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少女の加護

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3部分:第三章


第三章

 彼女の名をエリザベート=デア=アルプという。エウロパ軍きってのエースの一人であり今敗戦続きのエウロパ軍においては英雄視さえされていた。その彼女が今このジャンヌ=ダルクの艦長と話をしていたのである。
「あと一回ですか」
「ええ」
 ジャンヌ=ダルクの艦長は女性である。名をエレオノール=ド=クレスパンという。三十代半ばの美しい女である。階級は大佐であった。
「今の状態ではね」
「一回」
「どのみち一回戦って後はこの星系を離脱するつもりだったけれど」
 クレスパンは述べる。
「一回だけ、ということになると精神的にね。辛いものがあるわね」
「はい」
 エリザベートはその言葉に苦い顔で頷いた。
「その一回も限られたものになりかねないですし」
「いえ、なるわ」
 クレスパンはまた言った。
「まず撤退する第二四一艦隊を逃がす為に」
「私達は戦って」
「そして素早く戦場を離脱するのよ」
「口で言うのは容易いですが」
「いざやるとなると困難なものね」
「しかも今の我が艦隊は」
 エリザベートも自分がいる艦隊が今どういった状況なのかよくわかっていた。
「敵と戦うことすら困難です」
「それでも今この星系で戦える艦隊は私達しかいないから」
「仕方ありませんか」
「ええ。だから貴女もお願いね」
「わかっています」
 その言葉には何の私心もなく頷いた。
「必ずやり遂げてみせます」
「辛い戦いだけれど」
 クレスパンの顔が弱気になった。
「このジャンヌ=ダルクの不沈も何時まで続くかしらね」
「艦長」
 エリザベートは弱気になった艦長に対して言った。
「その様なことは」
「御免なさい、艦長としては」
「はい」
「この戦いに志願した以上そんなことを言ったら駄目ね」
「そうです、御言葉ながら」
「エウロパの貴族として」
 彼女は元々軍人ではなかった。フランスの公爵家の四女として生まれ大学を卒業後婚約者と結ばれそのまま幸せな家庭を築いていた。だがこの戦争で夫が重傷を負い、彼女が戦場に向かうことを志願したのである。実際の彼女は夫との間に二人の女の子がいる優しい母親である。そもそもが軍人ではないのだ。
「毅然として」
「そうです、何があっても」
「立ち向かわないとね」
「では艦長」
「ええ」
 エリザベートの言葉に頷く。キリッとした顔になっていた。
「今度の戦いもエウロパ軍に恥じない戦いを」
「エウロパの為にです」
「じゃあ戦いの前に」
 ここで彼女はベルを鳴らした。すぐにまだ二十にもなっていない少女の従兵がやって来た。
「お呼びでしょうか、奥様」
「ちょっとリュシエンヌ」
 クレスパンは自分を奥様と呼んだその従兵に苦笑いを浮かべて言った。
「今はお屋敷にいないから」
「失礼しました」
 それを受けて言葉をあらためる。
「お呼びでしょうか、艦長」
「ええ、メリジェーヌ二等兵」
 彼女もこっそりと呼び方を変えていた。リュシエンヌとはいつも屋敷等で呼んでいた名前でありメリジェーヌが姓なのである。軍にいる時の呼び方に変えたのだ。
「ワインはあるかしら」
 クレスパンは優しい声で彼女にそう問う。
「ワインでございますか」
「あれば出して欲しいのだけれど」
「畏まりました」
 メリジェーヌはそれを受けて艦長室の端の棚からクリスタルのグラスを二つとボトルを二本取り出す。そしてチーズやハムも出してきた。
「これで宜しいでしょうか」
「このワインは」
「ルルド産です」
 メリジェーヌは主の問いに答えた。
「それで宜しいでしょうか」
「ええ、有り難う」
 気品のある笑顔でそれに応える。その顔を見るとどうにも軍人には見えない。高貴な家の奥方に見える。実際そうなのであるがやはり戦場に出るにはいささか頼りない外見ではあった。

 
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