魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 中学編 05 「考えるなのは」
「……あれ?」
とある休日、翠屋を訪れてみると窓側の隅に目が止まった。
着ている服は爽やかな印象を受けるが至って一般的なもの。しかし、その人物から発せられる雰囲気のせいか、どこかのお嬢様ではないかと思ってしまうほど優雅な空気がある。
読んでいた本に栞を挟んでテーブルに置き、代わりにティーカップを持ち上げて一口。本人は意識していないのだろうが、私が意識してもあれほどの淑女さは出ないと思う。
シュテルって……やっぱり私とは似てないよね。性格も真逆とまでは行かなくても、300度近くは違うだろうし。
「……ん?」
シュテルがティーカップを置いた瞬間、彼女の視線が不意にこちらに向いた。距離がある今の状態で視線が重なるとは思っていなかっただけにドキッとしたが、彼女は何事もなかったかのように読書を再開した。
……いやまぁ、確かに距離があるから声を掛けろとも言わないけど。でも会釈くらいしてもいいんじゃないかな。知らない仲でもないんだし。あれじゃあ私に何の興味もないみたいじゃん。
そのように思った私の足は、自然とシュテルのほうに向けて歩き始めていた。適度な距離まで縮まったところで声を掛ける。
「こんにちわシュテル」
「えぇ、こんにちわ」
返事はしてくれたものの、読書に夢中なのか視線は全く私のほうを向いていない。
人と話すときは相手の目を見るべきなんじゃないのかな。それともあれかな、私とお話しするのは本を読むよりもつまらないってことなのkかな。
昔からどうにもシュテルにはふとしたことで苛立ちを覚えてしまう私がいる。人から間違われることがあるので、きちんとしてくれないと誤解されるというのも理由にはあるのだろうが、それ以上に日によって私に対する意識が違うのが最大の理由だと思う。
からかうときは自分から積極的に話しかけてくるのに……今日みたいに最低限の会話しかしようとしない日もある。自己中というかマイペースというか……いやいや、ここでケンカ腰になっちゃダメ。私だってもう子供じゃないんだから。
「相席してもいいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう」
「いえ……私だけの空間ではありませんから」
それはそうだけど……別に言わなくてもいいんじゃないかな。
たまたま近くに来ていた店員に適当に注文し、シュテルの向かい側に腰を下ろした。私は真っ直ぐシュテルに視線を向けるけど、彼女の視線は手元の本に向いたまま。先に読書をしていたわけなので邪魔をするつもりはないけれども、もう少し私に意識を向けてくれてもいいんじゃないだろうか。
……冷静に客観的に自分を見てみると、私ってシュテルに構ってほしいのかな。
そんな風に思った瞬間。シュテルが小さく息を吐きながら本を閉じた。テーブルの隅のほうに本を置くと、澄んだ青色の瞳が私に向けられる。
「な、何?」
「何? あなたが構ってほしそうな目で見ていたではありませんか」
「べべ別にそんな目で見てないよ!?」
否定はしてみたものの、これほど動揺しながら発した言葉を誰が信じてくれるのだろうか。恥ずかしさから俯いてしまったものの、空気を切り替えるように店員が頼んでいたものを持ってきてくれた。ついでと言わんばかりにシュテルは再度紅茶を注文する。
「……なのは」
「は、はい!?」
「話をするつもりがないのなら、私は読書を再開しますよ」
私はシュテルの言葉に驚く。前までなら確実に「私に構ってほしかったんですか?」などとからかわれていたはずだ。それなのに今はどうだろう。何もからかいもせず、自分から会話してくれようとするなんて……これくらいのことで驚くなんて、私って意外とシュテルに対してフィルタが掛かってるのかな。
「え、えーと……じゃあご趣味は?」
「……あなた熱でもあるのですか?」
だよね! 普通に考えてそういう返しがくるよね!
もう知り合ってから3年にもなるのに今さら聞くことじゃない。それに聞き方がお見合いみたいだった……お見合いなんてやったことないから本当かどうかは分かんないけど。というか、そもそも私達女の子同士だし。
「まあ……あなたの百面相に免じてこれ以上は追求せずに答えてあげますよ」
「ありがとう、でも百面相あたりでダメージあるから言わないでほしかったよ!」
「今は私が話そうとしているのです。そして質問してきたのはあなた……何が言いたいか言わなくても分かりますね?」
はい……分かります。それに反省します。だからそんなに冷たい目を向けないで。向けるにしても、もう少し声を温かくしてほしいよ。
「私の趣味ですが……そうですね、職業柄機械を弄ってしまいがちですね。それと読書……あとはお菓子作りといったところでしょうか」
……今お菓子作りって言った?
機械弄りや読書は前々から分かっていたというか、予想できていた答えではあるけど、お菓子作りに関しては初耳だ。料理の手伝いをしていたりする姿は見たことがあるので出来ないということはないと思うけど、シュテルがひとりで作っている姿は想像が難しい。
「何ですかその顔は?」
「あ、いや……その、シュテルってお菓子作れるの?」
「ええ」
「ちなみにどれくらい?」
「そうですね……まあショウと同じくらいには」
ショウくんと同じくらい。その言葉を聞いた瞬間、私の心の中に亀裂が入ったような音が聞こえた気がした。
え……ショウくんってあのショウくんだよね。いやまぁ、私とシュテルの共通認識のあるショウくんってあのショウくんしかいないんだけど。
でもあのショウくんだよ。昔からお母さんから習って練習というか作ってた結果、お店でも売れるくらいに美味しいお菓子を作れるんだよ。それと同じくらいって……。
人から間違われるほど似た顔立ちや声、体型をしているというのにこの差は何なのだろう。私はパティシエの娘だというのに、作れるものなんてキャラメルミルクくらい……。
……分かってた、自分よりシュテルのほうが器用で何でもできそうだなってのは分かってたけど。
でもでも、あのシュテルがお菓子作りだよ。しかもショウくんと同じくらいのレベルだって言うんだよ。シュテルってディアーチェ達からの話では、昔は本の虫で女の子らしいことにほとんど興味がなかったって言われるほどの人物だったんだよ。それが今ではこれなんだよ……。
「その疑いと驚愕が混じった視線は何ですか?」
「え……いや、その……シュテルに趣味にするほどお菓子を作るイメージがないといいますか」
「ふむ……確かに過去の私からすれば今の私は疑問と驚愕の対象かもしれませんね。……でも今の自分に悪い気はしません。これもショウのおかげですね」
シュテルの最後の発した言葉はいつもと変わらない淡々としたものだったが、彼女の顔には確かな笑みがあった。
……シュテルって……今みたいに笑うんだ。
シュテルも人間であり感情もあるのだから笑いはする。これは知り合ってから今までに何度か見たことがあるので間違いない。
だけど……今の笑顔は今までに見たのとは少し違ったような気がする。具体的にどうのとは言えないけど……こうなんていうか……綺麗? うーん、何か違うかな。綺麗は綺麗なんだけど輝いて見えるというか……
「なのは?」
「え、あっ、素敵な笑顔だったよ!?」
「……何を言っているのですか?」
シュテルの言うとおり、私は何言っちゃってるの! 冷静に考えれば、私が黙ってたから呼びかけただけじゃん。それなのにテンパって……あぁもう、穴があるなら入りたいよ。
「今日のあなたはいつにも増して変ですよ。趣味を聞いてきたり、笑顔が素敵などと言ったり……もしかして、私のこと口説いてますか?」
「ない! それはないから!」
確かに口説いてるように思われるかもしれないけど、でも私は女の子だしシュテルに恋愛感情とかないからね。
「本当ですか?」
「本当だよ……何でそんなに疑いの眼差しなの!?」
「何でって……あなたはたまにフェイトと熱烈に見詰め合っていたではありませんか。甘い雰囲気を出しながら」
「たたた確かにフェ、フェイトちゃんとは想いが通じ合うというか、分かち合った時間みたいなのはあるけれども……でもでも、フェイトちゃんとは変な関係じゃないから! 親友だから!」
抱いている感情を全力全開でシュテルにぶつけてみたのだが、彼女の瞳は全く私を信用しているようには見えなかった。それどころか不意に顔を俯かせると、ポツリと一言だがとんでもないことを呟いた。
「……可哀想に」
「何が可哀想なの!? 私は、ううん私だけじゃない。フェイトちゃんもきっと恋人は普通に男の子にするよ!」
不意に脳裏にひとりの影が浮かぶ。
無愛想に見えるけど周囲に気を配っていて、必要なときはそっと手を差し伸ばしてくれる。運動も勉強もできて、家事も得意で……お菓子作りが趣味の男の子。私が辛い日々を送っていた時期、誰よりも足を運んでくれて励ましてくれて、見守ってくれた私の大切な友達……。
友達……うん、友達だよね。今では下の名前で呼んでくれるようになったし……なのに、何でどことなく胸が苦しいんだろう。
「何やら考え事をしているようですが、とりあえず座ったらどうですか?」
「え……もっと早く言ってよ!」
「今日はあなたが自爆したようなものでしょう。やれやれ、あなたは昔とあまり変わりませんね。成長がありませんね」
「意味合い一緒なんだから言わなくていいじゃん!」
シュテルと会った頃より成長してるもん。身長だって大分伸びたし、体つきだって女の子らしくなったんだから。……他のみんなと比べると胸は小さいけど。でも私はまだ中学生。きっとこれからだよね。
「それに私が成長してないのなら、シュテルだって成長してないと思うよ。相変わらず人のことからかうし」
「失礼、先ほど言い忘れてましたが人をからかうのは私の趣味です」
「そんな趣味今すぐ捨てようよ!」
「大丈夫です。人は選んでますから」
「時もきちんと選ぼうね! じゃなくて、自分がやられて嫌なことは人にしちゃダメだよ!」
私の必死な言葉にもシュテルは顔色ひとつ変えない。それどころか、興味はないと言わないばかりに優雅に紅茶を飲む始末。肩で息をしている私がバカみたいではないか。
「あのな、他にも客はいるんだからもう少し静かにしろよ」
突如聞こえてきた低い呆れた声。もちろん私でもなければ、目の前にいるシュテルでもない。声がしたほうに視線を向けてみると、そこに立っていたのは私服姿のショウくんだった。
「ショ、ショウくん……な、何で!?」
「何でって……シュテルに呼ばれてたからだけど」
視線でシュテルに問いかけてみたが、静かに紅茶を飲んでいた。先ほどまでのやりとりを見られていたかと思うと恥ずかしさがこみ上げてくるだけに、彼女に対して何か言いたくなってくる。
だがしかし、今日に関しては自分のほうにも非があるわけで……。あれこれ考えているうちにショウくんはシュテルの近くに腰を下ろした。私も自然と腰を下ろしそうになったが、不意にあることに気が付く。
ショウくんはシュテルに呼ばれてたわけなんだよね……つまりシュテルはショウくんに話があるってこと。他に誰もいなさそうだし、さっきショウくんのことを口にしたとき嬉しそうに笑ってた。もしかしてだけど……もしかしてだけど……シュテルはショウくんとデートするつもりだったんじゃ。
そう考えると自分の存在が邪魔なのではないかと思ってしまう。ふたりのことが気になるのは気になるが、心が落ち着かないというか苦しさがあるだけにここを離れたいと思った。
「えっと……ふたりの話の邪魔をするのも悪いし、私は別の席に移るよ」
「ん? 別に居ても構いませんよ。聞かれて困るような話をするつもりはありませんから」
「そ、そうなんだ。……じゃあ、居させてもらおうかな」
お客さんも結構入ってるみたいだし、無駄に場所取るのも悪いしね。
言い訳するかのように内心でこの場にいる理由を考えていると、前もって頼んでおいたのか店員がショウくんにアイスコーヒーを持ってきた。彼は一口飲んでからシュテルに話しかける。
「……で話って何だよ?」
「これについてです」
シュテルが取り出したのは、最近改装が終わった遊園地のチケットだった。それをさっとショウくんの目の前に置く。
これは……うん、主観的にも客観的にもシュテルがショウくんを遊園地に行こうって誘ってるよね。……聞かれて困るような話してるじゃん!?
何が私が居ても構わないなの。普通デートに誘うなら余計な人がいないときに誘うよね。私は誰にも口外しないって信用してくれるから居ていいって言ってくれたの。それとも「なのはに知られたところで、私とショウの間には入ってこれませんよ」みたいな余裕の表れ……って、私は何を考えているんだろう。
「実はレヴィと行く約束をしていたのですが、急に仕事が入ってしまいまして。その日はディアーチェも用があるとのことだったので、私の代わりにレヴィと一緒に行ってくれませんか?」
何だそういうことだったんだ……確かにレヴィを1人で行かせるのは心配だもんね。うんうん、納得……って、ショウくんが行くんじゃデートってことだよね!?
レヴィは今も昔と変わらず異性意識のない甘えん坊といった感じの子ではあるけど、体のほうはフェイトちゃんと同じくらい成長している。遊園地でショウくんとレヴィを見た人間はきっとデートだと思う。レヴィの行動を考えると、かなりラブラブなカップルにも見えるかもしれない。
「うーん、まあ最近はこれといって予定もないからいいが……なあシュテル」
「何でしょう?」
「お前、なのはと何を話してたんだ? 何かいつも以上に感情が豊かなんだが……お前、俺が来るまでに」
「否定はしませんが、今日は大してしていませんよ」
何やらショウくん達が小声で話しているけれど、私の耳には一向に入ってきていなかった。私の頭の中は、ショウくんと楽しそうに遊園地を回るレヴィの姿で一杯だったのだ。
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