| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第23話 消え逝った願い

 

「―――傷物にされちゃいました。」
「人聞きの悪いこと言うな。」

「ふふっ冗談ですよ。」

 日が完全に落ち、布団の中で腕枕をされた唯依が微苦笑を浮かべて言う。それに思わず眉を顰める。―――まるで襲ったみたいだ。
 まぁ、かなり強引に迫った自覚はあるのでバツを悪くする忠亮。そんな彼を唯依は小さく微笑みを零しながら見上げた。

「ねぇ、忠亮さん……。」
「なんだ。」

「忠亮さんは私のことを愛しているって言ってくれましたけど、私の何処を好きになったのですか?」

 胸元に顔を寄せながら不意に唯依が訪ねてくる。
 肌を重ねていた最中も含め、かなりの数を口にしたが、そう云えば言ってなかったなと思至るが、改めてとなるとどうにも気恥ずかしい。

「そうだな……初めは素直じゃない女だと思った。」
「む、なんですかそれは。」

 ぽつりぽつりと零し始めた言葉に唯依が唇を尖らせて非難する。が、続けた忠亮の言葉に唯依は息をのんだ。

「仕方ないだろ。お前、素直に笑わないんだから。」
「……!」

 一体、何時からだろう。楽しいことを素直に楽しいと感じ笑えなくなったのは。 
 一体どうすれば、赤ん坊のように感情のまま泣けるのだろうか、笑えるのだろうか。
 そんな心の迷子になっていた唯依、それを忠亮は見抜いていた。

「いつも何かを堪えようとして、心に蓋をして―――何が建前で、何が本心なのかすら分からなくなってしまった迷子みたいに見えたんだ。」

 自覚があった唯依。自分が堅物すぎる気があり、それゆえに面倒な女だという自覚だ。
 だれが、好き好んでこんな女を選ぶのか。
 唯依は、自分の付録以外に価値を見出していなかった。

 だが、しかし――


「ま、だからこそ可愛いなと思ったんだがな。」
「あう……」

 腕枕をしていた手で唯依の頭を撫でながら体を回し、唯依の顔を覗き込む忠亮。 
 その表情はとても穏やかな情愛の色を写していた。 
 面と向かってかわいいと言われた唯依が紅葉のように紅葉して赤面し俯いてしまう――どこか巣穴に引っ込んでしまった子リスのようだ。

「お前の笑顔を見たい、作り物でも何かを堪えての笑みでもない―――お前の心からの、何も遮るもののない純粋な笑み、それを見たいんだ。」
「忠亮さん……ありがとうございます。」


 瞳を伏せ、一滴の泪を零しながら唯依は礼を口にする。
 胸が痛くなった、これほどに想われて幸せだった。
 恋から始まった結婚ではなかったが、この人に出会えてよかった。たぶん、之ほど自分の幸せを願ってくれる他人には出逢えない。



「私は、私が嫌いでした。―――恭子様みたいになりたくて、強くて凛々しかった彼女のようになりたくて……そう云う風に生きたくて。でもそうなれない自分が嫌いでしかたありませんでした。」

「そうか。」
「もしも……私が、そういう風に成れていたら忠亮さんはどうしました?」

 目標がある事は悪いことではない。 
 だが、憧れが強すぎればそれは自分自身を塗り潰す毒でしかない。唯依は掛けられた期待と重責と目指すべき目標、なまじ周囲の期待に応えんと自分を抑圧し過ぎてしまったのだ。

「――お前が唯依という一人の女を殺してもその魂までは殺せない。偽物の仮面(じぶん)を作って他人を演じても、その仮面の裏には絶対にお前がいる。
 なら、その檻をぶち壊してお前を引きずり出してやるさ。そこに是非なんぞあるものか。」

 やると決めたのならやるだけだ、其処からはどうやるかだけだ。他に問答する余地は一片たりとも存在するはずが無い。
 唯依の華奢な躰を抱き寄せる。軍務で鍛えているとはいえ少女の肉体である唯依の体は柔らかで小さい。

「強引なんですから。それじゃあ私に選択権なんて無いじゃないですか。」
「ま、そういう事だ。諦めろ―――だからお前はお前のままでいろ。」

 片腕の中で唯依がどこか可笑し気に言う、それに対し無理に誰かに成ろうとしなくて良いと口にする。

 自分だけの人生なのだ、たった一つの掛け替えのない人生だ。 
 それを他人になる事だけに注力してどうする、報われないし意味がない、徒労だ。
 自分は自分以外の何者にも成れないし、自分で自分を否定する事は自殺に近い意味を持つ。


「よく今まで頑張ったな、偉いぞ。」
「―――っ…う、あ」

 片腕の抱擁の中で唯依の華奢な躰が小さく震える。そして押し堪えた嗚咽が聞こえてくる。

 彼女と彼女の周囲の人間は、唯依が唯依らしく生きることを肯定した事はなかったのだろう。
 そんな中で唯依は周囲の期待に応え、篁家を見下した者たちに対し見返すという復讐を果たそうとした。
 公私の私を殺し、必死に自分を磨いてきた。
 だが、それは真面目なのだが『実際の自分以上』のことをしようとしているため結局は、実りのない人生だ。

 唯依は今までの人生で充実を感じたことはないだろう。
 満たされるはずが無いのだ。
 自分に出来た事よりも、出来ない事の方が目について―――やってきたことを認めてあげられないのだ。

 故に、彼女はその代価の大きさに気付けない。
 ―――幸せ、それを感じ取れるかどうかは心にその能力が有るかどうかで決まる。
 唯依という少女は頑張っている内に失ってしまったのだ。

 幸福を純粋に幸福と感じる能力を失ってしまったのだ。

 そうなってしまって尚、周囲の期待に応えんと、自分の理想像を自分に投影して自分を削ってしまう―――機械の部品が摩耗するかのように。

 ―――痛々しい。彼女は不幸だ。
 その、事の大きさにまるで気づいていない。
 だから『頑張れば何とかなる』、『頑張れば人生は開ける』そんな風に『やがていつかは』と一生報われない歩みを続けることに成る。

 ―――ああ、腹が立つ、胸糞悪い。腸が煮えくり返りそうだ。
 何故、誰も教えてやらないのだ。何故、彼女に押し付けるばかりで労わってやれないのか。
 恭子にしても、巌谷にしても、両親にしてもだ。
 己のエゴを押し付けるばかりで、彼女の幸福を願ってやれないのか。

 彼女は確かに篁の家に生まれ、その責務を背負って往かねばならない宿業を背負っている。
 彼女は篁家や日本帝国の奴隷だ―――機械と何ら変わりがない。

 それでも、唯依は機械でも奴隷でもなく、一人の人間だというのに―――彼女が立派になる事と、彼女が幸福になる事は全く別だというのに。

 どいつもこいつも、唯依が役割を果たしているか、果たせているかばかり。
 何故、何故――――誰一人として彼女の幸福を願ってやれないのかッ!!!


「唯依…」
「……はい――んっ!?」

 腕を緩め名を呼ぶと、片腕の中の唯依が胸元から見上げる。―――その唇を奪う。獣が貪るように一心不乱に彼女の唇を唇でこじ開けて舌を啜る。

 一瞬驚愕に目を丸める唯依、次の瞬間には彼女を組み敷しいていた。そして、貪っていた唇が離れ、熱い吐息が漏れる。


「……お前を幸せにするなんて事はきっと怖いくらいに簡単で、(おれ)じゃなくても良いんだろうな。」

 出来なかった事ばかりを数えて、出来たことを褒めてあげられない余裕のない生き方。
 張り詰めて、今にも切れてしまいそうな弦。それが唯依という娘だった。

 彼女の頑張りは、彼女に還るものではないから―――なんて報われない生き方だ。
 だからこそ見たいのだ。彼女が幸福に生きる姿を、彼女が心から笑っていられる姿を。
 死してなお愛した女の幸せを願った滅び逝った世界の俺―――その残滓が魂に刻まれているのだ、濯ぎ落すことなんぞ出来はしない。

 ただ大切だった者を守りたいという望みさえ果たせず、報われない人生を生きる彼女が幸福になって欲しいという願いさえ踏みにじられて
 ――――憎悪と嘆きの果ての無念、忘れる事なんか出来はしない。

 そして何より―――愛した女を誰かに委ねるなんて出来るはずが無い。


「ああ、でも駄目だ。他の誰にもそれを任せたくない―――(おれ)にはお前しかない。
 唯依、お前を愛している。男として、何もかも。
 守るだけじゃ足りない、お前を己自身の手で幸せにしてやりたい。」
「馬鹿な事言わないでください―――。」

 唯依が馬鹿だという、ああ実際に馬鹿なんだろう。
 幸せにしたいなんて言いつつ、唯依の意思なんて関係なしに組み敷いている現状。
 矛盾甚だしいことこの上ない。

「他の誰も、そんな事は言ってはくれません。私は……唯依はもう、十分幸せです。」
「――――」

 唯依が微笑む、純粋な本当の笑顔―――静かに綻ぶ雪柳の花のように。 
 それに只々、言葉もなく見惚れる。
 そして暫しの時間を要してから、彼女に想いを集約させた願望を告げる。


「唯依―――(おれ)の妻になってくれ。」
「―――はい、」

 再び、唯依と唇を重ねる。
 繋がりたいという思いを形にするように互いに貪り、そして触れ合うたびに温度を上げる胸の奥から沸き起こる熱に浮かされながら嵐のように激しく愛し合い、快楽の海に溺れるのだった。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧