イリス ~罪火に朽ちる花と虹~
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Memo1 ヴァイオレット・ハニー
「腐らせる気はないから――今は」
カナンの道標存在確率:高の世界が検知された。
よってルドガーに召集がかかり、その分史世界の探索をすることになった。
今回のパーティ編成は、エル、エリーゼ、イリスの最低限の人数である。
クランスピア社に行った日には「レイアとイリスを離すべきではない」との謳い文句を使ったが、案外、かなりの距離を置いても大丈夫だと最近になって分かってきた。
進入点であるキジル海瀑に向かう途中、ハ・ミルを通過しようとした時だった。
村のほうから、翅を生やした水色の女がふわりふわりと漂ってきた。
これに最大の反応を見せたのはイリスだった。
「ミュゼ…さま…」
「? あなたはどなた?」
ミュゼと呼ばれた女が首を傾げる間、イリスは戦慄いて食い入るようにミュゼを見つめていた。
「――なあ、どうなってんだ、これ。彼女、何者なんだ?」
「彼女はミュゼ。ミラの…マクスウェルのお姉さんで、次元を渡る力を持ってる大精霊です」『そーゆー意味では、ルドガーたちに近いかな~?』
確かに、とルドガーは肯いた。ルドガーを含む骸殻能力者は、皆が次元を跨いで世界を行き来する。
しかしエリーゼの知識だけでは、イリスがああも驚く理由が見つからない。
ルドガーは思い切ってイリス本人に囁いた。
「イリスの知ってる人なのか?」
「……モデルとなった方を知ってるわ。何もかも同じ。顔も形も、その、ヒトを困らせるしゃべり方もね」
ミュゼはふわりと浮いてルドガーの肩に手を置いた。
「ご紹介に与かりましたミュゼです♪ 貴方は?」
こういったスキンシップはイリスで慣れていたので、そのままの態勢で自己紹介もエルの紹介もした。
そうしていると、傍らにいたイリスが、ミュゼの手首を掴んでルドガーから剥がした。表情は、不愉快。
「その辺にしておきなさいよ。この子たちはお前みたいなモノがベタベタ触っていい子たちじゃない」
「イリス」
「――イリス? イリスって、まさか『精霊殺し』の蝕の精霊?」
「そうだと言ったら?」
ミュゼは血相を変えて、イリスに掴まれた手を振り払った。
「安心なさいな。腐らせる気はないから。――今は」
ミュゼが押さえる手首には何の傷もない。それでもミュゼは、シャルトリューズの双眸に強い嫌悪を燃やしている。
源霊匣セルシウスの時も思ったが、イリスは精霊の間でどれだけ嫌われ者なのだろう。
「無礼な奴。『精霊殺し』でなければ今すぐ締め上げてるとこだわ」
「お前こそ礼儀を弁えなさい。鋳造年月20年ぽっちが偉そうに。――ミュゼさまのご尊顔を使うなんて、あの老害、どこまで厚顔なの」
イリスは腕組みしてそっぽを向きながら舌打ち。
ルドガーとエリーゼはつい後じさった。
ミュゼがイリスから離れようとさらに浮いて下がったので、両者の距離は絶望的なまでに開いた。
「イリスたちの時代は『クラン』という単位で集団を表していたの」
イリスは肩にかかった銀髪を払いながら答えた。
「あの次元刀の姿は、クラン=セミラミスの女主人、ミュゼ=セミラミスさまのご尊顔。クラン=スピアとも比較的良好な関係のクランだったわ。ミラさまなんか、ミュゼさまの美貌に憧れて、少しでも近づこうとなさったくらい。ミュゼさまに出会ってから、実際、ミラさまは断然女らしくなられたわ。――懐かしいこと」
そこで図ったようにルドガーのGHSが鳴った。ルドガーは電話に出た。
『分史対策室です。その付近で、ユリウス前室長と思しきエージェントが分史世界に進入した反応が見られました』
「ユリウスが――分かった。ありがとな、ヴェル」
ルドガーは筐体を畳まず、今回進入予定の座標と偏差をディスプレイに呼び出した。
「急で悪いけど、ユリウスの手がかりが入った。すぐ分史世界に入りたい。みんな、準備いいか?」
「とっくにできてるっ」
「ナァ~ッ」
「大丈夫です」
「私も付いて行かせてもらおうかしら。分史世界、興味があるわ」
「じゃあ――行くぞ」
ルドガーはディスプレイの座標と偏差をイメージしながら世界を跨ぐ力を開放する。
引きずり込まれるように、ルドガーらは別世界へ落ちて行った。
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