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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第142話 孫家の現状

 正宗は海陵酒家での仕事を終え泉を共に南陽郡太守の邸宅に向かっていた。既に空には月が上り辺りは暗闇が支配している。

「泉、夕餉を取ってからで構わない。後で皆に私の部屋に集まるように伝えておいてくれ」

 正宗は歩を止めることなく、視線のみ動かし周囲に人の気配がないことを確認すると徐ろに口を開いた。

「皆といいますと美羽様達もでしょうか?」
「内々の話だ。私の家臣のみに声をかけよ。いいや。渚と桂花には声をかけてくれ」

 正宗は一瞬考え込むと美羽と麗羽の参謀格の二人の名前を泉に伝えた。

「畏まりました。では直ぐにでも」

 泉が正宗の元を立ち去ろうとすると、正宗達の背後の方角から正宗を呼び止める声が聞こえた。

「兄様―――!」

 声の主は美羽だった。美羽は明命と亜莎を連れこちらに駆けてきた。
 美羽は正宗の元まで近づいてくると勢いよく飛び込んできた。正宗は美羽の猪突猛進を難なく受け止め、彼女の脇に手を入れ子供をあやすように高く持ち上げた。美羽は正宗を見下ろした状態で見つめ嬉しそうにしていた。

「美羽、元気があってよろしい」

 正宗は美羽を優しく微笑みかけた。

「兄様、夕餉は未だでしょうか? よろしければ一緒にいかがでしょうか?」

 美羽は正宗に期待に満ちた表情を向けた。

「よろこんで。夕餉は未だとっていない」

 正宗が笑顔で返すと美羽も嬉しそうに笑顔を返した。

「泉、お前も食事は未だであろう? 用事がなければ一緒にどうだ。美羽、泉の分も大丈夫か?」
「一人分位全然問題ありません。泉、そなたともゆっくりと話したいと思っておったのじゃ」

 美羽は正宗の言葉を受け、泉を見ると笑顔で言った。

「お招きいただきありがとうございます。謹んでお受けいたします」

 泉が頭を下げ拱手を返す。

「そう畏まるでない。お主は兄様の側近。ならば私にとっても親しい人物も同然じゃ。公の場であればいざしらず、ここは妾の邸宅なのじゃ。友人のように接してしろとまでは言わぬが、もう少し砕けて接してくれぬか?」

 美羽は泉の返事に微笑を浮かべ言った。彼女の態度に泉は困った表情を浮かべた。

「勿体無いお言葉でございます。美羽様の申し出有り難く存じます。しかし、私は元は農民」
「それ以上言うでない! お主の生まれが何者であろうと関係ない。兄様はお主を信頼し側近として遇し、お主はそれに応えている。妾がお主を信頼するにはそれで十分じゃ。お主がそのような態度では主君である兄様を貶めることになるのじゃぞ。お主は自信をもって胸を張っておればよい」

 美羽は怒った表情で泉を見つめると厳しい口調で言った。泉は美羽の言葉に感動したのか、両瞳を潤ませ拱手して顔を下げ隠した。

「美羽様、失礼いたしました。夕餉をご一緒させてください」

 美羽は泉の返事を聞くと嬉しそうに微笑んだ。
 その後、五人は食堂へと移動した。



 食堂には七乃と渚が居た。他にも美羽配下の面々が待ちくたびれたように食台を囲むように椅子に腰を掛けていた。
 食堂に居合わせた面々は正宗達を確認すると起立した。

「お待たせなのじゃ。七乃、お腹が空いたのじゃ。夕餉の配膳の頼む」
「美羽様、遅いですよ」

 七乃は美羽に頬を膨らませ抗議した。

「悪かったのじゃ」
「美羽様は悪くありません。正宗様が遅いお帰りだったからではないですか?」

 七乃はオバーリアクションを取り、美羽に駆け寄り全身で彼女のことを擁護した。

「正宗様、何で早くお戻りにならなかったのです!」

 七乃は正宗に詰め寄り正宗の胸辺りを人差し指で指差しながら抗議してきた。

「七乃、私が毎日海陵酒家に行っていることは知っているだろう」
「そんなこと関係ないです。美羽様が正宗様と夕餉をとりたいと待っていたのですよ。美羽様に『兄様』と呼ばれる者として察しなくてどうするんです! 『兄様』失格です。美羽様が可哀想です」

 七乃は「兄様」を強調して正宗に言うと涙を拭くような仕草をした。正宗は七乃のことを面倒臭そうに見つめた。

「悪かった。以後、気をつける」
「本当にお気をつけくださいね」

 七乃は正宗に念押しするように言った。正宗は七乃に対して頷いた。

「七乃、早く夕餉の支度をしてたも。お腹が空いたのじゃ」
「美羽様~、夕餉を直ぐにお持ちしますね」

 七乃は正宗に抗議していたのも忘れ、美羽の方に笑顔で振り向くとそそくさと食堂の奥に消えていった。

「七乃は相変わらずだな」

 正宗は七乃が立ち去っていくのを目で追いながら独白した。

「兄様、ささ早く席についてください。泉も早う座るのじゃ」

 正宗と泉は美羽に促されるままに席についた。正宗は美羽の隣に座り、泉は正宗の隣に座った。正宗が座ると美羽の主要な家臣も席に腰を掛けた。



 食事の時間が終わり、美羽は食後の茶を飲んでいた。その茶を飲み終えた処で美羽は正宗の方を向いた。
 正宗は美羽の視線に気づくと彼女の表情を捉えた。

「美羽、どうしたのだ?」

 正宗は美羽が何か聞きたげな表情を浮かべたいたので彼女に話を振った。

「兄様、海陵酒家に新たに人が雇われたとお聞きしました。どのような者達なのです?」

 美羽は徐ろに正宗に聞いてきた。彼女の表情は神妙だった。正宗は質問の内容に意表を突かれた表情をしていたが、直ぐに真面目な表情に変わり美羽を凝視した。

「美羽、どこまで知っている?」

 美羽の表情から、正宗は彼女が海陵酒家の雇用された人物に目星をつけて尋ねているのだろうと察したのだろう。

「孫家の一族の者であるところまでです」

 正宗は美羽の返答を聞き軽くと短く返事して少し考え込んでいた。

「海陵酒家で新しく働いている面子は孫仲謀と甘興覇の二名だ。孫仲謀は言わずとも分かるだろうが孫文台の次女。甘興覇は孫文台の家臣だ」

 正宗は考えがまとまったのか美羽に淡々と答えた。

「真ですか!?」

 美羽は驚いた表情をしていた。その様子から美羽が孫仲謀が城下に滞在していることを知らないことが伺えた。

「美羽、お前には知らせておくべきだったな。済まない」

 正宗は美羽に頭を下げて謝った。

「兄様、お気になさらないでください。それより孫仲謀が何故女将の店で働いているのですか?」

 美羽は正宗の謝罪を受け入れ孫権のことを興味を持っているようだった。正宗は数日前に燕璃が孫権へ情けをかけたことを思い出したのか渋い表情を浮かべた。

「兄様、お話したくないことでしたら無理を申しません」

 美羽は正宗の表情から彼が話すことを嫌がっていると勘違いしたようだ。

「美羽、話たくないのではない。燕璃が孫仲謀に余計な情けをかけたことを思い出し不愉快になっただけだ」

 正宗は美羽に弁解すると彼女に笑顔を向けた。

「兄様、いつ女将の真名を交換したのです?」

 美羽は正宗が燕璃のことを真名で読んでいることに驚いているようだった。

「つい先日だ。燕璃は三週間後に私の家臣となることが決まっている」
「なっ! あの女将が兄様に仕えると申したのですか!?」

 美羽は「信じられない」という表情を浮かべていた。幾許か残念そうな表情をしていた。

「燕璃が私に仕えることが、そんなに以外なことなのか?」
「女将は偏屈な性格なので私からの士官の誘いを長らく断っていたのですよ」
「それは悪いことをしたな」

 正宗は美羽の顔を見て本当に申し訳ない表情を浮かべた。

「いえ、お気になさらないでください。女将が決めたこと。私と女将は縁がなかっただけのことです。しかし、あの女将が兄様に士官するとは」

 美羽は腕組をして感慨深かそうに物思いに耽っていた。すると渚が「こほん」と小さい咳をした。

「本題からそれましたのじゃ。兄様、孫仲謀の件をお聞かせ願えませんか?」
「わかった」

 正宗は燕璃が自分に士官した経緯と孫仲謀と出会いのことのあらましを美羽達に説明した。



「そのようなことがあったのですね」

 正宗の話が終わると最初に口を開いたのは美羽だった。

「面倒くさいことこの上ない。美羽、孫仲謀はお前に人材集めの話は通しているのか?」
「いいえ。孫文台からも何もございませんでした。私はてっきり隠密で視察に来たのかと思っておりました」

 美羽は頭を振ると正宗に言った。

「人材集めが主目的であるが視察も兼ねていると思うがな」
「そうですね」

 美羽も神妙な表情で頷いた。

「兄様は孫仲謀の件をどうなさるおつもりなのです? 人材を紹介されるのですか?」
「ないな。私に何の益もない。孫仲謀はまだしも。孫文台と孫伯符、この両名と係るだけで私の寿命が縮みそうだ」

 正宗は虚空を見つめ憮然とした表情で言った。

「兄様の口振りでは孫仲謀はなかなかの人物なのでしょうか?」

 美羽が尋ねてきた。

「なかなか見処はある。人物も信用できる。だが信頼はできない」

 正宗は為政者然とした私情を交えない表情で美羽を見た。

「『信用できるが信頼できない』でございますか?」

 美羽は正宗の言葉に要領を得ない様子だった。

「孫仲謀とは付き合いは数日と短く私の人物評は不正確かもしれないが、私の見立てでは孫仲謀は律義者と見て間違いないだろう」
「律義者でございますか。惜しいですのじゃ。孫文台の娘でなければ是非に士官の誘いをしたかもしれません」

 美羽は本当に残念そうな憂いを帯びた表情になった。

「美羽、孫仲謀は確かに律義者だ。しかし、孫仲謀が優先すべきは当然だが孫家。この私が孫仲謀に恩を売ったところで、ひとたび私と孫家が相争う事態に陥るようなことがあれば、あやつは私を裏切る公算が高い。私への恩を感じようと孫家への私情を捨てきれまい。それに孫家は荊州で敵が多すぎる。武力を養い荊州全土を掌握しようという野心を隠していない。あまりに危険すぎる」

 正宗は美羽に自分の忌憚ない意見を述べた。

「兄様が孫家を警戒される理由はよくわかります。妾も孫文台には心を許してはならないと思っております。そして、孫文台の気質を色濃く引き継いでいる孫伯符も同じく心を許してはなりません。あの二人を懐に招くということは虎狼を家の中に招くようなものです」

 美羽が正宗の意見に対して意見を述べた。

「現状、余程のことがない限り、孫家とは距離を置かざるおえない」
「ですが孫仲謀は諦めるのでしょうか? わざわざ兄様が働く店でごり押しで働くことになった彼女の強引な性格を鑑みるに諦めるとは到底思えません」

 先ほどまで正宗と美羽の会話を傍観していた渚が口を開いた。

「諦めないだろうな」

 正宗は日中の会話した孫権のことを思い出したのか心底うんざりしたように言った。

「名前を名乗ったのは軽率でしたが士大夫であれば名を問われれば名乗らぬ訳にはいかない。孫仲謀の少々強引な手法は孫文台や孫伯符に通じるものがあります」

 美羽は孫権の行動に些か怒りを覚えているようだった。正宗は王の爵位にあるとはいえ、元は士大夫出身である以上、名を問われれば名乗らぬ訳にはいかない。それを逆手に取った孫権の手法に美羽は憤りを覚えているのだろう。

「正宗様が名を名乗らずとも状況からして正宗様が名士であることは推察できたはず。理由が何であれ、不躾に名を聞き出そうとした孫仲謀に非がないとはいえませんね」

 亞莎が美羽の意見に同調するように言った。

「人材募集のためにどうしても繋ぎとなる人物と縁を持ちたかったのではありませんか? 長沙郡の治世はほぼ孫仲謀に丸投げ状態のようですし。孫文台が武力で刈り取った領土についても同様ですし。彼女一人で治世を諸事万端を整えるのは無理があるでしょう」

 明命は孫家の事情を諜報である程度知り得ているのか、孫仲謀に同情的なのか彼女を擁護した。

「困っているからと言って正宗様に無礼を働いていいことにはならない」

 明命の孫権擁護の言葉に反応して泉が目を座らせて明命を睨みつけた。明命は泉の表情で肩を強ばらせた。

「泉、明命は忌憚ない意見を述べただけに過ぎない。有意な意見とは忌憚ない意見の中にあるものだ。無為にそれを妨げることは良いことではない」
「正宗様、失礼いたしました。私が若輩で至りませんでした。明命殿、申し訳なかった」

 泉は正宗の言葉に感銘を受けた表情になり、明命に素直に謝罪した。その様子を正宗も見ていた。

「明命、泉は生真面目でな。お前に悪気があったのではない。許してやって欲しい」
「いえ。全然に気にしてはいません!」

 明命は爽やかな笑みを浮かべ正宗に返事した。

「明命、先ほど言っていたが孫家は文官不足なのかえ?」

 美羽は明命の話に興味を持ったのか彼女に尋ねた。

「はい。人材は軍事に異常な程に偏っていると思います。文官と言えるのは孫仲謀位ではないでしょうか。あまりに人材が武官に傾倒しすぎて周辺からは粗野で野蛮な集団と評価されているようです。脅威に感じている豪族は多いと聞いています。また、刺史殺しに加え、出自の低さと夫・呉氏との婚姻に際しての乱暴狼藉、悪要因が重なり太守と言っても盗賊同然の如く思われています」

 明命の説明に美羽は考え込んでいた。

「孫家は長沙郡周辺に地盤を持つ豪族達から評判は良くなかったな?」
「美羽様、仰る通りです。孫文台に従う者達も彼女のことを憂慮しているようです。しかし、彼女は諸将として武力もさることながら用兵に優れており、彼女に歯向かう気概を持つ者達は少ないです」
「兄様、妾は孫文台の件では傍観を決めていますが、荊州牧・劉景升殿は孫文台を敵視し対立を深めています。妾にも劉景升殿より共闘し孫文台を誅伐すべしと文が来ています。孫家に兄様が助成すれば間違いなく、間接的に妾も劉景升様と対立することになります」

 美羽は正宗に淡々と述べた。彼女の表情はあまり深刻そうな表情ではなかった。美羽は劉表と固い同盟関係を築くつもりがないのだろう。現状、日和見を決め込み傍観していたいと考えているのかもしれない。

「兄様、孫文台が長沙郡太守の地位を得た切欠は彼女の武力と用兵術に朝廷が目をつけたからです」
「その切欠となったのは奸賊・巨星の討伐だな」

 正宗が話すと美羽は深く頷いた。

「巨星を討伐した後、孫文台は長沙郡太守の地位に甘んずることなく、ことあるごとに太守の禁であるはずの越境を行って周辺の郡へ兵を送り込んでいます。越境進軍の名目は賊討伐となっておりますが領土的野心があることは間違いありません。そろそろ妾も傍観を決め込んで要られない状況にあります。名士層は孫文台の刺史殺しの蛮行を見過ごすなど無理でしょうからね」

 美羽は瞑目し嘆息した。

「劉景升殿と孫文台は既に武力衝突を行っているのか?」

 正宗は美羽に聞いた。美羽は頷くと正宗は渋い表情に変わった。

「孫文台が対荊州牧と共闘していた前江夏郡太守・劉祥を攻め滅ぼしました。その後、江夏郡太守の後任には劉表家臣の黄祖を送りこまれております。黄祖は守将としては逸材です。よく孫文台から江夏郡を守っております」

 美羽は正宗に状況の詳細を説明した。

「その話を聞いては孫家とは関われぬな」
「それが妙手であると思います」

 美羽は正宗の言葉に同意した。

「正宗様、孫家と距離を取られる判断と聞き安心いたしました」

 渚が安堵した表情で正宗に言った。

「夕餉は孫家の話を私から聞き出すことが目的であったのか?」
「そのようなことは滅相もございません。美羽様が正宗様と夕餉を取りたいと申されたので手配しただけのことにございます。孫家の件は序にございます」

 渚は慌てて正宗に対して弁明した。

「美羽、また夕餉に誘ってくれるか?」
「はい、喜んで!」

 美羽は快活な笑顔で正宗に返事した。

「孫家の件は安易に考えていたが慎重に行動しなけれならないな」

 正宗は美羽に笑顔で返すと急に物憂げな表情を浮かべた。

「今、孫家と係るのは大火事の中に自ら突っ込んでいくようなものです」

 美羽は正宗に苦笑いを浮かべ言った。



「そうだった! 私は荊州で人材を集めようと考えている。勿論、美羽。お前の人材も集めるつもりでいる。それと麗羽を支える人材もな」

 美羽の顔を見つめていた正宗は何か思い出したのか彼は自分の手を叩くと言った。

「兄様、お心遣いありがとうございます。できれば文官を多めにしていただけると嬉しいです」

 美羽は満面の笑みを浮かべ正宗に要望を伝えてきた。

「今後のこともある武官の層を増やさねばなるまい」
「そうなのですが。武官に関しては慎重に増やしたいと思っています。私だけでなく南陽郡の民の命を預ける者となる以上、信頼のおける者を士官させたいのです。武力が必要となった時は兄様に助成しただきたく存じます」

 美羽は真面目な表情で正宗に答えた。その返答に渚が微笑ましそうに美羽を見つめていた。正宗もまた美羽の言葉に感銘を受けたようで美羽を凝視していた。

「美羽の要望は分かった。人材の件は任せておけ」 
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