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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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”彼女”

 
前書き
鼓舞回 

 
~~Side of なのは~~

「ぁ……ぁぁ……!」

もはや言葉になっていない声が漏れて茫然自失になっているフェイトちゃん。だけど私も人のことを言えない。彼どころか大切な友達まで吸収されてしまったのだから、私の心には二人を失った怒り、憎しみ、慟哭、そういった負の感情が激しく渦巻いていた。

「おやおや、まさか彼が再びヴァナルガンドの贄となってくれるとは、嬉しい誤算ですね。ウフフフフ……!」

癪に障る顔で嗤うラタトスクの声を聞き、その内容に私の怒りの琴線が思いっきり弾かれていく。それは私だけでなく、お兄ちゃん、フェイトちゃん、アルフさん、ユーノ君、クロノ君、そして同じようにアリシアの遺体も奪われたプレシアさんまでもが憤怒の炎を燃やしていた。

「さて、これからわたくしは破壊の獣に取り込ませた月村すずかを介してヴァナルガンドを操る作業に入ります。邪魔をしなければ今すぐには殺さないであげましょう」

「……さ……い……!」

「それともアンデッドとしてわたくしの配下にして差し上げましょうか? あなた方魔導師なら確実に上位種へ吸血変異するでしょうから歓迎しますよ」

「うるさい……!」

「今のうちにわたくしの寵愛を受けられる人形となっていた方が身のためですよ。たかが人間の分際で破壊の王となったわたくしに勝てるわけがないのですから」

「うるさい!! よくも……よくも二人を!!」

私のリンカーコアからありったけの魔力をレイジングハートの先端に集中させ、ラタトスクを射程に入れる。魔力の集束を前にしてもラタトスクは余裕綽々とした態度を崩さずに、手にしていた鞭を頭上で回転させる。

「二人を……返せぇえええええ!!!」

私の得意な集束砲撃ディバインバスター。いつもより巨大に膨らんだその光がラタトスクに迫り……、

「はぁぁっ!!」

異次元転移で避けられてしまった。避けられた砲撃はそのまま通り過ぎ、ヴァナルガンドの顔に直撃する。あんまりダメージは効いて無さそうだけど、衝撃でフェイトちゃん達にしばらく攻撃出来ないようにひるませる事は出来た。

「どこッ!?」

いくらイモータルでも瞬間転移だとあまり距離を稼げないはず。それにヴァナルガンドがここにいるんだから近くに居る事は間違いない。だから周りを探ろうとした時……、

「チェーンバインド!!」

「ブレイズキャノン!!」

急にユーノ君の鎖とクロノ君の火炎弾が私の背後に放たれる。二人の魔法で発生した風が私の頬を撫で、背後の様子をささやいてきた。

「ちぃっ! 小癪な……」

振り返ると、私の後ろに転移して鞭を振りかぶっていたラタトスクの腕を翠色の鎖が縛っていて、そこに火炎弾の追撃が降り注いでいた。私が不意打ちで攻撃される所で、ギリギリ二人に助けられたみたい。

「お前のようなサディストならこうするだろうと予測していたけど、物の見事に当たるとは……イモータルでも戦術は人並み程度だね!」

「炎が効いてない……となると貴様はフレイム属性のようだが、それならそれで戦いようはある!」

私の目の前に二人が進み出て、まるでこちらを守るようにラタトスクに立ち塞がった。

「二人とも!」

「すまない、今から加勢する。この世界をヤツの好きにさせる訳にはいかない!」

「本当ならサバタさんが戦ってた時点で加勢するべきだったんだけどね……ごめん。だけどここから挽回するから!」

「薄汚い管理局の魔導師風情が……! この私に刃向かった罰です、貴様達を先に始末してやろう!!」

私とラタトスクの戦いにユーノ君とクロノ君も加わり、気持ちだけでも相手を上回った。実力や戦力の差が絶望的でも私は……私たちはまだ諦めていない!!

「もはや出し惜しみなどしません。来なさい、“高町士郎”!! 奴らを斬り捨てなさい!!」

「え……!?」

ラタトスクが呼び出したヴァンパイアが頭上から飛び降りて、凄まじい速度で振るわれた小太刀が二人を斬る――――寸前に、飛び出したお兄ちゃんがその太刀を防いだ。

だけど……このヴァンパイアが……お父さんなの!?

「ぐっ! このタイミングで知られるとは……! すまないなのは、父さんの相手は俺がする! 今の内にそっちはラタトスクを……元凶を倒せ!!」

「お兄ちゃん! そんな……行方不明になっていたお父さんにもこんな事をするなんて……もう…………許せない……! 絶対に許さないから、ラタトスク!!」

多分この時、後にも先にもこれ以上は無いってぐらい私はキレた。人間、怒りが度を超すと逆に冷静になるんだね。でも我を忘れて本能のままに戦うよりはマシだろう。だから……サバタさんとすずかちゃんだけに留まらず、私の家族の運命まで歪めたこのイモータルは、今ここで絶対に倒す!!


・・・・・・・・・・・・・・・・


~~Side of フェイト~~

「お兄ちゃん…………どうして……」

「サバタ……あんたならフェイトを任せられると思ってたのに……! なんでプレシアより先にくたばってるんだよ……くそっ!」

「………………」

ヴァナルガンドを前にして、私は兄を失った喪失感によって膝立ちで戦う気力どころか生きる気力も湧かなくなり、アルフは拳を地面に打ち付けながらお兄ちゃんの事で悔し涙を流していて、そして母さんは私とアルフを初めて狂気が消えた目で無言のまま見降ろしていた。

「私のせいで……私が母さんを止めるなんて言わなければ……いや、いっそ私なんかが生まれて来なければ……お兄ちゃんが死ぬ事は―――」

『――――生きとるッ!!!』

『ッ!?』

突然、ここ数週間一緒に暮らしていた女の子の声が届いて、向こうの方でラタトスクと戦っていたなのは達も驚いていた。半ば虚ろな表情で私は傍に浮かんだ通信映像、その向こうにいるはやての顔を見る。彼女の後ろに映るアースラ内部は、恭也さんと戦っているヴァンパイアにさっき襲撃された事で相当荒らされたのが見てとれる。

でも……はやては、いや、彼女だけでなく忍さん達や管理局の人達は、まだ諦めた目をしていなかった。

『サバタ兄ちゃんは生きとるッ! サバタ兄ちゃんが助けに向かったすずかちゃんも、きっと生きとるッ!! だから、まだ何も終わってなんかおらん!!!』

「はやて? ……どうして? どうしてそこまで生きていると信じられるの!? 相手は絶対存在、破壊の獣ヴァナルガンド。人知を超越した存在に取り込まれて、無事でいられるはずが無い!」

『そんな事はあらへん! フェイトちゃんは覚えとらんか? 月村家に行った時、サバタ兄ちゃんが言ってた言葉を!』

「月村家……?」

私はあんまり重要視していなかった夜の一族との契約。その時、お兄ちゃんが言った言葉を全て覚えはしてないけど、衝撃が大きかった言葉は記憶に残っている。その中には……、

『とあるイモータルに一度操られた結果、俺が世界を滅ぼしかけた』

確かこんな事を言っていた覚えがある。そしてこの“とあるイモータル”とは十中八九ラタトスクのこと、じゃあ“世界を滅ぼしかけた”というのは……もしかして!

『きっとサバタ兄ちゃんは一度ヴァナルガンドに取り込まれた事がある。せやけどそれで死ぬんやったら私たちは最初からサバタ兄ちゃんと出会っとらん! つまり……!』

「!……まだ希望は潰えていない。そういうことだね、はやて!」

『せや! こっちの私たちは戦う事は出来へんけど、それでも皆が勝つと、勝って皆で帰って来ると信じることなら出来る! だから―――!!』

「はやて!!」

まだ収まっていない次元震の影響で激しいノイズが走り、通信が切れてしまった。まだ話してる途中だったけど、はやてが最後に言おうとした言葉は私たち全員、心からちゃんとわかっていた。

「諦めない……」

右を見ると私の手にあるバルディッシュが瞬き、立ち上がる力が湧いた。

「もう……諦めない!」

左を見るとアルフが私を支えてくれて、戦う力が湧き上がってきた。

「だって、まだ終わってなんかいないのだから! だからまだ……私は戦える!!」

後ろを見ると、アリシアを失った時の自分と今の私を重ねていたらしい母さんが忌々しそうに、でもよく見たら少し憑き物が落ちたような顔をしていた。

「………………………はぁ~~~っ、何だかアイツ一人のせいで気分は最悪よ。こうなったら、私自身の手できっちり落とし前をつけないと気が済まないわね。……ほらフェイト、サバタを取り戻したいのならしっかりしなさい」

「……へ? かあ、さん?」

「勘違いしないで、ヤツに飲み込まれたアリシアを取り戻すために一時共闘するだけだから。それが終わったら彼の所で好きに生きなさい」

そう母さんは突き放すように言うけど、それでも私は感じた。母さんの優しさを、本当の意味で初めて注いでくれた確かな愛情を。それだけで私は今まで以上の力が身体の奥から湧き上がってくるように感じられた。これなら……相手が破壊の獣でも、負ける気がしない!!

「ふぅ……本当にサバタは不思議な男だよ。あたしが今だけはプレシアと一緒に戦ってやろうと思うなんてね」

「アルフ……!」

「ふん、駄犬なんかが戦力になるのかしら」

「50過ぎの老魔導師よりかは戦力になると自惚れてはいるさ」

互いに挑発し合う二人だけど、そうやって気持ちを鼓舞しているのかもしれない。相手は本当の意味のバケモノ、魔法が使えようと人間の力だけで太刀打ちするには厳しすぎる。

でもね、テスタロッサ家が初めて轡を並べて戦うんだから、そう簡単にやられたりはしないよ!

ギィィィイィィィイィィィッッッ!!!!

「さっきは怖かったけど、今は全然怖くない。だから……お兄ちゃんとすずかを、返してもらうよ!!」

啖呵を切った直後、雄叫びを上げたヴァナルガンドが両手の拳で殴りかかってきた。私とアルフは横っ飛びで避け、戻った所で黒いガイコツの手を私が斬り、白いガイコツの手をアルフが叩いた。私たちには太陽の力も暗黒の力も使えないけど、変換資質の影響で普通の魔導師より魔法の効果が届きやすい。何度も攻撃して時間はかかったけど、母さんの援護もあったおかげでヴァナルガンドの両手を破壊できた。
両手を失って前のめりになったヴァナルガンドの頭部を母さんがジュエルシードの魔力も込めたサンダーレイジを叩きこむ。冷静になった事で戦法もある程度見えてきており、母さんの魔法の後に私とアルフが続けて集中攻撃。倒れながらでも反撃として放って来る怪奇光線を避け、攻撃の間隙を突いてとにかく攻撃。
外れて壁に当たった怪奇光線の跡を見ると、毒に石化、マヒに火傷になりそうな炎などが見え、やはり属性攻撃に関してもヴァナルガンドは卓越しているのがわかる。それにお兄ちゃんに瀕死の重傷を与えた破壊光線、あれだけは絶対に当たってはいけない。そうやってミッド式ゼロシフトも加えた回避優先の戦術に音を上げて、ヴァナルガンドを一時的にひるませる事が出来た。

ジュエルシードを巡る戦い、世紀末世界から続いたお兄ちゃんの戦い、それらがねじれ合ったこの事件。その終幕を飾るのは人形使いでも破壊の獣でもない、私たち人間だ!!


・・・・・・・・・・・・・・・・


~~Side of すずか~~

【吸血鬼】

それは私の運命を縛る鎖だ。私の家は【夜の一族】という吸血鬼の血筋を引いている。他にも夜の一族の血を引く家はあるけど、とりわけ私たちの血は濃い。そのせいで私やお姉ちゃんは他の夜の一族からも疎まれたり、ノエルたち自動人形の技術を欲しがる人達に標的にされたりしてきた。
そんな人生を歩んできた私は次第に吸血鬼の血を忌避し出し“人間らしい普通の生活”を求め始めた。そして小学校で、ちょっと変わった経緯だけど普通の友達は出来た。

アリサちゃん。なのはちゃん。

この二人は私が吸血鬼だという事を知らない、ごく普通の人間だった。彼女達と一緒にいる間は、私も普通の人間でいられた。吸血鬼の事がバレないように気を付けて心からの安息が出来なくても、それでも笑顔になれる日々を送る事が出来た。
でも……それはある日、突然誘拐された事で覆された。あの日……なのはちゃんがフェレットを拾って動物病院に送り届けた後、帰り道で彼女と別れた直後に私とアリサちゃんは、待ち伏せしていた誘拐犯たちにクロロホルムを吸引させられて意識を失った。そのまま連れ去られて町はずれの倉庫に運び込まれ、そこで私が吸血鬼だという事をアリサちゃんにバラされてしまった。
全てが壊れたと思った。バケモノの私なんかが普通の生活を求めたから、罰が当たったんだと絶望した。だけど……それは杞憂だった。

アリサちゃんは吸血鬼の私を認めてくれたのだ。

でもいくら吸血鬼の事を受け入れられる懐の深さがあっても、状況を覆す力を持っている訳では無い。人間より優れた身体能力を持つ夜の一族の私でも、あの状況を潜り抜ける事は不可能だった。そして……事もあろうか、誘拐犯たちは人間なのに私を受け入れてくれたアリサちゃんに酷い事をしようとした。
だから私は必死に願った。私はどうなってもいい、せめてアリサちゃんだけは助けて欲しい。初めて心から友達だと言える相手を助けて欲しいと、そう願った。でも私の心に巣食う闇は言っていた、バケモノの願いなんか届きはしないって。私の近くにいる人間は全員不幸になる、私は疫病神だから一生絶望しながら長い時を生きるしかない、と。

そんな時、彼が現れた。

突然頭上から降ってきた彼は闇を纏って誘拐犯たちを薙ぎ倒し、一際強いリーダーの男の人も実力で倒した。そんな彼はまるで意にも介さないように颯爽と立ち去ろうとしたけど、先に我に返ったアリサちゃんは彼を呼び留めた。思い返せば本人はあまり気が乗らない表情をしていたけど、その後はちゃんと迎えが来るまで私たちを守ってくれていた。

お姉ちゃん達が迎えに来たときに襲撃してきたヴァンパイアとの戦いで彼……サバタさんそのまま行方をくらましちゃったから、夜の一族の契約もあってお姉ちゃん達はサバタさんを探し回った。だけど見つけられないまま、次に会ったのは何故か温泉旅行の時だった。あの時サバタさんははやてちゃんを背負いながらアルフさんを連れて行ったけど、その光景を見た私は、正直羨ましいと思った。普通と違う力を持ちながらでも、ああやって普通の人の温かみを得られるんだって。

三回目に会った……と言うより見つけたと表現すべき時は、魔法少女稼業をしている事を教えられなかったなのはちゃんとアリサちゃんが喧嘩しちゃって、アリサちゃんが偶然出会ったサバタさんに相談していたタイミングだった。盗み聞きするつもりは無かったんだけど、サバタさんには好きな人が『いた』と聞こえた。過去形な事からその人に何があったのか大まかに想像はできるけど……。
その後は魔法や管理局、ヴァンパイアや世紀末世界の話を聞いて理解するだけで色々大変だったけど、それよりも私はサバタさんの、普通の生き方を求める事すら出来なかった人生に衝撃を受けた。性質は違っても同じ吸血鬼の私にとってかなり辛い話で、サバタさんが自分の人生を歪めたヴァンパイアを恨んでいるんじゃないかとも考えた私は、契約を終えた後に珍しくお姉ちゃんに我が儘を言って数日後、アースラを経由して彼に尋ねに行った。すると彼はこう答えた。

『その考えは杞憂だ。おれはもう、あの偽りの母を憎んではいない。そして彼女が成り果てたヴァンパイア……吸血鬼そのものに恨みや憎しみは無い』

そう言った彼の目は今の私なんかでは到底及ばない視野を映していて、私はどうしてそこまで彼が強くあり続けられるのか、純粋に興味を持ち始めた。だけどやっぱり吸血鬼が人から見て怪物である事は変わりない……むしろ世紀末世界の現状を知った事で私は更に自分の身体に流れている異端の血を嫌悪し出した。でもそんな私の考えを見透かしたかのように、サバタさんはこう言ってくれた。

『ヒトより多少優れている程度の存在がバケモノなわけがあるまい?』

それは私の吸血鬼に対する認識を根底から覆す言葉だった。吸血鬼=バケモノというそれまで私が抱き続けた事で凝り固まった結論を、彼は物の見事に壊してくれたのだ。ヴァンパイアに運命を歪められたはずの彼によって。
あの日、アリサちゃんはありのままの私を受け入れてくれた。この日、サバタさんは私がバケモノでは無い事を気付かせてくれた。二人のおかげで、私は自分が見えている世界が一気に広がっていくように感じられた。
周りの世界がまるで朝日に照らされたように輝いて見え始め、これから明るく楽しい未来が待っている。そう思い胸に期待が湧き上がっていた、そのはずだったのに……。

ハカイ……! ハカイ……! ハカイ……!

ヴァナルガンドに取り込まれてから、私の脳裏に語りかけるように、ずっとその言葉が羅列している。私の心にある闇、その破壊衝動を呼び覚まそうと働きかけているのだろう。だけど私の破壊衝動は自分でも驚くほど静かに抑えられている。その理由はきっと、私の手を掴んでくれている彼の存在があるからだ。

「気をしっかり持つんだ、すずか。絶対にヴァナルガンドの意識に飲み込まれるな」

「う……! は、はい……!」

一片の光も見当たらない暗闇の中、破壊衝動を堪えていて動けない私をサバタさんが抱えて歩いている。最初意識がはっきりした時、ここには二人しかいない、と思ってたけどそうでは無く、奇妙な事にサバタさんにはもう一人の連れがいた。

「ねぇお兄ちゃん……ここから出る当てはあるの?」

「さあな。隠す必要も無いから正直に言うが、二度と出られない可能性の方が高いぞ、アリシア」

「うにゃ~! そんな事言わないでよ、なんか気が滅入っちゃうじゃん! もぉ~!」

「アリシアちゃんって……実際に会うとこんな状況でも元気な子だったんだね……」

「こっちもこんな方法でお兄ちゃん以外の人と話せる機会が訪れるとは思わなかったけどね、すずか」

そう言って私たちの前を進む金髪の少女は空元気の笑顔を見せてくる。詳しい経緯はともかく、幽霊のアリシアちゃんは消えそうだった所をサバタさんに助けられて、成り行きでそのままここまで来る事になっちゃったみたい。でも彼女が無理やりにでも笑わせてくれるおかげで、私はまだヴァナルガンドのプレッシャーに抗う事が出来ているから、正直来てくれて助かっている。幽霊と話が出来ている時点で色々おかしいけど、それで希望が残るならむしろ構わない。

ハカイ……! ハカイ……! ハカイ……!

「ッ……まだ……耐えられる……かな……?」

「ああ、弱気にはならない方が良い。弱音は自分を小さくする」

「ってかさっきからハカイハカイうるさいよね! 絶対存在のくせにそれしか言えないのって思うよ!」

「ふふ……そうだね、アリシアちゃん」

だけど……このまま脱出する希望が何もないと、気を強く保ち続けるのも限界がある。もしこの破壊衝動に屈してしまったら、私たちは破壊の獣と化して世界を壊してしまう。そして壊れた世界を前にして、死ねないまま永遠の地獄を生き続けなくてはならなくなる。それだけは絶対にイヤだ。この世界は嫌な事や怖い事も多々あったけど、それ以上に大切な人達と楽しく過ごした思い出がある。それを壊したくなんかない。

ギュッと目をつぶり、皆で生きて帰れる事を願う。すると私たちの前方で真っ暗な世界の中を貫く一筋の優しい光が現れ出した。

「あれ? 何だろう、この光?」

「これは……ッ、この気配はまさか!?」

何か思い当たる拍子があるサバタさんが動揺を隠せないまま、徐々に光に照らされて具現化した一人の少女を見つめる。サバタさんとほぼ同じ年代で赤いワンピースを着た彼女は、物憂げな瞳を私に向けていた。

「月村すずか……あなたの心は今、サバタさまと同じ月下美人に昇華しました」

「月下美人……」

それは確かラタトスクが言っていた力だったような……。でもこんな所で目覚めて良い力なのかな? これは……ラタトスクの計画通りじゃないの?
私から視線をずらした彼女は私を抱えている彼、サバタさんの顔を見て慈愛に満ちた笑顔を見せた。

「サバタさま……よくご無事で……」

「……カーミラ。おまえも来ていたのか……だが、何故おまえだけはヴァナルガンドと分離しなかった? ヴァナルガンドと同化していた俺はかの世界で目覚めたのに、どうしておまえの魂は未だにここに捕らわれているのだ……!」

サバタさんにカーミラと呼ばれた少女は、その言葉を聞いて目を伏せる。

「サバタさま……悲しまないで下さい。あの時、時空の歪みに飲み込まれた衝撃を利用して、私はあなただけでも自由の身にしようとしました。私がいなければ……ヴァナルガンドを石のまま、封印しておく事はできません。ですがあなたは……あなた達はまだ死ぬべきではありません。あなた達にはまだ、あなた達を信じる仲間が……大切な家族がいるのですから。過去に捕らわれるのではなく、未来を生きてください」

「だがおまえはどうなる! 一人このまま……破壊の獣と共に永遠を眠り続けるというのか!? それがおまえの……未来だというのか!!」

「今、私の魂はヴァナルガンドと共にあります。いずれは私も……ヴァナルガンドそのものと成るでしょう」

「バカな!!」

「だいじょうぶ……私は決して負けません! あなたと出会えたこと……あなたが与えてくれたもの、それを想うだけで……私は戦える! たとえその相手が破壊の獣であろうとも、たとえその戦いが未来永劫に続こうとも、この想いだけは……決して壊せない!!」

「カーミラ……」

サバタさんが沈痛そうに苦々しい表情で俯き、そんな彼をカーミラさんは悲痛を秘めながらも決意のある眼差しを送っている。彼に抱えられている私だからわかる。サバタさんとカーミラさんが互いを大切に想い合っていることを。真に愛し合っていることを。そして……この愛が悲しくも実らなかった結末に、私とアリシアちゃんは胸が痛んだ。

「サバタさま……あなたに渡したいものがあります」

そう言ってカーミラさんが手を広げて出したのは、ジグザグの模様が刀身に走った一振りの大剣だった。「もう大丈夫です」と私は彼に伝えて降ろしてもらい、サバタさんはカーミラさんが出した大剣を受け取る。

「私が切り崩したヴァナルガンドの力の一端を秘めた剣です。同じ力を持つこの剣ならヴァナルガンドにダメージを与える事が出来ます」

「カーミラ……すまない。いつも……俺はおまえに助けられてばかりだな」

「サバタさまのお役に立てるのでしたら、私はそれだけで嬉しいです。……そして、アリシアさま」

「ひゃ、ひゃいっ!? な、何でしょうか……?」

唐突に呼ばれて酷く狼狽するアリシアちゃんに、微笑ましい笑顔を見せたカーミラさんは穏やかな声音で告げる。

「去り際におてんこさまからもたらされた力と、これまでサバタさまから注がれた月の力を使って、私はあなたを“太陽の使者の代弁者”として転生させる事が出来ます」

「へっ!? 転生って、私……生き返れるの!?」

「はい。しかし“太陽の使者の代弁者”と成るのは即ち、“人間ではなく精霊として永い時を生き、太陽意志ソルにその身を捧げる”ことになります」

「えっと……それって要するにどうなるの?」

「簡単に申しますと、“太陽意志ソルの使命を代わりに果たし、かのご意向が無い限り永遠に死ねなくなります”。太陽の使者おてんこさまもかつてダークマターを浴びすぎて地上に降臨できなくなりかけた事がございますが、もし地上に存在できなくなっても消滅はしないのです」

「つまり“太陽の使者の代弁者”に成れば、生き返れる代わりに“太陽系が死ぬまで使命を果たさなくてはならない”という事なんだね……」

なんか別の魔法少女の物語を思い出すけど、契約する相手はインキュベーターでは無く、人間や生命の未来を明るく照らして育んでいる太陽の意思だ。確かに人間どころか吸血鬼の寿命よりはるかに永い時間を生きなければならなくなるけど、未来へ続く命の営みを見守って行く役目を負うだけなら、永い時を生きるのも悪くないんじゃないかな? それに私は夜の一族で結構長く生きていけるから、その分話し相手になるのも出来るはずだ。まあ、もし……生きる事が辛くなったら、太陽意志ソルは一応ちゃんと考慮してくれると思う。

もちろん、受けないというのも一つの手だ。サバタさん曰く彼女の魂の修繕はもう完了しているのだから、このまま昇天して死者の世界に行くというのもある。その世界がどうなっているのかは誰も知らないけど、こっちでも転生して新たな人生を歩める可能性だってある。流石に記憶は無くなるだろうけどね。

む~っと唸るアリシアちゃんはしばらく熟考して悩む……かと思いきや、急に彼女は顔を上げて即答した。

「なるよ。私、“太陽の使者の代弁者”に」

「本当によろしいのですか? 一度成ってしまえば、もう後戻りは出来ませんよ」

「それでもいいよ。……私ね、ずっとお兄ちゃんの傍にいて見てきたんだ。皆が必死に戦って、未来を掴もうとしている姿を。懸命に皆が生きようとしている姿を前にしても、私は何も出来なかった。私が死んでからママがだんだん壊れていくのも、幽霊の私は見ているだけしか出来なかった。苦しかったよ……何も出来ない自分が、自分の無力さが。もうそんなのは嫌だ……だから、私は……今度こそ皆の力になりたい! 皆の未来を守りたい! そのためなら、これから永い時を生きるぐらい怖くない!」

「わかりました……あなたの決意、確かに聞き届けました」

カーミラさんが願う様に手を組むと、アリシアちゃんの身体が太陽みたいな色の温かい光に包まれた。その光はぽかぽかして心地よく、浴びていると私たちに注がれていた破壊衝動の声が弱まっていく感じがした。光が収まって現れたアリシアちゃんは、どういう訳か身体がある程度成長していて、私とほぼ同じくらいの身長の可愛い女の子になっていた。

「これが……生まれ変わった私の姿……」

「心に太陽が昇り続ける限り、あなたは皆を照らす光となるでしょう」

「うん! 私、頑張るよ!」

「今のあなたはおてんこさまと同じ力が備わっています。どう使うかはあなたの判断次第です」

そこまで言って言葉を区切ったカーミラさんは、最後に私に視線を注いだ。

「すずかさま……月の力は太陽の力を増幅し、受け流します。それはイモータルに力を与える諸刃の剣……。しかし、月の淡い輝きはどんな存在も優しく受け入れます。それを胸に秘めておいてください」

「はい……」

確かに私は今なら月の力を感じ取れて、その光が母親のような優しさを秘めているのがわかる。だけど……使い道がわからないよ。いや、実際の所使われるような事がないのが最も良いのかな?

カーミラさんはこれが最後と言わんばかりに手を掲げ、紫色の中型バイクを一台出した。ちなみに各パーツは、

フロント“ハンマーヘッド”
ボディ“エインヘルヤル”
タイヤ“チェーン”
スペシャル“バリア”
カラー“サバタバイオレット”

である。機械好きの私としては異世界の技術で作られたバイクなのだから、正直興味が湧き上がる。にしても、なんでバイクなんだろう……? と思っていたら、サバタさんが操縦できるようでそれに跨り、アリシアちゃんは彼の後ろに座ってしがみついた。どうやらこれに乗って脱出するようで、私はサバタさんの前に潜り込んで座る。ハンドルを掴むサバタさんの腕に挟まれていると心が落ち着き、光の筋が示す道を前にしてバイクのエンジンがかかる。

「……これ一人乗りのようだが……前後合わせて3人も乗って大丈夫だろうか?」

「心配ありません。サバタさまならその辺りは自力で何とか出来ちゃいますよ」

「そういう問題か……? 一応スペック的に問題は無いようだがな」

「出口はもうわかりますね、サバタさま」

「無論だ。ジャンゴの時と同じく、仲間の心の声をたどれば良いのだろう」

サバタさんは目を閉じて耳を澄ませ、ヴァナルガンドの破壊衝動の声に混じっている、外の声を聞き逃さないようにする。私とアリシアちゃんも同様に目を閉じ、皆の心を感じ取ろうとする。

…………………。

『くっ……ここまで来て……! でも……でも私は……!』

『私たちは! もう二度と諦めたりはしない!!』

『その通り! あたしらの力はまだこんなものじゃないよ!』

『うん! 私たちは……人間は絶対に諦めないの!』

『そうだよ! それにもし、僕たちが力尽きても終わりなんかじゃない……!』

『ああ! 僕たちの事を記憶している誰かがいる限り、この想いは繋がっていくんだ!』

『だから……俺達の世界は、イモータルの思い通りになんかならない!』

聞こえたよ……皆の声が。
見えたよ……皆の心にある太陽が!

帰り道が示された事で瞑想を止めて目を開けた私は、カーミラさんを見つめるサバタさんの顔が見えた。

「……カーミラ、やはりどうしても来れないのか?」

「はい……ヴァナルガンドは次元の壁をも破壊する力を宿しています。再び澱みの世界に落ちた所で、いずれ現世に自力で這い出るかもしれませんので、私の石化の力で封印しておいた方がよろしいのです。そうすればもし何らかの理由で石化を解かれても、ヴァナルガンドが現世に出るまで時間稼ぎが出来ますから」

「…………すまない」

「サバタさま……では最後に一つだけ。あなたのおかげで救われた心があった事を、時々で良いので思い出してください。それだけが私の、最後のワガママです」

「ああ……ありがとう……カーミラ。その願いは忘れない、必ず」

「はい……!」

「……よし、行くぞ。明日を取り戻しに!」

サバタさんの言葉に鼓舞され、私とアリシアちゃんは威勢よく返事をした。そんな私たちをカーミラさんは聖母のような笑顔で見送ってくれた。

「さようなら、アリシアさま。さようなら、すずかさま。さようなら……私が愛した暗黒少年」

「さらば愛しき魔女……わが青春の幻影よ! 俺はもう、ふり向きはしない。生と死の輪廻、その果てで……いつかまた、めぐり会おう!!」

私たちを乗せたバイクをサバタさんが発進させ、カーミラさんから受け取った大剣を振るってヴァナルガンドの外へ続く見えない壁をぶち抜き、私たちは私たちが生きる世界へ帰る道を突っ切る。
その途中、ヴァナルガンドの影らしき物体が私たちの進路を遮ろうと妨害してきた。“ウーズ”と言う名前らしいそれには実体がなく、倒す事は出来ないようだけど、脱出において相手をする意味は無いらしい。なのでサバタさんは障害物のウーズは巧みなバイクテクニックで避け、追いかけてくる“ブラックスケルトン”という真っ黒なガイコツには、このバイクに備え付けられている“ハンマーヘッド”というミサイルで迎え撃っている。
ヴァナルガンドは何としても私たちを取り逃がしたくないみたい。でも……私たちは私たちを待ってくれている人達の所へ帰らないといけない。だから、もう邪魔しないで!!
 
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