無欠の刃
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下忍編
宣戦布告
ぱちりと、カトナは唐突に意識を覚醒させて起き上がる。
頭を振り、周りを見たカトナは、自分が意識を途切れさせた前後の記憶がないことを確認し、なるほどとなれたように頷いた。
たまにだが、記憶を失うことがカトナにはある。
いや、記憶を失っているのではなく、封印しているのかもしれないが、カトナはそのことを覚えていないことに違いはない。
昔は頻繁に…そう、カトナがアカデミーに入ったころに、よく、この記憶障害は起きていた。
何がそうさせるかわからないけれど、どうやら久々にこれが起きたらしいと冷静に判断したカトナは、辺りを見まわす。
この状態のときは、必ずサスケが傍にいる。
気絶しているときは無防備なので守ってくれているのだろうと、カトナは勝手にそう判断しているが、どうやら今はいないらしい。
珍しいとそう思った時、ため息をついた少年がカトナに向かって呼びかける。
「うちはならいないぞ、カトナ」
その人物に、カトナは軽く目を見張る。
「ネジ!!」
久しぶりの再会に、カトナは少しだけ嬉しそうに頬を緩ませる。
無理もない。アカデミーで同級生の頃は、頻繁に修行や戦闘を行い、お互い切磋琢磨しあい、刺激し合っていたが、ネジが下忍になってからはあうことも少なくなり、カトナが下忍になってからは時間をさけることがなくなり、殆ど会わなくなっていたのだ。
喜ぶのも無理はない。
「元気、してた?」
「まぁな、お前は相変わらずだな」
「そう?」
自覚がないまま、首をかしげたカトナに、ネジは少しだけ笑う。
しかし、その笑みを見たカトナは、僅かに首をかしげ、ネジをまっすぐに見つめて問う。
赤い瞳が、きらきらとひかる。
「なにか、あった?」
その言葉に、ネジはどうこたえるべきかと迷ったように、一瞬視線をそむけたが、カトナがすぐさまその視線に合わせるように顔を覗き込んだため、結局、カトナの瞳をまっすぐと見つめ返すことになる。
白い瞳に赤い瞳が映り込む。しばしの沈黙の後、観念したように、ネジは言った。
「ヒナタ様と、闘った」
「ああ、あのこ」
ネジが敵対視していたこと。そのうえ、ナルトに恋愛的行為を抱いていたことを知っていたためか。わりと、自分達に害をなす人間以外のことを忘れやすいカトナでも、その名前は覚えていたらしい。
しかし、カトナは気にしないまま、それでと言わんばかりに首をかしげる。
「…あのひとはよわい」
「確かに。筋は、良い。けど、なかなか、上達、しない。ネジのほうが、強い」
冷静にヒナタの能力を図り、強さを思い出しているカトナに、ネジは少しだけ苦笑した後、ため息をついて言った。
「もう少しで、殺してしまう、ところだった」
「ネジが?」
意外と忍耐強い彼が激情のまま、自分の感情に身を任せた結果、殺しかけるとは思っていなかったらしいカトナは、少し驚いて、ネジの顔を見つめ返すが、若干落ち込んでいるらしいネジは、その視線に気づかず、懺悔するように呟く。
「例え、宗家といえど、負ける理由はない。…が、殺す理由もまたない。のに俺は、一時の激情で、殺しかけてしまった」
「それ、で、落ち込んで、るの?」
「…ああ」
ふむ、と頷いたカトナは、自分より高いネジの頭をポンポンと撫でる。
ぎょっ、と目をむいたネジが、身を引くのを拒むように、もう片方の手でネジの肩を掴みつつ、カトナは笑う。
「あんまり、おちこまない、で」
そういいながらも、少しだけ思考は昔を振り返る。
昔はこんな風に、イタチ兄さんに撫でられていたなとか。そうやって頭を撫でられることが、…もういないあの人たちに撫でられるようで、とてもうれしかったとか。いつのまにか、サスケが落ち込んでる時に撫でるようになってくれたとか。最近ではイルカもたまにカトナの頭を撫でるとか。カカシがカトナの頭を撫でた瞬間、サスケが凄まじい殺気をカカシに送り付けたとか。
そんな下らないことを思い返しつつ、一定のリズムを刻むように優しい手つきで、ネジの頭を撫でる。
ネジは思いのほか手馴れている撫で方に、驚きの声を漏らす。
ネジの中のカトナに対する印象は、忍として生きてきた少女であり、一般的な少女ではない。撫で方などは知らぬイメージがあったため、少しだけ戸惑ってしまう。
細い指が、優しい手つきが、小さく洩らされる微笑が、温かな体温が、彼女が確かに少女だということを伝えてきて、カトナが今考えていることを知ったら、怒るかもしれないなと思いつつ、ネジは問いかける。
「…手慣れているな。弟にしているのか?」
「あんまり。あのこ、なでられるの、嫌い、みたい」
いや、決して、ナルトが撫でられるのが嫌いというわけではない。
カカシやイルカに撫でられるとうれしそうにしているし、撫でろとせがむこともあるくらいだ。
ただ、カトナに撫でられることは、子ども扱いされているように感じるのか。あまりしてほしがらない。
…カトナもまた、なんだかんだいって撫でられるのが好きなので、ナルトをあまり撫でない。
だから、撫でたとしても、本当にたまにだ。
「ああ、そういえば、弟といえば、うずまきナルトに宣戦布告されてきた」
「ナルトが、宣戦、布告?」
自分の弟の姿を思い浮かべる。天真爛漫でいて、元気で活発。そしてなにより率直で短気。
もしも、ネジが自分にとって気に食わないこと―例えば、友達を傷つけたりしたら、怒るだろう。
…あの子ならやりかねないなぁ。
「お前は絶対に俺がぶった押してやる、だと」
「ああ、いいそう」
言った後、鼻息を荒くしながら、肩をいからせ、耐えきれない怒りを我慢できず、髪の毛をかきむしっているだろう。あの子、短気だから、きっとネジに殴りかかったりして、サスケか、班員の人に止められたんだろうな。…止められたよね? 問題起こしてないといいけど。
そう思いながら、カトナはネジに向けて笑いかける。
「次、闘うの?」
「分からん。まだ試合相手は決まってない」
「なのに、言ったんだ、あのこ」
相変わらずだと思う。
その感情任せの生き方が、あの子の魅力だと思いながらも、そろそろこの部屋から立ち去ろうと立ち上がり、扉の前に立ったネジの背中を見つめ、そして、カトナはまっすぐに、偽ろうともしないまま、言い放つ。
「ネジ…、ナルトは強いよ?」
いきなりの意表を突く突然の台詞に、何だと言わんばかりにカトナの方を見れば、カトナはいつもの無表情のまま、けれども、どこか面白そうだといわんばかりの雰囲気をにじませつつ、言葉を紡ぐ。
「体術は、あのサスケと私、それに、カカシ先生、仕込み。忍術は使えない、けど、チャクラ、保有量は、この中忍試験、の中の、誰よりも、ひいでてる」
暴走することはないだろうが、もしもしたならば、九尾のチャクラも上乗せされる。そのチャクラの総量はずば抜けていて、きっと、誰も追いつけないだろう。あの、赤い髪の少年もまた、追いつけない筈だ。
しかも、ナルトの体には九尾が封印されているので、勝手に体が怪我を治癒し始める。チャクラが補給される限り、柔拳によって作られた傷は治癒され始めるだろう。
ダメージは残るとはいえ、ナルトはネジにとって厄介な敵だろう。
だからといって、ネジがナルトに負けるとは、カトナは別に思っていない。
ただ、これからナルトを手伝うのに、ネジに対して助言しないのは公平ではなく、ナルトが嫌うだろうからと、助言しているだけである。
そんなカトナに、ネジは分かっているとでも言うように頷く。
「そうだろうな。俺の柔拳は忍術を使う者に程効果的だ。体術に専念する相手では、少し時間がかかってしまう。何より、あの鋼鉄の腕には柔拳が効きにくい」
柔拳とは、もともと、チャクラの経絡系を破壊することを目的としているので、内部に強い衝撃を残すこともできるから、別に人体相手でも問題はない。
が、それはより上級の使い手の話であり、現在のネジのレベルでは、鋼鉄の腕に攻撃などすれば、指全体に負荷がかかり、相当なダメージが来ることになるだろう。
柔拳は人体の破壊には適切でも、物体の破壊には不適切なのだ。
ナルトのような鋼鉄の腕の持ち主では、その力は半減されると言ってもいい。
が、カトナに言えば怒られるだろうが、相手は忍術が使えない。近距離戦はネジにとって得意分野である。遠距離ならば、それに類ずる策を考えねばならないが、近距離だけならば、その時でも十分に対処できる。
敗北する可能性は低いだろうが、必ず勝てる可能性も低い。
「それに何よりも」
振り返って、まっすぐに見つめ返す。
赤い瞳が瞬き、告げられる言葉に興味津々だというように開かれる。
そんな様子に、少しだけ目を細めながらも、ネジは言った。
「俺のライバルである、お前の弟だ」
そう、カトナの双子の弟だ。
彼女ほどチャクラコントロールが卓越しているとも、彼女のように身の丈を超えるほどの大太刀を使うわけでも、彼女みたいにさまざまな臨機応変の戦い方をするとは思えない。
が、その体の中に流れる血は、確かに彼女と同じものだ。
何よりも、自分と同じように彼女相手に、修行を積んでいる。彼女の闘い方は勉強できることが多い。相手も当然、彼女から学んでいると言っても過言ではない筈だ。
「油断などしない」
油断して負けるなどは、ネジのプライドに触るし、何より、自分のライバルである彼女に失礼だ。
言い切ったネジにぱちぱちと瞬きを繰り返していたカトナは、そのあと、少しだけ嬉しそうな顔をして、ネジの背中を勢いよく叩く。
ばちんっという音と中々の痛みに、ネジが思わず体を固まらせて、カトナに向かって振り返ろうとした時、カトナの聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声に、目を見開いた。
「…あっさり、負けないで。私の、ライバル」
その言葉に暫しの間絶句したあと、ネジは声も出さないままに、頷き返した。
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