ソードアート・オンライン コネクト
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Act_0 《Hello World》
前書き
プロローグその1を追加しました
◆
護衛《ガード》と言う仕事がある
物資を運ぶ商団を守るべく雇われる腕利きの集団を指す言葉だ
その存在は──この《死のゲーム》でも、確立されていた
命賭けの探索で誰もが怯える中、
金さえ出せばどんな場所でも護衛として依頼主を守る存在
MMOの歴が浅いユーザーに対しては、彼らほど心強い存在は無かった
勿論、中には法外な値段をぶつけてくる輩も居る
しかし、この閉鎖的な世界でその様な存在は自然と排他されていくものだ
1万人──この《ソードアート・オンライン》からログアウト出来なくなった存在の数
そして、その頭数は全百層ある中の一層に全て凝縮されている
人の言葉は風よりも早い
故に、その評価は勝手に肉付けされ、そのまま護衛1人に対する評価として浸透する
気がつけば、護衛の格付けなんてものもされている始末であった
そして──
「スイッチ」
此処にも、1人
後衛から前衛への《スイッチ》と呼ばれるPTプレイの1つ
1層の迷宮内に蔓延る《コボルト》と呼ばれるモンスターに対し、後衛から前衛へとスイッチした男は、軽やかに全体重を乗せた一閃で、見事に《コボルト》を一刀両断した
場所は一層内迷宮内
2人の男が、そこにいた
黒のジャケットに身を包んだ剣士──キリト
キリトを護衛するよう依頼された──アキラ
前衛をキリトへ任せ、アキラは無心でコボルトの数を頭に入れる
──凡そ、6匹
この2人ならば十分蹴散らせる圏内である
何しろ、黒の剣士は強かった
それこそ、護衛など要らない程に強い
AIの行動パターンを熟知し、それに対する最適な解答を叩き返し、一閃
一閃すれば、必ず敵が倒れる
見とれる程に凄まじい剣筋と、才能だった
「マップデータの収集はどうだ?」
「ん、上場だよ」
キリトからの返答に「そうか」と一言返し、
アキラは目の前で小斧を振り被る《コボルト》の首を刎ねた
寸分狂わず首だけを狙い、パッと光の粒子となって消える《コボルト》を一瞥すること無く、左から此方へ向かう2匹の《コボルト》へと向き直る
人の上半身を狙うような、1匹目の大振りな斧の一撃をスウェーのみで回避
横へ小斧を振り被った姿勢の《コボルト》の腹に刃を押し当て、2匹目が武器を振り下ろすよりも早く、股から脳天を一撃でカチ割った
刃に付いた血を払うように、一度大きく剣を振り払った後、片手剣を収める鞘へと収める
背後で光となって消える2匹の《コボルト》へ意識を向けることも無く、アキラは《コボルト》を蹴散らしたキリトへ回復Potを投げ、歩き出す
その後を付いていくキリトは、アキラの腰に帯刀するように下げられた鞘へと目を向けた
何処にでもある一般的な片手剣であるロングソード
本来の使い方は、キリト自身よく分かっている
だが──彼の使い方は本来の使い方と大きく異なっている
鞘から行われる"抜刀"による一撃
刃に添えられる手
相手の鼻先へ突きつけるような、騎士本来の構えよりも腰を落とした刃を下へと向けた構えは──侍に近い
「なあ」
話しかけようと此方へと振り返ることは無いアキラへと、キリトは思った疑問をぶつける
この男は、この世界の大多数を占めるビギナーよりもゲームをよく"熟知"していた
それは──
「前にコボルトの群れだ」
その考えを振り払わせるように、アキラが冷ややかな声を発した
ハッと我に返ったキリトは、他人に必要以上に関与しようとしていた自分を叱責する
βテスターかどうか
それを此処で聞くのは、ルール違反だ
ブロンドの髪と、決して多くは無い口数
クールでドライな性格と合わさり、キリトが思い浮かべる傭兵にピッタリ合致する
"鼠"から紹介されたこの"アキラ"という男は、キリトの予想を上回る実力を持っていた
そして、恐ろしい程に"見る"男でもある
キリトのセットされた回復Pot残数0に対し、分かりきっていたように回復Potを投げる観察眼はキリトの背中に薄ら寒いものを走らせた
あの戦闘中でさえ、彼は敵とキリトの2つを見続けていたのだから
「迂回しよう」
《コボルト》の群れとの戦闘は、得策ではない
回復Potの数も有限だ、無駄な消費は避けられるのであれば避けたい
キリトは、踵を返そうとする
が、アキラはその場を動かなかった
何かを確かめるようにジッとコボルトの向けを見つめ──何かに気付いたように、腰に帯びた鞘へと手をかけた
「群れと戦っているバカがいる」
「は!?」と驚くキリトが振り返るよりも早く、アキラは群れの一部を切り払った
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Act_0 《Hello World》
◆
視界が、霞む
目の前を覆っていた黒い揺らぎ──たぶん、化け物──が両断されたとき、アスナの今の集中力では何が起きているのか理解が追い付かなかった
アスナの前を覆っていた左右の《コボルト》の群れが、両断される
目に映る微かなノイズは、青と黒
青いノイズは、そのまま次の獲物を求めるように次の揺らぎへと斬りかかった
袈裟、逆袈裟、突き、払い
とにかく、敵陣のド真ん中で、周囲を《コボルト》に囲まれても尚、その動きを一切止めること無く敵を斬り続けていた
逆に、黒のノイズは此方を守るように立ち回っている
向かってくる敵だけを蹴散らし、時折此方を気遣うように意識を向けるのが分かった
アスナの意識が、現実へと引き戻されていく
「アンタ、そんな戦い方していると──死ぬぞ」
黒い剣士は、アスナへ振り返ること無く告げた
此方へ視線を移すことは無いが、目前へ迫る《コボルト》を切り伏せる速度は変わらない
──余計な、ことをッ!
「どうせ、みんな死ぬのよ!!」
悲痛な叫びが、その場に木霊する
キリトは、その声を背中で受けながら
アキラは、その声に耳を傾けながら
お互い、ただその次に続く言葉を待つだけだった
「戦い抜いたその先で、せめて満足して死なせてよ──ッ」
満足して死にたい、と
その言葉に──
キリトは同情の面持ちを浮かべ、逆にアキラは表情を変えることは無い
死を鼻先へ向けられた今、何かを成して死を選ぼうとする者は必ず居た
それらと同じだ、彼女も
ふいに、アスナの身体を強い衝撃が襲った
先程までアスナが居た場所には《コボルト》が刃を大きく減り込ませている
瞬き1つ分でも遅ければ、彼女は今頃あの刃の前に平伏していた事だったろう
──でも、お腹の辺り、凄く痛い
それもその筈である
《コボルト》がキリトの防衛線を突破した一瞬の合間を、アキラは見逃さなかった
自身の持てる脚力を総動員し、弾き飛んだ矢のようにアスナへと向かって突っ込んだのだ
その分、アスナにも大きなダメージはあったようだが、命があれば儲けものだ
腕の中で、だんだんと意識を失くしていくアスナに意識を一瞬だけ向け、彼女を抱えたアキラは、隠すことも無く舌打ちをした
周りを囲まれたこの状況で人を抱えて逃げ出すのは正直厳しいものがある
先程からぐったりと項垂れる腕の中の存在
それが生きている事は、何と無く分かる
数日間の間に及ぶ迷宮内での戦闘による過労
キャパを超えたオーバーワークは、彼女の体調に大きなペナルティを科している
だが、静かにしている分には好都合だ
これ以上邪魔をされては、正直《コボルト》よりも鬱陶しい障害にしかならない
アキラはアスナをキリトへと放り投げると、《コボルト》の群れへと向き直った
「彼女を迷宮から出せ、邪魔になる」
「そっちはどうする!? 此処に残るのかっ!」
キリトからの問いを背中で受けながら、アキラは群れとキリトたちを分ける巨大な扉へと手をかけた
ギギギ、と鈍い音を立てながら閉まろうとする扉の隙間から、アキラは先へ進むようにハンドサインを送る
一瞬躊躇いを見せたが、キリトはそれ以上何か言葉を発すること無く、アスナを抱えてその扉へと走りこむ
その靴音を聞きながら、安心したように、アキラは大きく息を吐く
が、問題が解決している訳ではない
ピッタリと閉まった扉の向こうに、キリトたちを逃がす事は成功した
が、壁を背にした此方を囲むように周囲に並ぶ《コボルト》の群れは、各々アキラへ一直線に視線を向けている
《コボルト》──獣人のような姿をした、雑魚モンスターの1種類だ
武器を扱う程度の知識はあるようで、手に持つ小さな斧が主な武器である
そこから繰り広げられる"一時行動不能"攻撃を起点とした集団での一斉攻撃は、このレベル帯のプレイヤーであれば大抵は死に至る
それは、アキラとて例外ではない
「──だからイレギュラーは嫌いなんだ、クソッ」
悪態の後、左右から飛び掛る《コボルト》を空中で上下に分解し、
アキラは群れの中央へと突貫した
◆
風が、頬を撫でる
「おはよう、細剣──」
「どうして、置いていかなかったの?」
キリトの軽やかな挨拶をアスナの不機嫌な声が上乗せする
"なぜ置いていかなかったのか"
気がついてからの第一声は不服に満ちており、アスナがキリトへと求めたのは、その答えだった
「マップデータが惜しかった、ホントにそれだけだよ」
キリトの返答に、アスナは未だに不満な顔をしている
それも納得は出来る──彼女はあそこで、自分の"おわり"を覚悟したのだから
その"おわり"を踏み躙ったのは、他ならぬキリトとアキラなのだから
「なぁ、腹ごしらえでもしないか? アンタ何も食べてないんだろ」
「──いらないわよ、べつに死ぬわけでもないんだから」
「まあまあ、マップデータの対価だとでも思ってくれればいいよ」
そういい、キリトが出したのは一番低価格の黒パンだった
「結構美味いし」と言うキリトの言葉に、アスナは顔を引きつらせる事しか出来ない
これの何処が美味しいのか
佐田さん──アスナの家のお手伝いさんだ──の料理が恋しくて仕方が無い
「もちろん、工夫はするけどね」
キリトはアスナの指にコツン、と白いビンを当てた
指の先が微かに光り、パンをなぞるように動かすとクリームが塗りたくられていく
──甘そう
この世界で、多分初めてまともに見る甘そうなもの
安価な黒パンの上に塗られただけだというのに
──どうして、こんなに美味しそうに見えるの!?
半ば自棄のように、アスナは黒パンを口へと運んだ
ミルクの柔らかな風味、後味の引く甘さはクセになる程に無骨なパンに合っている
それは、この世界に来て、アスナが初めて美味しいと言えるものだった
「もう1ついく?」
「い、いらないわよっ」
夢中で黒パンを食べていたアスナを見て、キリトは苦笑交じりに黒パンを差し出した
確かに魅力的な提案だが、美味しいものを食べる為に生きているわけじゃない
──自分が自分でいるために
──ゆっくりと腐っていくくらいなら、最期まで全力で戦い抜いて、そして……
暗い水底へ沈むように、アスナの思考は落ちていく
腐っていくくらいなら
そうだ、終わってしまった方が良い
"自分"が"自分"でいられないのなら──私は、死ぬ事だって怖くない
その覚悟は、もう決めたんだ
「戻ったぞ」
水底へ沈んだアスナの意識を引き戻すように、後頭部へと衝撃が走った
頭を抑えてのた打ち回るアスナの横を通り過ぎ、青いジャケットの裾についた埃を払いながら、アキラは迷宮の入口から姿を現した
《コボルト》の群れを無事に討伐したのだ
所々、青いコートごと切り裂かれた皮膚に切り傷が見える
重症と言う訳ではないが、生傷だらけの姿は少しだけ痛ましいものがあった
──コイツッ
しかし、アキラは眼中に無い、とばかりに完全にアスナは無視している
不意の痛みに頭を抱え、頭を叩いたことと自身を無視していることに対して、抗議の表情を見せるアスナの目の前にガシャン、と大量のアイテムが投げられた
それらは、先程までキリトやアスナを襲っていた《コボルト》からドロップしたのであろう装備品の数々である
どれも装備と呼ぶには相応しくないものだが、売ればそれなりの金銭は稼げるだろう
「なっ……!」
「さすが、"鼠"が寄越すワケだ」
「ダンジョン内でドロップしたアイテムの所有権は依頼主にあるが」
「アンタの臨時ボーナスで良い、懐に入れてくれ」
その言葉に、アキラが意外そうな表情を浮かべる
本来──こういった物も全て依頼主の懐に入る事が多い
この命を懸けた戦いの場において、端金でも金は金である
金銭はこの世界において、何かの対価として支払われる事が多く、あるだけで攻略の支えにも生き残る力にもなってくれる価値の高いものだ
それを自ら捨て、この場限りになるかもしれない他人へと譲り渡す
キリトの行った行為が、働きへの対価だったとしても、この世界では綺麗過ぎる
だが──
「ありがたく受け取ろう」
他者を諭すことほど、意味の無いことも無い
アキラはその瓦礫の山をバックヤードへ格納し、キリトの手にあった黒パンを受け取った
クリームを差し出すキリトの手を制し、何も塗られていない黒パンにかじり付く
──美味しくないのに
過去、アスナはそのままかじりついた黒パンの味を思い出した
手の中にある黒パンはクリームが付いているから、幾分もマシだが、パン単体の味は低価格な分たいした事は無いのだ
「あなたたち、一体何が目的なの?」
アキラに一瞬でも気を向けたことが許せないのか、
アスナは黒パンをかじりながら会話の対象をキリトへと向けた
「先に進むこと、かな」
キリトの目的は、それだけだ
百層クリアすればログアウトが可能になるという、《茅場晶彦》の言葉を信用する訳ではないが、それでも今の彼らにはそれしかない
だが──キリトはアキラに視線を向けた
彼の目的が、何なのかは分からないが
「無理よ──っ」
キリトの思案を遮るように、アスナは悲痛な叫びを上げた
「2ヶ月かかっても、私たちは1層すら攻略が出来ない……っ!
無理よ、こんなの! 私たちは──もう、帰れないっ」
キリトは、ただ目を伏せ──
その唇の動きと同じく、キリトたちの耳に大きな鐘の音が響き渡った
三時の鐘だ
「なに、いまの……?」
「町が……《トールバーナ》が近いんだ」
「雑談は終わったか?」
キリトとアスナの意識を戻すように、アキラは淡々と声を掛ける
簡潔に、だが、キリトの心境を察してなのか
アキラの声はいつもよりも少しだけ、柔らかい
その視線も町に──《トールバーナ》へと向けられていた
後書き
今後の予定
・1層終了までプロローグを続けます(プログレッシブ)
・1層終了後は本編(74層攻略)に戻ります
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