自殺をしたら魔王になりました
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第一部 異世界よこんにちは
第一章 僕は死んだはずなのに
第三話 僕にこんにちは
前書き
「僕」は出てきません。
いや、一瞬出るけど話しません。
「私」視点です。
人々はおろか動物や草木も寝静まった頃、ようやく私は二つ魔方陣を完成させることが出来た。伍芒星を中心に二重円形を描き、古代ルーンを用いて幾何学的な模様を形成していく。二対一体の魔方陣は召喚対象を顕現させるための召喚陣と、私自身が喰い殺されないようにする結界陣となるものだ。例え召喚が成功したとしても、契約を結ぶ前に襲われたのでは元も子もない。事実、過去には何人もの召喚術士が喰い殺されているという。そして、召喚術士を喰い殺した魔物は野に放たれ、周辺の集落などを襲い人々を喰い潰す。
「我は天の王よりいただいた力を込めて汝に命ずる。言葉を口にすればその命を成し遂げられん御方によりて、またすべての神々の名によりて至高の主なる神の名において汝を浄め、全霊を込めて我は汝に命ずる。我が命を成し遂げよ」
詠唱は淀みなく。動作は滑らかに。己が全霊を持って儀式を遂行する。ここで間違えるわけにはいかない。今回の召喚を逃してしまったら、次の機会が何時巡って来るか分からない。生体魔力と自然魔力、月齢や天候そのすべてが好条件で出揃わなければいけないのだ。中途半端では、中途半端なりの者が召喚されてしまうだろう。それでは意味がなくなってしまう。
そして、召喚陣が淡く青白い光を灯しながら回転し始める。
ゆっくりゆっくり回転する。周辺の自然魔力を取り込みながら、発光を強め速度を徐々に増していく。揺らめく光はまるで誘蛾灯のよう。
それと同時に、結界陣には私自身の生体魔力を注ぎ込んでく。今回の召喚陣は少々特殊なものになっているのだ。生半可な結界陣では、召喚陣に対象が顕現してきただけで破壊されかなねない。そもそも、召喚するのは魔物や悪魔の比ではない。それらよりもさらに上位種の存在、魔王とさえ呼ばれる者を呼び出すのだ。油断は許されない。一瞬でも気を抜けば良くて召喚の不成功、最悪の場合私は殺され、身を寄せている集落までも巻き込んでしまう。それだけは避けたい。いや、避けなくてならない。行き倒れていた私を助けてくれただけでなく、かれこれ八年にもわたって世話になり続けているのだ。いつか何らかの形で恩を返したいが、未だに彼らには何も返せていない。もし、失敗でもしようものなら、恩を仇で返すばかりか皆殺しに遭うだろう。
だから、私は全霊を込めて最後の一節を唱える。
「我が求めに応じ、汝現世に顕現せよ」
召喚陣は書き込んだ古代ルーンを読むことが出来ないほどの速さに加速していく。もはや、誘蛾灯のような揺らめきではなく、直視するのを厭われるほどの光を発している。それでも、私は召喚陣から眼を離すわけにはいかない。瞬きすら忘れてしまったかのように眼を見開き注視する。
「――――――――」
なにか、人の声のようなものが聞こえた気がした。召喚陣は未だ稼動し続けていて、その内部を窺い知ることは出来ないが、何者かが召喚されたのだろう。何はともあれ第一段階の召喚は出来たようだが、契約が完了するまで気は抜けない。
けれど、先ほどから背中に汗が流れていて気持ちが悪い。儀式を始めたときは吹いていなかった風が、止まらない汗と相まって徐々に身体を冷やしていく。何か嫌な予感がする。私は勘が鋭いわけではないが、頭の中で何やら警鐘が鳴り響いている。何か私は失敗を犯したのだろうか。魔方陣の書き方を間違えた。詠唱の文言を間違えた。そもそも召喚の条件自体を間違えた。様々な失敗原因が頭を過ぎっていき、ますます不安が圧し掛かる。
いつの間にか額にも汗が浮かんでいたようで、雫となった汗が眼に入る。汗が入ってしまった眼を閉じながら、私は手の甲で汗を拭った。すると、召喚陣がキンキンと甲高い音を立て、放たれていた光が弱くなり始め、回転していた召喚陣も速度を落としていく。眼を離した数秒で状況は一変してしまった。言い訳など出来ない。汗など言い訳にすらならない。眼を離してはいけないと、気を抜いてはいけないと解っていたのに、私はあろうことか眼を閉じたのだ。
このままでは何が起こるか分からない。だから、送還用の詠唱を急ぎ開始する。
「我は天の王よりいただいた力を込めて汝に命ずる。言葉を口にすればその命を成し遂げられん御方によりて、またすべての神々の名によりて至高の主なる神の名において汝を浄め、全霊を込めて我は汝に命ずる。我が求めは果された。汝常夜に帰れ」
儀式が終わる前に、どうにか詠唱を終わらせる。けれど、召喚陣には何も反応はなく、最早、その役目を終えようとさえしていた。このまま召喚を完了させるわけにはいかない。想定外のことが起きているのだから、意図しないものが召喚されている可能性もある。それが善であるのなら良いのかも知れないが、そもそもが魔王召喚のための儀式だ。まかり間違っても善の者が召喚されるとは思えない。
「我が求めは果された!帰れ!!帰れ!!!帰れ!!!!帰れ!!!!!帰れ!!!!!!」
けれど、私の意思とは関係なく召喚陣はその役目を終え霧散してしまった。
私は結界陣の中でへたり込んでしまった。脚に力が入らず立っていらない。身体も冷え切り寒さが身を刺す。こんな寒いなんて、この結界陣にも不備があったのかな、なんて考えも浮かんでくる。不意に視界が霞んで悪くなった。ああ、きっと私は泣いているんだろう。八年前のあの日。もう泣かないと誓った。誓ったはずなのに、際限なく溢れだすのだ。
「……どうして。帰ってよ。おねがい、かえって……よ」
そして、歪んだ視界の先に一つの影を見つけて、私は意識を手放した。
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