こけし
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第一章
こけし
間宮千代はいつもだ、こう母の美也子に言っていた。
「お母さん、私ね」
「またなの?」
「うん、こここけしがあるから」
呼ばれて入ったその家の中のそれを見て言うのだった。
「ちょっとね」
「すぐに帰りたいのね」
「折角お呼ばれしたけれど」
それでもというのだ。
「こけしは」
「千代ちゃん本当にこけしが嫌いなのね」
「怖いの」
嫌いではなく、というのだ。
「だからなのね」
「そう、見たくないの」
「傍にも置きたくないのね」
「うん、怖いから」
また言う千代だった。
「ここもね」
「そうなのね、それじゃあね」
「御免ね」
「いいわ、けれどどうしてなのかしら」
美也子は首を傾げさせて言うのだった。
「千代ちゃんはこけしが怖いのかしら」
「何となくだけれど」
それでもというのだ。
「見ただけでね」
「怖くて」
「近寄りたくないの」
見たくもないしそのうえでというのだ。
「お部屋になんか置かないわ」
「だからお家にあったこけしもなのね」
「見たくなかったから」
「お母さんになおしてって言ったのね」
「御免ね」
「別にいいけれど。お母さんもお父さんもこけしは好きでもないし」
だから特にというのだ。
「困らないから」
「お祖母ちゃんが好きなの?」
「ひいお祖母ちゃんが好きだったの」
もう亡くなっている彼女がというのだ。
「だからね」
「お家にもあったのね」
「そうだったの、けれどもう人にあげたから」
家の中にあったこけしを全て、というのだ。
「もうお家にはないわよ」
「ならいいけれど」
「けれど仙台はね」
ここは、とも言う美也子だった。
「こけしが多いから」
「東北は」
「名物の一つだから」
「どうして東北はこけしが多いの?」
「ううん、どうしてかしら」
そう聞かれるとだ、美也子は首を傾げさせるのだった。
「お母さんも知らないわ」
「そうなの」
「お母さん学校の勉強苦手だったから」
それで、というのだ。
「そうしたことは知らないわ」
「そうなのね」
「そう、そうしたことはね」
「お料理とか家事のことは詳しいのに」
「そっちはね、けれど学校の勉強のこととかね」
こうした話も、というのだ。
「苦手だから」
「知らないのね、こけしのことも」
「ええ、そうよ」
「けれど何かね」
どうしてもと言う千代だった、その顔を曇らせて。
「傍に置きたくないの」
「こけしだけは」
「絶対にね」
見たくもないし近寄りたくもない、とにかく千代はこけしが嫌いだった。
これが千代が十歳の時の話だ、そしてそれは成長してからもだった。相変わらずこけしは嫌いで見るのも嫌だった。
大学に入ってからもそうでだ、ある日友人の家に来て玄関にあったそのこけし達を見て顔を顰めさせてその友人の加藤梨紗に言った。
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