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【SAO】シンガーソング・オンライン

作者:海戦型
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外伝:フルメタル・ハーモニー

 
シノン、というプレイヤーの事を俺はよく知らない。
気付いたらキリトと一緒にいて、あいつをからかって遊んでいた。なんでもGGOというゲームで知り合ってやってきたらしい。別に気にしてもいなかったし話す機会も殆ど無かったので、取り敢えず顔と名前は知っているという関係でしかなかった……のだが。

「……………むう」

真剣そのものの瞳のユウキが無言でシノンちゃんの獣耳を触る。

「……………むむむぅ」

そしてその手を離し、今度は俺の獣耳を触る。
しばしの逡巡と小さな緊張感の後、ユウキはどこで何のために手に入れたのか分からない旗を俺に向けて掲げた。

「やっぱりお兄さんの耳の方が気持ちいい!今までいろんな人に耳を触らせてもらったのに何でだろう?」
「隠しステータスに毛並でもあるんじゃない?」
「聞いたこともねぇしあったとしても上げねーよ。何だその使い道のないステータス……」

かくしてユウキの耳検定の結果、軍配は俺に上がったらしい。
そう、ユウキは最近は俺のロバ耳を越える手触りの耳を探して色んな種族の獣耳を触りまくっては、こうしてジャッジを下しているのだ。今の所俺の耳は常勝無敗の触り心地らしく、俺と同じプーカの耳のどれを触っても俺には勝てないという。

ユウキの偏見が入っているのではと別の人物にもジャッジを仰いだのだが、俺の耳は本当に他の連中のものと手触りが違うらしい。なお、キリトの立てた仮説によると以下の原因が考えられる。

その一、アバター生成時に選ばれた耳がシステム上激レアな手触りのものだった。
その二、何らかの隠しパラメータが毛並に関係し、ユウキが俺の耳を触るうちにそれが上昇した。
その三、毛並は他の何らかの条件によって個人別に変動しており、その条件が重なったことで偶然毛並が良くなった。
まぁどれが原因かなど分かったものではないし俺はどうでもいいのだが。
あいつはどうもそんな意味のない想像力をやたらと働かせる傾向にあるようだ。その所為で人の耳を触りまくったりして実験していたので、そんな想像力は消してほしいものだ。

とはいえ、キリトもその想像力の使い道を誤ったことがある、らしい。それに比べれば、今のキリトの在り方の方が何百倍もマシだろう。
想像力を消したい……あ、ピンと来た。

「キリトに恨みを込めてちょっと歌うか」
「なにそれ怖い。男の嫉妬?」
「いや、ごくごく私的な不満だけど」

ドン引きするシノンちゃんはさて置いて、この曲は確かユウキに教えていなかった筈である。
普通にギターを取り出して弾きはじめる。

「ねえ、ユウキ。ブルハさんっていつもこんな感じなの?ちょっと芸術肌すぎるって言うか、その……」
「うーん、思い付きで歌を歌い出すっていう意味ではいつもこんな感じかなぁ。結局は歌いたいだけなんだよ、お兄さんは」
「はぁ………キリトとは違う意味で変人だわ」

頭を抱えられようと、この思いつきで俺は今まで乗り切ってきた。その力を見せてやろう。


弱みや本音を誰かに吐き出したくなるのは――

そうしないと自分の存在を見失いそうになるからだ――

どうにか切り抜けて先に進んだと思ったとしても――

理想と現実が喧嘩して、ひどい泥仕合の中をもがく羽目になる――

俺には無理だ、結局駄目だって嘆いている自分の姿が本当は一番煩わしくて――

それがいつの事かも覚えていないくせに、ずっと心の隅で足を引っ張るんだ――


キリト、お前は何度も願った筈だ。忘れたいとか消えてしまいたいとか。でもその度にぽつりと本音を漏らしたりふらりと俺の下に現れた。
死んだプレイヤーを生き返らせたいと、あいつは願ったそうだ。死者蘇生のアイテムが存在するかもしれないと、あいつは想像してしまった。

お前はきっと、出来ないと分かっていてもやり直したかったんだろう。センチメンタルだが、ドライな言い方をすればそれは無駄な事だ。過去に向かう想像力は未来を変えることはないからだ。
でも、だからといってそれが無意味とは限らない。過去への想いが逆転して今を支えることだってある。あいつはきっとそうやって強くなってきた。


駄目な自分も嫌な過去も、全部消去して上書きしてしまえ――

思い出すのも下らない、でも決して忘れ得ぬその忌まわしい想いを――

叶わない想いも、現実を知った嘆きも、自分についた嘘さえも――

いっそ逆転させてしまおう。全部書き直して、危機的状況を逆転させろ――

意味のない物をバネに組み込んで、弾かれるように進むんだ。そう、全身全霊で――


その叫ぶような曲を歌い終えた。
あいつへの恨み節を利かせる筈が普通に応援してしまったことに気付いて「なんだかなぁ」と思いながらふとユウキとシノンちゃんの方を見ると――何故かシノンちゃんが俺の方を睨んでいる。何か気に入らなかったんだろうか。

話を聞いてみると、彼女はどうやら誰かが俺に彼女のプライベートな情報を与えたと思っているらしい。そんなわけねーじゃん?大体俺の周囲にいる奴等って基本的に「え?ブルハさんには話して無かったっすかね?」と平気な顔してすっとぼける奴ばかり。ユウキの素性だってあいつらは完全に俺も知っているものだと思い込んでたらしい。
そんなわけねーじゃん、というかシノンちゃんの経歴ってこの歌に符合してるんだろうか。質問してみると彼女は墓穴を掘ったと言わんばかりに顔を赤くした。完全に彼女の勘違いだったようだ。

まぁ喋りたいものは喋らなくてもいいだろうと思い、俺は別の歌を適当に歌って路上ライブを続けた。



一方のシノンは、今頃になって何故ブルハという男がそれほどまでに周囲から一目置かれているのか真実の一端を垣間見た気がした。彼の歌の歌詞は、まるでシノンこと朝田詩乃の過去のトラウマをなぞっているような内容だったからだ。

それは本当に偶然か、もしくはキリトの事を彼なりに解釈した結果だったのだろう。

かつて、この手は一人の人間を殺した。その罪は今も消えたわけではない。そのトラウマには散々苦しめられたし、キリトのおかげである程度克服したとはいえ、未だに忘れる事が出来ない――いや、忘れてはいけない出来事だ。

一人で戦うと前に出たのに、想像通りにうまくはいかずに散々虐められた。
もがいてももがいても前へは進めず、臆病な自分と足を引っ張り合った。
今になって思えば、私は過去を克服したかったのではなかったのかもしれない。
書き直したかったのだ、あの忌まわしく纏わりつく過去を。

(危機的状況を逆転、か……もしもキリトと出会う前の私がこの歌を聞いたら、どうなったんだろう?)

キリトもまた過去の幻影と戦っていた。でも、この歌を通してキリトが感じた幻影は、私が見出したものとは違うものの筈だ。つまり――ブルハの歌と言うのは皆にとってそういうものなのだ。たった一つのものにも感じられるし、とても広い意味にも考えられる。皆はきっと歌を通してそこに自分の像を垣間見るのだろう。

つまり彼が凄いのではなくて、各々が勝手に彼に意味を見出しているのだ。
それは何というか、その、一言で言えば……

「変な人。凄いんだか凄くないんだかよく分かんない」
「ある時はプレイヤー、ある時はミュージシャン、またある時はカウンセラー………しかしてその実態は!絶剣ことボクのお兄さんにしてリーダーなのです!!」
「カウンセラーは少なくとも絶対違うから絶対に俺の所に悩み事持ち込むなよ!?」
「またまたー!実績ある癖にー!」
「お前らが勝手に答えを見つけただけだろ!?ユウキに至っては俺本当に何もしてねぇし!!」

病気の彼女の助けになるようなことをしていない、と言う意味では合っているが、事情を知る人々の間では歌で奇跡を起こしたと専らの噂である。何かしているようで、何もしていないよう。ゲームもせずに歌ってるだけなのにゲーマーからは尊敬されてる。
やっぱり変な人だ、とシノンは小さく笑った。



 = =



ある日、ユウキにこう聞かれた。

「お兄さんってさぁ、全然ラヴソング歌わないよね」
「ん……そうだな。確かに俺はラヴソングはあんまり歌わないなぁ……アレかな、恋したことないから共感できないのかね?」
「自分で言ってて悲しくないのお兄さん……」
「やかましいっ!その憐れんだ目を止めろ!」

ぶにっと頬をつついて黙らせる。むが、と変な声を上げたユウキの姿はちょっと間抜けで面白かった。
その辺の草原に座り込んでギターの練習に付き合っていたのだが、そろそろ教えることもなくなってきた。彼女の上達には目をみはるばかりだ。

しかし愛だ恋だと言われても、あの大学で三人バンドを過ごしているだけで俺の心は満たされていた。当時は多分あの二人さえいれば他の人類が滅亡しても生きていけるとさえ思っていただろう。
だが、現実は異なる。俺はあの二人と離れて一人では生きていけなかったが、結果として沢山の知り合いたちに助けられることとなった。恋こそしなかったが、随分世界を見る目が変わったと思う。

本当に、変わったものだ。数年前まではこうしてユウキと一緒に歌を歌う日々が待っているなどと露にも思わなかった。ただただ楽しい毎日が続くものだと思い込んで平穏を享受していた。その平和がどれほど尊いのかを理解もせずに。

「ラヴねぇ……そういうお前は恋しないのか?キリトなんかどうだ……いや、ないな。自分で言っておいてあれだがあいつは色々とおすすめ出来ない。女たらしで競争率高いし、隣におっかない奥さんがいるからな」
「だよねー。アスナの旦那さんには流石のボクも手を出す気にならないと思うなぁ。っていうか、ボクもまだ恋ってよく分かんないや」
「つまり人生負け組一直線か。哀しい集まりだなぁオイ」
「うーん………ボクに恋人が出来なかったら本当にそうなるかも。ほら、ボクって経歴的にもとっつきにくいと思わない?」
「俺は気にしない」
「………そ、そうなんだ……」

ユウキは尻すぼみにぼそっと呟くと、そのまま顔を俯けてしまった。心なしか顔が赤いような気がするが、体調不良だろうか。
それにしても恋か、と俺はぼんやり考える。人生が尽きるまでに一度くらいは燃え上がるような恋をしてみたいような気はする。が、他人に夢中になる自分のビジョンが不明確で想像も出来なかった。

そういえば、3人でいた頃はそんな話もした気がする。グラビアアイドルで誰が好きかとか、アニメヒロインの誰が一番好きかとか、その手の話が好きだったわけでもないのにどうしてか楽しかったのを覚えている。
そんな話も、離れ離れになってからはどうしようもなく切ない思い出に思えた。もう二度と、あんな話を楽しめる日は来ないかもしれない。ユウキ以外のバンドメンバーが現れたとしても、同じことはもうできないんだ。

「はぁ……悲し過ぎて涙がちょちょぎれそうだ」

寂しさを紛らわすようにおどけて見せる。すると、黙っていたユウキがすくっと立ちあがった。

「ね、ねぇお兄さん……」
「んん?何だユウキ。ちょっと声が上ずってるぞ?」
「い、いいから!……あのね、お兄さん。ボク、恋は分かんないんだけど、愛ならちょっとは分かるよ?」

そういうと、ユウキはギターを手に取った。指先で弦を弾き、メロディを奏でていく。その音色はとても柔らかく、包み込むように暖かい。それを聞いて、俺は不意に両親や嘗ての親友たちを思い出した。
一緒にいるだけで明日を迎えることが楽しくなる。明日もいつも通り変わらずにいてくれる。そんな人達の顔が横切っていく。


涙が出そうな日は、貴方の背中に甘えていたいけれど――

その優しさが辛くなった時、行き場が分からなくなってしまう――

でも、綺麗な光が見えれば、一緒に見に行こうよって――

そうして二人で歩んでいれば、いつか何かが見つかる気がするんだ――

そして、そう思えるのはきっと貴方が隣にいて、いつも支えてくれるから――

独りぼっちじゃないんだって思えるその胸の暖かさこそ――

ほんとうの『愛』って言うのかな――

その愛をくれる、流す涙の意味を知っている貴方だからこそ――

屈託のないその微笑みを探させてほしいの――


歌い終えたユウキは、見ているこっちが可笑しくなるほど緊張しながら小さな声をあげる。

「……ねえ、お兄さん。ううん、お兄ちゃん……ボク達の間にも……その、愛ってある、と、思うんだ、けど……」
「そりゃ何愛(なにあい)だよ?」
「…………えっと……と、とにかく愛はあるでしょ!?し、師弟愛とかさ!」

むきになったように両手を振り回して同意を求める必死なユウキの姿は可愛らしくて、クスッと笑いながら立ち上がる。何愛なのかは分からないが、それでも彼女がとても勇気を振り絞ったことだけは伝わった。
そんな彼女の――俺の想像もつかないほどの人生を潜り抜けて微笑みかけて見せる花のような彼女の笑顔を、俺もずっと見ていたかった。

「ま、どういう愛かってのは分からないけど……お前と一緒に明日を迎えるってのは悪い気がしないよ」
「あ………」

俺は不器用な男だ。女心なんてわからないし気の利いた事も言えない。だからせめて、手を繋いでやるくらいしか思いつかなかった。ユウキは握られた手をぼうっと見て、俺の顔を見て、やがて気恥ずかしそうにえへへ、と笑った。


「なぁ、ユウキ」
「なぁに?」
「……俺は、お前の両親やお姉さんの代わりにはなれない」
「……うん。だってお兄ちゃんはお兄ちゃんだもん。この前歌ってたでしょ?人は他の誰かにはなれないって」
「そっか……そうだよな」

堅苦しい言い方では義兄妹と言うべきなのだろうが、俺は敢えて"かぞく"と名乗らせてもらおうかと思う。これから天涯孤独になった彼女の隣でずっと、そうあろうと思った。
  
 

 
後書き
ASIAN KUNG-FU GENERATIONより『リライト』と、下川みくにより『それが、愛でしょう』を。
フルメタル・パニック!とフルメタルアルケミスト(鋼の錬金術師)の鉄鉄コンボです。両作品とも未だに熱が引かないほど好きなのですが、両シリーズともアニメが名曲揃いなのでどれをチョイスするか大分悩みました。
なんか最近練習作品とかそういうのばかり書いてる気がしてなりません。 
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