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霹靂の錬金術師

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SCAR

傷の男とは近年、中央を中心に国家錬金術師を殺し回っている男の通称だ。顔に大きな傷があること以外何もわかっていない。だからSCAR。
私も一応国家錬金術師だが、私とは全くの無縁だと思っていた。私は常に国内を点々としていたから傷の男と鉢合わせる可能性はかなり低いと踏んでいた。
それにイーストシティで死んだとも聞いていた。だから、何の警戒もしないで人通りの少ない夜道を平然と歩いてしまったのだ。ホークアイさんからよくよく気をつけるようにと言われていたのにも関わらず。



退院してから四日後。
色々なものを買いに市場に出かけた。求めていたのは主に旅先で使うものだ。極たまに旅先で野宿をするハメになってしまうこともある。だから寝袋はいつも持ち歩いている。しかし今日確認してみると所々に穴が空いてしまっていることを発見してしまったのだ。
他の物も見てみると結構ガタがきているものが多かった。別に錬金術で直してもいいけど材質に合わせていちいち錬成陣を描くのは大変だ。それに買い物は好きなので今日このように市場に繰り出したわけだ。
そして一時から出たのにも関わらず結局終わったのは夜の九時だった。少しでも安くいいの買おうとすると時間がかかってしまう。
ケチ臭いとも思うがこれが私にとっての買い物の醍醐味なのだ。
買い物終え疲れた私はお夕飯を外ですることにした。雰囲気の良さそうなレストランに飛び込む。
そこでゆっくりと料理を味わう。適当に入ったのに関わらずとても美味しかった。研究手帳にメモをしておく。
レストランを出た時には時刻は十時を軽く過ぎていた。急ぎ足で足を動かす。あまりに遅くなってしまったので道行く人はいなかった。
五十m間隔で置かれた外灯の光を渡り鳥のように目指す。家までの道程を中ほどに来たところで目指す次の光の下に背の高い男が外灯を背に立っているのが見えた。

「霹靂の錬金術師ソフィア・キャンベルだな?」

顔の傷の中にある紅く光る目を向けてきた。あの目は何度も見た。あの、敵意の篭った紅い目は。

「イシュヴァールの民…… 傷の男」

イーストシティで死んだと聞いていたが生きていたようだ。そして再び連続殺人を始めるつもりのようだ。その記念すべき第一被害者が私ということみたいだ。
傷の男は着ていた上着を脱ぎ捨てた。右腕全体に刺青が彫ってある。あれが錬成陣。見たことのない陣だ。

「……見逃してくれないかしら?」

「お前らは同胞を殺した。断じて赦すわけにはいかん、雷の魔女」

そう言って指の骨を鳴らした。
聞く耳持たず、と言う感じだ。ベルトから真新しい杖を抜く。
傷の男は相手を分解して殺す。さらにイシュヴァールの武僧としての体術もかなりのものと聞く。あの軍隊格闘の達人グラン准将をも倒した実力。
はっきり言って格闘はからきしの私は分が悪い。ここは先手必勝に限る。杖を軽く振るう。
ちなみに傷の男が言った『雷の魔女』と言うのはイシュヴァールでの私のあだ名だ。杖を振るって戦う姿が魔女に見えた所から来たそうだ。
弾けるような爆発音が傷の男の立っている所から鳴る。この音は人の肉が弾ける音ではない。これは地面が割れた音だ。

「ー!よけた!?」

傷の男は猛然と右腕を構えて向かってくる。
雷をよけるなんて尋常ではない。と言うより無理だ。ではなぜ?
その答えはすぐによけた本人からもたらされることになる。
傷の男の接近に全く反応できなかった私は杖をむんずと掴み取られてしまう。傷の男はそのまま杖をへし折ってしまった。地面に捨てられる私の杖。

「あ、ぁあ」

思わずその場にヘタリこんでしまう。
原始的な恐怖が心を支配してくる。ここまで圧倒的な死をイメージさせられたのは後にも先にもこの時が最後だろう。
傷の男がヘタリこんだ私に右腕をかざしてくる。殺られるその前にどうしても聞きたいことがあった。

「…どうして、よけられたの?」

「お前が対人戦の場合、足元を狙うクセがあるのはイシュヴァールの時から知っている」

なるほど、そういうことだったのか。確かに私は殺さないためにまず足から狙う。何度も注意されたが一向に抜ける兆しのないクセだ。
いや、クセというよりは信念だ。殺さない信念。あぁ、そう言えばそれがいつか君の命取りになると誰かに言われたっけ。
しかし、そんなことを知っているということは傷の男は私の担当地区だったのだろうか。それが疑問となり口から出た。

「私が…貴方の家族を殺したの?」

「……いや。このことは生き残った同胞たちから聞いた」

この言葉に私は驚きを隠せなかった。そして驚きはすぐに安堵に変わる。
生き残った同胞から聞いたということはイシュヴァールの民が少しでも生き残っていること。しかも私のことを知っているということは私の担当地区の生き残りなのだろう。
心が救われた気がした。実際、私のしたことは消えないし罪の重みは全く変わらない。しかし全滅させたと思っていたのに実は生き残りがいたのだ。完全に咎から逃げる罪人だが、心から安堵した。俯いた先の地面には私の涙がポツポツと落ちた。

「そう… ありがとう。最後にとてもいいことが聞けたわ」

頭に大きな手が当てられるのを感じる。大罪人が受けるべきは裁きだ。

「神への祈りは済んだようだな」

ゆっくりと目を閉じる。先程までの死への恐怖は全くなかった。むしろ今は今か今かと裁きを待っている心境だ。傷の男の指に力が入る。遂にくる。
その時、銃声が鳴り響いた。途端に頭にあった死が急に離れていくのを感じた。
訳がわからず銃声のした方を向くと、そこには息を切らしながらも油断なく銃を傷の男に向ける私服姿のホークアイさんがいた。

「大丈夫!?ソフィアちゃん!」

「は、はい。けどどうして…」

「説明はあと!今はコイツに集中するわよ!はい銃!」

地面に私の杖の残骸を認めたホークアイさんが私に銃を投げよこす。慌ててそれを受け取る。

「油断なくね」

ホークアイさんの言う通り傷の男は肩を弾がかすっただけでほぼ無傷なのだ。ホークアイさんが来たとはいえ未だもって油断できない難敵だ。
しかし、それはあっちにも同じことが言えるだろう。なにせこっちには『鷹の目』の異名を持つ百発百中の狙撃手がいるのだ。十分に難敵足りえる。
実際その後はホークアイさんがメインで闘い、私がサポートする形で何とか傷の男を退かせることができた。ホークアイさんが傷の男の足に一発入れることができたのが大きいだろう。



「全く!君は何をやっているんだ!」

私は目下マスタングさんから説教を受けている。
傷の男に襲われた日はホークアイさんの家に泊まることになり、そこで色々と説明を受けた。
あの場に来れたのはたまたま近くに居たのと私の一撃目の爆発音が聞こえたからだそうだ。確かに結構大きな音を出したから納得が出来る。
ホークアイさんにお礼を言い、その日はベッドが一つしかないので一緒に寝た。
そしてつぎの日ホークアイさんになぜか退院したばかりのマスタングさんの所に連れていかれたのだ。そこで事情を説明させられ、冒頭に戻るのだ。

「死を受け入れてしまうなんて。雷の魔女が聞いて呆れる!それに前にも忠告しただろう!足元を狙うクセをどうにかしろと!殺さない信念は美徳だが、相手は連続殺人犯だぞ!情けをかける相手を見誤るな!そもそも君は甘すぎるんだ!」

その後も小一時間ほど説明を受けた。その間私ははいとすみませんとその通りですの三つしか言わなかった。
マスタングさんの所を辞するとき見送りに来てくれたホークアイさんが慰めてくれる。

「あれは貴女を思ってのことだから、気にしないでね」

ホークアイさん。そもそも貴女が私をマスタングさんの所に連れてきたんですよ?
ぐっと言いたいことはこらえ顔だけは笑って、ご心配おかけしましたと謝っておく。
その日は直ぐに家に帰り日が傾くまで寝た。  
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