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アットゥン

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第一章

                       アットゥシ
 北海道に転勤で来てだ、保科智樹はまずその寒さに困った。
「何かもう」
「寒いだろ、ここは」
「滅茶苦茶寒くて」
 それこそとだ、智樹はその大きい目をさらに大きくさせて言うのだった。やや面長で髪の質は多く硬い。その髪が首の後ろまである。鼻も口も何処か日本人離れしていてバタ臭い感じがある。背は高く一八〇近くある。すらりとしていて足が長い。
 その彼がだ、上司の的山真一に言ったのだ。
「予想していましたけれど」
「そうだろうな、しかしな」
「これが北海道ですね」
「そうだよ、むしろここはな」
「この函館は」
「ましだよ」 
 その北海道の中でもというのだ。
「もう十勝とか行くと」
「マイナス二十度とかですか」
「こんなものじゃないんだよ」
 その寒さはとだ、真一はそのやや小柄で恰幅のいい身体を揺らして語った。
「もうね」
「そうらしいですね」
「小樽や札幌もね」
「あの辺りもですか」
「もっと寒いから」
 この函館よりもというのだ。
「冬に行く時は覚悟しておいてくれ」
「わかりました」
「そしてね」
「そして、ですか」
「君はアイヌの知識はあるかい?」
「アイヌですか」
「そう、アイヌの民族文化とかは」
 そうしたことはどうかとだ、真一はこう智樹に問うたのだった。
「知ってるかい?」
「いや、北海道にアイヌの人達もいることは知ってますけれど」
「それでもだね」
「あまり」
 その知識はというのだ。
「ないです」
「そうか、実は俺のお袋はな」
「アイヌの人ですか」
「ああ、そうなんだよ」
 笑っての言葉だった。
「釧路のな、親父はこっちの人間でな」
「この函館の」
「そうなんだよ、親父が向こうに旅行に行った時に会ってな」
「その時からですか」
「一緒になったんだよ」
「そうなんですね」
「まあ今度紹介するな」
 自分の母をというのだ。
「楽しみにしておいてくれよ」
「アイヌの人ですか」
「結構面白いんだよ、実はお袋こっちでアイヌの民族衣装やら雑貨やら売ってるんだよ」
「函館で」
「函館じゃあまりないけれどな」
 北海道といっても広くその街その地域で個性がある、この函館の個性はというと、
「ここは漁港だからな」
「ですね。うちの会社も水産ですし」
 それを扱う仕事なのだ、デスクワークではあるが。
「それと観光ですね」
「あとラーメンな、けれどな」
「課長のお母さんはですか」
「アイヌ雑貨の店やってるんだよ」
 真一はまた智樹に話した。
「親父も定年してから手伝ってるよ」
「そうですか」
「まあよかったら来てくれ」
 真一は笑ってだ、智樹にこうも言った。
「それなりに面白いものが揃ってるからな」
「わかりました、それじゃあ」
「そういうことでな、まあ寒さはな」
 それについてはだ、こう言った真一だった。
「服を着てな」
「暖房もですね」
「しっかりしろよ」
「それしかないですか」
「寒かったら服を着ろっていうだろ」
 毛沢東の言葉だ、これは彼の言葉にしてはナチュラルな響きがあるものと言っていいであろうか。色々言っている人物であるが。 
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