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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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憎悪との対峙
  40 明かされた混沌

 
前書き
今回で40話です!!
実はプロローグや章間の小話を含めるとトタールで40話は過ぎているのですが...

前回、まさかのドアを破壊してしまうというラストでしたが、そこから一転、今回はついに敵の計画が明かされます!
しかし...? 

 
「なるほどね…スターダストになると体に力が残る…変身しなくても人間以上の力が発揮できるっていうわけか」
「ええ。全くとんでもないものを手に入れてしまったわね、あなた」

彩斗とハートレス、そしてアイリスはリビングで数分前の事件について話し合っていた。
スターダストの凄まじい力ゆえに変身した後も体に残ってしまう現象のせいで本人もかなり困惑していた。
気を落ち着かせるようにミネラルウォーターを飲んで一度深呼吸をする。

「まぁ、ドアだけで済んだなら安いものよ。しばらくは何か触ったりする時は気を遣ってもらうけど」
「もちろん…それよりも治るのか?」
「多分」
「多分って…」
「残存するエネルギー量から考えると約46時間程度で元に戻るはずよ。そもそもスターダストになった人間はあなたしかいないのよ?他に実例が無いんだから私には保証できないわ」
「それは…そうだけど」

「大丈夫、サイトくん。可能性は高い。前にスターダストになった後、あなたはついさっきまで2日以上眠り続けていた。でも起きてから学校に乗り込むまで今のように異常な力は見せてないもの安心して」

アイリスが間に入り、不安そうになっている彩斗に希望を与えた。
いつもならハートレスに対して感情を出そうとしない、それどころかナメられるのを避けるように高圧的にも取れる態度で接する彩斗が僅かながら不安の色を見せている。
恐らく怖いのだろうとアイリスは察した。
ただでさえ自分の生まれ持った才能や後発的に目覚めた人間らしからぬ能力を恐れていたというのに、ますます人間から離れた存在になっていく。
それは意図せずとも人に忌み嫌われながら生きてきた彩斗にとっては、ますます孤独になっていくことを意味する。

「身体の方は大丈夫なの?」
「あぁ…まだ疲れはあるけど、ダメージと言えるものは所々に受けた打撲くらいだし、しかも殆ど治りかけてる」
「…違和感は?」
「違和感?」
「そう、筋肉や骨格が変形してるとか、膨張してるとか。どんなことでもいいわ」
「…そういえば今って言う訳じゃないけど、前に変身した時よりも戦いやすかった。それに戦ってる時、変身直後よりどんどん動きやすくなっていくような感じがした…ような気がする」
「「…」」

アイリスとハートレスは顔を合わせた。
シミュレーション通り、彩斗の身体はシステムを運用する上で適した状態に無理やり作り変えられているようだった。
間違いなく本来ならまともに戦うことも出来ない程の激痛による負担が掛かっているはずだ。
それでも徐々に動きやすくなっていく程度にしか感じない彩斗にそこはかとなく不安を覚える。

「それより高垣の端末は?分析したの?」
「…まだよ。ロックが掛かってる」
「解除すればいい」
「あのねぇ…私はあなたと違ってクラッカーじゃないのよ?これはあなたの仕事」

ハートレスはロックは解除するためにある、解除するのが当たり前のような顔をしていた彩斗の前に美緒から奪ってきたXperiaやその他のメディア、そしてVAIO Zを差し出した。
彩斗は不思議そうな顔をしながらVAIO Zを開いた。
中には自分のPCと同じカスタムLinuxがインストールされ、殆ど環境が再現されている。
しかし先程、学校に突入するときに預けられたPCとは違った。

「さっきのパソコンは?」
「あなたの使った経路の中に妨害電波の発生源があったか、戦闘の余波か、逃げる途中の衝撃のせいかは分からないけどSSDが逝ったわ。本当なら弁償してもらいたいところなんだけど?」
「…ジョーカープログラムが無事だっただけ良かったじゃないか?ほんの10万ゼニー程度で助かったと考えれば安いものさ」
「…ああ言えばこう言う。まぁいいわ、さっさと始めて」
「あぁ…」
「ただし力加減は考えてね?いつもどおりに叩いたら、このパソコンも後を追うことになるから」

彩斗は注意しながら、XperiaをVAIOに繋ぎ、端末コンソールを開く。
しかしハートレスとの今のやり取りで気がかりなことがあった。
画面右上のデジタル時計を見る。
時刻は22時27分となっていた。
続いて自分の時計を見た。

「待って。妨害電波…?今何時?」
「22時27分、私の時計がずれてなければ」
「…そうか。きっかり1時間20分遅れてる」

彩斗の時計、アテッサはオーバーホール時期に差し掛かったハートレスのコンステレーションよりもずれていた。
クォーツ、機械式問わず時計を含む機械類というのは磁気に弱い。
先程まで妨害電波に晒されていた、更にPCが壊れた原因としてハートレスが最初に上げた妨害電波の発生源が自分の通ったというものが当たっていたとしたらと不安になって確認した。
結果、案の定遅れていた。

「…限定モデルで気に入ってたのにな。明日、診てもらおうか」
「あら?ディーラーから支給された時計は?」
「中学生が30万もする時計着けてるなんて変だよ。何処かにやっちゃった」
「…なるほど、確かに。誰の時計かと思ったらあなたのだったのね?」
「…何処で見つけた?」
「本棚の奥」

ハートレスはシーマスター プロダイバーズ300Mをテーブルの上に置いた。
彩斗が昔、隠したものだった。
しばらく使っていないために止まっていたが、ハートレスが持ち歩いていたためかゼンマイが巻かれて動いている。
クインティアが使っているものと型番はほぼ同世代でダイバーズベゼルは青、渦か波のような文字盤に古来より時計にとっては天敵である水との戦いを象徴するシーホースがプリントされている。
彩斗はため息をつきながら腕につけた。

「...あの男と同じ時計は嫌でね」
「暁シドウのこと?あの男だっていつまでも古巣の思い出を引き摺っていないでしょう?」
「…それはどうかな?…始めるよ」

彩斗は時計を外し、キーボードに指をのせた。
美緒の端末の中には恐らく計画に関わるデータか仲間との連絡の履歴が残っている可能性が大きい。
中を閲覧するには、最初にロックを外す必要がある。
端末のOSはAndroid、開発ツールで解除する。
それが出来ない、特殊なロックなら自作ツールで強行突破、彩斗の頭には幾つかの手段が浮かんでいた。
そして指はそれを反映するようにコマンドを叩き始める。

shark@vaio-1:~# adb -d shell
$ su
-bash: su: command not found

「通常の手順じゃ無理か…」

Root、すなわち管理者権限は国内メーカーの端末の場合、使えないようになっているものが多い。
海外を飛び回る美緒ならば海外仕様のものを使用しているかと踏んだが間違いだった。
だとすれば強行的に管理者権限を取ってからロックを解除する。

shark@vaio-1:~# ./tools/mobile/android/exploit/rootkit -i /dev/sdb1
Sending exploits …
Completed.
shark@vaio-1:~# adb -d shell
$ ./rootkit
rootkit> set root system_files paste
rootkit> .exit

$ su
root@android:~#

「よし」
「どう?」
「無理やりだけど端末自体の管理者権限は手に入れた。あとはロックを解除するだけ…」

root@android:~# sqlite3 data/data/com.android.providers.settings.databases/settings.db
sqlite> update secure set value=0 where name=‘lock_pattern_autolock’;
sqlite> .exit
root@android:~# exit

shark@vaio-1:~# adb reboot

コマンドを実行すると繋がれていたXperiaは再起動を始めた。
今までの一連の作業の結果を反映するためだ。
メーカーのロゴが数秒表示され、再起動が完了する。
ロックはちゃんと解除されていた。

「これで自由にファイルが検索できる」

shark@vaio-1:~# mount -o noexec /dev/sdb1 /mnt
shark@vaio-1:~# cd /mnt
shark@vaio-1:~mnt# find ~/ -name *.pdf

「…見つけた」
「!?速いわね」
「幸い手持ちのルートキットがちゃんと動作してくれた。試したことなかったけど…」

彩斗はキーボードを叩き、1つのPDFファイルを見つけた。
タイトルは「ON.PDF」、更新日時はつい最近だ。
一旦、デスクトップにコピーしてウイルススキャンをする。

「開くよ…」

鉱石で作られたトラックパッドに指を滑らせ、デスクトップ上にコピーしたファイルのアイコンのカーソルを乗せる。
そして一度、深呼吸するとアイリスとハートレスが見守る中、彩斗は指に力を入れてダブルクリックした。















リサはイスの背もたれに寄りかかった。
ようやくシドウから預かった端末の解析が終わった。
さすがにAndroidやiOSのような大きなシェアを持っているOSでないため、リサ自身も手探りな部分が大きかった。
この2時間で約300近い解読方法を試した。
背伸びをしてから目薬をさす。

「どうだい、姉ちゃん?」
「ようやく終わった..これから3日はパソコンの画面なんて見たくないわ…」
「随分と苦労したみたいだなぁ…あまり一般に使われてないってことは裏返せば、誰も侵入したりしないってことだもんな」
「マジでお疲れさんです。でもオレとマヤさんでこっちの解析も終わりました…専門用語ばっかりで必要なデータを探し出すのにかなり苦労しました」
「全くだよな。だけど例のデータと89%一致。殆ど誤差の範囲と考えれば間違いない。この3日の苦労がようやく報われるって感じだな」

笹塚は嫌いな教科の試験を受けた後の小学生のような顔をしながらキーボードと体の間に置いていた辞書を閉じた。
ファイルを探そうにもキーワードや何らかの知識が無ければ探しようがない。
いくら3人がPCについて精通していても、まだまだ見たことのない拡張子というのは無数に存在する。
しかもそれ以上に目的のモノ以外にも手に余る機密ばかりで自分たちが関わるべきでない世界に飛び込んでしまっているという緊張感や重圧が作業を遅れさせた。

「平和な社会だと思ってても裏ではこんな危険なものが動いてたっていうのは…正直、オレら…知っちゃいけないことを知っちゃったんじゃ…」
「何だよ…今更?今までだってWAXAにいるだけで知っちゃマズイことなんざ、いくらだって知る羽目になってるだろうが。通信盗聴や諜報活動…大して変わらんだろうさ」
「でも…」
「そのときは仲良く地獄の果てまでランデブーしてやるよ」

怯える笹塚に珍しくリサは励ます言葉を掛けながら肩を叩いた。
珍しく見せた優しさに笹塚は思わず泣きそうになる。
いつもなら年上だろうがはっきりとモノを言い、酷いことをよく言われているが、根は優しい少女だということは知っていたが、いざ言われてみると驚きを隠せない。

「結論から言うと、ヨイリーのばあちゃんは裏で糸を引いている…というよりは本人も状況をよく飲み込めていない可能性が出てきた。どう考えたって、こんな秘密、明るみにできるわけがねぇ」
「ヨイリー博士は私たちが問い詰めた時、何か恐れているようにも見えたわ。最初は秘密が明るみになったら自分の立場が危ぶまれるからかと思った。でも違った」
「ヨイリー博士ですら状況を理解できない。恐らく考えていることは間違っていないが、不明瞭な状態で言いふらせるものでもない。だから秘密裏に御二人に調査させたと」
「途中でまさか自分に疑いがかかるとは思ってなかっただろうがな」

リサとマヤはここまでを振り返る。
ここ数日でいくつもの事件が立て続けに発生したため、自分たちがまず完全に物事を整理しなくては話が進まないのだ。
慣れてしまい、しばらく使っていないペンを取って、会議室のホワイトボードにまとめていく。

10月26日深夜、デンサンシティ郊外の港の廃工場で40人近い中学生が惨殺される事件が発生。
同時に現場から電波人間同士の抗争があったと思われる形跡とアメロッパに本部を持つPMC・Valkyrieの構成員の人間の死体が発見される。

10月27日未明、ヨイリーからの依頼を受け、調査を開始。
ヨイリーのPCに外部から侵入された形跡が見つかる。
更にPCから送信されたデータは幾つかのサーバーを経由して、前日の殺人事件の現場付近の基地局から重要参考人Aの端末に送信されていたことが判明。
状況からヨイリーが事件に対し、何らかの関与をしている可能性が浮上。
深夜、デンサンシティ、才葉シティのニホンのインターネットを管轄するシステムがダウン。

10月28日未明、デンサンシティの古澤区旧歓楽街(通称・プライムタウン)にて26日と同じ電波人間らしき反応をキャッチ。
同時に更なる未知の反応と多数のジャミンカーの反応も検知される。
現場では廃墟となった商社ビルが全壊、目撃証言より電波人間同士の争いがあったと発覚。
早朝、ヨイリーからの調査を切り上げ、インターネットがダウンした原因の捜査に切り替える。

10月29日、早朝、才葉シティ・シーサイドタウンの才葉芸能学園中等部がValkyrieと思われる武装グループによって占拠される。
警察とWAXAが出動、犯人グループとの交渉を開始。

10月30日、早朝、校舎より銃声、しかし要求は無し。
デンサンシティのシステム管理施設の防犯カメラ映像から端末コンソールにバックドアを仕込んだ人物を確認。
重要参考人の足取りの中で糸を引いていると思しき人物(高垣美緒)のいると思われるニホンI.P.C株式会社に向かう。
16時、ローカルネットワークへの侵入に成功、防犯カメラ等の管理システムからの情報により木場(クソ無能)が突入計画を立案。
同時刻、校舎内にロックマンと思しき電波人間が出現、戦闘を開始、警察、WAXA共に5分後に突入。
銃撃戦の最中、警察の特殊部隊・SWATのメンバーにValkyrieのスパイがいたことが発覚。
ロックマン、警官隊とValkyrieを共に撃退、人質を全員救出。
グラウンドで乱戦状態になるも圧倒し、ロックマンは逃亡、数名のジャミンカーが追跡したが返り討ち。
同じくWAXAの起動操作部隊が追跡したが、振り切られる。
19時、校舎地下のサーバールームからハードディスクを回収。


「こんなとこだろ?」

「あぁ…大体合ってる」

「!?アカツキ…お前…もう大丈夫なのかよ?」
「まだ休んでいた方が…」

3人が状況を整理している中、シドウはゆっくりと体を起こした。

「大体な…ここ、オレの部屋だぞ?寝てる側でこんな会議されてたんじゃ…」

ここはシドウの部屋だった。
いつも話し合いで使うミーティングルームでは会話は筒抜け、国家機密ともなるものを解析するとなれば、それなりに安全な場所を選ぶ必要があった。

「だってよぉ…普通にオペレーションルームで解析するっていうのもな…WAXAだってスパイがいないとも限らないし…それになんかあったら、お前が守ってくれるだろうし…」
「てなわけでここなら安全だと思ったわけですよ」
「…笹塚はともかく…マヤ…お前もやっぱりホントはか弱い女の子だよな」

「!?…うっせぇ…」

マヤは顔を赤らめ、シドウから目を逸らして少し笑みを浮かべた。

「フッ…ところで、リサ?高垣の端末から何か分かったか…?」
「Valkyrieの…計画の全てが…」
「!?マジか…」

リサはPCの画面をシドウの部屋の大型モニターに映した。
そして中に詰まっていた情報を表示させる。
一足先に中身を見てしまったリサだが、その内容は専門的で理解しづらい内容であるにも関わらず、恐ろしいものだということを肌で感じた。
震える指でファイルを開く。
するとそこには計画書のような文字列が並んだ。

「連中の計画の名前は…『Operation Nightmare(オペレーション・ナイトメア)』…」

「Nightmare(ナイトメア)…悪夢?」

「彼らの計画は3ヶ月前から始まっていました。近年、より高度な技術革新によって進歩し、東京や大阪などの都市と並ぶ程の規模となった反面、犯罪率の増加、治安が悪化の一途を辿るデンサンシティをターゲットに選び、法律では許可されていない違法な武器やダークチップを街中の人間に販売、更なる治安悪化を図る」
「それが最近のデンサンシティでの民間人による発砲事件や傷害事件の真相だったんすね…」
「だから例の殺人現場で殺された中学生たちは武器なんか…」

笹塚の疑問にリサは頷き、テーブルの上に現場から押収したユナイトカードを乗せた。
そして更に計画を読み進める。

「特に販売する相手は中高生をターゲットにしていたようです。これくらいの年齢の子供なら面白半分に使うでしょうから。そして頃合いを見計らい、武器だけでは満足できなくなった、もっと集団で優位に立ちたいという人間にユナイトカード、人間を電波人間に変貌させるこのカードをばら撒く」
「ったく、さっきのSWATの連中もコレ使って、アカツキに襲い掛かってきたんだろ?どいつもこいつも…」
「そして…ここからが問題です。27日午後9時、才葉シティ、そしてデンサンシティのインターネット管理システムを破壊します」
「ん?ここにきて何故、無関係のインターネットを?」

シドウは腹部を抑えながら、用意してあった食事にがっつく。
確かにシドウの言うとおりだった。
治安を悪くするだけなら、武器をばら撒き続ければいい。
インターネットをダウンさせれば、自分たちの行動にも支障が出る。

「インターネットをダウンさせるのが直接的な目的ではありません。もちろん自分たちの追跡を遅らせるという目的もあったでしょうが、それによって間接的に不安を蔓延させるのが目的だったんです」
「不安を?」
「ただでさえ、治安の悪い都市に住んでいる、いつ泥棒に入られても、道端でひったくりに遭うかもしれない状況で不安になったデンサンシティの人々の精神状態、メンタルヘルスの数値は他の都市の人の平均と比べても著しく低い」
「不安を広めたって…いやでも…」
「多分、今、笹塚さんが考えていることは殆ど正解でしょう」

マヤは深呼吸した。
正直、この計画は突飛過ぎて、理解に苦しむ内容だった。

「もし…不安になって誰も信用出来ない…いつ殺されるかも分からない…そんな状況になったらどうします?」
「そりゃ…自分の身を守れるように備えを…ん?まさかな…」
「ここからがまだ行われていない計画になります」
「これから…まだ何かあるってのかよ、姉ちゃん?」
「本当は27日の夜、インターネットダウンから28日の未明までの数時間の間に行う予定だったようです…」
「それが…ロックマンの出現によって防がれた…」

リサは頷き、計画のメインとなるページに切り替えた。

「彼らの本当の目的は…『混沌』。デンサンシティを中心とした…大規模な混沌のサイコロジカル・パンデミック…」

「混沌…?」

その場にいた皆が凍った。
理屈や理由は全く分からないが、恐ろしいことには変わりはない。
特にシドウに関してはデンサンシティのことをよく知っていた。
もしそんなことが起これば、どんな事態になるのか想像に難くない。

「デンサンシティはこのネット社会を構成する中心、いわば東京同様にニホンの中核を担う場所だ。全国、いや世界中からあらゆる人間が出入りする。もしそんなことが起きれば…世界中にあっという間に広がる」
「このデータの彼らの計算によると、約137時間、すなわち…およそ6日で世界78カ国に蔓延、ニホン経済は崩壊、政治は機能しなくなり、ニホンを含めた近隣国では多くの争いが勃発して、約半年で紛争地帯に変貌します」
「世界中を覆い尽くすのに10日も掛からない…」
「でも…そんなこと…そうやって…」

「ユナイトカードですよ。街中の人間にばら撒いたカードがダークチップと同じ精神干渉波を中継・拡散させる」

「じゃあ…ユナイトカードを仮にスピーカーとするなら、それに干渉波を飛ばすマイクがあるってことに…」
「そうです。この資料を読む限りでは、Valkyrieにはナイトメア・テイピアと呼ばれる電波人間が存在するようで、人間の負の感情を増長させる精神波を発生させることができる。これがマイクで拡散させる音源に相当するものです。そして肝心のマイク、すなわち拡散させる役割をもつものですが…」

リサは資料を次のページに進めた。

「Valkyrieが開発した通称『カオス』と呼ばれる高性能拡散装置。これでナイトメア・テイピアの精神波を拡散させる…建物のような障害物の影響も受けず、街全体を僅か数秒で覆い尽くします」

「カオス…混沌の神…」
「…もし実行されれば…世界中の人間が恐怖に怯え、怒りに囚われ、他人に疑心暗鬼になった民衆は…争いを起こす。今、起きかけている戦闘の火種には間違いなく火が点き…第二次世界大戦前後の世界へと逆戻りする」
「でも現代の科学力がある分、質が悪いけどな。核兵器や生物兵器。まるで病原菌のように広がる。デンサンシティでこの病気に感染した人間は世界中に病原菌を運ぶ」
「国同士の条約も平和協定も国を統治する司法も行政もなんんの訳にも立たない…」
「もし、デンサンシティへの出入りを禁止、住民たちを隔離することが出来ても、ニホンは間違いなく終わる」

皆が顔を合わせた。
最初は兵器をデンサンシティを拠点にニホン中に広めることが目的だと思っていた。
それだけでも十分、世界的な中心となりつつあるニホンを潰し、世界中の治安を悪化させ、戦争ビジネスを加速することは十分可能だ。
しかし予想を遥かに上回った計画は彼らの思考はまるで黒い霧で包まれていくような感覚で覆われていく。

「計画が実行されるのは?速く何か対策を立てないと!!」
「それが…これを見てください」

リサはキーボードを叩いて最後の資料へと切り替える。
その時のリサの様子はどこか肩の力が抜けた、どこか安心したように見えた。
美緒の資料の最後のページ、そこには後から付け加えられた雰囲気のあるページだった。


28日未明のプライムタウンでの戦闘により、『カオス』が倉庫の倒壊に巻き込まれ、計画の続行は不可、延期とする。
なお残骸はWAXAに回収されている。


「…おい」
「確かに…28日のプライムタウンでの騒動の後、現場からそれらしい装置の残骸が見つかっています」

「じゃあ…計画は失敗?..したってこと?」
「そうらしいです」
「…でも失敗じゃない。延期だ。また『カオス』が持ち込まれれば」
「無理です。『カオス』にはオリハルコンメタルや他にも既に入手困難なものが多数使われており、量産は不可能です」

「終わった?...終わったのか?」

全員がため息をついた。
ここまでの悪夢のような計画は全て終わっていた。
しかし確証も無い、だが美緒が捕まることを見越してデータに手を加えていたとも考えられない。

「…とりあえず警戒だけは続けた方がいいだろうな。現状、まだValkyrieの人間は多く野放しになっている状態だ」
「そうだな。おい、笹塚!とりあえずこの情報を管制室に」
「分かりました!!」

マヤに言われ、笹塚はすぐさまデータをストレージにコピーしてシドウの部屋を飛び出した。
このことはすぐに知らせねばならない。
しかし反面、マヤには笹塚を追い出すという目的があった。

「じゃあ…次は…これはこいつか…」
「笹塚さんはあまり巻き込みたくないですからね」
「あぁ…」
「お前たちの方が8つだか年下のくせに、まるで姉と弟だな」
「本当にそんな気がしてきちゃってるんですよね。でも…ここからは私たちへの依頼です。私たちで解決しましょう」
「…そうだな。これはさすがに公には出来ないしな」

リサとマヤは顔を合わせ、学校の地下で見つけたデータとローカルネットワークから入手した監視カメラ映像を見た。

「これが…私たちが探していたものの正体…」

3人の視線の先のモニターには向かってくるジャミンカーを圧倒的な戦力で蹴散らしていく灰色の電波人間の姿だった。



















「オペレーション・ナイトメア…これが奴らの計画の全て」

「でもあなたが潰してしまった。だから、せめてジョーカープログラムだけでも…と焦った計画を実行した。これが今回の学校占拠の理由ね」
「あぁ。計画を失敗した以上、ディーラーを牽制できる、なおかつ自分たちが可能な方法を探せば、ジョーカープログラムくらいしかない」

彩斗はPCを閉じた。
ため息をついて、イスの背もたれに寄りかかる。
ゆっくりと目を閉じ、緊張の糸を解いていった。

「良かったね、サイトくん。これで…」
「いや…まだ終わったとは限らないよ。奴らの目的は混乱を起こすこと。このままダークチップとユナイトカードを拡散させるだけでも十分効果はある。ニホン中の人間が行き来するこの街なら…」

アイリスは安心した様子で彩斗に微笑む。
しかし彩斗は内心、まだ終わっていないような感覚を覚えていた。
安心しかけたが、不意に安食の顔が頭に浮かんだのだ。
あの男がこの程度で諦めるようなタイプの人間には思えない。
それに性格は冷酷非情、なおかつ知恵はかなり回るタイプだ。
通常の人間ならジャミンカーにしかなれないはずのユナイトカードを用いて、ナイトメア・テイピアという悪夢を操る電波人間にまで進化している。
常識では計れないタイプの人間だ。
何か別の方法を用いて仕掛けてくるかもしれない。

「…うっ」
「サイトくん?大丈夫?」
「なんでもないよ。大丈夫」

彩斗は一瞬、胸のあたりに痛みを覚えた。
どちらかといえば苦しいという感覚だろうか。
悪い想像ばかりしているせいだろうと思い込んで、アイリスには笑顔で返した。

「…それより、コーヒーもらえるかな?」
「ダメよ。ただでさえ本調子じゃないのに、胃に負担を掛けるのは良くないわ。それに…」
「この娘のコーヒー、正直、オススメできないわ」

ハートレスの一言でアイリスは申し訳無さそうに下を向いた。
そもそも味覚が無く以上、味見が出来ない。
そんなものを出すというのは良くないと、アイリスも先程の一件で学んだ。

「…そうかい。じゃあチョコレート」
「さっきあなたが全部食べたわ」
「砂糖は?」
「アリじゃあるまいし…ところで…あなた、本当に他に違和感は無いの?」
「…別に」

彩斗は睨みつけるような視線で問いかけるハートレスから目を逸らして答えた。
ハートレスと話していると、シンクロを持っている彩斗でも逆に見透かされているような感覚を覚えることがたまにあった。

「…まぁいいけど。何かあって困るのはあなたよ。あとこれは忠告だけど、クインティアが復帰したわ。本調子とはいえないけど…もうあなたの出番はないわ」
「…何が言いたい?」
「もう変身するなってことよ。何が起こるか分かったもんじゃないわ」

ハートレスは釘を刺す。
だが反面、彩斗は少しニヤけていた。

「ちょっと…何がおかしいのよ?」
「別に。心配してくれてるのか思ってね」
「そんなわけないでしょ」
「だろうね。君が僕の心配なんてするわけない」

彩斗は少し残念そうな声でキッチンの方へ歩き出した。
だがキッチンには何も無かった。

「何も…無い?」
「えぇ。何も無いわ。食べたかったら買ってくるしか無い」
「そうかい。じゃあ買ってくるよ。君は何が食べたい?」
「サイトくん?まだ動かない方が…」
「大丈夫だよ。ちょっとコンビニに行くだけさ。メリーの分の食事も必要だ。僕と違って3日近くなにも食べてないはずだからね」

彩斗は財布を手に取った。

「ちょっと。あなたは今、警察から見つかるとまずいってこと、忘れてないわよね?」
「警察に?」
「別に重要参考人っていうわけじゃないわ。でも動機はある、病室から抜け出してアリバイははっきりしていないということは全く事件に関与していないという証拠もない状態なのよ。だから大人しく待ってなさい」

ハートレスは彩斗から財布を取り上げた。
しかし彩斗はすかさずそれを取り返す。
お互いが睨み合う。
今にも口論が起きそうな状況だ。
だがそこに口を挟んできた者がいた。

「待って」

「何よ?」
「私がサイトくんについて行くわ。もしあなたのいない間にメリーさんに何かあるといけないし」
「でもねぇ…分かったわ」

ハートレスはアイリスの思惑に気づいた。
アイリスは彩斗と話すつもりだと。
恐らくハートレスのことを彩斗は信頼している反面、警戒している。
しかしアイリスのことはどういうわけか信用しているようだった。
カーネルから託されたからというわけではなく、それ以上に自然と受け入れている。
その構図を利用するというのは気が引けるが、事は彩斗の生命に大きく関わることだ。
アイリスは後ろめたい気持ちを抑えながら、クローゼットを開けて中からメンズの中折れ帽子を取り出した。

「これなら多少だけど人相を隠せる…はず」
「…似合ってるわ」
「…ありがとう」

彩斗はアイリスに言われるがままに青の中折れ帽子をかぶった。
その帽子は彩斗を変えた。
ただでさえ男女の区別がつかないような顔立ちで透き通るような肌に艶やかな髪という容姿である状態が帽子1つで更に美しく、なおかつクールで凛々しい雰囲気を持った少年へと。

「じゃあ…行ってくる」

彩斗は財布をポケットに仕舞うと玄関の方へ向かった。
アイリスもすぐ後ろをついてくる。
今まで誰からも避けられていた彩斗からすれば、こうしてメリー以外の誰かと出かける。
そんなことは滅多になかった。
しかし同時に嫌な想像が頭に浮かんできてしまう。
自分といることによって、ミヤのようにアイリスにも何か災いが降りかかるのではないかと。
彩斗は心配になって靴のひも結ぶアイリスの方を見た。
するとそんな想像を打ち消すような慈悲深い微笑みが返ってきた。



 
 

 
後書き
今回は彩斗陣営とシドウ陣営が同時に答えに辿り着くという映画でありがちな手法で進みました。
計画は発覚したものの、まさかのだいぶ前に失敗していたというオチ...
しかしまだ終わっていません!
Valkyrieとの戦いの決着はまだついていませんから(笑)

あと、いつもツンツンしたマヤちゃんが少しデレるなど、戦闘が終わってから少し日常的な会話も入れています。
彩斗が甘党だったり(前の戦闘以前にも僅かですが、甘いモノを食べている様子などがありましたが)、ヒーローといえども実際は普通の人間です!というところが出したかったので。
特に彩斗に関しては別にロックマンになろうとしてなったわけではない、というところが後々ポイントになってきます。

お気づきになられている方は少ないかと思いますが、実は今回、彩斗が着け替えた時計はクインティアと同じです(笑)
クインティアが変身するクイーン・ヴァルゴは水属性のクイーンという感じだったので、やはりシーマスター!というチョイスでした。

実は次回で今章が終わる?予定です!
『憎悪との対峙』という章タイトルでしたが、とうとう次回、その意味が明らかになります。
今までどこにその要素があったのか?という人も多いと思いますが...
実はいろいろと仕込んでます!

次回をお楽しみに! 
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