こけし
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第三章
「それでなのよ」
「私がこけしを怖がる理由が」
「何かあったの?といってもね」
「物心ついた頃からなのよ」
それこそ、というのだ。
「ずっと怖いから」
「覚えていないのね、怖がる理由も」
「そうなの、だからね」
「ここであれこれ言ってもわからないわね」
「怖がる理由といっても」
千代も眉を顰めさせるばかりだった、このことは。
「私自身にもわからないわよ」
「そうよね、それじゃあどうしようかしら」
「お母さんにもお父さんにもこけしについては聞いてないのよ」
「飾りとしか思ってないの?」
「東北の名産品?」
若しくは文芸品、観光の品物であろうか。千代がこけしに対して持っている感情はそうした程度でしかなかった。
それでだ、こう梨紗に言ったのだ。
「そんなのよね」
「ううん、こけしならね」
梨紗は千代の話を聞きつつこう言った。
「昔からあるから」
「それこそ江戸時代からよね」
「だったら文学?いや民俗学のお話かしら」
「そうなるかしら」
「私達経済学部だからね」
こうしたことは専門外だ、それで梨紗も今ここで千代にこけしについて詳しく言うことが出来なかったのである。
だがそれでもだとだ、梨紗は千代に言うのだった。
「けれど民俗学の先生に聞けばわかるわ」
「じゃあうちの大学の」
「民俗学の先生に聞いてみる?」
「そうしましょう」
こうしてだった、二人はこけしのことそれに千代が何故こけしを怖がるのかを自分達が通っている大学の民俗学の先生に聞くことにしたのだった。
民俗学の先生は芹沢祐太という准教授だった、准教授は自分の研究室その分野の書や資料、それに論文に囲まれた部屋に来た二人にそのことを問われてだ、穏やかな声で答えた。
「その理由はわかります」
「私がこけしを怖がる理由が」
「はい、おそらく貴女は物心つく前に誰かからこけしの由来を聞いたのです」
「その理由は」
「こけしそのものにあります」
まさにそこにあるというのだ。
「こけしは子消しとも書きます」
「子消し、ですか」
この言葉にだ、千代は瞬時に不吉なものを感じ取った。そのうえでこう准教授に言うのだった。
「子供を消す」
「はい、そう書きます」
「子供をですか」
「昔は子供の流産、夭折が多かったのです」
准教授は千代、梨紗に話すのだった。
「医学が発達していなかったので」
「あっ、そういえばそうでしたね」
「ええ、昔はね」
このことは千代も梨紗も知っていた、それで二人で顔を見合わせて話すのだった。
「そうよね」
「昔はね」
「はしかとかでも死んだし」
「他にも色々な病気で」
「そうです、それにです」
ここでだ、准教授の顔が暗くなった。そのうえで二人に話すことはというと。
「東北は寒冷で冷害による飢饉も多く」
「飢饉、ですか」
千代はこの言葉を聞いてだ、こう言った。
「天明や天保の」
「飢饉のことはご存知ですね」
「はい、特に東北で沢山の人が亡くなった」
「この時に、そしてその時以外にも貧しさから」
「子供を売ったりですか」
「密かに。産まれた時に」
准教授の顔がさらに暗くなった、それはまさに闇を語る顔だった。
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