魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 中学編 08 「小鴉と王様」
我は気が付けば大きなため息を吐いていた。
目の前には自販機に隠れながら、とある方向を覗いておる小鴉。にやついたり、驚いたりと表情を次々と変えていることから今の状況を楽しんでおるようだ。
「……はぁ」
なぜこのようなことになってしまったのであろうか。
我は少し前に小鴉から遊びに行こうと誘われた。最初は誰かしら居るかと思ったが、まさかの小鴉とふたりだけという話に我は否定の返事をした。
別に疲れるというわけではないぞ……正直に言えば、それもなくはないのだが。
我は3年もの長い期間居候させてもらう身だ。その恩を返すためにも家事などは手伝わなければならぬ。レーネ殿は多忙であるし、あやつも時折デバイス関連の仕事があるのだから。最も時間のある我がするのは当然であろう。
……結果的に言えば、共に遊ぶことを了承してしまったわけだが。
でも仕方があるまい。駄々をこねる小鴉は鬱陶しいのだ。至近距離まで接近するだけでなく、甘えた声で姉だの言ってくるのだから。家のことをせねばならぬと申せば、すぐさまショウに連絡を取る始末。あやつに気にせず遊んで来いと言われてしまっては行くしかないではないか。
遊びに行く場所は当日まで秘密にされ、なのは達の誘いを断ってしまった。だが偶然にも目的地は同じだったのだ。レヴィに付き合う苦労を知っているだけに、一緒に行動しようと話しかけようと思ったのだが、何を思ったのか小鴉は観察しようと言い出し今に至る。
「なっ……や、やるなレヴィ。ショウくんに膝枕なんてわたしもやったことないで」
レヴィ、ショウ、膝枕という言葉に意識を引き付けられた我は、気が付けば小鴉と一緒に覗いていた。小鴉の言うとおり、レヴィがショウを膝枕し頭を撫でている姿が確認できる。
「あ、あやつらはこのような場で何をしておるのだ!」
「膝枕やな」
「あやつらの行動を問おうておるのではない!」
分かってて言うのはやめぬか。時間と我の体力が無駄になるであろう。
「えぇい、もう我慢できん。我は行くからな」
「ちょっ、何言うとるんや。こっからが面白くなるところやのに」
「面白い? 貴様こそ何を言っておるのだ。あのようなことは風紀的に良くないであろう」
「良くないって、ここは学校やのうて遊園地やで。腕組んだりして歩いてるカップルもたくさんおる。それにショウくんは気分が悪いみたいやし、レヴィの行動はショウくんのことを思ってのものやと思うで」
ぐぬぬ……確かにそうではあるだろうが。
元はといえば、ショウが気分を悪くしたのはレヴィのせいであろう。あやつはレヴィに甘いというか、強く言っているところを見たことがない。なのは達も無理であろうし、我が言うしかないではないか。
「貴様の言うことは分かるが……知人に見られたらどうするのだ。フェイトが面倒に巻き込まれるかもしれぬのだぞ」
「それもそうやけど、わたしらが一緒に居って見られるほうが面倒になると思うで。わたしは前からショウくんとの関係を聞かれたりするし、王様は居候してるわけやから」
「それは……そうかもしれんが」
小鴉は普段は適当なことばかり申すくせに、このようなときは異常に口が立つのだから性質が悪い。
……えぇい、なぜこうもムシャクシャしておるのだ我は。ショウとレヴィの距離感は今に始まったことではないのだぞ。男女の距離感を考えると思うところがあるのは事実だが……こうも苛立っておるのは、小鴉が原因なのではなかろうか。
「……覗くような真似、我は好かん。一緒に行動せぬというのであれば、他の場所に向かうぞ」
「えぇ~」
「えぇ~、ではない。貴様には良心というものがないのか!」
「人並みにはある。けど今は好奇心のほうが勝っとるんや!」
堂々と言ったからといって、納得できる言葉ではないわ!
そのような返事をしようとしたのだが、我が口を開くよりも早く小鴉はこちらに近づいてきた。悪い笑みを浮かべながら、耳元でそっと呟く。
「王様は気にならんの? 2人っきりでないとはいえ、ある意味デートしてるようなもんなんやで」
「な……デートだと?」
「そうや。レヴィは異性ってものを意識してへんけど、ショウくんのことは好いとる。ショウくんも異性としては普段見てへんけど、レヴィの体つきはあれやからな。近づかれたら嫌でも意識してまうはずや」
まあ……あやつも年頃の男であるからな。レヴィはよく食べるせいか、我やシュテルよりも成長しておる。必要以上に近づかれれば、意識するのは当然であろうな。
「ちゃんと見とかんと間違いが起こってまうかもしれへん」
「ま、間違いだと……バ、バカなことを言うでない。なのは達も一緒におるのだぞ!」
「そやけど、なのはちゃんだけじゃレヴィとユーリを見るのは厳しいやん」
「なぜそこでユーリが出てくるのだ?」
「え、だってユーリってショウくんのこと好きやろ?」
小鴉の言葉に我の思考は一瞬停止する。
こやつは何を言っておるのだ? ユーリがショウのことを……いや、確かにユーリはあやつは好いておるだろう。だがそれは
「好きは好きでも、あやつの好きは兄に対して抱くようなものであろう?」
「それもあるけど、少し前から男の子に抱くようなものも混ざってきてるやろ。髪型弄ったり、服装に気を遣っとるみたいやし」
その言葉に過去の記憶を辿り始める。
確かに出会った頃から最近までは、ユーリはウェーブの掛かった髪をいつも下ろしているだけであった。服装も彼女らしいふわふわとして印象のものを着ていたと思う。
……と、ということは小鴉の言うようにユーリはショウのことを……待て待て、落ち着くのだ。ユーリにはまだ恋というものは早いであろう。仕事で会えぬことが増えたから、会えるときにはオシャレをしようと考えておるだけで。
いや、これではショウに褒めてもらいたいみたいではないか。となると、やはり小鴉の言っていることが真実……
「ぐぬぬ……ならん、ならんぞ! ユーリにはまだ早い!」
「王様、ユーリには早いってわたしらとそう歳は変わらんやろ。今時は小学生でも彼氏彼女の関係にあるらしいし……ユーリにはユーリの人生があるんや。あまり干渉したりするんはよくないんと違う? 内心煙たがっとるかもしれへんで」
な……んだと!?
ユ、ユーリが我のことを……いや、そんなはずはない。我とユーリは昔から苦楽を共にしてきた間柄なのだぞ。我に向けてくれていた笑顔は、心の底から嬉しいと思ってくれていると分かるものだった。まさかあの笑顔の裏では、我に対して……
「……そこを含めて確かめねばならぬ!」
「いやいや、今はダメやろ! せめてショウくんがおらんところでせな。少し落ち着き王様!」
「これでも充分に落ち着いておるわ! というか、貴様はなぜそうも呑気に構えていられるのだ。心配ではないのか!」
「え、いや、まあ……あっちよりも今の王様のほうが心配やけど」
このうつけは……仮にユーリがあやつのことを好きだとして、このまま時が流れれば付き合うことになるのかもしれんのだぞ。あやつもユーリのことは異性としてではないが好いておるのだから。
「えぇい、前から思っておったが貴様はどうしてそうなのだ。貴様はあやつのことが好きなのではないのか。自分と他の者が一緒になってもいいのか!」
「いや、だから……他ん子にも言うてきたけど、わたしとショウくんは家族みたいなもんやから。まあ最低限の意識はしとるから異性として見てないとも言えんけど。こんな風にしとるんは、まあ人並みに恋愛には興味あるからな。弟分が誰とどうなるか気になるんよ」
そう言う子鴉の顔は笑っておる。だがこやつは本心を上手く隠すことができる奴だ。付き合い始めて今年で3年ほどにもなる。内心の全ては分からぬとも、心の底から笑っておるかくらいは分かる。
こやつは我に素直ではないと言う……だが、それはこやつも同じではないのか。だから我は時折無性に苛立ちを覚えるのではないのか。自分もできておらぬのに他人に言うでないと。
自然と我の右腕は動き、小鴉の顔の横を通った。自販機を叩くような真似をしてしまったが、今は気にしている時ではない。
「……まさか王様から壁ドンをされるとは思わんかった」
「小鴉……」
「は、はい……王様、こういうんはなのはちゃんとフェイトちゃんの特権やと思うんやけどな。さすがのわたしもそっちの趣味はないし……というか、王様ちょっと怖いんやけど」
「心配するな。貴様に手荒な真似をするつもりはない……いいのだな?」
「え?」
「我があやつの隣に立つことになっても貴様はいいのだな?」
…………何を言っておるのだ我は!?
こ、これでは我があやつのことを好きになってもよいかと聞いておるみたいではないか。目の前に居る小鴉も呆気に取られた顔をしておるし、これは完全に誤解されているだろ。一刻早くも訂正せねば!
「か、勘違いするでないぞ! 今のは物の弾みというか、仮の話だ。今は何とも思っておらぬが、将来的には分からんからな。もしそのような未来が来たとき、貴様に面倒を起こされては堪らん。ただそれだけだ。他意はないぞ!」
「そんな必死に言われるとかえって疑いたくなるなぁ。素直になったほうがええんちゃう?」
「ニヤニヤするでない! というか、貴様のほうこそ素直になったらどうなのだ。貴様は以前、見た目から服の好み、好きなタイプまで同じと言っておった。仮に我があやつのことを好きだとするならば、貴様も同じであろう!」
つい勢いで言ってしまった証拠もない言葉だったが、小鴉の体が一瞬震えたように見えた。刹那の沈黙の後、小鴉は我を退けながら歩き始める。
「……そうやな。もしも互いの性格は今のままで、わたしと王様の立場が逆やったなら――」
そこでくるりと回転し、小鴉は飛び切りの輝いて見える笑顔を浮かべる。微かな悲しげな色が見える太陽のような笑みを。
「――多分毎日アピールしとったと思うよ」
「小鴉……」
「……何辛気臭い顔しとるん。あくまで仮定の話やろ。現実は今あるものなんやから仮定の話なんて何の意味をなさん。……けど未来に関しては正直分からんよ。今は弟みたいに見てても、何がきっかけで異性として見るかもしれん。誰かの応援をしとったのに、恋敵になってまうなんてこともあるかもな」
「…………」
「でもそんときはそんときや。誰かとの関係が崩れるかもしれへんけど、わたしは後悔せん道を選ぶ。人生何があるか分からんし、本当の恋ってそういうもんやろうから」
小鴉……それが貴様の本心か。
今の彼女の言葉に疑う余地がなかった。それと同時に先ほどのユーリへの言葉に篭っていた意味も理解する。
確かにユーリにはユーリの意思がある。本気で好いておるのならば、我がどうこう言ったところで聞きはしないだろう。意中の相手がろくでもない男なら口論になろうが止めるだろうが、今話に出ているのはあやつなのだ。あやつならば心配することはない。
などと考えていると、不意に肩を軽く叩かれた。叩いたのはもちろん小鴉である。
「そういうわけやから、王様は遠慮なくショウくんにアピールしてええよ」
「――っ、別に我は特別な想いなど抱いておらぬわ! 大体、抱いておるのならば貴様の許可なぞ取らずにすでにやっておる!」
「しもた!? ショウくん達見失っとる。急いで探さんと!?」
「小鴉、人の話は最後まで聞かぬか!」
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