同士との邂逅
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二十六 手向けの涙雨
雨が降っていた。
灰色の雲がとぐろを巻き、ひたすらに地上目掛けて涙を降り注ぐ。冬でもないのに肌寒さを覚える霧雨の中、喪服に身を包んだ者達が皆一様に参列していた。
おぼろげに浮かぶ木ノ葉の里。深い悲しみに沈む里人は現実を認めたくないとただただ悲嘆に暮れている。
我らが長――三代目火影が亡くなったという事実を。
一向に泣き止まぬ天を彼女は仰いだ。鳥の濡羽色の如き艶やかな黒髪が肌にしっとりと纏わりつく。
それをうっとおしく払いのけ、彼女は口を開いた。
「先輩もお墓参りですか…?」
ぽつりと紡いだ問い掛けは背後に佇む青年に向けてだった。声を掛けられた本人が軽く肩を竦めてみせる。
「君こそ…。墓参りする必要は無いでしょ?その慰霊碑に彼の名は刻まれていない」
「今はまだ…。ですが何れ刻まれます」
しとどに濡れた髪糸が下唇にへばり付く。震える唇から彼女はか細い声を漏らした。
「―――――月光ハヤテ、とね…」
澱んだ空気に満ちた墓場。けぶる雨の中で響いたその名を、畑カカシは静かに聞いていた。
眼前に頼りなく立ち竦む彼女の背中から目を逸らす。陰気な空に、湿り気を帯びた風がまるで促すようにカカシの頬を強かに打った。
彼女が胸に抱く花束までもが雨に色ごと流されたのか灰色にくすんで見える。
降りしきる雨に急かされ、彼は言葉を探した。
月光ハヤテの恋人――卯月夕顔を慰める言葉を。
「…―――三代目の葬儀がもう始まってる…。急げよ…」
だが口に出来たのは当たり障りのない一言だった。こちらを振り返った夕顔の口元に苦笑が窺い見え、カカシは目元を伏せた。
その瞬間、ぱさりと地に落ちた花の姿を彼は認めた。
供え物の花束が花弁を散らし、水滴がぱっと四散する。胸に抱いていたそれを取り落とした彼女は、信じられないとばかりに大きく目を見開いていた。
うわ言のように囁く。
「――――――ハヤテ……ッ!!」
来るはずもないと諦めかけていた待ち人の許へ彼女は駆け寄った。雨水を蹴散らす。
やがて聞こえてきたすすり泣きが大きくなると同時に、カカシはぽんっと誰かに肩を叩かれた。
「よお」
「…なに?お前が連れて来たの?」
振り向き様に「もっと早く会わせてやりなさいよ。遅いでしょ」と文句をつける。カカシの苦情に相手は苦笑いで弁解した。
「イビキの質疑やら手続きやら面倒なのが多くってな」
猿飛アスマの返事を耳にしながら、カカシは今一度泣き声がする方へ視線を向けた。
「…すみません、ごほっ」
「どうして謝るの?貴方はこうして…生きて帰ってくれたのに」
「…それでも…謝らないといけないような気がしたんですよ…」
霧雨の中、寄り添う二人。彼らの会話を微笑ましく見守るアスマの隣で、カカシはなぜか密かな不安を覚えた。
月光ハヤテの生還への安堵と、何か大事なものを無くしてしまうような危惧が綯い交ぜになった表情を浮かべる。
(ハヤテの帰還と引き換えに、何か…大切なものを失ってしまうような…)
曇天を仰ぐ。教え子の瞳にそっくりな青が一点も見当たらぬ事にカカシは眉を曇らせた。
雨はまだ、止みそうにない。
天から降る涙は人々の涙を洗い流し。そして益々心を沈ませる。
おぼろげに浮かぶ街並みを彼は静かに俯瞰していた。
生まれ育った里を一望できる火影岩。
若かりし頃の三代目の顔岩の上で、一人眼下を見下ろす。
突き抜ける空にも深海の底にも似た紺碧の瞳には、なんの感情も映っていない。
ただ、酷く冷めた目付きで里を見遣っていた子どもは、ふと空を見上げる。
多分に湿気を孕んだ風が、月色の金糸の髪を攫い、その秀麗な容貌を晒していた。
「…ジジイが命を懸けて守る価値が、この里に本当にあったんだろうか…」
ふと呟いた言葉はむなしく雨音に掻き消される。耳朶にいつまでも残る火影の声が脳裏に蘇った。
『ただ、自由に在れ』
自分の信じる道を進め。自由に生きろ。
繰り返し繰り返し、何度も頭の中で唱え続けられる遺言。
その言い残された一言に戸惑うナルトの瞳に、涙の如き水滴が映り込んだ。
ナルトの背中を押すように降り続ける、手向けの涙雨。
「ナルト」
不意に子どもの背後から声がかけられた。唯一背中をとられても安心できる人間。
彼が傍に来ていることはとうに知っていたが、信頼感ゆえにそこで初めてナルトは振り返った。
「…よかったんか?」
ナルトの意識が向いていることを察し、横島は最後の確認をする。彼のさりげない心遣いがナルトの心を静かに打った。
「今ならまだ、間に合うけど…」
「…今更、だな………」
自嘲する。横島の気遣わしげな視線を受け流し、ナルトは今一度里を見渡した。再度口を開く。
「未練は無い」
未練など、あるはずもない。
過去に囚われたまま、汚泥のような暗い心の膿を内包する里。
唯一泥中の蓮であった子が消えれば、綻び始めた里はいずれ破滅を迎える。
僅かばかりの心残りを気のせいだと誤魔化して、ナルトは瞳を閉じた。
一度決めた事なのだ。もう後戻りは出来ない。
その小柄な背中を無言で見つめていた横島は、横から服の裾を引っ張られ、我に返った。
破璃が何かを口に咥えている。それを受け取り、瞠目する横島に向かって、ナルトが振り向かずに答えた。
「ハヤテの置き土産だ。おそらく記憶を消される事を前以て推測していたようだな。お前宛だ」
一振りの刀。普通の刀よりは短いが、それでもかなりの名刀だろう。
珍しい漆黒の刃がなんとも美しい。
「屋敷に置いてあった。お前の護身用に、といった手紙つきでな」
漆黒の刃に見惚れていた横島に、ナルトが一声かける。すらりと刃を純白の鞘に納め、横島は「そっか…」と微笑んだ。
大事そうに刀を握り直し、ナルトに向き直す。
「じゃ、…いくぞっ!!」
刀を持つ手とは逆の手から、眩い光が解き放たれる。同時に、触発されたかのように木の葉が数枚舞い上がった。
文珠の白き光が火影岩上にいる者達の身を包み込む。
「さよなら」
一言、別れの言葉を口にする。そうしてナルトは手にしていたモノを天目掛けて放り投げた。
虚空へと吸い込まれてゆく、木ノ葉の紋を一文字に切りつけた額宛と白塗りの狐面。
刹那、舞い上がった木の葉の一枚が深海色の瞳に映った。
「木ノ葉」
火影岩上で輝いた白き光を覆い隠すように、雨が激しさを増す。
そうして、月の代理人―【月代(つきしろ)】と謳われた死神と、忌み嫌われていた狐の子が、その日を境に里から姿を消した。
振りしきる雨の音だけが何かの終わりと始まりを告げ。
うっすらと空に懸かった月が里を嘲るように見下ろしていた。
後書き
これにて完結です。お疲れ様でした!!
次回作はナルトを交えたGS美神原作再構成です。ですが、こちらは少し癖がある話なので、ここに投稿すべきか迷っています。
実はpixivにも同じ小説を投稿しており、そちらではこの話の続編「道化師達の宴」を現在連載しております。興味がある方はよかったらどうぞ!!
ちなみに、この話の一場面を漫画として描いて、イラストとして投稿させていただきました!
よければ「樹」の名前でイラスト検索かけてやってくださいw駄絵ですがww
「渦巻く滄海 紅き空」はまだまだ連載中ですので、そちらのほうもよかったらご覧になってみてください!!
「同士との邂逅」、長い間お付き合いくださり、本当にありがとうございました!!
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