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【SAO】シンガーソング・オンライン

作者:海戦型
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外伝:俺達はいつだって

 
SAOの世界では、どう触れればいいのか分からない非常にデリケートな問題を俺の下に持ち込む奴が多かった。
何せ自分の命がかかった異常な環境だ。その精神状態も追いつめられた内容になりがちだ。身近な人間にその悩みを打ち明けて楽になりたい気持ちは分からないでもないが、そこで俺をチョイスするのはどうなんだろうかといつも悩んでいた。
俺は精神科医でもカウンセラーでも癒し系でもないんだ。気の利いた事なんか考え付かないからあの時は適当に思いついた歌を歌ってお茶を濁してきたが、今になって思えばあれでも結構悩みを解決する手助けになっていた。世の中、何が転じるか分からないものだ。

だが、そんな中でもぶっちぎりで困る悩みがあった。
それは――戦いに関する悩みである。

「俺、風になりたいんです!!」
「そうか、なってこい」
「えーっ!?何ですかその興味なさそうな言い方は!ちょっと聞いてくださいってお願いですから!」

非難の声を上げるその少年に、俺は困り当てて頭を掻いた。

「アレだよ。お前さ、速度特化の育成(ビルド)したいんだろ?」
「したいというか、してるんですが」
「そう。じゃ、頑張れや。一曲聞いていくか?」
「だから何でそんなに扱いがぞんざいなんですか!?」
「だってお前、俺はSAOでの戦いに関しては完全に門外漢なんだぞ?知らない事を相談されても相槌をうつ以外に出来ること無いし」

SAO内でも俺とぶっちぎりの縁遠さを誇る戦いについての悩みを、何故持ってきたんだというのが素直な感想だ。
攻略組ではありえないくらい軽そうな装備しかしてない少年は、しかし一応は攻略組の端くれらしい。超が3つ付く程のスピード狂で、その速度は直線距離ならアスナちゃんやキリトでも追い付けないと自称している。詳しくは知らないが、確かに速そうな雰囲気ではある。

そしてそんな彼が俺の下に場違いな悩みを持ち込んだ――いや、そもそも悩みばかり持ち込まれても困るのだが――理由は、自身の速度一極化型育成に限界を感じたからだという。

俺も流石にステータスの基礎知識くらいは知っている。
ざっくり言えばSAO世界は力と速さの2種類しか強化可能なパラメーターが存在せず、人々は自分の戦闘スタイルに合わせて筋力と敏捷にステータスを割り振る仕組みになっている。筋力特化だと防御力の高い鎧や攻撃力の高い武器を装備できるが、代償として足が遅くなる。逆に敏捷特化だと身軽な代わりに非力なため装備品に大きな制限がかかるし、火力が低くなる。
よってプレイヤーたちはそのどちらに重きを置くか、それともバランスよく上げるかといった育成選択が可能な訳だ。

そして目の前の少年は速度一極化型――まぁ簡単に言ってしまえば敏捷に全力を注ぎこんだようなキャラと化している。とてつもない速度で相手を翻弄出来る代わりに防御力は紙のように低く、さらには火力が低いので敵を倒すのにとても時間がかかる。そういう育成だ。

「ぶっちゃけですね……もうキツイっす。韋駄天気取りで今まで速度にばかり傾倒してたし、誰より早く動けるのは俺の誇りだったんですけど……火力が低すぎて、周囲と足並みが揃わないんですよ。レアドロップで持たせてはいましたが、この前みんなに、その、『お前がそのまんまのスタイルを続けるんならもう組まない』って……」
「まぁ妥当だよな。足手纏いは後ろで大人しくしてたほうがいい。互いの為にならないものな」
「そ、そんなっ!!俺は今まで攻略組の一人としてメチャクチャ頑張って来たんですよ!?出来ることだってまだあるし、もっと速く動きたい!こんなの納得できないんですよ!」

少年は眉を八の字にして抗議する。俺は非力だという自覚しかなかったので後ろに下がることに躊躇いはないが、ずっと戦い続けていた彼にその言葉は受け入れきれないものだったらしい。少々無神経な物言いだったな、と反省する。

「あー……すまん。俺は本当の意味で戦えないけど、お前はまだ戦えるもんな。そりゃ志半ばで爪弾きは納得できな――」
「――本当は、分かってるんです。なのに認めたくなくて飛び出してきちまった」
「認めたくなかったって……足手纏いになってる事を?」
「……いえ、実はそれよりももっとキツイ事言われたんです……はは……」

消え入るような小さな声で俯いた少年が呟く。
足手纏いよりも堪えた仲間からの一言は、彼の気勢を挫くには十分すぎる物だった。

『スピードはもう足りてるんだ!なのに無駄にAGIにばっかり振りやがって!ゲーム感覚で前線を引っ掻き回すのはもうやめろ!今のお前の代わりが出来る奴なんか幾らでもいるんだよ!!』

自己満足の育成には意味がない。ただ速さだけならば一極でなくとも事足りている。なのに速さだけに傾倒するのなら、それは役立たずに他ならない。必要な速さをオーバーして必要な火力が圧倒的に足りないのでは一緒に行動しても無駄が多くなる。
恰好付けの目立ちたがりは迷惑――確かにそうかもしれない。まして貢献度が低いとなれば言い逃れも出来ない。それが自身の憧れたスタイルであったなら、それを否定された彼の心境は計り知れないものがあるだろう。
仲間は『他の奴にも出来る』と言ったのだ。彼のもっとも夢中になる戦い方、それに到るまでの過程と努力、存在価値。全てが否定されたようなものだ。

「俺、出来るなら今のまま速さの限界に挑みたいです。正直、言われた瞬間に『これを止めたら俺は俺じゃなくなる』って拒否したかった。でもあいつらはずっと一緒にこのクソみたいなゲーム内でやってきた戦友だ。期待を裏切りたくない………俺自身も限界は感じているんです。かといって今更どんな道が残ってるって言うんです?今からSTRに振ったって付け焼刃だ……」
「なら今のまま続ければいいんじゃないか?」
「――えっ?」

俺から言わせてもらうと、それくらいで崩壊する友人関係なら最初から存在しないのと似たようなものだ。ならば続ければいい。他人の顔色を伺うのも話を素直に聞くのも悪いことじゃないが、本気で続けたいことは自分の意思で続けるべきだ。

「重要なのは自分が何をしたいのかだ。どっちつかずで何も出来ないまま世界に埋没していくくらいなら、やりたいことをやった方がいい。それに――」

俺はギターの弦を弾きながらにやりと笑った。

「路上ライブするだけなら別に俺じゃなくても出来るんだよ。それでも俺が歌うのは、歌ってる俺がこの世界にたった一人しかいないからだ!」

それが分からないんなら、分からなくていいから俺の歌を聞いていけ。
いつものそれとは違った曲だが、これも俺のお気に入りだ。


変化しろって言われたって、どうしろって言うんだよ。横道も脇道もないじゃないか――

逃げるのも許さないのか。選べと言いつつやりたい道だけ塞ぎやがって――

どうすればこの中で輝ける?そもそも輝く方法なんてあるのか――

前へ行く方法は分かってるのに一緒の事はしたくなくて、でもそれじゃ進まない――

諦めることも諦めない事も出来ないままぼーっと立って取り残されてる――


世の中そんなものだ。際限なく広がる夢を追いかけようとすれば、現実と言う塀が邪魔になる。結局進むのは大なり小なり周囲と一緒になってしまい、そんな自分に意味があるのかと疑問を抱いてしまう。
だけど、意味はある。いいや、意味は自分で作るからこそ楽しいものだ。


考えてみればどこで何してても俺はたった一人だ。あいつもこいつもたった一人だ――

他の誰かになんかなれないし、向こうも俺にはなれない――

お前は世界に必須じゃないけど、だからって消えてやるなんて嫌なこった――

いつでも、どこでも、やりたいことやりたいから生きてる――

俺達の存在する理由なんて、それだけあれば十分だ――


少年は、暫くその歌を頭の中で反芻するようにぼそぼそとつぶやき、一度だけアンコールを要求した。そして何かを得たように手を固く握りしめて俺に感謝すると、そのまま帰っていった。
黙って手を振りながら彼の背中を見送った俺は、演奏も終わったし、と自分も帰路についた。

ふと、こうしてSAOに閉じ込められた世界で歌を歌い続けるのは俺の本意なのかと疑問を抱く。親友に置いていかれて、自分を慰めるために歌っているようなものだ。状況に流されてこんな場所に辿り着いていた。
だが、考えてみれば意外と俺は自分のやりたいことをやっている。歌いたい歌を歌い、奏でたい音色を奏で、歌うのが大好きだから歌い続けている。結局は俺も自分の気持ちいい事がやりたいだけらしい。


 = SAOクリアより数か月後 =


「………で、その結果パーティ連中と見事に仲違いしちゃいましてね。後はもう速さを追い求めて好き放題してるうちにSAO終了!現在はVRMMOのレースゲームで最速を求めて疾走している訳ですよ」
「おう、分かった。分かったからSAOの話をあんまりおおっぴらにすんな」
「あ、こりゃうっかり。そういえば皆リアルでSAOの話するのは嫌がるんでしたっけ」

我が道を突き進み過ぎてそんなことも知らない少年に話しかけられながら、俺は呆れ顔で歩き続けていた。というのも今の俺は家へ帰る途中なのだ。正直ちょっと面倒臭い奴に捕まったなと思っている。
あの時に歌を聞かせた彼はパーティ内で唯一の学生だったらしく、以降SAOクリア後も仲間とは会っていないそうだ。最速を目指し過ぎてALOにいた時期もあるが、今は最速をマシンで極めるために手を引いているらしい。

「……良かったのか?仲違いしたままで」
「いいんですよ、俺は速さの求道者ですからね。もとより誰もついてこれない道だったのです!」

自慢げにふふんと鼻を鳴らす面倒な御仁に少々辟易しつつ、これで良かったんだろうかと俺は少し悩んだ。

彼はそれで満足かもしれないが、止めるよう勧めた仲間は別の意図があったのかもしれない。紙防御の仲間が目の前で跳ね回っているのは見ていてさぞ心臓に悪かったことだろう。また、戦友が段々と前線について行けなくなるさまを見るのが辛くて、己を曲げてでもついてきてほしかったのかもしれない。今の彼はそういう事を考えてもいないようだった。
そんな風に妄信的になってしまった原因には俺にもある。このまま放っておいても実害はないし、今更それを指摘してどうなるという話でもないのだが……

不意に、脳裏をひとりの少女の顔が過った。
笑ったり怒ったり落ち着きがなく人一倍人の不幸を気にしてしまう、ハッピーエンドが大好きなその少女。きっと彼女がこの事を知れば悲しむか、どうにか和解させようとするんじゃないだろうか。
暫く黙考したのち、俺はポケットからメモ帳を取り出してある店の住所と時間を走り書きした。そしてそのページを破いて少年に手渡す。

「なんすかこれ?……ダイシーカフェ?」
「メモに書いてる時間に店に来いよ。行きつけなんだ、おごってやるよ」
「マジっすか!?行きます、最速で!!」

鼻歌を歌って喜ぶそいつの現金加減に苦笑しながら、俺は「帰ったらあいつらにも声をかけないとな」と頭を掻いた。



 = =



昔は車椅子は手押しだったが、今では手押しせずとも搭乗者の操作と簡易AIの補助で勝手に動く自動車椅子くらいはある。俺はその車いすと足並みをそろえながら話をしていた。

「………結局はパーティメンバーも喧嘩別れしちまったのを気にしてたみたいでな。ま、互いを認め合って和解したって訳だ」
「よかった……仲違いしたままなんてちょっと悲しいもんね」

車いすに乗っている木綿季が胸を撫で下ろす。自分の事みたいにホッとする彼女を見ていると、ちょっとはお膳立てをした甲斐があったなと素直に思える。
俺は今、木綿季と一緒に院内を散歩している。最近は彼女たっての希望でこうして一緒に移動すことも増え、割と慣れてきた自分がいる。彼女は一応歩けはするのだが、いまだにリハビリ中なので無理が無いよう車いすを使っている。見舞にしょっちゅう来ている所為もあってか看護師の人達に生暖かい目で見られるのは少々複雑だが、こうしているとなんだか居もしない妹の世話を焼いているようでちょっと楽しくもあった。

「今はパーティ再結成して大暴れだ。えげつない実力らしいぞ。『絶剣(ぜっけん)』としては気になるところじゃないのか?」
「うーん……アスナでも追い付けない実力者かぁ。戦ってみたいかも!」
「そういう事なら俺から声をかけておくよ」
「本当!?流石お兄ちゃんは顔が広いね!よーし、そうと決まれば久々にアスナとデュエルでも………って、そういえば最近アスナと連絡取れないんだよね。皆も心配してるし……」
「そういえばキリトも行方をくらましてるらしいな。ま、あいつらの事だからそのうちひょっこり帰って来るだろ」
「それはそうだけど……心配だなぁ」

木綿季は憂鬱そうな溜息をついたが、俺は別に心配していなかった。何せ俺の何千倍も強い二人だ。例え面倒事に巻き込まれてもどうにかして突破口をこじ開けるだろう。

「あいつらは何もしないまま消えていくようなやわな奴等じゃないさ。何せ天下無双、唯一無二の名コンビだからな」
「それもそっか。帰ってこないようなら探しに行くって手もあるしね……お兄ちゃんが」
「俺がかよっ!?」

ツッコんだ俺を見て木綿季は可笑しそうに笑い、ちょっと悔しかった俺は木綿季の頭を意味もなく撫でまわした。

「お前なんかこうしてやろう。うりうり」
「やだ、くすぐったいってばー!……あははっ♪」

最近はこうしてじゃれ合うことも増えてきている気がする。
恥ずかしがりながらもはにかむ木綿季の愛らしさもまた、見ていた楽しかった。

なお、それを見ていた看護師に「仲のいい兄妹ね」と微笑ましそうに呟かれて互いに顔を真っ赤にする羽目に陥ったことを追記しておく。
  
 

 
後書き
爆弾ジョニーより「唯一人(ただひとり)」を基に。偶然耳にして気に入った曲ですが、調べてみたらアニメ「ピンポン」のOPでした。こういう自分自身を肯定できる歌というのはいいものですね。そしていつのまにかブルハとユウキの距離が縮まってるような……。 
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