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闇物語

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コヨミフェイル
  006

 「おや、これはこれは阿良々木先輩に戦場ヶ原先輩ではないですか」
 神原のおかげで時間内に食べ終えた僕たちは予鈴を聞いて中庭で神原と別れ、教室に帰る途中の道の半ばで、高校三年生の教室がある三階に繋がっている階段の踊り場で聞き覚えのある間延びした声に呼び止められた。
 忍野扇だった。
 台詞の割にそれほど驚いているようではなく、心なしかここで会うことを知っていたかのように見えた。
 「誰よ、あなた?」
 そんな扇ちゃんに戦場ヶ原は敵意剥き出しの眼光を発しながら睨み据えていた。
 確かまだ戦場ヶ原には忍野扇を紹介していなかったな。詐欺師に五度も騙された戦場ヶ原の過去を思えば、初対面の人物に警戒心を抱くのは想像に難くないし、扇ちゃんみたいにどこか底が見えないような闇のような印象を受ける人物には特にだ。
 「ああ、こいつは後輩の忍野扇だ。名字からわかると思うけど、あのメメの身内で、姪だ」
 「あらそう」
 戦場ヶ原は平坦な口調で言ったが、いまだに眼光を弱める気配がなかった。
 「いきなり警戒されてしまいましたね」
 しかし、僕だったら硬直しそうな眼光を向けられているはずの当の本人は、いたってへらへらとしている。それが忍野を嫌でも思い出させる。直接的な血の繋がりはないはずだが、へらへらしたところを受け継いでいるかのようだった。違うとすれば、「元気だな~。何かいいことでもあったのかい?」と言わないところだろうか。
 「それにしても、変わりましたね、戦場ヶ原先輩」
 と、ひょうひょうと続ける扇ちゃん。
 「私の何を知っているというの」
 戦場ヶ原は眉間にしわを寄せて言った。貝木との邂逅で一切の過去と決別した戦場ヶ原にとって扇ちゃんに言われたことは気に障るもの以外の何ものでもないのだろう。
 「何も知りませんよ。あなたが知っているんです、戦場ヶ原先輩」
 「私が私を知っているのは当然でしょ」
 「ふふっ。そう言い切れる人間は戦場ヶ原先輩のような人物ぐらいでしょうね~。いや、他意も悪意もありませんのでそんな恐い目で睨まないでくださいよ」
 と、言ってる割には怖がっていない。まるで怯えているそぶりも見せない。むしろ楽しんでいるかのようにも見える。
 「阿良々木先輩とはいい時間は過ごせましたか」
 「言わなければならないのかしら」
 「いえいえ無理にというわけではまったくないです」
 扇ちゃんは胸の前で両手を左右に振っておどけたように言った。
 「あらそう。なら言う気はさらさらないわ」
 「う~ん、少し残念ですね。阿良々木先輩と戦場ヶ原先輩の濃厚な逢い引きを聞かせくれると思ったのですが、勇み足でしたね。まあ、それはそれとして、阿良々木先輩」
 「お、おう」
 思いも寄らず話しを振られて言葉に詰まった。
 僕に話しを振ったことを知るや戦場ヶ原はぷいと横を向いた。
 いきなり、仲が険悪になってしまった。どうも反りが合わないらしい。忍野が嫌いだからわからなくもないけど。
 「妹さん達は元気ですか?」
 そんな戦場ヶ原を気に留めている様子もなく、扇ちゃんは訊いてきた。
 「ああ、手がつけられないほどにな」
 「それは良かったです」
 「よくねえよ。毎朝死ぬような思いをさせられてんだぜ?」
 「それはそれは、お元気なことで」
 お元気なことというか血の気が多いことでの間違いだろう。
 「戦場ヶ原さんも羨ましいんじゃないですか~?」
 と、今度は出し抜けに戦場ヶ原に話しを振った。何故見るからに不機嫌な戦場ヶ原に話しを振るんだろうか。無視されるのが関の山だろう。状況がより悪ければ、キレるのではないか?
 「羨ましいわ、あんなにも素直な妹がいて」
 しかし、戦場ヶ原意外にも意に介さず、涼し気に答えた。こっちには向かないけれど。
 「だけど、そんな妹が私の義妹になるのだから嬉して待ちきれないわ」
 完全に当てこすりだった。涼し気でも怒っているのは確かみたいだ。
 まあ、結構仲良くやっているから本心は本心なのだろうけど、唐突に結婚が関わることを言われると、チキンな僕は少し困惑してしまう。もちろん結婚はするつもりだけど、なんか尻込みしてしまう。
 「ヒューヒュー、お二人ともお熱いことで」
 囃し立てる割にはどこかどうでもいいといった感じである。
 「…………」
 それを歯牙にも掛けない戦場ヶ原。
 「で、二人がどうかしたのか?」
 不気味に戦場ヶ原が黙り込んだので、間を持たすためと戦場ヶ原にこれ以上話させないために割り込むように言った。
 「いや、阿良々木先輩はご自身の体の秘密を妹さんにまだ告白していないのかなあとふと思っただけです」
 僕の体の秘密。吸血鬼化に伴う異常な治癒能力と身体能力。
 それはまだ妹達には言っていない。言ったところで混乱させるだけだ。あの二人が混乱したらどんな結果に至るのか考えるだけで面倒だし、いらぬ心配をさせたくない。
 だけど、隠しおおせるとは思っていない。僕の吸血鬼性は家族に隠しおおせるほどのことだとは思っていない。いつかは必ずばれる。それは月火も同じなのだ。
 だから、機を見て月火のことも含めて打ち明けるつもりではいる。
 ただ今がまだそのときじゃないというだけのことだ。
 「いや、まだだけど」
 「そうですか。ところで、家族に隠し事をしているという気分はどうですか?」
 「………………」
 扇ちゃんはそんなつもりはないのだろうけれど、責められているように感じる。確かこのことについて八九寺に相談したことがあったっけ。
 こうして見ると、僕も色々な人に支えられているのだなと思う。
 不意にそう思う。
 「どうって、後ろめたいに決まってるだろ。だけど、それと告白することは別だ」
 「いや、別に責めてるわけではありませんよ、阿良々木先輩。まあ、確かに後ろめたさから逃れるために告白するのは見当違いも甚だしいですけどね」
 私もそういうことは嫌いですしね。
 と、さほど嫌でもなさそうに扇ちゃんは言った。
 「隠していられるようなことじゃないことは十分わかっているつもりさ」
 「でも、いつまで隠すつもりなんですかね、阿良々木先輩」
 「いつまでって、あいつらが大人になるまでさ」
 「大人……ですか。ところで、いつから子供は大人になるんでしょうね」
 ニヤニヤしながら扇ちゃんが言う。
 「自分で自分のことができるような奴を言うんじゃねえのか」
 例えば、羽川と戦場ヶ原だ。家庭の事情で家事は一通りできるだろうし、家事以外でもなんでも無難に熟しそうだ。それに加えて頭脳明晰なのだから向かうところ敵無しだろう。
 「つまり、独り立ちができるときですか」
 「そいうことになるな。あいつらのことだからずいぶん先の話になるかもな」
 あいつらが大人になったときの姿が全然思い浮かばないし。
 「そうですか。では、阿良々木先輩はご両親には打ち明けているのですか?」
 「ん?してねえよ」
 扇ちゃんは何が言いたいんだ?
 「ですよね」
 「で、それがどうしたんだよ?」
 「いや~何故御両親には打ち明けないんのかなっと少し思っただけです。もしかして御両親も阿良々木先輩から見て子供なんですかね?」
 「子供とは思ってねえよ。ただ……」
 鋭いところを突いてくると、思う僕はやはり後ろ暗いものを持っているのだろうか。しかし、本当になぜ打ち明けてないんだろうか?
 「あいつらに打ち明けてねえのに親にだけ打ち明けるのもなって」
 ということだろうか?
 扇ちゃんはふむふむと腕を組んで頷いていた。どこか思った通りの返事が得られたようなそんな仕種だった。
 「阿良々木先輩は妹さん達を子供扱いする割には大人の御両親と平等に扱っている。矛盾してません?」
 「あっ…………」
 この瞬間僕は知らぬ間に落とし穴に追い込まれていたと感じた。勝手に僕が思い込んでいるだけだろう。扇ちゃんが僕を追い詰めることはしないだろうし、そうであったとして扇ちゃんに何の得があるのだろうか。
 だからこれは僕の思い込み、被害妄想だろう。
 そう、そして続けて口にした言葉もまたあくまで扇ちゃんのちょっとした軽い気持ちで言ったことだろう。
 「もしかして、妹が大人になるまでというのは建前で本音は別にあるのではないのですか?」
 例えば、最高の理解者である家族に真実を明かして、拒絶されることを恐れているからということとか。
 と、一層ニヤニヤして言うが早いか、
 「おっと、もうすぐチャイムもなりそうですからお話はここらへんでお開としましょうか。では、戦場ヶ原先輩と阿良々木先輩、残り少ない青春を謳歌してくださいね」
 と、言って扇ちゃんは階段を二段飛ばしで駆け降りていった。
 僕はそれを見送りながら心の中で扇ちゃんの言葉を反芻していた。
 僕はただ家族に拒絶されることを恐れているだけで言い出せずにいるだけなのでは?
 そうかもしれない。いや、そうだろう。
 現に僕は子供とみなしている千石にほぼ全てのことを打ち明けている。状況が状況でも他にどうにでも嘘をでっちあげることができたかもしれないのに、僕は自分の体の秘密を打ち明けた。
 拒絶されてもかまわなかったからかもしれない。
 自分のことでも突き付けられて初めて気付くものがあるということを思い知らされたような気分だった。
 これは真剣に僕の体の秘密を打ち明けるか考え直さなければならなくなったと思いながら扇ちゃんとは逆の方向、三年の階に向かって歩を進めた。
 って、ん?…………残り少ない青春?
 …………ああ、高校生活のことか。
 高校生活だけが青春とは思わないけどな。
 しかし、それにしてもなんで戦場ヶ原は最初から扇ちゃんにあんな無愛想な態度をとらないといけなかったんだ?
 扇ちゃんのひょうひょうとしたところは気に入らない忍野を思わせるけれど、扇ちゃんは見た目より嫌な奴じゃないし、できれば仲良くしてほしいところなのだ。
 「なあ、戦場ヶ原」
 僕は戦場ヶ原に声を掛けたつもりだったが、横を向いたそこには戦場ヶ原はいなかった。目線を踊り場に移すと、戦場ヶ原は、先程の場所から一歩も動かずに静かに扇ちゃんが駆けていった階下を見つめていた。
 「戦場ヶ原」
 「私は知らないわ、忍野扇何て言う後輩がいるなんて」
 「え?」
 「以前に言ったと思うけれど、私は編入生を含めて入学生を全て調べあげているのよ」
 「ああ」
 そう、重さがなかったとき戦場ヶ原は新しく入学する後輩がいることを予想して調査していたのだ、対策を講じるために。まあ、結局神原に重さがないことを知られたのだが。
 「だけど、忘れているだけじゃないのか?半年も経ってるんだから忘れててもおかしくねえだろ」
 「まあ、そうなのかもしれないのだけれど。それにしても、あまりにも心当たりがないのよ、それこそ奇妙なほどに」
 それに、あの人に親戚がいることは想像できないわ。
 と、戦場ヶ原は心底不愉快そうに扇ちゃんが去った方を見つめたまま言った。 
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