「ああ、突っ込むところはきっちりしてるな」
 スクリーンにレーザーポイントを当てる。そこはちょうど、ここ呉鎮守府だった。
 「まず、呉鎮守府より、金剛型四名をはじめとして、一航戦、二航戦、龍驤、最上、利根型の二人、時雨と夕立がトラック島へ出撃する。一方、トラック泊地では先に扶桑型率いる艦隊がポートモレスビー入りを目指して南下を開始する手はずとなっている」
 「つまり、扶桑型の艦隊は囮になるんか?」
 関西弁の龍驤が疑問を口にする。関東圏の人間がマネした関西弁らしいえせっぷりである。というか実際なんで彼女が関西弁を話すのかよく分かっていないので、全員が効果的なリアクションをできずにいる。
 「いや、できれば扶桑たちで勝負がつけばいいというのが希望だ。だがそうもいかんだろう。ゆえに、今回の作戦は扶桑型の動きに呼応したものとなる」
 「つまり扶桑型は昼の大規模戦闘を戦い、ワタシたちは夜戦による奇襲ネ?」
 「そうだ」
 比叡がパワーポイントを操作して、作戦の説明図に画面を切り替えた。まず、呉基地からの矢印がトラック島に。そして、トラック島からの扶桑率いる艦隊のポートモレスビーまでの航路だ。
 「扶桑たちはポートモレスビーにて陸軍こと土方さんの作業支援ということでポートモレスビーに入ることにしている。
 「司令、陸軍にどやされるヨ?」
 「さて、なんのこっちゃ」
 土方というのは最近もっぱら海軍の基地建設の護衛に駆り出される陸軍に付いた渾名である。皮肉って言ったりはするが、上層部は本気で仲が悪いのだから、シャレにならない。金剛は昔、陸軍の支援に行ったこともあり、陸軍に皮肉を言われたことがある。金剛も地味に気にしているらしく、酒が入るとたまに愚痴ったりする。
 「敵にはあえて暗号で情報を流しておく。扶桑型がポートモレスビーに入り、ポートモレスビーを要塞化にはいると。つまり、餌は扶桑型ではなく、ポートモレスビー自体ということだ。奴らが動き始めた段階で作戦は開始する。ニューブリテン島の哨戒基地を中心に松型駆逐艦による哨戒網を敷いたうえで、敵がその哨戒網に引っかかるもしくは衛星による画像解析で動きが見られた場合、トラック島に駐留しているこちらの比叡、金剛、利根、筑摩、夕立、時雨はソロモン諸島に向けて出撃、早駆けして陸棲型に奇襲を仕掛ける。作戦遂行期間は三日間だ。その間に扶桑型は敵攻撃部隊を引き付け、比叡を期間とする奇襲部隊が敵泊地への殴り込みを敢行する」
 「フルマラソンネ。ロングランの後は提督のハグでゴールしたいけど、陸棲型をぼこぼこにした後にハグしてもらいまショ」
 「まあ、長駆けした後でも十分やれるはずじゃが。燃料が不安じゃな」
 「姉さん、私がドラム缶を背負っていきましょう」
 「僕が奇襲部隊か。提督、がんばるね」
 「久しぶりのソロモン、腕が鳴るっぽい!」
 各々が感想を漏らした。夕立は自らの記憶がないために、それほど気負うことなく任務に臨めるようだ。しかし比叡は黙っていた。
 「どの程度の部隊が動いたら、こちらの部隊は動くのですか?」
 赤城が聞いてきた。本作戦では彼女はトラック島から離れることは無いが、作戦には参加する気持ちでいるようだ。
 「こちらが戦艦を中心とした戦力を配する以上、敵の機動部隊が動いた段階としようと思う」
 「そうなると敵の残存戦力を測ることができませんね」
 「ああ。それが今回の作戦のもっとも躓きやすいポイントだ」
 金剛以外の強襲実行部隊が暗い顔になる。自分たちの突っ込む先にどのくらいの戦力がいて、自分体がどの程度の戦いを覚悟しなくてはならないのか、部隊としては極めて重要な情報である。
 「しかし、何も無策なわけではない。先行させている潜水艦たちは情報収集と戦闘開始と同時に敵後方のかく乱も行う。強襲部隊は真っ直ぐ陸棲型に向かってくれ」
 赤城は納得とも取れないような表情だ。しかし、金剛はいたって平気そうに、ファーストの皆さんには危なくなったら来てもらうヨ!と言うだけだった。
 「あと、トラック島には俺も行く」
 「は?何言っておるんじゃ、提督!」
 「テートク、危ないヨ!?」
 「お前ら行かせて、俺だけここのこっちゃダメだろ」
 露骨に心配そうな顔をした金剛たちをなだめるためにそんなことを言ったが、自分でも今回の作戦の無茶さはよく分かっているのだ。だからこそ
 「トラック島で前線指揮を俺はとるが、お前たちははるか遠くのソロモンまで行く。俺はお前たちを戦地に送り出すことしかできん、それはかわらんが、少しでも近くでお前らと戦いたい。わかってくれ」
 「ぬ。一回言ったら聞かないんだから、困るネ、提督は」
 「すまんな」
 金剛はやれやれと肩をすくめながら、すぐ帰りますからネ、としぶしぶ頷いていた。
 「というわけで、今回のブリーフィングは終了とする。細かい指示は後々下す」
 全員が起立し、敬礼した。その時、比叡の伏しがちな目にようやく気付く。鉛でも下げているかのように重そうなその目線は、いつも水平から45°上しか見ていない彼女のそれとは異なっていた。
 「あ、おい・・・」
しかし、声をかける間もなく、彼女は部屋を後にした。
 強烈に現実に戻されたような気がしてふと外を見遣ると、外では駆逐艦娘たちが汗を流しながら走り込みを行っている。蝉はいなくなっていた。
 「アイツ・・・」
 
 
 

 
後書き
やっとこさの投稿です。
相変わらずカメのような歩みですがご容赦を。
アニメは・・・アクションのヒントにはなりましたよ。ええ、アクションには・・・。
と、ところで(唐突)原作のほうでは可愛い清霜が99になったりでインジョイできているので万々歳です。 
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