| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

清明と狐

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

2部分:第二章


第二章

「お師匠様」
 それを見て弟子の一人が彼に問い掛けていた。
「もう準備はできたでしょうか」
「うむ、これでいい」
 清明は唱え終えたところで彼に答えた。
「何時でもな」
「それでは留守はお任せ下さい」
 弟子はこう彼に申し出てきた。
「暫しの間ですが」
「頼むぞ」
 清明も穏やかな調子で彼に応えた。
「それでは。行って来る」
「はい」
 清明の姿が霧の様に消えた。後には何も残ってはいなかった。弟子は生命が消えた後の場所に頭を垂れるだけであった。まるで彼がそこにいるかのように。
 清明はその林の横に現われた。まるで煙の様にそこに。
「ここだな」
 姿を現わした清明はすぐに辺りを見回す。見れば周りに人の気配はなく静かなものであった。月夜に時折虫の鳴き声が聞こえるだけであった。
 まずは人の怪我意がないのを確かめてから次に林の中を見る。見ればそこには灯りがあった。道長の話していた通りであった。
「あれだな」
 その灯りを見て呟く。そうしてまた姿を消して灯りに近付く。近付いて見ればそれは狐火であった。狐が火を灯してそこで糸を織っていたのです。
 清明はそれを見てまずは何とも思わなかった。だがそれでもその狐に問わずにはいられなかった。
「これ」
「はい?」
 見れば白い年老いた狐である。狐は彼の気配に気付いて彼のいる方に顔を向けてきた。細長い実に狐らしい顔をしていた。
「何でしょうか」
「ここで糸を織っているのだな」
「その通りです」
 狐は穏やかな声で清明に答えた。声も決して邪悪なものではなかった。
「それが何か」
「どうしてここで織っているのだ?」
 清明が聞くのはそこであった。
「驚いている方がおられる。人を驚かせる為ではないのだろう?」
「そのつもりはありません」
 狐も静かにその言葉に頷いた。
「人を驚かすのは私の趣味ではありません」
「ではどうしてだ」
 清明は狐に問うた。
「ここで織っているのだ」
「まずはですね」
 狐はここで清明に問い返してきた。
「貴方はどなたですか?」
「私か」
「はい、お姿が見えませんが」
 狐が次に問うのはそこであった。
「それはどうしてでしょうか。もしや」
「陰陽道だ」
 清明はそう答えた。
「わかった。では姿を見せよう」
「御願いします」
 こうして清明が姿を現わした。狐は彼の姿を見て言った。
「安倍様ですか」
「私のことを知っているようだな」
「はい、よく承知しています」
 狐はやはり静かな調子で答えてきた。
「ご高名は私もよく」
「それはいい」
 とりあえずは自分のことはいいとした。
「問題はだ」
「私のことですか」
「そうだ。どうしてこの様な場所で糸を織っているのだ」
 それをまた狐に問うのだった。
「見たところそなたは女子のようだが。何の為に」
「我が子の為でございます」
 それが狐の返答であった。
「我が子の?」
「はい、実は私には人の夫と子がおりまして」
「ふむ」
 ここで清明の目の色が少し変わった。それは彼の出自に由来するものであろうか。その鋭利な目に微妙に温かいものが宿ったのである。
「左様か」
「そうなのでございます。それで」
「それはわかった」
 清明もそれはわかった。
「しかしだ」
「はい。何か」
「何故ここで織るのか」
 彼はまたそれを聞いた。
「何も家で織ってもよかろう、それでは」
「それがそれでは駄目なのです」
「何故だ?それは」
「それは今織っている衣が特別なものだからなのです」
 狐は目を伏せて頭を垂れてそう述べた。
「私も本当は人を驚かせるつもりはないのですか」
「それは火のせいか」
「その通りです」 
 狐は糸の側でゆらゆらと燃えている火を見ながら答える。それは赤く燃えている。青白く燃えると言われている普通の狐火とは少し違っていた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧