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無欠の刃

作者:赤面
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下忍編
  形見

 この子に、わたしておきたいものがあるんですよ。

 あの穏やかな弟子はそういいながら、すーすーと寝ている妻の腹を撫でた。
 普通の妊婦と比べても大きい腹の中には、二人分の命が宿っていることを、自来也は目の前の男から知らされた。

 少し悩んだんですけど、忍というのはいつ死ぬか分かりませんからね。大人になるまでには時間がありますが、はやいほうがいいと思って。
 そういいながら、渡された赤と青の二つの鞘と、片方の鞘だけに納められた刀に、自来也は目を見開いた。
 一目見て分かる、明らかに高級な刀に、自来也は僅かに顔をしかめて呆れたようにいった。

 時期がはやすぎる。生まれてすらいないんじゃぞ?

 性別は分かっているが、だからといって生まれてくる日取りまで、完璧に知っているわけではない。
 他者にサプライズでもする気なのか。頑なに自分の子供の性別をばらそうとしないミナトを見つめつつ、その刀剣をどう使うんだと、彼はとうた。
 ミナトは気軽に答えた。
 祝いのときに贈るつもりですよ、と。
 それにしてははやすぎるじゃろといえば、彼はどこか遠くを見て言った。
 先生、もし僕らの帰りが遅くなるようなことがあったら、二人のことをよろしく御願いしますね。
 …もしかしたら、彼には予感があったのかもしれない。自分が彼ら我が子の成長過程を見れないことを、どこかで気づいていたのかもしれない。
 不吉なことをいいおってと、自来也はそのとき、茶化した。
 胸の奥でわだかまった冷たさを、見なかったふりして、彼はぼんやりと弟子を見た。
 立派な大人になり、炎影になった彼はやはりどこか調子の抜けたような、それでいて切なそうな顔でクシナを見ていた。
 もう少しで産気づきだすかもしれない女をそんな目で見るべきではないぞと思いつつ、自来也は続きを促した。
 男は笑いながら言う。
 一人にはナルトと名付けます。
 先生が書かれた本に出てくる主人公のように諦めない子になってほしい。
 もう一人は『カトナ』と名付けます。クシナと一生懸命考えて、そう名付けることに決めました。
 それは何故だと彼が尋ねれば、弟子は…ミナトは幸せそうに笑って言った。

 「この子には、すべてを抱き続けてほしいですから」

 そのちいさな腕で精一杯いろんなことを、溢れんばかりの思いを抱き締めて、そして落とさないように、離さないようにしてほしいのだ。
 祈りにしては随分勝手だと、自来也が言えば、そうかもしれないですと、ミナトは笑ってこたえて、それでもどこか嬉しそうだった。
 いつの日か、この子が何かを手離さなければいけない日が、この子が抱き締め続けるには難しい状況がくるかもしれない。
 けれど、この子にはずっとずっと抱き締めてほしいのです。
 僕たちはきっとそれが出来ないだろうから。せめて、せめて、カトナにはそれが出来てほしいのです。
 目を細めれば、その海が深さを増して、青みを帯びた瞳は希望を宿す。
 カトナ、と。
 まだ生まれていない子供の名前を、もう一度、ミナトは呼んだ。
 声は返ってこなかったけれど、とんとんと、クシナの腹を蹴飛ばした衝撃を感じて、ミナトは嬉しそうに顔を緩ませた。


 遠い過去だと分かっていても、その情景を思い出した自来也は、吐息をひとつ漏らし、酒を煽った。
 昼から酒なんてと、意外と生真面目な弟子たちからすれば、絶対に怒鳴りつけるだろうと考えて、守れなかったものの重さが、胸に、しみた。
 青い瞳の少年と赤い髪の少女は恋に落ち、好きになって、愛し合って、大人になって、幸せを掴む前に死んでしまった。
 もしも、と思う。
 もしもあのとき自分が居たならば、弟子を、そして弟子の妻を死なせなかったかもしれない。
 もしも、自分が居たならば、彼等はあんな思いをしなくてすんだかもしれない。
 まだ幼い子を思い出す。
 憎しみは未だ風化せず、滞って、凍えて、この里の中に蔓延している。
 向けられる悪意を一人で抱えた、かの子供を思う。
 あの子への悪意は、関係無いものさえも向けられる。自分がきれいでいたいが為に、何の罪もなく、けれど周りが納得し、抵抗してこない子供に全てを押し付けている。
 そして何よりも厄介なのは、かの子供がミナトが籠めた名前の呪いに、囚われてしまっていることだ。

 かとな、かとな。
 お前はきっと様々なものを渡されるだろう。
 かとな、かとな。
 それをお前には捨ててほしくないんだ。
 かとな、かとな。
 誰かの悪意を受け、聞いてあげてくれ。
 かとな、かとな。
 名前が彼女を縛り上げる。
 渡された悪意を、押し付けられた悪意を、行き場のない悪意を、全てを抱き続けるは、あの子の役目。
 かとな、かとな。
 痛みも苦しみも分かち合えなくてよい。自分一人が耐えれば、すむ話なのでしょう?
 かとな、かとな。
 意味を履き違えたあわれな子供。
 かとな、かとな。
 一人ですべてを抱えあげてしまった悲しい子供。

 欲しいものはなにもないと、悪意で満たされた腕を広げ、傷だらけの体で笑って、それの何が幸せなのだろうか。

 四代目、お前は少し名付け方を間違ったようだと思いながら、自来也は酒を口に含んだ。
 今日はひどくよって、今まで考えていたすべてを忘れ去ってしまいたいような、そんな曖昧でいて確実な衝動に
襲われていた。
 里人がカトナにどうしてそこまで悪意を向けるかも。
 カトナがどうしてあそこまで感情を押し殺しきってしまったのかも。
 知りたいようで、分かりたいようで、わかりたくなくて仕方なかった。


………

 名前は呪だ。
 呼べば呼ぶほどに、その名前が自分の体をじわじわと縛っていくのだ。

 我しか愛さない阿修羅。

 その名前に秘められるだろう意味が、どれほど彼をさいなみ、苦しめたのか。
 カトナは知らない。
 ただ、わかるのだ。
 本当の彼をねじ曲げさせられて、他人が思う彼を押し付けられていったことを、彼女は分かってしまうのだ。
 カトナもまた同じくして、名前に縛られたものだからこそ、何も言わずに、語らなくても、分かってしまうのだ。
 言葉には言霊が籠められている。呟けば呟くほどに、それは力をもち、その言葉を現実のものへとたらしめる。
 不用意な発言をすれば、それは自分と周りの人々の不幸を招くこととなる。
 化け物だと言われ続けられて、傷ついた幼い子供が、どうしてそう言われるのかなんて、カトナは知らない。
 でも、そう言われたら、どれくらい傷つくのかぐらい、カトナはわかっている。

 不幸だな、私も彼も。
 彼は愛を失って、押し付けられた価値観に従って、本来の性格を名前の意味で歪められてしまった。
 自分とまったく同じでないかと、カトナは自嘲して。
 ああ、でも違うかと。
 カトナはそこから思い直した、
 何故なら彼のそばには誰もいないが、カトナのそばには誰かがいるのだ。
 それはもちろん、ナルトのそばにでもある。
 謀っているからかもしれなくても、それでもあいつらが、ナルトを好きでいてくれるのは本当だから。
 カトナは満たされていて。けれど、彼は充たされていないのかもしれない。
 だからこそ、せめて、自分だけはきちんと彼の名前を呼んでやろうと、そう思ったのだ。

 「我愛羅」

 もう一度呼ばれて、我愛羅は慌ててカトナの腕を払いのけると、足をじりじりと後退させる。
 彼のなかに渦巻く感情がいう。
 何を恐れることがあるのだと。
 俺は殺すことでしか自分が生きていると実感できない、化け物でしかないのにと。
 俺が生きることを許されるのはそれしかないのにと。
 けれども、体が芯から冷えていく感覚が止まらない。それなのに、胸の奥はどくどくと音をたてているから、不思議だと思った。
 姉や兄でさえ、自分を恐れているというのに、なのにどうしてお前はそんなにも気がねなく、化け物の名前を呼ぶんだ。
 恐れるような視線を意にも介さず、カトナは手を伸ばす。
 恐れが全身の毛を逆立てさせる。
 苦しみともとれるようなしびれが全身を覆い、体がひどく重たくなった。
 それでも、砂の盾は動き出す。
 けれど、彼女の手を止めるにはいたらず、ばちりという音と共にチャクラが弾けてしまい、壁がなくなる。
 こぼれた砂がさらさらと地面を埋め尽くしていくのを見ていた我愛羅は、触れられる直前で、脇目もふらずに逃走した。
 空を切った指と走り去った彼の背中を呆然と見ていたカトナは、いきなり後ろから頭をはたかれ、顔をしかめた。

 「なに、する、の?」

 その言葉に口をあぐあぐと開いては閉じてを繰り返していたシカマルは、やがて、はぁーと深いため息をつくと頭を押さえた。
 ああ、あんたはそういうやつでしたねと、口に出さずにうなずいている彼に、むっとしたものを感じつつ、カトナは窓の下を覗いた。
 呆然と今まで上を見上げていたらしいサクラがカトナの顔を見た瞬間、勢いよく怒鳴り付け出したのを聞いて、カトナはくすくすと微笑した。

 ああ、ほらやっぱり。
 自分のまわりには沢山の優しい人がいてくれている。それでいい、それだけでいい。
 自分にその優しさが向けられなくてもいい。ナルトが幸せならば、ただ自分がここにあることを許してくれさえすれば、もうどうでもいいのだ。
 
 

 
後書き
受験が本格的になってきたので、三週間ほどお休みさせていただきます。
誤字脱字も後ほど修正させていただきます。
ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いします。 
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