艦隊これくしょん History Of The Fleet Girl's Wars
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朝
「お帰りなさい」
と次に比叡に言ってきたのは、妹の霧島だった。彼女とはなんだかんだずっと一緒だった。かつての軍艦比叡がそうであったように。この鎮守府に着任したのも、彼女と同時だった。
「ただいま!霧島」
金剛型戦艦四名の部屋がある宿舎は、空母寮と一緒にされている。この鎮守府には戦艦があまり配置されていないこともあり、金剛型と一緒にされているのだ。彼女は自分よりも何センチか背が高い。空母寮の出入口はそれほど高くはないので、頭を屈めて出てきたところに比叡は出会ったのだ。
「霧島は、こんな時間に何しに行くの?」
「あ~。駆逐艦の子たちが特訓をしているというのでそれに付き合って、砲術の指南をしているのですよ」
駆逐艦たちは基本的に幼い肉体、頭脳で生まれてくる。そのため、戦艦ほどかつての軍艦時代の経験を活かそうとするには無理が出てくる。とりわけ砲術の反動制御や砲塔の角度調整は、訓練を通しての経験を再度積んでいくしかないのだ。霧島は生真面目な性格をしているし、よく駆逐艦たちと遊んでいて慕われている。提督は霧島のそんな性格を見込んで駆逐艦たちの面倒を見る役目を霧島に任せていた。霧島も、最近は変ななつかれ方をすることが多く、軽巡娘のようにまっとうになつかれたいと漏らしていたので良い機会だと考えていた。
「そっか、だからジャージなのね」
「姉さまはスーツですか、やはり東京ではまだ目立ちますよね」
「うん」
艦娘たちが生まれてから3年が経過したが、いまだにその存在を巡って倫理的な問題が取り沙汰されることがある。比叡は極力目立たぬようにとスーツで東京に向かったのだった。物資が不足する中で提督が仕立ててくれたスーツだった。小声で青山なら二千円でそろうんだがなとか言っていたが、比叡には何が何だかわからなかった。実は提督の遣いに出されたときにもう一つの任務として東京の視察があった。呉にいるとどうしても気づけないからと。ちなみに東京視察かねて京都で宇治抹茶買ってきたのは内緒だ。
「といってもよく似合いますね。特にパンストが!」
びっ、と親指を立てる妹に姉は
「おっさんじゃん、組長」
と冷静なツッコミ。霧島も比叡も笑い合う。何気ない会話だが、やはり姉妹でそろうのは久しぶりだからやけにうれしい。いや普段からうれしいのだ。しかし、はっきりと実感できるのはやはりさみしかったからだろう。
そうこうしていると駆逐艦娘たちがやってきた。呉鎮守府には主に暁型と白露型、陽炎型が何人か在籍しており、水雷戦隊を担っている。やってきたのは、白髪の少女とクリーム色の髪をした青い目の少女であった。
「Доброе утро(おはよう)、比叡。元気だったかい?」
「比叡さん久しぶりっぽい?」
「久しぶりです!夕立、響」
白露型駆逐艦の二人の見た目は幼いが、礼儀はきちんとしている。彼女たちは提督の方針で、引退した元教員に授業を受けているのだ。最初のうち駆逐艦たちは座学に関して興味を持てなかったようだが、今では基本から教えてくれる教員にはとてもなついていて、勉強も頑張っているようだ。礼儀などもその元教員から教わっている。
「二人はこれから霧島と一緒に、訓練?」
「そうっぽい。比叡はその格好似合ってるっぽい」
「ありがとう」
「うん、新卒社員のお茶くみっぽい?」
「そういう意味か!」
一同爆笑。というか、いつもの会話に和む。鎮守府と言うのは本来戦争の最前線のはずであるが、ここは笑いが絶えない。霧島も夕立も響も比叡もひとしきり笑った後に、霧島が、じゃあと訓練に向かおうとして海の方へと歩きだしたとき思い出したように三人同時に比叡のほうを向いて
「お帰りなさい」
と同時に言ってきた。
「ただいま」と比叡が返したとき、またみんなで笑った。
霧島と別れた後、比叡は金剛型の部屋に入った。
調度品類は全て、金剛の趣味つまりイギリス様式になっている。
「お帰りネ!比叡」
「おかえりなさい、比叡姉さま」
「ただいま!」
部屋には榛名と金剛がいた。二人ともこれから朝食に向かうところだという。金剛は比叡が入ってきた途端に頭を撫でた。
「比叡、お疲れ様デス」
「ひ、ひええ」
うれしさでついつい顔がにやけてしまった。やはり、金剛のもとに入れると感じると安心する。霧島に会った時とは違う、安心感と幸福感で満ちてしまう。榛名は静かに笑っていた。
撫でられながら、金剛型の部屋に置かれた一つの大テーブルを見るとそこにはティーセットと一冊の本が乗っていた。英語で『回顧録』と書かれた本。提督の執務室の大きな本棚にある本だ。提督は普段はガサツなことを言うことが多いが、文人肌なところがあり、艦娘たちはみな本棚から本を借りたことがある。提督の本を持つことで艦娘はどこかつながっていると思える。金剛型はかつて帝国海軍として戦った時、離ればなれであることが多かった。だから、今こうしていられること、提督の本でどれだけ遠征や出撃で姉妹が離れていてもともに時間を共有しあえていることをありがたく感じられたし、とても愛おしくも思える。
「あ、お姉さま。お土産です」
「oh!比叡。ありがとうございマス」
抹茶ロールを金剛に渡すと本当にうれしそうな顔をしてくれた。比叡はただただうれしかった。
「比叡姉さま、今日のお茶の時間は提督と一緒にそれを食べませんか?」
「ああ!さすが榛名~。いいわね」
「さすが私の妹デス!」
提督を中心に回っている。そう思える。そうあるべきだ。自分たちは兵器なのだから。
「お姉さま。何か変わったことはありませんでしたか?」
「well~、別にそんなに変わったことは無かったネ」
自分が留守の内はおそらく秘書官は金剛や榛名、正規空母組がやってくれたのだろうから、お土産をしっかり配らねば、とそれこそ旅行帰りのOLみたいなこと考えていると金剛が思い出したように。
「テートクはさみしそうでしたよ?」
「ひえっ?」
最近金剛は自分に提督の話をよくする。自分は金剛が楽しそうに話をしているのを聞いて、金剛が幸せそうだから自分が幸せなのか、それとも提督の話を聞けて幸せなのかよく分からなくなる。きっと前者だと、思うことにしている。ただ、数日聞いていなかったテートクと言う響きは自分にとって大きな鐘のように響き続けた。
「そうだったんですか~。お姉さま。おなか減ったので食堂に行きましょう!」
意図的な話のそらし方である。しかし、榛名はさりげなく察して、
「そうですね。姉さまはすぐに着替えてください。洗濯しておいたものが押し入れに入れてあります」
と言ってくれた。金剛も、話を切り上げて
「oh、そうね。今日は月曜日だし、腹ごなししてお仕事ネ。比叡!久しぶりのMrs鳳翔の料理、おいしくいただきましょう」
「ええ!」
すっかり軽空母の鳳翔は戦艦の間でもおふくろの立ち位置である。鳳翔は最初期の艦娘として活躍していたが今は退役を申し出て、艦隊の酒保として鎮守府の胃を支えている。
「でも東京の食事は美味しかったんじゃないの?比叡?」
「いや、やっぱり鳳翔さんの料理にはかないませんよ」
「じゃあ、早速行くネ!比叡、着替えてらっしゃい」
鎮守府と言うのは不思議なところで、軍事施設でありながら学校のような機能も備えている。当然、食堂もある。場所は鎮守府中央にある中央棟で、二階に提督執務室と提督の私室もあり、最も提督の嗜好がでる棟である。たまに提督が室内でスイカ割りなんてしようとするものだから、秘書官は駆逐艦をなだめ、提督を気絶させて外でやらせたりする。
食堂は鳳翔と間宮が二人で切り盛りしているのだが、間宮は本業の甘味処営業の準備などでそれほど多くは手伝えない。そのため、比較的“暇”な戦艦たちや空母が手伝いを担当することとなっている。比叡はさすがに帰ってきたばかりであるので、今日は二航戦の二人が手伝いとして食堂の給仕を担当していた。
「あれ、比叡じゃん!おかえりっ」
食堂に入ってきた金剛と榛名、比叡を見た飛龍が笑みをこぼしながら言った。お気に入りのオレンジのジャージ姿である。艦娘は基本的に服装の規定が戦闘時以外はないので、当番をこなす時などは動きやすい恰好をしている。
「ただいま、飛龍」
「なんだ、うわさの比叡のスーツ姿観たかったのに残念だな」
「うわっ、すっごい笑顔で言うわね」
「新卒社員でしょって」
「ぬ。言い返せない」
二航戦は金剛型とよく任務を共にすることもあって、かなり親しくしている。一航戦は歴戦と言うこともあって、風格が漂うが、二航戦はフランクでその実力を感じさせないこともあり、比叡は彼女たちのことを好んでいた。
「霧島は?」
「駆逐艦の子たちと一緒に訓練みたい」
「おー、さすがだね~霧島の姐さんは」
霧島はかつての戦争で戦艦となぐり合った経験や、男気(?)溢れる性格を買われて摩耶や木曽らに姉御と呼ばれている。飛龍たちも時々そのことをネタにしていたりする。妹の勇猛ぶりを称えればよいのか、それともインテリで行こうとしている妹の不遇に同情すればいいのか微妙なところだ。
「まあいいや。ほらほらさっさと取ってて」
「はいはい~」
鎮守府にいる艦娘の数は全体で50名ほどである。日本全国に配されている艦娘は全体で200に届かないくらいであり、各地に散らばっている。ゆえに、朝食時の食堂はかなりの混雑を呈する。もたもたしていると行列になって、朝の予定が危機的な状況になるので飛龍もさすがに普段のヤンチャガールっぷりは置いておいて常識人らしい発言をし出した。
「oh、今日は和食ネ」
飛龍から朝食を受け取る。鎮守府の食事の多くは純和風の定食であるが、洋食も三日位に一度の割合で出る。どちらも絶品と言うよりは心が温かくなるような味だ。母親の料理と言うのはこんなものなのだろうか。知識では家族と言うものを知っていても、自分には姉妹しかいない。
女所帯の鎮守府で提督は何と言ったらいいのだろう。兵器である自分たちを扱う軍人、ではない何かである。着任したての頃はそう思っていたが、今では何とも言えない、言ったらそれでおしまいだともどこかで思っている存在である。
金剛は洋食を好むが、和食も好きでそれほど苦ではないようだ。着任したての頃は納豆を珍妙な目つきで見ていたのだが、今では何回かき混ぜた後にだし醤油を入れればいいかまで研究している熱の入れようである。
食堂の座席は四角いテーブルに一人掛けの椅子が2つずつ配されている。今は霧島がいないので姉妹で座って一席余った。席に向かう途中は鎮守府の艦娘が比叡にお帰りと声をかけてきた。みんな自分のスーツ姿を見たかったと残念がっていた。
お盆の上には白飯と味噌汁、アジの開きに納豆だ。金剛は上機嫌に納豆をかき混ぜている。榛名は金剛の上機嫌を見て微笑んでいる。
「Hey、比叡?何回かき混ぜましたか?」
「え?ああ、何回でしたっけ?」
ふと、金剛の言葉で我に返った。納豆はかなり混ざって硬くなってきていた。
「比叡姉さま、おつかれですか?」
「いや、大丈夫よ、榛名。ありがとう」
やはり姉妹での食事は落ち着く。東京では、一人の食事だった。周りは自分を恭しく扱うこともあり、気持ち悪い気遣いも多かったのだ。
「榛名はいい子だなあ」
「ふえっ!姉さまどうしたんですか?」
「いやあ、なんとなく、ね」
「比叡はホームシックだったのネ」
「うっ。そりゃあ姉さまと離れると比叡は悲しいです」
確かにそうであるが、他人から言われると恥ずかしい。自分でも子供っぽいと思いつつだし醤油をかける。金剛はもうすでに納豆を白飯にかけている。
「ありがとうデス、比叡」
満面の笑みを浮かべながら金剛が礼を述べた。金剛は着飾らずにこのようなセリフを平気で言う。比叡はそれがたまらなく好きだった。
「お、朝からお熱いねえ」
と、のんきな野太い声が耳に入ってきた。身長180cm、体重78キロ。何日も剃っていない無精ひげに、野犬みたいな目つきと日焼け面。我らが提督だ。
よいしょ、とオヤジ臭く自分の正面の席に着いた提督は比叡に
「おかえり」
と言った。
「ただいま」
口をついた言葉はそれだけだった。しかし、満足そうなその提督の笑みは比叡に改めて帰ってきたことを実感させる。
比叡はようやく納豆を混ぜ終えた。
後書き
いやあ、やっとこさの投稿です。なんとかイベントやらいろいろありまして皆様はいかがでしたでしょうか。私は何とか甲クリアしました。そんなこんなで戦闘シーンもないまま行っておりますが、アニメほど派手に描けないにしろ頑張っていこうと思いますので生暖かく見てやってください。
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