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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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肝試し

 
前書き
オリジナル回 

 
「そこの少年、しばし待て」

ある日、ジュエルシードやヴァンパイアを探して出歩いていると、いきなり仮面をつけたいかにも怪しい風貌の男から呼び止められた。世紀末世界出身だからこの世界の流行とかに詳しい訳では無いのだが、はっきり言わせてもらおう。

「見た目からして胡散臭い奴の言う事なんか信じられるか」

「いや……おまえにとって絶対有益な話だぞ? 少しぐらいは話を聞いても」

「興味ない。失せろ」

「ま、待て! せめてこれだけでも聞いてもらいたい!」

仮面の男が強引に話を聞かせようと俺の肩を掴んだ瞬間、何故か仮面の男の姿がノイズが走ったように揺らぎだした。普通、人間の身体にノイズが走るなぞあり得ないため、こいつはただの人間ではないと判断し、いつでも暗黒銃を抜けるように手を忍ばせて警戒する。

「ば、馬鹿な!? 変身魔法の効果が急に衰えただと!? ど、どうして……」

「魔法? おまえ、魔導師か!」

まさかジュエルシードを狙う第三勢力の魔導師が現れたのか。そう推理した俺は即座に右フックを変身魔法が解除されかけて動揺している男の胴体に撃ち込み、ひるんだ所を逃げられないように後ろに回り込みながら関節を曲げて力が入らないようにしてから手を捻り上げ、地面に押さえつける。この国の警察が採用しているらしい体術だが、こうして使ってみると中々拘束力が高い。そのおかげで男の抵抗は全く役に立たず、しばらく押さえつけていると逃げられないと判断したのか、それとも変身魔法の時間切れで諦めたのか、足掻くのを止めていた。

「猫の使い魔……?」

俺の身体に宿る暗黒物質によって変身が解除された男は、本来の姿である年上で尻尾の生えたショートカットの女性に戻っていた。猫だと判断したのは尻尾が猫みたいな毛並だったからだ。

「クッ……まさか初めての接触だけでいきなり捕まるなんて……!」

「正体不明の魔導師相手に容赦する必要は無いのでな。初対面の相手にも正体を隠す程だ、いずれにせよやましい事でもあるのだろう?」

「そっちの件は脅しても話さないからね……!」

「そうか。なら心優しいあいつらが見ていない今の内に、ここで始末した方が良いかもしれないな。おあつらえ向きに棺桶も用意してある」

「か、棺桶ぇ!? なんでそんなものを……」

「イモータルを弱らせた後、一時的に封印しておくためにあらかじめ作っておいたのだ。慣れない日曜大工だったが、まあ臨床試験という事でおまえを先に埋めてみるのもいいかもな」

「ま、待って! 今はあなた達に危害を加えるつもりは無いわ!」

「そうか、“今は”か。なら後に敵対する前に……」

「あっ……!? ちょちょちょちょっと待って、今のナシ! 私にあなた達と敵対する意思は無いわ!」

「ならなぜ正体を隠していた? 正直に答えなければ……」

「言う言う言う! 言うからその銃しまって!! なんか近くにいるだけで魔力が消えていくから! 撃たれたら私の使い魔人生が終わりかねないからぁー!!」

なんか大人げなく泣き出してしまったので、話が終わるまで大人しくすると誓わせてからゆっくり話の出来る場所へ移動した。場所は……翠屋である。

「ってまた客として来るのかよ!?」

「来ちゃ悪いか恭也。店商売してるくせに客を選り好みするつもりか?」

「ぐ……い、いらっしゃいませ……!」

「こんなに言い難そうな“いらっしゃいませ”は初めて聞いたわ……」

そうぼやいた元仮面の男だった女性は遠い目をして哀愁を漂わせていた。とりあえず同じ高町姓の札が付いた眼鏡の女性の案内で窓際の席に付くと、適当にエスプレッソコーヒーを注文しておく。

「じゃあ私はウーロン茶とカルボナーラ~♪ ……あ」

「………………それぐらい奢ってやるよ」

「へぇ……この歳で年上のお姉さんに借りを作らせようとするなんてね。もっと便乗してあげよっか?」

「ほう? なら俺は自分の分だけ払う事にしよう。その代わり金を持ってきていないおまえは無銭飲食になるが、関係がない俺の責任ではないな」

「ごめんなさいマジ勘弁して下さい今ホントに持ち合わせが無いんで奢って下さいお願いします」

「え、えっと……とりあえず注文はもういいのかな?」

おずおずと伺ってきた女性店員……後で恭也から“美由希”と教えてもらったが、彼女は年下の男に頭を下げて飯代をたかろうとしている目の前の女性と俺を交互に見て困惑していた。こんなのは戯れだと告げると、彼女は微妙な顔をしながらも店の厨房にオーダーを告げに行った。

「さて……まずおまえの名前が何なのか教えてもらおうか」

「え~っと……やっぱり言わなきゃダメ?」

「ダメじゃないぞ」

「え、あれ? そうなの?」

「どこかの白い魔導師のように名前に固執する程興味も無い。害が無ければすぐにでも別れられるのだから、暫定的に呼べさえすればそれでいいのだ」

「そ、そうなんだ……」

「という訳でおまえが名乗らないのなら、呼び名をこっちで勝手に決めさせてもらうが、それで構わないか?」

「私にとっては名乗らなくていいのは渡りに船だから、それでいいわよ。で、今は何て呼ぶの?」

「―――“ねとねと”」

「は!? え? え、ちょっ!? それ私の呼び名!?」

「気に入らないか?」

「気に入らないわよ!」

「では――――“ねばねば”」

「さっきと全然変わってないじゃない!」

「何を言う。“ねとねと”より“ねばねば”の方が健全だろう」

「どこがよ!? どっちも雰囲気的に粘着質じゃない! それ仮にも女性に付ける呼び名じゃないわよ!」

「だがおまえはさっきそれでいいと言って了承したではないか。だから“ねとねと”と呼ばせてもらうぞ」

「え、ま、マジ!? 本当にそれで呼ぶの!?」

「当然だ。では“ねとねと”、さっき俺を呼び止めて何を伝えようとしたのだ? 絶対有益な話と言っていた以上、生半可な内容ではないのだろう、“ねとねと”」

「……………………」

「どうした、“ねとねと”、何を俯いて黙っている“ねとねと”。さっさと話したらどうだ“ねとねと”」

「も……もう“ねとねと”って呼ばないでぇー!!」

彼女の女性としてのプライドにヒビが入った魂の叫びが店内に響き渡った。どこかで読んだ事のある精神攻撃を喰らった彼女は本気で慟哭の涙を流していたが、流石に敵対しているとはいえ煽り過ぎただろうか。

「私には……私にはリーゼロッテって名前があるのよぉーー!! “ねとねと”じゃなぁーい!!」

テーブルに突っ伏して大の大人が号泣していた。いくら怪しいとはいえ二回も泣かせてしまうとは少々大人げなかったな、反省しよう。

なお、注文した料理が来て食べ始めると彼女は泣きながら我武者羅にがっついた。そこまで腹が減ってたのか……この女、もしかして仕事ができず収入が無いホームレスなのか? そう思うと何だか可哀想に見えてきた。

「……何か勘違いしているようだけど、私ちゃんと職あるから。結構偉い立場だから」

「偉い立場の人間ならこんな所で油を売っている訳が無いだろう。しかも初対面の相手に食費をたかっておいて、職があるだと? はっ!」

「何だろう……私、この少年に色んな意味で勝てる気がしなくなってきた……。もう色々どうでもよくなったわ……」

年下に完全に言い負かされた年上の構図が完成。社会人が子供に喧嘩を売って返り討ちにあった気分を彼女は味わっているのだろう。本当に偉い立場の人間ならプライドがズタズタになっているに違いない。
カルボナーラ……トマトケチャップの香りがするスパゲッティを食べ終え、使い捨てナプキンで口を拭いているリーゼロッテに、本題の話を切り出した。

「さて……いい加減話を進めよう。おまえはどういう意図があって俺に接触してきたのだ?」

「単純に言うと情報提供よ。この街に落ちたジュエルシード、その一つがある場所をね」

「そうか。それは確かに有益な情報だが、おまえが次元世界出身の魔導師なら不可解な点がある。……なぜおまえが回収しない? いや、なぜその事を管理局に告げない? 上空には管理局の戦艦が来ているのだから、やましい事をしていないのならそっちに情報提供すれば良いものを」

「そう疑うのも当然よね。まあ、久しぶりにまともな食事をさせてくれた礼もあるから少しぶっちゃけるけど、現在私には内密の任務があってここにいる事を表側に知られるわけにはいかないのよ。だからその過程で見つけて秘密裏に封印しておいたジュエルシードも当事者に渡るようにしたんだけど……」

「なるほど、あの不可解な位置に落ちていた3つのジュエルシードはおまえが封印したものだったのか。さっきの印象や見た目に似合わず相当な手練れなのだな、見直した」

「そうやって君から褒められても皮肉にしか聞こえない気が……。……って話が逸れちゃったけど、とにかくジュエルシードがある場所を教えるわね。この街にある小さな山、そのふもとにある廃病院よ」

「廃病院だと?」

「道路や流通が行き渡って海鳴大学病院の方が新しい設備を用意しやすく、通うのに坂を登ったりと立地が悪い事や真偽はわからないけど違法行為があった事もあって倒産した昔の病院よ」

「そうか。情報提供に感謝するがリーゼロッテ、こちらにも都合がある。回収しに行くのは準備をしてからだ」

「それでいいわ。変に急かして準備不足で戦う羽目になった挙句失敗して地球が壊滅しました、じゃ教えた甲斐が無いもの。例の男が現れないとも限らないし、そっちの騒動が終わらないとおちおち私も任務に集中出来ないしね」

「おまえの任務か……俺達に危害を加えないのなら、せめて成功を祈ってやろう」

「あはは……君から応援されるのは複雑な気持ちだけど、その言葉は胸に刻んでおくわ」

そう言ったリーゼロッテの顔は何故か苦虫を噛みしめたように辛そうだった。表情に出る程葛藤するような内容なのだろうか? 表側に知られるわけにはいかない、と言う程だから後ろ暗い任務なのかもな。さっきの発現は迂闊だったかもしれない。

閑話休題。

こういうシチュエーションで何かのウワサ話をしていると当事者が湧いてくるものなのだそうだが、今回の件もその通りになったらしい。さっきから……具体的にはカルボナーラが届けられてから白い魔導師こと、高町なのはがさっきから厨房近くの壁から上半身を出して覗き込み、聞き耳を立てているのがこの席から丸見えなのだからな。……というか彼女、ちゃんと隠れる気があるのだろうか?

「…………なのは……」

一方で恭也も彼女のバレバレな観察に呆れたような、それでいて微笑ましい視線を向けている。おまえ、妹が何をしていても愛でるタイプだろ。しかし……どうもこの家族の中で彼女だけ空気が違う……というより浮いている気がする。まぁどうでもいいが、話を聞かれていた事で今回のジュエルシードの回収に向かえば必ず彼女達と出くわすだろうな。フェイトがその程度で止まる訳が無い以上、バトルは避けられないか……。しかし廃病院か……ホラーに耐性が無い彼女達がパニックを起こさなければ良いが。

その後、約束通りリーゼロッテの分も会計を済ましてから店の前で彼女と別れる。向こうは少し無理をしているような笑顔で去って行ったが、果たして彼女が報われる日は来るのか、星詠みができるわけでもない俺ではわからなかった。
なお八神家に戻る途中、高町なのはが尾行してきているのが振り向かなくてもわかったのだが、あえて遠回りで走ってみると彼女は途中でへばっていた。体力無いな、もう少し鍛えろ。




昼間、フェイト達はプレシアにジュエルシード回収の進行を伝えて夕方に帰ってきたため、リーゼロッテからもたらされた情報のジュエルシードの回収は日が完全に沈んだ真夜中に決行する事になった。
そんなわけでおどろおどろしい雰囲気でいかにも何か出そうな廃病院を前に、フェイトとアルフはガタガタ震えて俺の腕にしがみついていた。

「ほ、ホントにここにジュエルシードが、あ、あるんだよね……?」

「ああ、そうらしい」

「うぅ……夜の廃病院だなんて……こ、怖いよぉ……」

「だだだだだダイジョウブだよフェイト……おおおお、オバケが出ても何とかなるさ……!」

『は~い、オバケここにいま~す♪』

フェイトは恐怖のあまり目元に涙が溜まって少しの刺激で泣きそうで、アルフは膝がガクガク震えながら意気込み、アリスは洒落になっていない冗談を言っていた。なんだこの保護欲そそるような連中は……。今回の封印、本当に大丈夫なのか?
ふと4階の窓際にぽうっと薄ら光る人影が見えたが、それは放っておいて俺が前に歩きだし彼女達を促す。

「おまえら、ジュエルシードが暴走していない内にさっさと回収しに行くぞ。変に暴走したら場所が場所だ、百鬼夜行が襲ってくるかもしれない」

「そ、そんなのと戦いたくないよ! よ、よし! すぐ見つけて早く帰ろう! うん!」

「そ、そうだよ! それにオバケがいきなり後ろにいたらと思うと……」

ブルッと震えている所悪いが、本当にいるぞ。アルフの後ろにオバケ(アリス)。なんかアルフの首元に手を置いているぞ、ニヤニヤ顔で。言わないけど。

『う~ら~め~し~や~♪ って感じかな? こういう探検ってワクワクするよね! きゃー、面白そー!!』

[幽霊がホラーを楽しむ……微妙な気持ちだ]

ともあれ俺達は各々異なる気持ちのまま廃病院に突入した。ただ……この中は色んな意味で大変な場所だったことを、この時は誰も気づけなかった……。

一方……、

「うぅ……なんでこんな所にあるのぉ……?」

「大丈夫だって、なのは。次元世界でも幽霊なんて非科学的存在はいないとされてるんだから、きっと何も起きないよ」

「地球より技術が進んでいる管理局でも幽霊の存在は認知していないのか。……いたら俺の剣が通じるか確かめてみたかったのだがなぁ……」

「オバケと戦う気だったの、お兄ちゃん!?」

「何と言いますか……そういう頼もしさでは群を抜いていますね、恭也さん……」

別働隊もそれぞれの想いを抱きながら突入していった。




スタ……スタ……。

「ぶるぶるぶるぶる……!」

「な、なんか出そうだよね……こう、怪奇現象的な何かが……」

「随分過剰な反応だが、幽霊程度で怖がるほどか? それに最近八神家でもポルターガイストぐらいよくあるだろう」

『は~い! 心霊現象に心霊写真なんでもござれのラブリィ~でチャーミングな幽霊少女、アリスちゃんでぇ~す♪』

[おまえはテンション高過ぎだ]

月の光も届かず、老朽化して所々が崩れている真っ暗な廊下を俺達はゆっくり歩いていた。暗黒少年の俺は暗闇でも夜目が利くが、フェイト達魔導師はそうでもないようで、時々床の小石や道具に気付かず躓いていた。その度にフォローに回っているのだが、おかげで探索速度が低下している。やれやれ、これは長くなりそうだ。

「このままでは埒が明かない。各自分散してジュエルシードを探しに行くか?」

「い、嫌だ! 一人にしないで……!」

「分かれちゃったらホラー映画じゃ一人一人惨劇が始まっちゃうよ! ここは皆一緒に居た方が良いよ!!」

「む……そうか。ではこのまま一緒に―――」

「フェ~イぃ~トぉ~ちゃぁ~ん…………!」

一瞬、遠くの方からフェイトを探しているような声が聞こえた事でフェイトはピタリと硬直する。

「ワタシト……オハナシシヨウヨォ~……」

この国では死者や幽霊と会話すると魂を奪われるという話があるらしく、それを映画などからはやてに教えられていたフェイトは抑えていた恐怖が決壊したのか本気で泣き出した。

「ひっ!? い、い、い……いぃぃいいやぁああああああ!!!」

「あ、フェイト!? 今分かれちゃったらそれこそホラー映画になっちゃうよ! ま、待ってぇー!!」

恐怖で逃げ出したフェイトを追いかけてアルフまで走って行ってしまった。おいおい、さっき一緒に居た方が良いと言ったのはそっちだろう……。それにさっきフェイトを呼んだ声は明らかに聞き覚えがあるものだった。

『これが全ての惨劇の始まりとなったのだぁ~……』

[おい不吉な事言うな、アリス]

とりあえず……何も起きない内に見つけよう。近くの受話器にかけていた電話の主に「ここは潰れているから最寄りの病院に連絡をしろ」と注意してから、俺は彼女たちを追いかけて病院の闇を突き進んでいった。





「うぅ……真っ暗で怖いよぉ……。フェイトちゃ~ん! 来てるんなら私とお話しようよぉ~!」

「まだあの子と話し合いたいんだね、なのは。まあ、僕もどうして彼女達がジュエルシードを集めているのか知りたいけど」

「サバタもそこは話してくれなかったしな……全く、あの男は一体どういうつもりなんだ」

「でも……サバタさんは意味もなく隠したりするような人じゃないの……。きっと何か理由があると思うの……」

トゥルルルルル!

「(ビクッ!?)え……な、なんでこの病院潰れてるのに電話が鳴ってるの!?」

「まさか本当に幽霊がいるのかな……? これは興味深い……」

「念のため、俺が出よう。……もしもし?」

なのはとユーノにも聞こえるように受話器をとった恭也がついでにスピーカーモードのボタンを押す。するとそれなりの少女の呻き声が聞こえてきた。

『イタイヨゥ』

『クルシイヨゥ』

『イヤダヨゥ』

『コワイヨゥ』

『タスケテ、キァアアアアアアア!!!』

「きゃああああああああ!!!?」

「うわぁっ!? あ、なのは! こんな所で一人で先に行ったら危険だよ!!」

「待て、戻ってくるんだ! なのは!!」

フェイトと同じように恐怖でパニックを起こしたなのはも一人で駆け出してしまい、ユーノと恭也が急いで追いかけようとする。しかし……。

ミシミシ……!

「ッ! まずい、戻れユーノ!」

ガラガラガラガラ!!

なのはを追って走り出そうとした二人の足元で老朽化していた床が崩れ、廊下が分断されてしまったのだ。恭也の一声でギリギリ断崖にしがみついてその階に留まる事が出来たユーノだが、先走ったなのはと合流する事が出来なくなってしまった。

「床が俺達の重みに耐えきれなかったのか……となるとユーノの飛行魔法で向こうに渡るのも危険すぎる。仕方ないが、別の安全な道を進むしかないな……」

「確かにその通りですね。……無事でいてよ、なのは!」

回り道を強いられる事になった二人は、一人の魔法少女の安全を祈りながら急いで来た道を戻っていった。それを見てほくそ笑む存在がいた事に一切気づかず……。





「ヒック……ヒック……ここどこぉ……?」

あれから走りに走った後、我に返ったフェイトは自分がサバタとアルフとはぐれてしまった事に気づき、辺りを見回して自分が一人ぼっちになっている状況に再び恐怖が蘇り、泣きながら歩き出していた。余談だが事故などで遭難した場合、その場から動かない方が発見確率は格段に高いのだが、その理由は現場から変に出歩いたり徘徊したりすると捜査の手が行き詰まってしまうのだ。

「アルフぅ~……! お兄ちゃぁ~ん……! お母さぁ~ん……!」

捜査の手が行き詰まってしまうのだ!

血の跡が残るシーツに床、何かが暴れて壊れた跡、刃がどす黒く錆びたメスとハサミ、そういった物が散乱するいくつもの部屋を通り過ぎてはフェイトの脳裏に惨劇のイメージが浮かび上がる。

「(前にはやてが面白がってホラー映画を見せたせいで、どんな物も怖く見えちゃうよぉ)」

ちなみにその日、ポルターガイストが発生した時と同様にサバタの寝室にフェイトとアルフだけでなくはやても逃げ込み、はやても自分から見せたくせにホラーに耐性がない事が全員にバレていたりする。所謂自業自得というものだった。

チャリン……!

突然廊下の奥から響いてきた金属音にフェイトは委縮する。しかしジュエルシードを回収しに来た自分たち以外に誰もいないはずなのにどうしてメスが落ちたような音がしたのか疑問に思い、恐怖に負けまいと必死に堪えながら恐る恐る音の根源の方向に視線を向ける。

廊下の奥に白髪の老人がいた。よく見ると彼の足元には光るメスがあり、それが先程の音の正体だとフェイトは気づいた。

「あの……大丈夫ですか?」

元来、フェイトは優しい性格だ。故に道具を落として老人が困っているのではないかと思い、そう尋ねると老人は朗らかな笑みを浮かべて返した。

「ひっひっひ……心配せんでも平気じゃよ、お嬢ちゃん」

「そ、そうなんですか。良かったぁ……」

「それよりお嬢ちゃん、こんな夜中にどうしてこの病院に来たんじゃ? もう子供が来る時間ではないぞ」

「えっと……実はここに探し物があるので、それを探しに来たんです」

「そうか、探し物か。……それはもしかしてコレじゃないかい?」

老人が白衣の中から出した青い宝石、ジュエルシードを目の当たりにしたフェイトはパァッと笑顔を見せて「それです!」と告げた。

「そうか、そうか、コレを探しておったのかい。では渡してあげるからこっちに来てくれるかい?」

「はい!」

言われた通り老人の所に駆け寄っていくフェイト。彼女と老人の距離がさっきの半分程になった時、さっきまで朗らかだった笑顔が急に怪しく狡猾そうに変化した。その瞬間、フェイトは自らの不覚を悟った。
そもそもこの病院は既に潰れている。それなのにこの老人はどこからともなく現れた。自分達のように特別な理由がない限り訪れる意味のない病院の中で、どうして彼が現れたのか。真相はともかく、老人の傍に駆け寄ったフェイトは首元にチクッと針が刺さったような痛みの後、全身の力が抜けてその場に崩れ落ちてしまう。針に痺れ薬か眠り薬でも塗られていたのか、徐々に意識が朦朧となる中、フェイトは何かの寝台に乗せられる感覚と、先程とは打って変わって狂気に満ち溢れた表情をする老人の顔を目の当たりにしていた。

「(お、にい、ちゃん……たす、けて……!)」

言葉も出せない状態でフェイトが助けを求めたのは、義理の兄であった。







「だからこの病院はとっくの昔に潰れている。急患ならさっさと最寄りの病院か診療所の方を頼れ、じゃあな」

そう言って俺は別の場所で“同じ内容の電話”がかかってきた受話器をたたきつける。いい加減にしてほしいものだが、この病院がそこまで人気があったのなら、立地が悪かろうが潰れる事は無かったんじゃないか?

「お、オバケや心霊現象相手でもマイペースですね、サバタさん……」

隣で高町なのはが血の気が引いた複雑な表情で言う。さっき後ろからパニックで駆け出してきた彼女を先走ったフェイトの二の舞にならないように何とか止めて落ち着かせた結果、実は一緒に来ていたらしい恭也とユーノの二人と合流するまで面倒を見る事になったのだ。

「世紀末世界で幽霊の相手は何度か経験があるからな。こんなの日常茶飯事だ」

「そんな日常は嫌なの! というか本当のゴーストバスターだったの、サバタさん!?」

『いやいや、それだったら今頃とっくに私もバスターされてるから。むしろ憑りつかせてもらってるから』

アリスのツッコミはともかく、そもそもこの面子に俺は違和感を覚える。一人は世紀末世界出身暗黒少年、一人は海鳴市代表魔法少女、一人……否、一霊は記憶喪失幽霊少女。なんだこのチグハグなパーティは……。

「ところで高町なのは、少し訊きたい事がある」

「……なのは、って呼んで欲しいの。サバタさん、いつも私をフルネームで呼ぶけど、それだと疎外感を感じるの……ちょっと寂しいの……」

「そうか、それなら修正しよう。で、改めて訊くがなのは、今日翠屋でおまえを見た時に思ったのだが、どうもおまえとおまえの家族とで空気が違う……というか、心の温度差がある気がしたのだが、心当たりはあるか?」

「へ? そ、そんなことないの、普通だと思うよ?」

「本当か? それならいいが、俺はこの世界の一般家庭を知らないからこの判断基準が正しいかわからんのでな。にしても……そうか、アレが普通なのか……」

何だかんだで割と長い時間店内の様子を見ていたが、なのはの家族は愛情はあっても必要以上に彼女とコミュニケーションをとっていない気がしたのだが……普通の家庭とはあんなものなのか? 年齢の差もあるし働いていた時間帯だから仕方ないのかもしれないが、どうしても違和感が拭えない……。

「フェイトぉ~! どこにいるんだよぉ~!!」

廊下の奥からアルフの呼び声が聞こえてきた。少し湿った声だったから、十中八九泣きかけているだろう。そう思っていたら当の彼女が暗がりからこちらに走ってきた。やけに必死な表情を浮かべて。

「あ、サバタ! フェイトは見つかったかい!?」

「いや、まだ探している途中だが……」

「そんな……じゃあフェイトは今どこにいるんだよ……!」

「あの……アルフさん? どうしてそんなに焦ってるの?」

「あ、白いのもいたのかい。ってそんな事より、あたしが焦ってる訳はコレを見ればわかるよ!」

アルフが手に持っていた金色に輝く三角形の宝石を見せてくる。これはフェイトのデバイスの……。

「バルディッシュじゃないか。なんでアルフがそれを…………ッ!」

「そうだよ! フェイトがバルディッシュを持っていない、という事は今のあの子はまともに魔法が使えない状態なんだ!」

「えぇ!? じゃ、じゃあフェイトちゃん大丈夫なの? 今一人ぼっちなんだよね!?」

「それよりもアルフ、バルディッシュをどこで拾った?」

「この先にある4階のナースステーションの傍だよ! 案内するからついて来て!」

「わかった。ああ、なのは、暗いから足を踏み外すなよ」

「私だけ名指し!? む~、そんなにどんくさくな―――にゃっ!?」

やはりか……!
俺が言った傍から転んだなのはを咄嗟に抱え込むように支える。彼女はあまり運動が得意ではないと日中知ったため、期待を裏切らない運動音痴ぶりにほとほとため息が出る。

「あ、ありがとう、サバタさん……」

「……怪我は無いか? 無いなら急ぐぞ」

「は、はい!(何だろう……この胸の奥から感じるポカポカあったかい気持ちは……? お兄ちゃんやお母さん、お姉ちゃんから感じるものとはどこか違うような……む~?)」

なのはが何かを感じて不思議な顔をしているが、それは置いておき、アルフに案内されてたどり着いた場所はこれまでの廊下と同じような景色の続く場所だったが、風化を除けばそこだけ少し違う雰囲気を感じていた。これまで“静”の気配しか漂っていなかったのが、ここに来てほんのわずかに“動”の気配が混じっているのだ。何が原因なのか見回してみると、俺は床に落ちている小さなナイフ……医学用語でメスという刃物を見つけた。

「………ここは手術室が遠い、にも関わらずこれが落ちている……。という事は、誰かがわざと落としたとしか……」

「サバタさん! コレ見て欲しいの!」

近くの部屋をしらみつぶしに探していたなのはが何かを見つけ、俺とアルフを呼ぶ。彼女が示したのは、ボロボロのベッドと一体化して遠隔操作できる仕組みの麻酔銃と照準台。即効性の麻酔が使われているから使い方としては不意打ちで撃ち込むタイプだが、大人を狙うにしては照準が高い。故にこの高さで狙うとしたら……、

「なのは、ちょっとそこに立ってみろ」

「え? うん、わかったの……」

部屋の入り口になのはを立たせると、麻酔銃の照準は大体彼女の首元に向いていた。やはりこれは彼女のような少女がターゲットになっている。という事は十中八九フェイトはコレで狙い撃たれたか……。しかし誰に?

『お兄ちゃん! フェイトの居場所がわかったよ!』

[そうか、場所はどこだ?]

『ここの地下にある隠し部屋だよ! 急いで! このままじゃフェイトが!』

アリスのファインプレーのおかげでフェイトの居場所がわかり、理由云々はともかくその事を二人に伝えて俺達は地下に急いだ。所々崩れた階段を一足飛びで駆け抜けていく俺とアルフ、走りじゃ追い付けないため飛行魔法で飛ぶなのは。屋内故に狭いから速度はあまり無いとはいえ、ある意味安全な移動法ではあるな。

[それで、どうしてフェイトの居場所がわかったんだ?]

『私一応幽霊だから壁をすり抜けられて、それでしらみつぶしに突き抜けていったら何故か一階の床を通り抜けられたんだよ。理屈はわからないけど、地下が無ければ幽霊でも地面を通れないから変だと思って潜ってみると、何かやっばい部屋でフェイトが捕まってたんだ』

[そうか。しかし入り口の案内ではこの病院に地下は無かったはずだが……どういう事だ?]

『流石にそこまでは私もわからないよ!』

別にそこまで期待した訳では無い。それより一階に着いたのは良いが、地下に向かう階段が無かった。今更だがこの階段が地下に通じていないなら、地下にはどう行けばいいのだ?

『お兄ちゃん、あの子……』

アリスが指差した方向には、この病院に入る前に見えた薄ら光る人影の正体であろう病人服の少女がいた。暗がりからじぃ~っと俺を見つめる彼女は、徐に手招きをしてから闇の中に走り出した。……何故か追い掛けなければならない気がしたので彼女を追うと、廊下の途中にある何の変哲もない壁の前で少女は立ち止まった。

「ここに何かあるのか………?」

「サバタ~! 急に走り出してどうしたんだい!?」

「はぁ……はぁ……、何かわかったんですか?」

俺を追いかけてきたアルフとなのは。念のため彼女達の方を一度振り返って無事を確認した後、再び少女の方を向くと……、

「……?」

まるで蜃気楼だったかの如く少女がいなくなっていた。どこに行ったのか知らないが、彼女がここに案内してきたのには何か意味があるのだろう。そしてその意味は恐らくすぐ近くにある。
……そういえば周りを見渡して思ったが、ここだけ妙に病室と病室の間隔がやけに広い気がする。設計ミスか? それとも別の理由があるのか?

「サバタさん、ここに一体何が……うにゃ!?」

近寄ってきたなのはが疲れていたせいでまた転び、フォローが間に合わず壁に額がぶち当たる。

「うぅ……おでこが痛いの……」

涙目で額をさするなのはだが、俺は今の衝撃で壁が僅かに動いた事に驚いていた。まさかと思い、アルフと共に壁に力を込めて押してみると……バキンっと留め具が弾け飛ぶような金属音がしてから徐々に壁が後ろに動いたのだ。

「隠し扉か……! 厄介な仕掛けをしていたものだ」

「これを見つけられたのは、その子のファインプレーのおかげだね」

「ちょっと転んだだけだから、嬉しいような嬉しくないような……」

錆ついた回転扉を完全に開くと、探していた地下への階段が発見された。が、同時に俺の嗅覚がツンとした薬品の臭いと生き物の腐臭を伝えてきた。

「うっ……なにこの臭い……気持ち悪くて吐き気が……」

「な、なんか……嫌な予感がするの……」

「怖いならおまえ達はここで待っていろ」

「そんな訳にはいかないよ、あたしはフェイトの使い魔なんだから!」

「わ、私だってフェイトちゃんの事が心配だもん。絶対行くよ!」

「そうか……なら十分警戒して進むぞ」

しかし恐怖が強い二人は安全のために後衛にしておき、暗黒銃を抜いた俺が先頭を進む。

コツン……コツン……コツン……。

まるで大きな何かに飲み込まれたと錯覚しそうな暗闇を突き進む俺達は、階段を降り切った先にある薄いオレンジ色の電球に照らされた扉の前にたどり着いた。微弱だがこの中からフェイトの気配を感じる。つまり当たりだ。

今回は躊躇する必要は無い。勢いよく扉を開けた俺は部屋の中の情報を瞬時に把握し、寝台にくくりつけられたフェイトにメスを入れようとしていた老人に向け暗黒ショットを撃った。直撃を受けた老人は弾き飛ばされ、フェイトの側から離す事に成功する。

「お、お兄ちゃん……!」

「ぐおっ!? な、なぜここがわかったのじゃ!?」

「親切な病人服の少女が案内してくれたのだ。それより貴様、今フェイトに何をしようとした?」

「何をだと? ふん、ただこの娘の身体を解剖しようとしただけじゃよ」

「かい……ぼう!?」

「フム、そこの少女も解剖のし甲斐がありそうじゃな」

「ヒッ!?」

「答えろ、貴様は何を考えている?」

「ひっひっひ……医学に携わってきたわしは魔法という物理現象を超越した力を目の当たりにした事で思ったのだ! 魔法使いの身体、それは普通の人間とどう違うのか、わしは知りたいのじゃよ。そのために魔法使いを捕えて解剖しようとした! 魔法使いの力の源がわかれば、人類の進化は更なるステージに進む事ができるのだよ!」

なるほど……これは魔法バレによって引き起こされる騒動の一種とも言える。この老人がいつ魔法を知ったのか不明だが、人間の新たな可能性を求める姿勢も国家プロジェクトなどのように規模が大きくなれば正当化される類のものだ。

「だからってフェイトちゃんを解剖しようとするなんて……酷過ぎるよ!」

「何を言う。貴様達が使う薬や治療法は多くの人体実験や臨床試験があって世に送り出されたものだ。人類は自分たちの進化のために、学ぶために多くの命を犠牲にしてきた! そもそも人間が生きる為には他の生命を糧にしなければならない! 少女よ、貴様はこれまで食べてきた命を全て覚えているのか!? 貴様は食べる時、自分が生きていくために食料となった家畜の事を考えた事があるのか!?」

「そ、それは……」

「フッ……確かに貴様の言う事はその通りかもしれん。人間は他の生命を害さなければ生きられぬ生命だ。しかし、貴様の行為が正当化される理由にはならない。貴様がやっているのはただ知識欲に憑りつかれただけの凶行だ。……妹を返してもらうぞ!」

「愚かな……人類の進化を妨げる反逆者どもが! この宝石の力で貴様達も実験動物にしてやろう!!」

老人が懐から取り出したジュエルシードを、なんと自らの胸に埋め込んだ。病院全体が振動する程、姿が変貌していく老人から凄まじい魔力とプレッシャーが放たれ、脅威的な暴走体となる――――

――――前に大量の暗黒スプレッドを浴びせてやる。

「ぐおおおお!!? わ、わしの存在が、き、消えていく!! ぐぁああああああ!!!」

「わざわざ貴様が完全体になるまで待つ奴がいるか。さっさと地獄に落ちろ」

「ぎゃぁああああああ!!!!」

半分異形となっていた老人からジュエルシードが転がり落ち、狂気に憑りつかれた老人は跡形もなく消滅したのだった。まあ、それも当然か。
しかし実験動物とは……この病院が違法行為で潰れたという事から恐らく生前時の老人が多くの子供達を無断で解剖や薬物投与をしていたのかもしれない。そしてその子供達がこの病院に地縛霊として縛られていた事から起きていたのが、ここの心霊現象の真相なのだろう。無念を代わりに晴らしてやり、呪縛も無くなって成仏していくだろう彼らの魂に祝福があらんことを。

『……あの人も、ジュエルシードの魔力に飲み込まれた亡霊……』

[先に言っておくがアリス、おまえはこいつと違う。必要以上に気にするなよ]

『うん…………』

思ったより精神的に来たらしいアリスは暗い表情で、老人が消えていった場所を見つめていた。その場に残されていた封印前のジュエルシードをなのはがレイジングハートで封印したものの、老人に言われた事が耳に残っているのか哀しそうに俯いていた。

「大丈夫だったかい、フェイト!」

フェイトを寝台の拘束から外し、解剖されかけていた事で彼女の身体に傷が残っていたりしないか必死に調べるアルフ。自分が無事である事をようやく実感したフェイトはゆっくりと彼女にしがみついた。その行動に一瞬驚くアルフだったが、すぐに意図を察して優しい笑顔で彼女を抱き締めた。

「……なのは、見てみろ」

「え?」

俺は落ち込むなのはの首を振り向かせ、二人の微笑ましい光景を見せつける。笑顔を見せる彼女達の姿は無事を喜ぶ家族の愛情が感じられ、なのはの悲しみをほぐしていった。

「おまえの歳では命や世界の仕組みに関して難しい事はわからないかもしれない。しかし、この光景をおまえはどう思う?」

「どうって……」

「どことなく嬉しいだろう?」

「……うん。無事に会えて良かったと思うの」

「そうか。おまえのおかげで見れた光景だ、誇りに思ってもいいぞ」

「え、でも私はただ転んだだけで、実際は何にもしてないの……」

「いや、隠し扉を見つけられたのはおまえのおかげだ。内容や意図は関係なく結果的にそうなったとはいえ、これはおまえの功績だ」

「そんなに褒められると……なんか照れるの」

「褒められる事をしたのだから褒められて当然だろう、素直に受け取っておけ」

少し立ち直ってきたなのはを撫でていると、アルフとの再会を堪能したフェイトが俺の腰に抱き着いてきた。何も言わず、彼女の頭も安心する様に撫でておく。

「……一人ぼっちになった時、捕まって動けなかった時、お兄ちゃんならきっと来てくれると信じてた……。ありがとう、助けてくれて」

「……フェイト、その言葉を言う相手はもう一人いるぞ。ほら、賢いおまえならわかるはずだ」

「ふぇっ!? え、ええっと、そ、その……うん」

俺から離れてなのはに向かい合うと、顔を赤らめながらフェイトはたどたどしくも言葉を紡ぎ出した。

「あ……あり……、……すぅ~はぁ~……んっ。……あ、ありが……とう……」

「ど、どういたしまして……」

モジモジしているフェイトの可愛さに当てられて、なのはもつい赤くなって目を逸らしているが、まあ今回の件は意図せずこいつらの仲の進展にはなったようだ。

『うんうん、良かった良かった♪ ま、幽霊の私がスルーなのはしょうがないけどね。でもフェイトに何もなくてホント良かった』

[そうだな。しかし……何かを忘れている気がするのだが……]

『あ、それ私も。なんかこう……欲しくてもいざ手に入れると全然使わなくなってそのまま忘れちゃった道具みたいな感じなんだけど、さっきの騒動のせいでさっぱり思い出せないや』

[ああ、確かにそんな感じだが、この俺も忘れる程だ。今更気にする必要は無いか]

『だよね~♪ じゃ、帰ろっか。こんな辛気臭い場所からさっさとオサラバしようよ!』

[幽霊が辛気臭いとか、おまえも中々言うようになったな]

アリスの冗談に苦笑しながら俺達は綺麗な月の光が注ぐ地上に戻ってきた。やはり暗黒寄りである俺の性か、太陽の光よりも月の光の方が気持ちよく感じる。

「今日はありがとう。でも……次こそはジュエルシードを手に入れるから」

「うん、また会おうね。フェイトちゃん」

「今回は助けてもらったけど、次からは敵同士だからね、なのは!」

「あ! アルフさん、今私の名前……!」

「今の穏やかな空気の内に言っておこう。……フェイトと対立してきたおまえの行動には何か意味があるのだろうが、人間という生き物はどうしても口にしなければ伝わらない時もある。なのは、おまえが何を求め、何を為したいのか、今すぐとは言わないがそれを言葉にできるようになれ。ジャンゴと同じくいつも心に太陽があるおまえなら大丈夫だ」

「いつも心に太陽……はい、サバタさん!」

そう告げた後、本来の敵同士の関係に戻ったフェイトとなのはは別れた。去る前に少し雰囲気が緩和した病院に振り向くと、俺達をあの壁の前に誘導してくれた病人服の少女が4階から微笑を浮かべて手を振っていた。

『ありがとう』

声は無いが口はそう動いたのが見え、その言葉を受け取った事で俺が頷くと何かに満足した様子の彼女の姿が徐々に消えていき、次第に何も見えなくなった。

『……………』

俺と同じ方向を見ていたアリスは何も言わなかった。ただ……いつも天真爛漫な彼女は今、病院に向かって静かに祈っていた。

後日、隠し扉が発見された事で再び捜査が入ったあの廃病院では、地下で違法に人体解剖をしていた老人の犠牲となった行方不明の児童たちのホルマリン漬けの遺体が発見され、政府と遺族たちの手で丁重に埋葬されたそうだ。その遺体リストの中に病人服の少女と同じ顔の少女もおり、テレビのニュース越しだが彼女の冥福を祈った。








「ただいま~!」

「おかえり、なのは。身体は大丈夫? 怪我は無い?」

「うん、お母さん! 今日はサバタさんのおかげで平気だったよ!」

「あら、そうなの? それは何よりで良かったわ」

母の桃子から暖かい紅茶をもらい、なのはは今日の出来事を思い返して結構大変だったなぁと一息つく。それと同時に、夏場でもないのに肝試しのような事をして冷えた身体が温まり、やっと帰ってきたんだと実感していた。なお、この彼女はアースラに搭乗はしていない。
管理局のリンディから魔法について説明があったとはいえ、桃子は末娘にしか対処出来ない事件に母として娘に危険な事はあまりしてほしくない気持ちと、なのはが自分からやりたいと言っている事から背中を押してあげたい気持ちもあって複雑な感情を抱いていた。しかし……なのはに限らず兄の恭也からも何度か話に出て来ていたサバタ、彼の存在が意外な程自分に安心を与えていることを桃子は自覚していた。

「そういえばサバタさんって今日の昼頃に綺麗な女性と来てたマフラーの男の人よね? なのはもあの時ずっと隠れながら見てたっけ」

「えへへ……まあ事情があってね……」

「なのは、もしかして彼の事が好きなの?」

「ぶふーっ!!? な、ななななんでいきなりとんでもない事言うのお母さん!? わ、私はそんなんじゃ……! だ、大体サバタさんは私の悩みや想いを相談したらアドバイスしてくれて、アリサちゃんやすずかちゃんを助けてくれて、ジュエルシードの封印で危ない所を守ってくれて、ぶっきらぼうだけど本当は面倒見が良くて、子供だからと言って難しい事を誤魔化さないでちゃんと話してくれて、まるで頼れるお兄ちゃんみたいな人だから、好きとかその……!」

「あらあらあら、我が娘ながら可愛すぎて微笑ましいわね~」

「うぅ……お母さんのいじわるぅ」

「ところで……一緒に行ったはずの恭也とユーノ君はどうしたの?」

「ふぇ? ……………あーーーっ!! すっかり忘れてたの!!」





所変わって廃病院。

「ねぇ恭也さん……」

「言うなユーノ、俺もとっくにそんな気はしている」

「はぁ……僕たち、結構大事な場面で省かれた気分だよ……」

「そうだな……色々全部持っていかれた感が拭えない」

『なんでこの人達はまだ帰らないんだろう?』

とりあえず無念が晴れた事で成仏する前に彼らが外に出られるよう導いてあげようと思った病人服の少女であった。

 
 

 
後書き
サバタは麻酔銃の部品を手に入れた。 
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