天然格闘少女
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6部分:第六章
第六章
「これが弟なのよ。一歳になったのよ」
「一歳って」
その年齢を聞いて今度は唖然となった暢雄だった。
「弟さんって一歳だったの!?」
「あれっ、言ってなかった?」
驚きがそのまま顔にも声にも出ている暢雄に対して涼花はいつも通り呑気な調子だった。
「言ったと思うけれど」
「弟さんがいるっていうのは聞いたけれど」
実際に彼が聞いたのはそれだけであった。
「まだ一歳だなんてのは」
「聞いてなかったの」
「聞いてないよ」
ここでも驚きをそのままに言う。
「全然、何もかも」
「そうだったかしら。言ってなかったの」
この能天気さは相変わらずだった。
「じゃあ今わかったからいいわよね」
「よくないよ」
もう自分のペースを完全に崩しながら応える暢雄だった。
「まだ一歳の子をデートに連れて行くの?」
「駄目?それって」
「駄目とかそういうのじゃなくてさ」
何もかもがわかっていない感じの涼花に対して空しい抵抗を続ける暢雄だった。さながら敗北することがわかっていながらも行う戦争であった。
その敗北が決まっている中で暢雄は。それでも言うのだった。
「あのさ、そもそも一歳でさ」
「うん」
「三国志わかるの?」
これも聞きたいことであった。どう見てもまだ言葉も何もわからず当然文字も読める筈がない。それでどうして三国志がわかるというかだった。
「本当に。わかるの?」
「この前三国志のゲームね」
「ゲームね」
「お父さんがやってたけれど」
暢雄はここまで聞いただけでおおよその察しがついた。しかしそれはあえて言葉には出さず話を聞き続けるのであった。それでもであった。
「それ観て笑ってたから」
「それで三国志が好きなんだ」
「いつもゲーム観て笑ってるから」
だからだというのだった。
「三国志好きなの。わかるわよね」
「まあね」
内心思っていることは隠して応えるのだった。
「それはね。わかったよ」
「そうよね。じゃあ行きましょう」
「弟さん。連れてだよね」
「孝まだ一歳よ」
この赤ん坊の名前だった。
「それで放っておくことなんてできないじゃない」
「それはそうだけれど」
暢雄はそれでも言いたかった。問題はそこではないと。そもそも高校生同士のデートで一歳の男の子を連れてデートをするというのは。まず有り得ないことだからだ。
「三人でデートだよね」
「うん、約束だよね」
「まあそれはね」
完全に涼花のペースの中で頷く暢雄だった。
「それじゃあ。映画にね」
「行こう」
「わかったよ」
白旗を掲げた気分で頷くしかなかった。そのベビーカーは自分が持ちそのうえで映画館に向かった。こうして三人でデートをして最後は。また駅前に戻ってきたのだった。
「楽しかったね」
「まあね」
暢雄は疲れ切った顔で涼花に応えた。
「はじめてのデート。どうだった?」
「孝も喜んでくれたし」
「喜んで、ね」
暢雄は涼花の話を受けてその赤ちゃんを覗き込んだ。それと共に今日のことを思い出すのだった。
まずおしめを取り替えてそこで顔におしっこを受けた。うんこも処理してその臭さも覚えている。
映画館で泣き叫んで涼花と一緒に必死にあやして静かにさせた。ミルクをやろうとして零しそうになってこれまた大騒ぎになった。しかも何故か涼花が自分のおっぱいを飲ませようとして胸を出そうとしたりもした。彼はそれを見て慌てて止めたりもした。
高校生で親子連れかと思われ周囲の目がとにかく痛かった。夕暮れの赤い世界の中でそれを思い出し暗澹たる気分にさえなっていたのだった。
その中でこの涼花の言葉は彼にとっては。追い打ち以外の何者でもなかった。
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