道を外した陰陽師
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第四十六話
「はぁ・・・ったく、この程度の用事ならメールで済ませろよな、光也め」
たった今光也に会って手渡された資料。確かに、これ自体は急ぎ俺と慈吾朗、白夜に渡さないといけないものだ。一秒でも早く渡しておかないと後々面倒になるし、最悪の場合として外国が介入してきたら困る代物ではある。そこには、俺たち三人が体の中に封印しているものがあるんだけど・・・
「・・・ま、これ以上考えてもどうしようもないか。釘を刺しなおしておく、って目的もあったんだろうし」
そう納得したとはいえ、これでいいというわけではない。何より、慈吾朗と白夜にはメールで送ったってんだから、より一層腹が立つ。
と、そんなことを考えながら零厘にあてがわれている場所に向かっていると、ロビーに見覚えのあるやつがいた。ソファに座って、資料とにらめっこしている。
「さて、どうしたもんかなぁ・・・」
このまま声をかけずに帰るという選択肢もないではないけど、なんだか結構悩んでいるような様子だ。何か用事があったりねむかったりするならともかく、そんな状態ではない。かといって普通に声をかけるのもなぁ・・・
少し考えてから、俺はすぐそばにある自動販売機に向かった。
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「う~ん、どうしようかしら・・・」
私は今日行われた予選の結果、そして明日以降のトーナメントの用紙を前に、ちょっと唸っていた。いや、別に悪い結果だったわけじゃないし、むしろ寺西君のおかげで例年に比べればかなりの人数が予選を突破してはいる。でも、だからこそ・・・
「何やってんだ、伊空?」
「ひゃあ!」
個人的には結構深刻なことを考えてたら、その当人に声をかけられた。しかも、首筋に何か冷たいものを当てるおまけつきで。
「何するのよ、あなたは!」
「根を詰めすぎてる零厘のリーダー様に、少しはリラックスしてもらえるかなぁ、とな。ブラックと微糖、どっちがいい?」
振り返って彼を睨みながらそう言っても、全然反省した様子もなく二本の缶を持って笑みを浮かべている。この子、本当に私の二つ年下なのかしら?コーヒーも、眠気覚ましにほしいと思ってたところだし。
「・・・微糖」
「はいよ」
寺西君は微糖の方の缶を渡して私の前のソファに座り、プルタブを上げてコーヒーを飲む。つい受け取っちゃったけど、私後輩に奢られちゃってる・・・
「はぁ・・・」
「どうかしたか?」
「いいえ、なんでもないわ。コーヒー、ありがとね」
「気にすんな。どちらかというと悪戯のために買った面の方が強い」
不思議なことに、そう言われると何の遠慮もなくなった。なので、ありがたく頂くことにする。自己暗示な面が強いかもしれないけど、少し目が覚めた気がしてくる。これなら、もうちょっと頑張れそうね。
「それで、何を悩んでるんだ?そこにあるのは、今日の結果と明日以降の予定みたいだけど」
「ええ。・・・ちょっと、ね」
「もしかして、本選へ行ける人間の数が足りなかったか?」
「そうじゃないわ。むしろ、例年に比べたらかなり多いくらい」
「じゃあ、どうしたんだ?」
あっさりと尋ねてくる彼が、不思議なくらい頼りになる。呪校戦が始まる前、誰からの相談でも完全に対応して見せて、皆の実力が上がったからかしら。聞けば、なんでも何とかしてくれそうにすら思えてしまう。
「そう、ね・・・ちょっと話してもいいかしら?愚痴みたいなものだけれど」
「どうぞどうぞ。一応、そう言うのを聞くのも仕事に含まれてるらしいからな」
「じゃあ遠慮なく聞かせてもらうけど・・・このまま行って、いいと思う?」
私の質問に、彼は首をかしげた。確かに説明が足りなかったかもしれないわね。
でも、彼がこのことに気づいてないわけがないんだけど・・・
「えっと、ね。呪校戦の参加種目、零厘では本人の希望を最優先することにしているの」
「ああ、そういやそうらしいな。俺は強制がかかってるから、覚えてなかった」
それさえなければもっとポイント稼げてたかもなぁって思ったけど、すぐに思い直す。それがなかったら、彼は参加してなかった可能性の方が高いわね。それがたった一種目だけであっても、それ以外の時間をサポートに回ってくれるって話だから大分感謝しないといけない。たまに疲れさせられるから絶対に口には出さないけど。
「じゃあつまり、こういうことか?本人にとって一番向いてる種目に参加させるべきなんじゃないかって?」
「そうなのよねぇ・・・本人たちの了承させあれば、選手の交代もできるわけだし」
明日の朝までに提出すれば、それは受理されて正式に選手交代になる。それに、ポイント云々の話以前の問題としてこの呪校戦はいろんな人が見に来る。そこで才能を見いだされて高校卒業後だったり大学卒業後だったりの就職先が得られることもあるイベントなのよね、これって。
だから、そういう意味では出来る限り向いてる種目に出てもらうのはお互いにとって利益がある話なんだけど・・・
「そんなことをするくらいなら、もとから参加種目をこっちで決めればいい話だしな」
「そう、そのとおりね。そもそも、呪校戦への参加を申し込み制にさせる必要もなかった」
「それでも、そうした理由は?」
あぁ・・・これ、分かってるんだろうなぁ。一応学校の職員だから、誰かから聞いたのかしら?だとたら、言わされるのはちょっと恥ずかしいんだけど・・・
「ちゃんと皆に、楽しんでほしかったからよ」
だから、今年は全体的に募集性にした。もちろん、希望者がかぶりすぎていれば実力順で優先にしたりはしたけど、出来る限り皆の希望に合うように頑張ったつもり。どうしても参加してほしい人には、直談判したりもした。それは全部、楽しんでほしかったから。
「だって、どこまで行ってもこれは高校のイベントなんだもの。学校間でのポイント争いもあるけど、そのために本人の意思を曲げちゃ、意味がないとも思う。けど、他の学校では普通にそうしてるから、私たちもした方がいいのかなって・・・」
「でも、伊空はそうしたくないんだろ?だったら、そうすればいい」
また寺西君は、あっさりと言ってくれる・・・
「その心は?」
「簡単なことだ。こと呪術や妖術の類においては、本人のやりたいことをやらせるのが一番いい結果になる」
それは、確かによく聞くことよね。『呪術を左右する最大の要素は心である』って。でも、あんまり支持されてないことだったと思う。
「それ、確かなのかしら?」
「確かだよ。・・・心のありよう、感情の起伏は、呪術に対して大きく影響する」
そう言う寺西君はどこか遠いところを視てる目だったけど、詳細を聞くのはタブー。それも、名を失ってる彼に聞くのは本当にやっちゃだめなことだもの。
「それに、そうじゃないなら奥義の継承はどうなるんだ?あれには実力のほかにも、強い感情が要るものだろ?」
「・・・言われてみれば、確かにそのとおりね」
「それと同じように、呪術そのものも何か強い感情があればその威力を増す。楽しいって感情があった方がいいのは間違いないだろ」
言われているとそんな気がしてくるけど、何か隠しているような気もする。彼ってよく分からないのよね・・・土御門さんと雪姫さんがどうして同じ家で暮らして入れるのかちょっと不思議に思えてきた。彼との会話に何かコツがあるなら、今度聞いておこうかしら。
「まあそういうことだから、俺はこのままの方針でいいと思うぞ。所詮はただの高校生活の一イベントだ。せいぜい楽しめばいいんだよ」
「そう・・・ね。そうしましょうか」
「おう、そうしとけそうしとけ。せっかく明日の準備が終わったのに、種目が変わったら超困るしな!」
あ、こいつそれが一番の目的か。ものすごい満面の笑みだし。
でも・・・ちょっとだまされた気がしてくるけど、いっか。悔しいけど、納得しちゃったのよね。
スッキリしたところで資料をかばんにしまいながら、これからどうするのかを考える。明日からはもう試合が始まるし、早く寝た方がいいんだけどねぇ・・・ついでだし。
「あの、一つ相談が」
「奥義のことなら、あと一歩何かあれば完全になると思うぞ」
「・・・・・・え?」
え、あれ?なんで?
なんで寺西君、私の悩みを当てられてるの?
「なんで分かったのかと聞かれたら、まあ学校での練習の様子からと答えるしかないな」
「・・・もしかして、心を読むタイプの妖怪の血が入ってたりする?」
「珍しいことに、俺はほぼ百パーセント純粋な人間だよ。今のは、伊空の表情が面白いくらい変わり続けてただけだ」
「うー・・・」
本当に、この後輩には勝てない。いつかは見返してやりたいわね・・・!
「まあそういうことで、お前は何かきっかけがあれば簡単に奥義も完成するよ。だから安心して楽しんで来い!面倒事は俺が引き受けてやるから」
それだけ言い残すと、寺西君はテーブルの上に乗っている缶二つを持って自分の部屋に向かっていった。
・・・って、流れるようにゴミも持って行ったわね・・・根はちゃんとしてるのかしら?
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