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老騎兵

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3部分:第三章


第三章

「一捻りだ」
「そうならない為にも」
「気を引き締めて」
「負けじ魂を見せろ」
 スッタの言葉が強くなる。
「我がスオミ人のだ」
「ええ、思う存分見せてやりますよ」
「ソ連が何だってんですか」
「共産主義が何だってんですか」
 彼等はどちらも嫌いだった。このことははっきりとしていた。
「あの連中の軍門に下る位なら」
「モスクワまで攻め込んでやりますよ」
「そうだ、その意気だ」
 スッタは彼等の言葉を聞いてようやく微かに笑った。とはいってもそのカイゼル髭が微かに動いただけだ。それだけだった。
 しかしそれでも笑ってだ。彼はまた部下達に話す。
「それではだ」
「ええ」
「今度は一体」
「食え」
 スッタが今度言うのはこのことだった。
「そして寝ろ。いいな」
「次の戦いに備えてですか」
「それで」
「くれぐれも凍死はするな」 
 このことを言うのも忘れない。フィンランドは寒い。冗談抜きに凍死の危険が隣り合わせだ。それはソ連にしても同じである。
 それでだ。スッタは今このことを言うのを忘れなかったのである。
「わかったな」
「勿論ですよ」
「食い物とその備えは怠っていませんよ」
「じゃあまずは食って」
「暖かく寝ます」
「よし、そうしろ」
 部下達の言葉を受けて頷く。この日はこれで終わった。そうしてだった。
 それから数日後だ。またしてもソ連軍が来た。これまたかなりの数だ。
「ううん、相変わらず凄い数ですね」
「戦車も大砲も多いですし」
「何処からあれだけ出て来るんだか」
「熊の体力を侮るな」
 スッタの今の言葉はソ連が例えられている動物を例えに出していた。
「不死身だと思え」
「ったく、面倒な奴等ですよ」
「一回位死ねっての」
「全く」
「生憎だが向こうにそのつもりはない」
 スッタの言葉は実に救いのないものだった。
「何時までも生きるつもりだ」
「俺達を食ってですね」
「そのうえで」
「そういうことだ。食われたいか」
 ここでも部下達に対して問う。
「熊の餌になりたいか」
「冗談ですよね」
「誰がそんなのなりたいんですか」
「そうですよ」
「人間は熊に食われるものじゃない」
 スッタは部下達の強い言葉を聞いて自信もこう言ってみせた。
「熊を狩ってそれで食うものだ」
「ですから。奴等もですね」
「幾ら数が多くても」
「やってやりましょう」
「もうすぐ援軍が来る」
 今戦場にいるフィンランド軍は彼等だけだった。他の軍はソ連軍のその大軍だけだ。これだけは嫌になる程前からやって来ている。
「空からも来るらしいぞ」
「じゃあそれまで、ですね」
「戦い抜きますか」
「生き残りましょう」
「生きろ、そして勝て」
 今度のスッタの言葉は簡潔だった。
「わかったな」
「はい、それじゃあ」
「行きましょう」
「騎兵の戦術に守りはない!」
 そもそも騎兵での防衛戦術というもの程有り得ないものもない。攻めるか退くか、騎兵の戦術はこの二つしかないと言っていい。
「だからだ。ここはだ」
「はい、攻めましょう!」
「ソ連の熊達を次から次に狩ってやりましょう」
「俺達の手で」
「わかったら行くぞ」
 最早多くの言葉は不要だった。
 
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